Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🍣 🍲 🍕 🍔
    POIPOI 63

    BORA99_

    ☆quiet follow

    【再録】
    ドフコラロ海軍if(+七武海🐊)
    いつもの海軍ifの過去編になります。
    ⚠ドフ鰐前提
    ⚠ミニオン島の一件
    ⚠捏造過多
    🦩:26歳
    🐊:31歳

    プラズマ・ダイヴ!!硝煙、怒号、燃え行く街。
    砂塵の舞う地上を見下ろしたドフラミンゴは、無意識に口角が上がるのを止められない。
    懐かしき、北の海の片隅。
    国王の圧政に耐えられなくなった国民達が蜂起し、大規模なクーデターへと発展した、世界政府加盟国。
    国王側から鎮圧の要請を受け、海軍本部はドフラミンゴをこの国へと派遣したのだ。

    (今、この場所は……中立だ)

    肥える王族。飢えていく隣人。生まれてすぐに死ぬ子ども。汚い水。
    これはどちらが悪で、どちらが正義か、それを決める為の戦争だ。
    「ドンキホーテ・ドフラミンゴ准将!突入の準備が整いました!」
    「……あァ」
    ドフラミンゴの背後で部下が軍人らしい、よく通る声で言う。
    罪無き命を、踏み躙るのはいつだって気が引ける。
    しかし、この世の因果は結びつかないのだ。
    勝てば官軍、負ければ賊軍。それが、この世の不文律だ。
    「フフフッ。哀れな国民共だ。それもこれも、弱いのが悪ィんだぜ。」
    人知れず、小さく呟いたドフラミンゴは、足元の戦禍へと、まるで身を投げるように飛び込んで行った。

    ******

    「……オイ、戦局はどうだ」
    「国民の組織する反乱軍はほぼ半数以下。殆ど拘束しました!直に幹部達も捕捉できるようです!」
    「そうか」
    長く続く反乱も、海軍の介入によりほぼ収束のようだ。
    陣営に戻ったドフラミンゴが設営されたテントに入ると、海兵達は機敏な動きで立ち上がり、敬礼を返した。
    「D地点とB地点の奴らは王宮広場の援護に回れ。オイ、伝令用の電伝虫持って来い」

    『うわぁあ!』
    『おい!止まれー!この先は進めない!』
    『おい、御者が乗ってないぞ!』

    テキパキと指示をしながら、簡素な椅子に座ったところで、テントの外がやけに騒がしくなる。
    ドフラミンゴ達は訝しげに顔を歪めて、布を捲って外に顔を出した。
    「……なんだ」
    「准将!荷馬車が暴走し、こちらに突っ込んできます!退避を!」
    「いや、退避つってもなァ」
    海兵の言葉通り、荷車を引く馬車が猛スピードでテント目掛けて突っ込んで来るのが見える。
    戦禍を通り抜けるうちに流れ弾にでも当たったか、御者の姿は見えなかった。

    「……何でも良いが、この先行っても地獄しかねェぞ」

    サングラスを少しだけ下にずらして、暴れまわる二頭の瞳を捕らえた。
    ズキリ、と目の奥に痛みが走るのはいつもの事だ。
    バチリと合ったその眼光に、二頭の馬車馬はまるで怯えるように鳴く。
    それでも逸らされないその、金色の睫毛に縁取られた瞳が、一際強く光を放った瞬間、馬の口から泡が溢れ、グラリとその巨体が傾いた。
    「なんだ、こりゃァ」
    倒れた荷車が崩壊し散乱した中身に、ドフラミンゴは思わず眉間に皺を寄せる。
    周りの海兵達も、その散らばった死体の山に口を噤んだ。
    ところどころ白く蝕まれた皮膚にドフラミンゴは何か、不吉な前兆を掴む。
    「オイ、なんか、動いてる……!」
    ドフラミンゴの後ろで、気味悪そうに引き攣った声が上がり、見下ろしてみると確かに死体の山がモゾモゾと動いていた。
    ただそれを眺めていると、やがて大きな体を押し退けて、小さな少年が顔を出す。
    「……ハァハァ、ハァ、」
    「こ、子供ォ⁉︎」
    海兵達がその不釣り合いな登場人物に叫んだ瞬間、小さな少年は体に合わない大きなピストルをドフラミンゴに向けた。
    「おれを、隣の国まで連れていけ……!」
    何も映さない黒い瞳孔を、ドフラミンゴは黙って見下ろす。
    その口から紡がれる事のない、助けを求める言葉。すべてを憎む、暗い、暗い眼球。
    あの時の自分と同じ顔で、その少年は銃を構えていた。

    (ああ、この世は、お前にも優しくはなかったか)

    そんな、馬鹿みたいな事を思って、ドフラミンゴは喉の奥で笑う。
    「おい、こいつ肌が白いぞ!珀鉛病だ……!伝染るぞ!」
    「そうか、フレバンスから来たのか……!」
    突然、その少年の深く被った帽子の下が白く蝕まれているのを見て、海兵達が騒ぎ出した。
    現在地から、フレバンスまでそう距離は遠くない。
    あの国から運び出された死体が、この道を通っていても不思議ではないが、あの国のドンパチは海軍本部では完全にタブーで、あちらの戦争にはノータッチを決め込んでいた。
    「はやく、マスクを、」
    海兵の一人が言った言葉に、明らかに、その少年の瞳が憎悪で燃える。
    ドフラミンゴは騒ぎ出した海兵達を後目に、グイ、と指を折り曲げた。
    「……わ」
    ドフラミンゴの糸に捕らわれた少年の腕が上がり、その小さな手のひらに握られた銃口が、空に向かって轟音を上げる。
    突然の銃声に、ドフラミンゴの背後は妙な静けさに包まれた。
    「……オイ、お前、クビだ」
    「……は、え?」
    「噂程度の知識を口にするな、見苦しい。おれの隊に、馬鹿は要らん」
    肩越しに振り返ったドフラミンゴは、ガクリと首を傾げて、一番初めに声を上げた若い海兵に言う。
    突然の事に理解ができず、黙った海兵はそのままに、ドフラミンゴは再びその足元の少年を見下ろした。

    「珀鉛病は中毒だ。他人には感染しねェよ」

    その時、ドフラミンゴが何の算段も無く吐いた台詞は、確かな破壊力で少年の瞳を揺らす。

    「お前、何を恨んでる」

    残酷な人間か、それともこの、最上の理不尽か。暴力か、怒りか、痛みか。
    数えればキリがない、この世の不条理のどれをこの小さな生命は恨んでいるのか。
    妙にゆっくりとその白く侵された口元が動いて、小さく、言葉を紡いだ。

    ******

    「ロー。体の調子はどうだい」
    「別に。どうせ、あと三年で死ぬんだ。悪くても良くても関係無い」
    ドフラミンゴの足に隠れる小さな生き物。
    それを見下ろした"中将"つるは、小さくため息を吐いた。
    海軍本部の"天夜叉"が拾ってきたその小さな少年は、親から習った医療の知識で自分の寿命を知っている。
    「海軍本部の医療班に、治療法は探させている。きっと良くなるから、そう自棄にならないでおくれ」
    「父様でも見つけられなかったんだ、お前らに見つけられる訳ないだろ。……こんなところ、もうおれは出て行く。おれは、全て壊したいんだ」
    「フッフッフッ……。威勢の良いガキだ。と、言うわけで、中将殿。もうこいつ、放り出して良いよな」
    「馬鹿な事を言うのはおやめ。一度拾ったなら、最後まで責任を持つのが筋だよ」
    まるで、売り言葉に、買い言葉だ。
    深刻さのまるで無いドフラミンゴに、つるは再び息を吐く。
    「おれは人間なんか大嫌いなんだ。フレバンスは何にも悪くないのに、奴ら、よって集って……!」
    ギリギリと、ローの噛み締めた奥歯が鳴って、その瞳がグラグラと揺れた。
    幼い両目が捉えたこの世の理不尽を、怒りに昇華できるなら、それは中々見込みがある。
    ドフラミンゴは嬉しそうにその口角を上げた。
    「馬鹿なガキだな。勝てなかったお前らが悪いに決まってる。近隣諸国の奴らを全員殺し、世界に伝染病じゃねェと公表すればそれで勝ちだったのによ」
    「そんなの……無理に決まってる!敵の数が多すぎたんだ!」
    「その数を覆す手段なんざ、この世にゃァ沢山ある。それを一時の勢いで全面戦争なんかに持ち込んだからいけねェのさ」
    ガラ悪くしゃがんだドフラミンゴは、煽るようにその瞳を覗き込む。
    (あァ、良い目つきだ)
    この顔は、どうしようもなく見覚えがある。
    「良いか、小僧。この世は結果だけが全てだ。後ろから刺そうが、毒を盛ろうが、勝者だけが正義だぜ」
    ギラつく視線に気圧されて、少年の口元が引き攣った。
    違う意見を捻じ伏せられないのなら、いつまで経っても正義にはなれない。
    グイ、と、丸められたその広い背中を、つるは気の毒そうに見た。
    「おやめ、ドフラミンゴ。お前のものさしで世界を測るとロクな事がない」
    「フフフフッ。眠てェ事を言うなよ、中将殿。そのものさしのお陰であんたは正義の側に居られるんだ」
    泣いて喚いた弟の隣で、怒り猛った、この男の本性はまるで、獰猛な獣のようである。
    怯むという枷を知らない、凶弾。
    その面の下は、こうやって、敗者に落ちるのを酷く怖がる哀れな人間。
    「粋がるんじゃないよ、若造が。この子の病気は私が手を尽くす。……お前の憎悪を、この子に押し付けるのはおやめ」
    「勝手なこと言うな!おれは別に生きたいとも思ってない!」
    つるの言葉に、怒鳴り返したローを無視して、ふらりと、立ち上がったドフラミンゴは、つるのデスクに手のひらを付く。
    近づいたその、サングラス越しの瞳は、相変わらず見えないままだ。
    「中将殿、あんた、このガキを見てねェなァ……?一体、誰の話をしてる」
    「……私は、」
    サングラスに映る自分の顔に、つるはうんざりとため息を吐いて、一度言葉を切る。
    そして、腕を伸ばして逆立った金色の前髪を撫でた。
    「そっぽを向かれて、癇癪を起こす子どもを、もう一人知ってるだけだよ。……いい子だから、そう、威圧的にモノを言うのはおやめ」
    一度、その見えない瞳と目が合った気がする。
    つるはサングラスに映る自分をぼんやりと眺めた。
    「この世はまだ、お前に、優しくはないかい」
    「……やめろ」
    パシ、と、その細い手のひらを払ったドフラミンゴは、スーツのポケットに手を突っ込んで踵を返した。
    盛大に舌打ちをしてから、大股で扉へと向かう。
    「……優しいと、困るんだ。」
    扉が開く瞬間に、聞こえたような気がする小さな声に、つるは瞳を細めた。
    意外にも、静かに閉められた扉を見つめてから、戸惑うローを見下ろす。
    「お前より、よっぽど手が掛かる子だよ。……おいで、昼食にしよう」
    困ったように笑ったその顔を、ローは見上げて小さく頷いた。

    ******

    『天竜人はどこだ!』

    『探し出せ!』

    『吊るし上げろ!』

    ごうごうと音を立てて、燃え広がる赤い炎。
    焼ける足元、暴力、腐った食べ物。
    足元を這いずり回る得体の知れない害虫に、ヒヤリと、背筋が凍った。

    『兄上やめてー!兄上ー!』

    死ぬ間際まで、人間の本性を表さなかった父親。弟の金切り声。
    顔の無い男の頭に銃を突き付ける、幼い自分。

    『私が父親で、ごめんな』

    その男の口元が、不気味な程ゆっくりと動いた瞬間、制御の出来ない何かが、

    思い切り、

    "引き金"を、


    「……ッ!は、ハァ、ハァ、ハァ、」

    海軍本部の裏庭に設置されたチェアの上で、悪夢に堪らず飛び起きたドフラミンゴは、脂汗に濡れた額を大きな手のひらで撫でる。
    読んでいた本がいつの間にか地面に落ちていて、うんざりしたようにそれを拾った。
    (……いつまで、こうして、)
    こんな、くだらない夢を、見続けるのか。
    「おはよう、准将殿」
    「……!」
    完全に、気を抜いていた。
    チェアの傍らのパラソルの下。テーブルに肘を付いた男がニコニコと上機嫌の様相でこちらを見ていた事に、やっと気が付いたドフラミンゴの肩が大きく跳ねる。
    一応、休憩スペースを銘打ったここは、ヒラの海兵から将校、客人まで自由に出入りが出来た。誰かが居ても、おかしくは無い。
    「随分楽しい夢を見ていたようだな。ドフラミンゴ君」
    「……七武海はマリージョアで会合中の筈だが。サー・クロコダイル」
    ズキズキと痛む頭を押さえて、ドフラミンゴは面倒臭そうに返した。
    王下七武海"サー"・クロコダイル。
    二十代の時から七武海に所属する、海賊にしては現実的な男。
    「退屈でね。抜けてきてしまった。准将殿が居てくれたらもう少し大人しくしているのだが」
    「悪ィが、おれァ随分と前から出禁を食らってる」
    「……クハハハ!そりゃァ、いい。七武海と揉めでもしたのか」
    この男は、面倒だ。
    意味の無い会話を繰り返し、ニコニコと、英雄面で笑う。
    遊ばれている自覚があるだけに、ドフラミンゴは付き合いきれんと、背もたれに掛けていたコートを掴んで立ち上がった。

    「いや、揉めたのは、七武海じゃァねェ」

    バサリと、重たいコートを肩に引っ掛けると、ドフラミンゴは未だテーブルに肘を付いたクロコダイルを見下ろす。
    「おれが、出禁を食らったのは、聖地の方だ」
    その、随分と後ろ暗い男に、クロコダイルは獰猛に喉を鳴らした。
    どうにも、この男は興味深い。
    「白い街のガキだが」
    ドフラミンゴがテーブルに置いたままにした本を手に取ると、クロコダイルは嬉しそうに瞳を細めた。
    "白い街"フレバンス。その表紙に、クロコダイルは相変わらずガリ勉野郎だなどと、些か酷いことを思ったが、顔には出さない。
    背を向けたドフラミンゴは、ピクリとその歩みを止めた。
    「あんまりにも不愉快な目付きでこっちを見てくるモンだから、砂に埋めちまったが、別に良いよな。どうせ、白い街の死に損ないだ」
    「……あァ?」
    一瞬にして冷え切った空気に、クロコダイルは愉快そうに笑みを浮かべる。
    そのサングラスの下の表情を、見透かすように覗き込んだ。
    「……行儀の悪ィ男だなァ。海軍本部の犬でいたいなら、おれにゃァ歯向かわねェ方が利口だぞ」
    嘘か、本当か。
    考えあぐねるようにドフラミンゴは押し殺した声で言う。
    「クハハハ!はやく行ってやれよ。正門の近くだ。窒息死しても知らねェぞ」
    「……首輪が外れたら、気をつけろよ。サー・クロコダイル。テメェが入るのはブタ箱じゃねェ、棺桶だ」
    「あァ、楽しみにしているよ。ドフラミンゴ君」
    急いているのを隠している割に、早足で立ち去ったドフラミンゴを見ると、クロコダイルは随分と嬉しそうに口元を歪めた。
    あんなに、からかいがいのある男は初めてである。
    本格的に忘れ去られてしまった書籍を、一度撫でて、クロコダイルは一人、喉の奥で笑い声を上げた。

    ******

    『何も、信じてない』

    『目に入るものすべて、壊したい』

    きっぱりと、あの時、あの少年はそう言った。
    人間に狂わされた人生。理不尽な暴力。失う楽園。
    自分と同じ破壊衝動は、踏み躙られた経験からしか生まれない。
    その、同じ価値観を持つ同胞は、今までに、一人だっていなかった。

    「ロー!」
    「……何だよ」

    足早に、正門へ出る扉を開けたドフラミンゴは、大きな声でその少年を呼んだ。
    予想外に、すぐに聞こえたその返答に、ドフラミンゴはポカンと、間の抜けた顔をする。
    「え、何、お前、これ作ったの。天才キッズか」
    予想外だったのは、目の前に広がる光景もだ。
    正門前の広場には、シロクマやペンギン、ワニの形に固められた砂の像が立ち並んでいる。
    それらに囲まれたローは、白い帽子の下で無愛想な瞳をこちらに向けた。
    「……違う。すなのおうさまが作ってくれた。スゲーよな。かっこよかった」
    (クソ野郎……ッ!)
    乏しい表情が、少しだけ明るくなるのを見た瞬間、ドフラミンゴは額でブチン、ブチン、と、何かが二、三本切れたような錯覚を覚えた。
    その指先から、シュルシュルと糸が現れた。
    「おお……!」
    現れた糸が徐々に絡み合い、やがて、ローと同じ背丈のテディベアが出来上がる。
    その様子に、年相応の声が上がり、ドフラミンゴは得意気に鼻を鳴らした。
    「いいか、ロー。あのオジサンは砂の王じゃなくて、妖怪砂鰐だ。目を合わせると災いが起きるから、今後は無視しろ」
    「オイオイ、人聞き悪ィなァ」
    テディベアをローの腕に押し付けて、しゃがみ込んだドフラミンゴが言うと、その広い背中に砂の塊が出現する。
    砂の中から現れたクロコダイルに踏まれる形で、地面にぐしゃりと潰れたドフラミンゴは悲痛な声を上げた。
    「やァ、少年。一人遊びには慣れたかね」
    「ずっと一人だ。別に、とっくに慣れてる」
    「そうか。それは羨ましいね」
    ポンポンと、ローの頭を撫でると、クロコダイルは口角を上げて、その脇を通り過ぎていく。
    途中、ドフラミンゴが忘れた本をその胸に突き返し、ひらひらと指輪だらけの手を振った。
    面白くなさそうに息を吐いたドフラミンゴは、ローの小さな体を抱き上げる。
    「……戻るぞ」
    (……本当に、からかいに来ただけかよ。信じられん。)
    あの、ニヒルに歪む口元を思い出して、ドフラミンゴは心の中で舌を打つ。
    あの男だけは、理解ができない。
    「……暇人め」
    聳え立つ平和そうな砂の像にすら、少しの苛つきを覚え、ドフラミンゴは小さく呟くのだった。

    ******

    「よッ。相変わらず仏頂面だなァ」

    海軍本部の裏庭に設置されたベンチにちょこんと座る背中を見つけたロシナンテは、くわえ煙草のままその顔を覗き込んだ。
    兄が連れ帰った、珀鉛病の少年。
    ローは出会った時から変わらぬ瞳で、ロシナンテを見上げた。
    「……ドフラミンゴの弟」
    「……いやまァ、そうなんだが。……ロシナンテだ」
    「お前ら兄弟は名前が長い」
    「ハハ、確かにな」
    ローは膝の上で広げた難しそうな本から顔も上げず、生意気な言葉を吐く。
    この少年がこんな似つかわしく無い場所に来て、一週間が経った。
    世界政府には、珀鉛の害を隠していた負い目がある。
    その下請けが、フレバンスの生き残りを抱え込むのは勿論良くはないだろう。
    完全に持て余されている現状を理解しているかのように、ローは何度か脱走を試みては結局誰かしらに見つかり、連れ戻されていた。
    「……コラソン」
    「ん?」
    「何人かの奴が、お前の事をそう呼んでた。どういう意味だ」
    「ああ、昔潜入捜査をしてた時に使ってた名前だ。あの頃同じ隊だった奴は今もそう呼ぶんだ。お前も、そっちのが呼びやすかったらそれでも良いぞ」
    やっと、本から顔を上げたローは、その、兄とは違う、人の良さそうな顔を見る。
    「どうせ、おれは死ぬんだ。別にどっちでも良い」
    「大丈夫だって。おつるさんが治療法を探してる。あの人はやると言ったらやる人だ」
    ポンポンと、帽子の上から大きな手のひらがその頭を撫でた。
    そういえば、海兵達はローを気味悪がって近付きもしないのに、すなのおうさまと、この兄弟は、何の躊躇いも無くその白い肌に触れる。
    「何でおれに構うんだよ」
    その温かい何かを殺すように、小さく、呟かれた台詞にロシナンテは存外、困ったように笑った。

    「……さァ、何でだろうな」

    救えないままここまで来てしまった、彼が。
    今でも、ロシナンテは、あの日の兄が怖い。

    (きっと、ドフィに、似てるからだ。)

    がらんどうの瞳。怒り。破壊衝動。人間嫌い。
    その価値観に、寄り添えるから、この少年を拾ってきたのだろう。

    (どうか、)

    (どうか、この少年が、誰かに銃口を、向ける日が来ないように)

    ******

    「……流行り病?」
    「ああ。一部の海兵達の間で流行していてね。症状は風邪と変わらないから、そう騒ぎ立てる事でもないんだけどねェ」
    午後、中将つるに呼ばれたドフラミンゴは、デスクの前に立ってその難しい顔を見下ろした。
    内容は、海軍本部でウィルス性の体調不良が相次いでいるから、手洗いとうがいをしっかりしなさい、などという平和なお言葉。
    ドフラミンゴは、くだらねェと、鼻を鳴らした。
    「……タイミングが、良くないかもしれないね。ローとできるだけ一緒に居てやっておくれ」
    「なんだ、あんた、あのガキを、おれみたいにしたくねェんじゃ無かったのか」
    目敏いその言葉に、つるは返さず、ちらりとそのサングラスを見上げるだけだ。
    ドフラミンゴは嬉しそうに口元を歪めて、くるりと踵を返す。
    扉の前まで歩いてから、ふと、思いついたように足を止めた。

    「……あんた、珀鉛病が中毒だと、えらく簡単に信じたよな。……何か、確信でもあったのか」

    ローを連れて帰ったあの日、珀鉛病を患う少年に、その正門は開かなかった。
    伝染病の噂は未だ根強く、海軍本部でもそう思っている人間は多い。
    海軍本部に珀鉛病を蔓延させる気か、と、そう言ったのはあろうことか将校クラスの海兵だった。

    『騒ぎ立てるんじゃないよ。みっともない。……開けておやり』

    何とかの一声とは、この事か。
    あの時場を収めたのは、この中将殿だった。
    振り返ったドフラミンゴの顔に、つるはきょとんと、その瞳を少しだけ丸くする。
    「……お前が、中毒だと言ったんじゃないか。ドフラミンゴ。お前は、間違った情報を流すような事はしないだろう」
    つるの言葉に、ドフラミンゴの喉が僅かに震えた。

    (偶に、)

    偶に、壊したい世界の中に、壊したくない物が入り込む。
    この牙を、折らんばかりの衝撃に、ドフラミンゴはいつも、どうしようもなくなるのだ。
    「……ああ、そうかよ」
    世界が、自分に優しいのは困る。
    全てを許してしまうかも知れないその時が、一番怖かった。

    『……ふざけるなッ!』
    「「……!」」

    ドフラミンゴがドアノブに手を掛けた瞬間、扉の外で怒鳴り声がした。
    何かが倒れ、割れる音に、ドフラミンゴとつるは慌てて部屋を飛び出す。
    「これが珀鉛病じゃない確証があるのかよ!」
    「あんなガキを入れるから……!」
    「あのガキが来てから、妙な体調不良が続出してる!」
    執務室の隣の隣。
    医務室の入口で軍医に掴みかかる海兵が数名。
    流行り病に掛かった海兵達だ。
    そして、その数名の背後に立ち尽くす、ロシナンテと、その腕に抱えられた白い街の少年。
    割れた薬品の瓶から、アルコールの強い匂いがした。

    「どうせ死ぬんだろ⁉︎さっさと追い出せよ!あのガキは、"ホワイトモンスター"だ!」

    がなる。怒鳴る。顔の無い、得体の知れない群衆。
    踏み躙ったものに、気が付きもしない、哀れで、残酷な生き物。

    『天竜人の一家だ……!』

    『吊るし上げろ!』

    目の前が、妙に赤く染まって、ドフラミンゴの右腕が衝動的に上がった。
    殺せ、殺せ。さもなくば、

    (踏み躙られるのは、おれだ)

    その時、ドフラミンゴの振り上げた二の腕を、掴んだのはか細くて、華奢な手のひらだった。
    黙ったまま、ドフラミンゴの瞳を見上げたつるは、気の毒そうに瞳を細める。
    「おやめ。……ドフラミンゴ」
    「……ッ、は、」
    その瞳に捕われた瞬間、思い出したように呼吸を再開したドフラミンゴの喉が震えた。
    グラリと揺らいだ視界に、ドフラミンゴの足がよろめいて、思わず壁に腕をつく。
    「ドフラミンゴ!大丈夫かい⁉︎ロシナンテ、手を貸しておくれ」
    「ドフィ⁉︎」
    壁に凭れたドフラミンゴを必死に支えたつるの細い腕に、驚いたロシナンテの視線が兄に向いた瞬間。
    腕に抱えられていたローが、ロシナンテの懐からピストルを抜いて、ひらりと床に飛び降りた。

    「ウゥウ……!」

    「……ろ、」

    小さな唸り声を上げたローは、小さな手のひらで握りしめたピストルを、怒鳴り散らす数名の海兵へ向ける。

    (ああ、駄目だ)

    誰かに、その銃口を、向けてはいけない。

    その時、ロシナンテの瞳に映ったのは、黒い髪の後ろ姿では無かった。
    幻覚の中で、丸い後頭部の金髪へと、必死に腕を伸ばす。
    小さな指が、その引き金を引く瞬間、届いたロシナンテの手のひらが銃身を掴み、銃口を自分の肩へ押し付けた。

    「……ロシナンテ!」

    轟音と共に、つるの引き攣った悲鳴が上がり、崩れ落ちたロシナンテの周りに、真っ赤な液体が、じわりじわりと広がる。
    騒いでいた海兵達の怒鳴り声がピタリと止んで、妙な静けさが辺りを包んだ。

    ******

    嫌なものを見た。
    グラグラと頭の中が揺れている気分に、吐き気が止まらない。
    自室のベッドの上で膝を抱えて蹲るドフラミンゴの背中が、意味もなく揺れた。
    サングラスを外すと、薄暗い部屋の中でも何だか眩しいような錯覚に襲われる。
    見開いた瞳の奥で、怒鳴り声を上げる人間達の顔が、どうしたって思い出せなかった。
    ベッドサイドのミニテーブルに置かれた酒瓶を握ると、直接口を付ける。
    美味いのか、不味いのか、それすらも分からなかった。

    「……そんな、飲み方をするもんじゃないよ」
    「……説教は、体調が良いときにしてくれ」

    鍵を掛け忘れていた扉が開いたのにも気が付かなかったドフラミンゴに、呆れたようにため息を吐いたつるは、哀れなその様子を見下ろした。
    「……ロシナンテが目を覚ました。弾丸は貫通していたし、重症だが、命に別状は無いそうだよ」
    用件を口にしたつるを、その、サングラスの無い右目がぐるりと見上げる。

    「……撃たせりゃァ、良かったんだ」

    ガリ、ガリ、と、親指の爪を噛む音がする。
    ギラギラと見開かれた瞳は、相変わらず、グラグラと揺れていて、焦点が定まっていなかった。
    「ロシーは、あいつは、まだ、銃を構える子どもを、憐れんでいる」
    「ドフラミンゴ」
    ベッドに腰を下ろしたつるは、ゆっくりと、その金色の髪を撫でる。
    やっと、ドフラミンゴの焦点が、つるの瞳に合った。
    「どうして、そう、不幸になろうとするんだい。お前は、幸せに、なれるんだよ」
    苦しそうに歪んだドフラミンゴの頬を、するりと、つるの細い手のひらが撫でる。
    まるで、幸せを、具現化したような女。
    こんな女が居るから、この破壊衝動が行き場を無くすのだ。

    「おつるさん、」

    壊したいシステムがあった。
    その中に、壊したくないものもある。
    ここに来てから、その矛盾に、永らく折り合いが付けられない。

    (いつか、おれは、)

    この人のことも、壊してしまうのだろうか。
    痛む眼球の奥を無理矢理やり過ごして、ドフラミンゴはそんな事を思った。

    ******

    『……わたしが父親で、ごめんな』

    本当に、そうだと思う。
    あのまま、彼が人間になりたいなんて言い出さなければ、自分達は愚かな事にも気が付かず、色んな物を踏み躙りながら生きていた筈だ。
    その不様な生涯を終えたとしても、きっと、それが不幸だということにも気が付かなかっただろう。
    (……何より、)
    兄上が、彼を殺すなんて、そんな、あまりに重たい罪を、背負うことも無かったのに。
    「……」
    ぱちりと、大きな瞳が開いた。
    視線を横に流すと既に日は落ちていて、部屋の中まで暗い。
    動かない肩を庇いながら、ロシナンテは上半身を起こした。
    暗い医務室は、薬品の匂いに満ちていて、どうにも居心地が悪い。

    「……ロー?」

    足の上に重みを感じて、そちらを見遣ると、小さな体が布団の上で丸くなっていた。
    涙の跡だらけの頬に、ロシナンテは困ったように眉尻を下げる。
    (ほら、結局。おれは、誰も救えない)
    その柔らかい頬をつついて、溜息を吐いた。

    『どうせ、おれは死ぬんだ。別にどっちでも良い』

    可哀想だと思った。兄と同じで。
    その明らかな同情で、この小さな少年を傷付けてしまった。
    巻かれた綺麗な包帯の上から、その、しっぺ返しの跡を撫でる。
    「……痛くもなかった」
    ふわり、ふわりと、その黒い髪を撫でて、ロシナンテは大きな手のひらで自分の瞳を覆った。
    「……痛ェのは、お前の方だったよな。……ロー」
    その痛みは、どうして自分には降りかからないのか。
    いつだって、傍らの少年がその痛みを負うのだ。
    その時、ローの小さな背中が、少しだけ震えた事に、ロシナンテは気が付かなかった。
    「ロシー。傷はどうだ」
    「……ドフィ」
    カタリと、静かに扉が開いて、ドフラミンゴが顔を覗かせる。
    取り繕うように顔を上げて、ロシナンテは情けない顔で笑った。
    「なんだよ、酷ェ顔してるぞ」
    「……ほっとけ。それならお前もだ。ロシー」
    力無く言い合うと、ドフラミンゴはロシナンテの上で眠るローをちらりと見下ろす。
    そして、少しだけ、気の抜けたような笑みをこぼした。
    「えらく懐いてるな」
    「……おれが、執着してるだけだ」
    妙に、強い目つきで顔を上げたロシナンテに、ドフラミンゴが気圧される。
    一度、その手のひらがローの頭を撫でた。
    「このガキに、お前、何を見てる」
    「さァな。でも可哀想なガキを、放っておけねェんだ」
    怯むという、枷を持たない危険な存在。
    その枷に、自分はあの時成れなかった。
    その後悔を見透かして、苛ついたようにドフラミンゴは舌を打つ。
    「どいつもこいつも……。うんざりだ。お前ら、一体このガキに誰を見てやがる……!」
    暗い室内で、サングラスに月明かりが反射する。
    ドフラミンゴはロシナンテの首を掴んだ。
    同じ衝動を、同じ価値観を、共有できるただ一人の同胞。
    そうだ、同じ目つきをしていたから、拾ってきた。

    「ドフィ」

    ロシナンテの片腕が、ドフラミンゴの首に掛かり、その体を引き寄せた。
    頬に当たった、柔らかい髪にドフラミンゴは思わず息を呑む。

    「本当に、この世は、おれたちに、優しく無いのか」

    ロシナンテがゆっくりと吐いた言葉に、ドフラミンゴの眉間に皺が寄った。
    同じ血が、流れている割に弟はこの厄介な衝動を持たない。

    『どうして、そう、不幸になろうとするんだい。お前は、幸せに、なれるんだよ』

    口角の下がった唇が、小さく震えて、掠れた呼吸を繰り返した。
    そんなの、言われなくても、分かっていた。

    「優しいと、困るんだ」

    震えるその大きな体に、ロシナンテはため息を吐いて、痛みを伴う肩をやっと動かすとその肩を抱く。
    こんなところで生きていたら、いつの間にかこの男にも、枷が嵌ったのか。

    「もう、諦めようぜ。……ドフィ」

    ******

    『ロー。お前は、海兵になれ。おれはお前を、十年後のおれの右腕として鍛え上げてやる』
    『……どうせ三年後におれは死ぬ』
    『フフフッ!それは、お前の運次第……!』
    朝、目が覚めたローはドフラミンゴの執務室に呼ばれ、一方的にそう宣言された。
    それを受け入れたのは、ただ、

    『……痛ェのは、お前の方だったよな。……ロー』

    『珀鉛病は中毒だ。他人には感染しねェよ』

    ただ、少しだけ、この世界を壊したら、後悔するかもしれない事ができたからである。
    こうして、数奇な人生を歩む白い街の少年は、海軍本部に錨を降ろす事となった。

    「す……」
    「あァ?」

    ドフラミンゴの執務室。
    至極真面目に仕事をしているドフラミンゴの横に設えた学習机で本を読んでいたローは、突然妙な声を上げた。
    不思議に思ったドフラミンゴがちらりとその小さな頭を覗き込むと、窓の外に随分と明るい顔を向けている。

    「久しぶりだなァ、少年。……少し、大きくなったか」
    「すなのおうさま……!」
    「……げ」

    窓枠に降り立った砂の塊が、徐々にクロコダイルの姿に変わった。
    随分と真っ当な笑顔を見せたクロコダイルに、ドフラミンゴは素直に嫌そうな声を出す。
    「何の用だ。"サー"・クロコダイル。七武海用の入り口はここじゃ無ェだろう」
    「クハハハ。お宅の大将殿に呼ばれてね。ついでに准将殿の顔でも見ておこうかと」
    「……結構だ。貴賓室で待機してろよ。部外者が」
    親指で扉を指したドフラミンゴに、クロコダイルは相変わらず上機嫌で笑い声を上げ、慣れたように部屋の中へと入り込んだ。
    「土産だ。おれの国で流行っていてな」
    「お前の国ではないよな」
    「……おおお!」
    ローの机に紙袋を置いたクロコダイルへ、ドフラミンゴは冷静に口を挟む。
    顔を輝かせたローは、その紙袋の中を覗き込んだ。
    紙袋の中の小さな箱には、"クンフーサブレ"と書かれた洒落た箱。
    中身はクンフージュゴンの形をしたサブレが詰められていた。
    「お前、甘やかせば良いだけの親戚のオジサンポジションを狙うの止めろよ」
    「クハハハ!すまないね、根暗ミンゴ君。砂の王は誰にでも優しいのさ」
    「すなのおうさま!ありがとう!」
    割と、可愛いものが好きらしいローが、嬉しそうに言うと、その大きな手のひらで、小さな頭を雑に撫でる。
    「あれ?クロコダイルさん居るじゃねェか。センゴクさんが来ないって騒いでたぞ」
    「コラさん!」
    ノックも無しに扉が開き、ロシナンテが顔を覗かせた。
    またもや明るい顔で、ローが貰ったサブレをロシナンテに見せる。
    「わぁ、毎回悪いな、クロコダイルさん。良かったなー、ロー」
    ニコニコとだらしない顔で笑うロシナンテを、一瞬、冷ややかな視線で見たクロコダイルは、すぐに取り繕うような笑みを浮かべた。
    机の上に、まるで、兄弟のように並んだ、三人の写真が飾られていて、クロコダイルはげんなりと心の中でため息を吐いた。
    「素敵な家族ごっこだ。大事にしろよ」
    「うるせェ」
    なりを潜めた危うさに、拍子抜けしたようなクロコダイルはひらひらと手のひらを振りながら、扉へと向かった。
    つい、先日まで、この男の背後は、もっと、暗かった筈だ。

    (……つまんねェなァ)

    一人胸中で呟いて、クロコダイルは妙な温度を持つ部屋を出て行った。

    ******

    「約束の時間は過ぎているぞ。クロコダイル」
    静かな部屋に、重く響く声。丸い眼鏡に反射する、午後の明かり。
    海軍本部"大将"、センゴクの元に馳せ参じたクロコダイルは、その苦言にもつまらなそうに眉尻を下げるだけだ。
    「海軍本部で病が流行っていてな。人手不足なんだ」
    その様子にも構わずに、口を開いたセンゴクは困ったようにため息を吐く。
    大将直々のご依頼に、そう、明るいものは無いだろう。
    クロコダイルは乗り気にならない胸中を、隠すように薄く笑った。
    「近日中に"海賊"ディエス・バレルズとの取引がある。その護衛が今回の任務だ」
    海賊と取引をする海軍本部。その、随分とキナ臭い内容にクロコダイルは思わず手のひらで顎を擦る。

    「……三週間後、北の海、ルーベックに向かえ。」

    何か、良くない事が起きる。

    そう直感したクロコダイルの心中を表すように、ドフラミンゴの執務室に置かれた写真立てのガラス面が割れる。
    それに、誰も気付きはしなかった。

    ******

    『……オペオペの実……、は、……億、』

    『三週間後……、ルーベックに……が、』

    ジジ、ジジ、と、殆どノイズに遮られた通信が電伝虫から流れ出る。
    その耳障りな会話を自室で聞きながら、ドフラミンゴの口角が上がった。
    "リミット"は、"三年"。
    随分早く、その時が来たものだ。
    元海軍将校だった、"海賊"ディエス・バレルズとの間で交わされる極秘の取引。
    五十億などという大金を、海軍本部が動かせる訳が無かった。
    (……政府が、絡んでやがるな)
    その憶測に、笑いが止まらない。
    聖地に首を持って行ったあの日、奴らに殺されかけたあの日から、ドフラミンゴの頭の中には、二つの算段が巣食っていた。
    一つは、この世のシステムを破壊する方法。
    もう一つは、この世のシステムを牛耳る方法だ。
    (奴らは、おれを、持て余している)
    あの馬鹿共がこの時代を恐れているのには、訳があった。
    (世界政府から、オペオペの実を横取りしても……、)
    「おれなら、或いは、」
    許されるかもしれない。

    *******

    「……どうかしたか、センゴクさん」
    昼食の後センゴクに呼ばれ、執務室を訪れたロシナンテは、二人の時にしか見せない些か緩んだ顔で扉を開けた。
    いつも通り忙しそうに書類の山に埋もれたセンゴクを、少しだけ心配そうに見る。
    「ああ、ロシナンテ、悪いな」
    「……いや、忙しいなら後にしますか?」
    気遣うロシナンテに、大丈夫だと言ったセンゴクはデスクの下から何やら紙袋を取り出した。
    大きめのそれには、新世界で大人気のキッズ向けアパレルブランドのロゴ。
    「ローに着せてやれ。そろそろ寒くなる。任務で新世界に行った時に見つけてな」
    「おおお……!」
    紙袋からふわふわの部屋着を取り出したロシナンテが、キラキラと目を輝かせた。
    フードにはクマのような耳まで付いている。
    「ぜってー可愛いじゃん!流石センゴクさん!」
    「いいか、ロシナンテ。着せたら、」
    「写真な。オッケーオッケー!任せてくれ!」
    既にローの洋服は十着目のプレゼントだが、二人はその貢ぎ方に違和感を感じていなかった。
    「……ロシナンテ、本題なんだが」
    ひとしきりはしゃいだ後、湯呑を傾けたセンゴクは、改まった様子でロシナンテを見る。
    紙袋を足元に置いたロシナンテは、怪訝そうにその顔を見下ろした。
    「……近々、超極秘の取引がある」
    「超極秘?」
    「"海賊"ディエス・バレルズから、オペオペの実を買う」
    「ハァ⁉︎海賊と⁉︎しかも、オペオペの実って、何で、」
    「……"上"絡みでな」
    敵対する海賊と取引をすること自体相当後ろ暗いが、その取引される悪魔の実にも、ロシナンテは不信感が湧いて出る。
    聞き齧った知識だが、奇跡を起こせる人体改造能力。
    (それを、)
    必要とする生命は、今、この海軍本部に居るというのに。
    「……その実は、誰が食う予定なんです」
    「……そこまでは知らされていない」
    「なァ、センゴクさん。その実があれば、」
    「黙れ……!」
    センゴクの拳が机と衝突し、大きな音を立てた。
    言われなくてもそんな事は、この男にだって分かっている。
    昂った感情を抑え込んだセンゴクは、一度息を吐いた。
    「……すまん。取引が無事終了したら、実の能力者にローの病気を治して貰えるよう、便宜は図るつもりだ」
    この組織の"上"が、そんな、人間らしい感性を持っているとは到底思えない。
    それでも、それがセンゴクの立つ場所で出来る精一杯なのだろう。
    ロシナンテは、困ったように頬を掻いた。
    「ドフラミンゴが、この取引に勘付いている」
    「……ドフィが?」
    痛む頭を押さえるセンゴクが、絞り出すように言った兄の名前にロシナンテは声を上げる。
    確かにドフラミンゴは何かと鼻が利く。
    「奴が……妙な気を起こさないよう、見張っていてくれないか。ロシナンテ」
    「……おれに、ドフィを止めるのは無理です」
    「動向を私に知らせるだけで良い。……この取引は政府案件なんだ。奴が何かを起こしても、庇いきれん」
    苦しげに言ったセンゴクに、ロシナンテは思わず苦言を飲み込んだ。
    聖地から、降ろされた神の子ども。
    出禁を突き付けた割に、この場所からは追い出さない"上"の連中。
    考え出せばキリが無い、あの日出会った小さな二人の少年を取り巻く全てが後ろ暗い事に、センゴクは気付いていた。
    何か、何かを起こせば、奴らは呆気なく、この二人を消し去ってしまうのではないか、そう、ずっと、危惧している。

    (或いは、その、"逆"か)

    手を、出しあぐねる理由が、何かあるとしたら。
    それなら、
    「センゴクさん……あんた、ドフィを、けしかけるつもりですか」
    たった今、まさに、思っていた事を口にしたロシナンテに、センゴクの瞳が揺れた。
    ロシナンテは珍しく感情の読み取れない顔で見下ろしてくる。
    「あんたが、隠そうと思えば、流石のドフィだって掴めない筈だよな。……センゴクさん本当は、そうなる事を望んでいるんじゃねェのか」
    「ロシナンテ、聞け、」
    「そうなんだよな⁉︎おれたちが元天竜人だから、何かの特権が働くことを期待してるよな……⁉︎」
    そうやって人間が、あの男を踏み躙るから、ドフラミンゴはいつまで経っても安らかに眠れない。
    ロシナンテの手のひらが、センゴクの胸倉を掴んだ。

    『……優しいと、困るんだ』

    世界が、優しいままで居てくれないと、あの男は、また、誰かに銃口を向けてしまう。
    ロシナンテはそれが怖いのだ。

    「おれたちは……ただ、マリージョアで生まれただけだ!おれも、ドフィも……ただの人間なんだよ!センゴクさん!」

    呆気にとられるセンゴクの襟を離して、ロシナンテはフラリと後退る。
    "上"も、"下"も、皆線を引きたがるが、あの地に住まう生き物ははじめから、人間なのだ。
    「……すまない、ロシナンテ。本当に、奴を仕向けるつもりは無いんだ。信じてくれ」
    疲れ切った顔で、呟いたセンゴクは、汗の滲んだ額を撫でる。
    立ち尽くすロシナンテを見上げて、奥歯を噛み締めた。

    『現場で人の命を取るのはワシらだで!ならばせめてオハラの学者たちが完全な悪だという証拠をくれ!』

    前にも、世界政府の名の下に、踏み躙った生命がある。
    次に、踏み躙るのは、あの、珀鉛病の少年か。
    それとも、元天竜人の哀れな男か。
    「……オペオペの実は、諦めよう。ロシナンテ。また、きっと、チャンスは来る」
    「……センゴクさん、」
    「ドフラミンゴを、頼むぞ。ロシナンテ。奴らは、口実さえあれば、あいつの首を刎ねるかもしれん」

    ******

    「……どこへ行くんだい」
    深夜。月の明かりが差し込む長い廊下。
    海軍本部内は、当直の僅かな海兵以外に、誰も居ない筈だった。
    バレルズとの取引まで、もう、幾日も無い。
    いつも通り、四階の廊下の窓から外へ飛び出そうとした男は、つるの声にゆっくりと振り返った。
    「……北の海、ルーベック」
    にんまりと歪む、その唇から低い声が漏れて、サングラスがギラリと光る。
    その二つの地名が意味するところを、つるは知らなかった。
    それでも、肌を焼くような嫌な予感に抗えずつるはここに立っている。
    「こんな時間に、出て行く事があるのかい」
    「フフフッ。なんだ、あんたも知らねェのか、中将殿。トップシークレットだったか」
    「……何の話だい」
    自分の預かり知らない後ろ暗い案件は、この海軍本部には数え切れない程存在していた。
    それなのに、この妙な予感は何だろうか。
    また誰かが、この男を傷付けてしまう。そんな、悲しく怖い出来事が起こる気がした。
    「"海賊"ディエス・バレルズから、海軍本部は50億でオペオペの実を買うらしいぜ」
    そんな、キナ臭い取引は、この世界の下請けでは稀にある事。
    そんなものよりも、つるはドフラミンゴの口にした悪魔の実の名前に眉を顰めた。
    その心中を目敏く見抜いたように、ドフラミンゴは嬉しそうに笑う。
    「あんた、今、欲しいと思ったろ。あの実がありゃァ、可哀想なガキを一人救えるもんなァ」
    笑う、笑う、ドフラミンゴの口元に、つるは相変わらず厳しい表情を浮かべた。
    大金が動くなら、それは政府の案件である。
    そんなものに、この男は、手を付けようとしているのか。
    「世界政府から、横取りでもするつもりかい。そんな事をして、どうなるか分かっているのかい」
    「フッフッフッ!どうだろうなァ。それを、試してみてェと思ってたんだ」
    ドフラミンゴの言葉の意味が分からないつるは、初めてその表情を歪めた。
    確かに、この男には世界貴族の血が流れている。
    しかし、今、その立場には居ないのだ。

    「あんたが、止めろと言やァ、おれァ止めるぜ。……どうする、中将殿」

    試すように、その目を覗き込むサングラス越しの瞳は、どうやったって見えない。
    つるの逡巡を見透かして、ドフラミンゴはまた喉の奥で笑い声を上げた。
    元より誰かの牙になるつもりは無い。
    「冗談だ。そう怖ェ顔をしないでくれ」
    「……お行き」
    「……あァ?」
    窓枠に足を掛けたドフラミンゴの背中に、思いがけない台詞がぶつかった。
    掠れる声で振り返ったドフラミンゴの正面で、つるはその大きな男を見上げる。

    「お前なら、上手くやれるんだね?お前はそれで、傷つかないかい?」

    その細い肩に似合わぬ眼光で、ドフラミンゴを見上げたつるは、まさしく、中将だった。
    二の句が継げないドフラミンゴの口元から、笑みが消える。

    「お前に、賭けて、いいんだね?」

    一度、バチリと合った視線に、ドフラミンゴの方が逃げるように瞳を細めた。
    これから仕出かす大きな事件が、痛みを伴うかどうか、そんなこと、ドフラミンゴにも分からない。
    「おれに賭けるなァ、正解だ。上手くもやれる。……だが、傷つかない選択はこの海にゃァねェだろう」
    「帰ってきたらみんなで、ごはんでも食べようか。ドフラミンゴ」
    その、あまりにも平和ボケした物言いに、ドフラミンゴの口角がグイ、と下がった。
    人間も、この世を支配する神気取りも、システムも、時代も、全てが全て、大嫌いだ。
    その中に紛れ込む、目眩がする程、眩しい何か。
    そんな物があるから、きっといつか、自分は、許してしまう。
    「……あんたは、人間なのに優しいなァ、おつるさん」
    そう呟いて、そのハイカラな猛鳥は夜の空へと羽ばたいた。
    それを見送る共犯は、自分の震える肩を抱き締める。

    「頼んだよ。ドフラミンゴ」

    ******

    『ドリィー!酒を運べェー!』

    『バカげてるぜェ!政府は頭でもおかしくなったのか⁉︎』

    「フー……」

    寒い。しかも、雪だ。
    海軍本部から命を受けて、北の海はバレルズ達の拠点"ミニオン島"に張っているクロコダイルは、そのアジトの屋根の上で葉巻の煙を吐き出した。
    今は止んでいる雪も、いつまた降り出すかは不明。
    濡れるのは避けたいクロコダイルが、"何故おれなんだ"と心の中で悪態を吐いた。
    いつまでこの馬鹿共が、巨額に浮かれているのを聞いていなければいけないのか。
    ふと、その耳に、妙な羽音が届いた。
    その瞬間、クロコダイルの瞳がギラリと光る。
    (……お出ましだ)
    この据え膳を、みすみす逃すような男なら、クロコダイルが興味を抱く事も無かっただろう。
    バサバサと羽ばたく、正義のコートが視界の端に映ったところで、クロコダイルの体はサラサラと崩れていった。

    ******

    (海軍本部と、バレルズの取引は三日後。……なら、奴らの拠点を叩いた方がはやいな)
    天駆ける夜叉の名に違わず、空中を猛スピードで移動するドフラミンゴは、ルーベックを素通りし、ミニオン島を目指す。
    奪うのは、簡単だ。全員、殺せばいい。
    大切なのは、その後の行動だった。
    知ってしまった、奴らの心臓。送り込まれる刺客。生き延びた過去。
    この地に生きる、操られる馬鹿共とは、

    (……おれは、違う)

    それを、確かめる時が来たのだ。

    ******

    「コラさん、ここどこだよ。なァ、コラさん」
    「……ちょっと黙ってろ、ロー。もうすぐだから」
    ザクザクと、雪を踏みしめて歩く影が二つ。
    小さな手のひらを握り、ひたすら歩みを進めるロシナンテは、何本目か分からない煙草に火を点けた。

    『ロー。オペオペの実は、お前が食うんだ』

    『世界中を敵に回す事になるが……それでも、生きるんだ』

    『病気を治したら、二人で海へ出よう。世界を見て回ろうぜ』

    思い詰めた顔で、ローを海軍本部から連れ去った割に、海の上でロシナンテはやけに饒舌だった。
    それなのに、この雪の降る島に降り立ったロシナンテは、緊迫した面持ちで、ひたすら前へと進むのみである。
    (悪い、センゴクさん)
    さっきの状況報告では、ドフラミンゴがローを連れてミニオン島へ入ったと告げた。
    未だ、海軍本部はロシナンテの思惑には気付いていないだろう。
    このまま、ドフラミンゴよりもはやく、オペオペの実を奪いローに食べさせ雲隠れする。
    ドフラミンゴの算段も未遂に終われば、そう咎められる事はない筈だ。

    「……コラさ、ちょっ、と、待って、」
    「……ロー?」

    握っていた小さな手のひらが、ズルリと滑って、ロシナンテの大きな手から離れる。
    ゾッとして振り向けば、雪の上にその小さな体が転がっていた。
    「ロー!……おい嘘だろ!ロー!」
    驚いたロシナンテが駆け寄り、その熱を持った体に触れる。
    今度はちゃんと、救えると思っていた。
    この少年が魘される悪夢を、振り払えると思っていたのに。

    「頼むよ……!ロー!おれに、チャンスをくれ!」

    それが、一体なんのチャンスなのか。それを、ロシナンテは理解していない。
    か細い呼吸を繰り返す、ローの体を抱き上げて、ロシナンテは雪を避けられる場所を探した。
    その白い肌が熱で真っ赤に染まっている。
    「こらさん、」
    弱々しく、自分の名前を呼ぶローに、ロシナンテはぐ、と、唇を噛み締めた。
    そして、岩場の影にローを座らせるとその頭を撫でる。
    「ロー、ここで少し待っていてくれ。オペオペの実を、必ず持ってくるから」
    「コラさん、待って、」
    「大丈夫だ。必ず、戻ってくる」
    震える手のひらを一度掴んで、ロシナンテは立ち上がるとくるりと踵を返した。
    その瞬間、足裏が滑って大きな体が雪の上に倒れ込む。
    妙に冷静な、ため息が聞こえた。
    「雪、滑るから気をつけろよ……」
    「……はい」

    ******

    (……なんで、あいつが居るんだ)
    ゆっくりと廃墟街へ入ったドフラミンゴは、妙に静かな空間で窓の灯が一つ一つ消えていく様を眺めていた。
    無音の中、割れた窓ガラスに弟の存在を悟る。
    中将にも知らされていないこの取引を、中佐のロシナンテが知る術は一つだ。
    (……センゴクの差金か)

    「……!」

    そう思った瞬間、僅かな明かりの反射を捉えて、意識する前に体が動く。
    金色の一閃がドフラミンゴの頭を空振って、空を切る音がした。
    まるでネオンの残像のように、赤い眼光が軌道を描く。
    (役者が、多いな)
    思い至ったところで、ドフラミンゴの体を砂が巻いた。
    その中から現れた、金色の鉤爪がドフラミンゴの眼前に迫り、それを糸で受け止める。
    甲高い音だけが響き、深いグリーンのコートが雪の上で翻った。
    「……テメェは、お呼びじゃねェぞ。"サー"・クロコダイル」
    「残念、おれはお呼びなのさ、ドフラミンゴ君」
    どちらともなく弾かれて、雪の上で対峙する。
    ドフラミンゴの隠された瞳に、クロコダイルの瞳孔が細くなった。
    「バレルズに手を出すなら、おれァ黙っちゃァいねェぞ。こっちも仕事でね」
    「そうかい。特に眼中にねェから、勝手に騒いでてくれ」
    落ち着き払って、静かに言った瞬間、同じタイミングで雪を蹴る。
    ドフラミンゴの鼻先に突き出された指輪だらけの手のひらに、思わず顔を背けた。
    逃げ切れなかったドフラミンゴのサングラスが静かに雪の上に落ちる。
    一瞬で、糸に巻かれたクロコダイルの体がピタリと止まった。
    「何だ、隠すには勿体無ェ面じゃねェか。好みの顔だぜ」
    初めて見たその顔にクロコダイルが随分と嬉しそうに笑う。
    ドフラミンゴのこめかみでブチブチと何かが切れ去って、右目が獰猛に開いた。

    「……おれァ言ったよなァ、首輪が、外れたら、気を付けろと」

    クロコダイルの体が砂になり、絡まる糸を抜けた瞬間、ドフラミンゴが低い唸り声を上げる。
    その眼光を受けて、クロコダイルはニヤリと口角を上げた。
    対峙するだけで、こんなにも高揚する。
    身も凍るその憎悪を、普段一体どうやって隠しているのか。

    (……ああ、こいつと、)

    敵対できて、本当に良かった。

    冷静沈着、頭脳明晰、海軍本部の若き天夜叉。
    その面の下は、ドロドロと憎悪渦巻く化物か。
    その表裏にクロコダイルはずっと、興味がある。

    「おれの首輪は、外れたぜ……"鰐野郎"。棺桶の準備は出来てるか」
    「すぐに出来るぜ。墓標の要らねェ棺桶だ。テメェも気に入ってくれるよなァ⁉︎"フラミンゴ野郎"!」

    お互いが、お互いに、そんな口がきけたのか、などと、些か場違いな事を思う。
    クロコダイルの振り上げた手のひらの中に、小さな砂嵐が現れた瞬間、相変わらず無音の中、背後で大きな爆発が起きた。

    ******

    「……おい、あれ、いいのかよ」
    「……准将殿が良いと思うなら良いのでは」
    「良い訳あるか」

    わらわらと、爆発した廃墟から飛び出すバレルズの一味を後目に、掴み合う寸前の二人はその格好のまま制止して、思わず顔を見合わせる。
    何となく、嫌な予感を感じたドフラミンゴはクロコダイルに背を向けて、何とか原型を保つバレルズのアジトへと足を踏み入れた。
    「……ドンキホーテ・ドフラミンゴ⁉︎テメェら裏切りやがったな⁉︎悪魔の実を盗んだのもテメェらか⁉︎」
    「……だったら、苦労はしねェよ」
    逆上し、がなり立てたバレルズが向けた銃口を払い、ドフラミンゴは苛ついたようにその顔面を蹴り付ける。
    倒れ込むバレルズの首を、いとも簡単に刎ねた。
    その、躊躇いのなさに、残党達は息を呑む。
    先程の獰猛な眼光はなりを潜め、普段は見えないその眼球は、暗く、暗澹としていた。
    「……お前らに、生きていられちゃ困るんだ」
    譫言が吐かれた直後、ドフラミンゴの手のひらから現れた糸が光を反射し、次の瞬間にはまるで操られたように、バレルズの一味が武器を構え出す。
    「うわぁあ!やめろ!どうした⁉︎」
    「知らねぇ!体が……勝手に!」
    突然始まった同士討ちに、騒然となった場を後にしたドフラミンゴは、空の木箱を一瞥し舌を打った。
    (オペオペの実は……ロシーが奪った後か)
    何故、とは思わない。
    奴はローに銃を握らせないよう必死なのだ。
    もう救えない、誰かの代わりに。

    「ドリィ!助けてくれ!」

    出口へ向かったドフラミンゴの足が、正面で自分を見上げる少年に止まった。
    後ろで殺し合う連中は、情けない声で少年の名を叫ぶ。
    バレルズの一味らしい顎に傷のある少年は、目の前で繰り広げられる騒動に酷く、怯えていた。
    ちらりと、その視線がバレルズの落ちた首に向く。
    「いい名前だな。小僧」
    茶化すように見下ろして言えば、"ドリィ"は一度ドフラミンゴの顔を見上げた。
    その、がらんどうの瞳をドフラミンゴは意外そうに見つめ、口元の笑みを消す。
    束の間、合った視線はすぐに逸らされ、少年は踵を返した。

    「M・C53210。准将。ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

    走り出した少年の背中に、ドフラミンゴは低い声を投げる。
    僅かに振り返った少年の瞳は、許容できた。
    「ルーベックに軍艦が停泊しているから、そこでそのコードと名前を伝えろ。運良くそこまで辿り着ければ、助けてくれるかもな」
    もう、振り返りはしないその背中を、ドフラミンゴはしばらく、見つめていた。

    ******

    (やったぞ!ロー!オペオペの実だ!お前の病気を治せるぞ……!)
    ザクザクと雪を踏みしめて、ロシナンテは手の内にある奇妙な果実を握り締める。
    ドフラミンゴの仕業だろう。仲間同士で殺し合う海賊達の悲鳴を聞きながら、ロシナンテはゴーストタウンを駆け抜けた。

    『どうせ死ぬんだろ⁉︎さっさと追い出せよ!あのガキは、"ホワイトモンスター"だ!』

    『兄上やめてー!』

    『お前の首で、聖地へ戻る!』

    人間の本性は残酷だ。

    (だけど、)

    『もう、中佐か……。あんなに小さかったのに……。はやいものだな、ロシナンテ』

    『ロシナンテ、おいで。ごはんにしよう』

    "それ"だけじゃないと教えるくらい、別に良いだろう。
    その時、走るロシナンテの目の前に、音も無く大きな影が舞い降りた。
    見覚えのあるその風体に、ロシナンテは一度、悲しげに眉を顰める。
    無視し続けた傷跡が人知れず開き、血を流し始めた事実を、いい加減直視する時が来たようだ。
    「こんなところで何をしている。ロシナンテ」
    「……ドフィ」

    ******

    「……どうしたもんかね」
    雪の上に散った、真っ赤な血を見下ろしながら、クロコダイルはゆったりと歩く。
    同士討ちを始めた馬鹿共の間をすり抜けながら、うんざりと顎を擦る。
    バレルズは死んだ。悪魔の実も無い。
    一応、無事に取引が終わるように護衛することが、クロコダイルに与えられた任務であったが、既に失敗と言える。
    そもそもこんな公表できない取引に、海賊を関わらせるなど理由は一つだ。
    何かあればすぐに尻尾を切れる、その後腐れの無さ。
    (……トンズラしちまうか)
    いやしかし、七武海の椅子は捨てがたいな、などと、腹の中で悶々と自問自答を繰り返した。

    「すッ……!」
    「……あァ?」

    考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか街外れまで来てしまったらしい。
    突然上がった子どもの声に、クロコダイルは思わず下を見下ろした。
    「すなのおうさま……!」
    「……少年。こんなところでどうした。随分具合が悪そうだが……。兄貴はどうした」
    見覚えのある、海軍本部の馬鹿共のガキ。
    キラキラとした瞳で見上げてくるローに、クロコダイルは些か面食らって気だるげな瞼を開いた。
    兄貴という単語に、ローは泣きそうに顔を歪めて小さな手のひらでクロコダイルのコートを掴む。
    「……コラさん、戻って来ねェんだ!きっとどっかでドジって泣いてるに決まってる!すなのおうさま!頼むよ!助けてくれ……!コラさん、おれのためにオペオペの実を盗みに行ったんだ……!」
    (あの爆発は、弟の仕業か)
    その言葉に、何かと合点のいったクロコダイルはくわえていた葉巻を砂にしてから、ローの目の前にしゃがみ込んだ。
    「頼むよ……、絶対に死んで欲しくねェ人なんだ……!」
    ローの瞳から、やっとこぼれた涙に、クロコダイルは何の感慨も抱かなかった。
    踏み躙られた白い街の死に損ないが、あの兄弟に執着する要因は充分である。
    クロコダイルは黙ったまま、親指でローの目元に触れた。
    後から後から、流れる涙を吸い取ると、乾いた頬にローが不思議そうな顔をする。

    「……男が、みっともなく泣き喚くのはいけねェなァ」

    そう言ってから、着ていたコートでローを包み立ち上がった。
    「連れてきてやるから、待ってろ」
    「ほ、ほんとか⁉︎ありがとう、すなのおうさま!」
    この少年の、英雄になるのも悪くない。
    どうせもうこの島でやる事も無い。
    いくつも言い訳を考えてから、クロコダイルはローに口角を上げて見せた。

    「馬鹿野郎。海賊に、礼なんか言うもんじゃねェぞ」

    サラサラと崩れたクロコダイルの姿に、ローは未だ輝く瞳のまま、かっこいー……、と呟く。
    風に巻き上げられた砂が、天高く登っていく様をずっと見ていた。

    (……クソ寒ィな)

    一方、コートを無くした"すなのおうさま"が、そんな悪態を吐いた事を地上の少年が知る由もない。

    ******

    「ロシーお前、オペオペの実を持っているな」

    殺し合う、背後の喧騒が妙に遠く感じる。
    ドフラミンゴは対峙した弟に、低い声で問いかけた。
    目の前のロシナンテは苦しげな表情のまま、一歩、後退する。
    「お前こんな事を仕出かして、この後どうするつもりなんだ」
    「……ローの病気を治して、二人で逃げる」
    その台詞に、ドフラミンゴの額に筋が浮いた。
    いつもそうだ。楽観的で平和ボケした、自分とは相容れぬ価値観。
    「……おれに任せておけ、ロシー。全て丸く収めてやる。オペオペの実を寄越すんだ」
    「馬鹿言うなよ、ドフィ。この実に手を付ければ、世界政府に目を付けられる。今まで通りなんて無理に決まってる!」
    「……おれは、」
    酷く、平凡な事を言ったロシナンテに、内心失望したドフラミンゴの視界に、場違いな物が映り込んだ。
    遠くの方に見える港へ、軍艦が現れたのである。
    取引は、三日後のルーベック。
    バレルズ達のアジトであるミニオン島に、海軍は用など無い筈だ。

    (……全部、嘘か)

    それもそうだ。あんなにも海軍本部に馴染んでいるロシナンテが、海軍を捨てる決断などできる筈が無い。
    センゴク辺りに兄の監視でも命じられたか。
    その筋書きに、ドフラミンゴの口元が奇妙な弧を描く。
    「フフフッ。軍艦を呼んだのはお前か、ロシー」
    やっと港の様子に気が付いたロシナンテは、ぐ、と言葉を詰まらせた。
    それを肯定と取ったドフラミンゴは、おかしそうに笑い声を上げる。
    (お前は、紛れも無くあの男の息子だ。ロシー)
    取り返しのつかない問題で、正解を選べない敗者。
    何故彼らは、こうも自分の邪魔をするのか。
    「ドフィ、オペオペの実は諦めてこのまま帰れ」
    「お前こそ、何故おれの邪魔をするんだ!おれに任せておけば……全て丸く収まるんだぞ!」
    「そんな訳あるか!人間一人が、世界を敵に回すんだぞ……!今まで通りなんて、そんなの無理だ!」
    ブツン、と、ドフラミンゴの頭の中で、張っていたものが切れ去った。
    弟の裏切り、ままならない現実。待っている、"あの人"。

    『お前はそれで、傷つかないかい?』

    (……馬鹿言うな)

    (この世は、おれに、優しかねェんだ)

    ドフラミンゴの腹の中で、黒い何かが渦巻いていく。
    酷い目眩がして、吐きそうだった。
    するりと、縋るように懐へ手を伸ばし小さな銃を掴む。
    「……おれを、」
    チカチカと、目の前がやけに眩しくて、ロシナンテの姿が眩んだ。
    ああ、そうだ。前も、そうだった。
    いつだって、この破壊衝動に折り合いが付けられない。
    ズキズキと痛む頭に追い立てられるように、懐から手のひらを抜いた。
    あの時、あんなに大きくて重かった銃は、もう、こんなにも小さくて軽い。

    「おれを……人間と呼ぶんじゃァねェよ!」

    向けられた銃口をロシナンテは、ただ、ぼんやりと眺めていた。

    ******

    『おれを……人間と呼ぶんじゃァねェよ!』

    いとも簡単に千切れた枷に、ロシナンテはモヤモヤと湧く焦燥を感じた。
    怯むという枷を持たない、哀しき怪物。
    (……また、)
    また、傍らの少年を傷付けてしまうのか。
    ロシナンテはその現状に、思わず奥歯を噛み締めた。
    (いや、違う)
    ずっと、後悔している。
    兄に父親を撃たせた事を。
    その後悔に些かうんざりしてきただけだ。
    海軍本部でローを止めた時だって、嫌だったのはまた止められなかった後悔を抱く事。
    (……自分勝手な野郎だな、おれは)
    手に入れた安穏まで捨てて、あの少年に、優しい世界を見せようとしたのだって、結局そういうことだ。
    ロシナンテは、震える指で懐の愛銃を握る。

    (結局、救われたいのは、おれ自身だ)

    「なんの真似だ……ロシー」
    懐から抜かれたロシナンテの手のひらに握られた銃を見て、ドフラミンゴが低く唸る。
    大方、全員死に絶えたのか、その白い雪の上に立っているのはもう二人だけだ。
    『お前に、賭けて、いいんだね?』
    衝動のまま引き金を引けなかった理由に、ドフラミンゴはうんざりとして、動かない指と向けられた銃口にぎりぎりと奥歯を噛み締める。
    「ドフィ。ほんとは、何にも囚われずに、ただ、あの優しい場所で普通に過ごして欲しかった」
    ロシナンテの瞳が妙な光を含んだ瞬間、本能が、反射的に指に力を込めた。
    引き金を引く瞬間、やけにスローモーションでロシナンテの顔が悲しげに歪む。
    彼の指がいつまで経っても引き金を引かない事に、ドフラミンゴは心底、後悔をした。
    この土壇場で引き金を引いたのは、結局ドフラミンゴだけだった事に、"やっぱりな"と心の中で笑い声を上げる。
    (……お前は、本当に、あの男にそっくりだ)

    「おれは……お前らのような人間とは違う」

    そう呟いた瞬間、引き金を引いた筈のドフラミンゴの指が思い切り空振り、ザラリとした砂の感触だけが手のひらに残った。
    視界の端で、黒い艷やかな髪が揺れる。
    金色の瞳にまるで絡め取られるように吸い寄せられた。

    「バーカ。テメェも、ただの人間だぜ。フラミンゴ野郎」

    唐突に現れた砂の塊が、目の前で人間を形作り、やがて、クロコダイルが姿を現す。
    その右手が掴んだ小さな銃は、ボロボロと枯れ果て、乾いた砂に変わった。

    ******

    『誰だ、お前は』

    暗い、暗い部屋。
    ドフラミンゴはソファに座り、ローテーブルに置かれた電伝虫と対峙している。
    その奇妙な虫が、その先にいる男の顔を模倣し、真一文字に引かれた口元が小さく動いた。

    『ロー、オペオペの実を手に入れたぞ』

    『やったな!ロー!これで病気が治る!』

    ローは、珀鉛をうまく取り出せただろうか。
    それすら確認せずに海軍本部へ戻ったドフラミンゴは、こっそりと自室に帰っていた。
    オペオペの実の取引については、既に"上"には報告されているだろう。
    ミニオン島に現れたセンゴクは空へと飛び出したドフラミンゴに難しい顔をしただけで、特に何も言わなかった。

    「"ドンキホーテ"・ドフラミンゴだ」

    受話器に吐いたその名前に、息を呑む音が聞こえる。
    それに、愉快そうに笑ったドフラミンゴは、小さな受話器を握り直した。

    『なんの用だ。貴様は既に、我々に相対できる程の身分では無いぞ』

    本当に、馬鹿な奴らだ。
    ドフラミンゴは抑えきれない笑い声を押し殺して、一度額を撫でる。
    「ああ、それで結構だ。まァ、そんな事はどうでもいい。……オペオペの実の取引は、失敗したぜ」
    『何故それを、』
    「おれが話しているんだ。遮るんじゃねェよ」
    長い足をローテーブルに投げ出して、ドフラミンゴは鋭く言い放つ。
    主導権がこちらにある事を、何故この馬鹿共は理解しないのか。
    「バレルズ共が取引を放棄し、オペオペの実を持ち逃げしようとしたんで、全員殺して、実は取り返した。感謝してくれ。……だが、なァ、謝らないとならねェ事があるんだ。」
    一度、言葉を切って、静かに息を吸い込んだ。

    『どうして、そう、不幸になろうとするんだい。お前は、幸せに、なれるんだよ』

    こうやって、悪巧みをしていると、決まってあの中将が顔を出す。
    その忌々しさに、ドフラミンゴは心の中で、舌を打った。

    『ドフィ。ほんとは、何にも囚われずに、ただ、あの、優しい場所で、普通に過ごして欲しかった』

    被害者面でがなる、足元の群衆。拭っても落ちない、真っ黒い染み。消えない、この破壊衝動。
    それなのに、あの女と弟は、平和に過ごせと宣った。
    そんな事が、出来ると、本当に思っているのか。
    「手違いで、海兵のガキがオペオペの実を食っちまった。すまねェとは思うが、別に、許してくれるよなァ?誰にでも、間違いはある」
    『……知っているぞ!海軍がフレバンスの子どもを匿っていると……!大方、その子どもにでも食べさせたか!?そんな嘘を、』
    唐突に、ドフラミンゴの長い足が、ローテーブルを蹴り上げた。
    倒れたテーブルと一緒に転がり落ちた電伝虫が、ジタバタとその短い腕を振る。
    「フッフッフ……!嘘?嘘だと……?おれが、そうと言ったらそうなんだよ……!なァ、五老星……!」
    ああ、愉快だ。
    この世はどうやら操れる。
    黙ってしまった受話器の向こうの老人達に、ドフラミンゴはとうとう大きな声で笑い出した。
    あの時知った国宝の存在。奴らの刺客を掻い潜った自分の生命力。それが身に沁みている老人達は、この男に逆らう程馬鹿では無い。

    (あんたが信じる程、おれの背後は明るくない。なァ、中将殿)

    その時、思考の端に現れた彼女を、ドフラミンゴは撃ち殺した。

    ******

    「ドフィ……!ドフィ!」
    「なんだ、ロシナンテ。ノックぐらい、」
    「いーから!つーか何だよ、電気も点けずに!」
    唐突に、ロシナンテが喧しく扉を開けて、ドタバタとドフラミンゴの部屋へ飛び込んできた。
    眠りについた電伝虫をただ眺めていたドフラミンゴは、振り返りもしない。
    それどころでは無いのか、ロシナンテは勝手に電気を点けて、あろうことか、ドフラミンゴが蹴飛ばしたローテーブルも、何で倒れてんだ、と呟いて直していた。
    「はやく!来てくれ!」
    グイグイと腕を引くロシナンテに、根負けしたドフラミンゴがやっと立ち上がると、扉の先に、つるが立っている。
    「……中将、」
    「"上"から、ローの事は全て不問にすると、連絡があったようだよ」
    「……あァ、そうか、ヨッ⁉︎」
    ドフラミンゴが応えた瞬間、つるの瞳がじわりと歪んで、ふらりとその場にしゃがみ込んだ。
    中将殿のその姿に思い切り口角を下げて、おかしな音を出したドフラミンゴがアワアワと狼狽える。
    「な、な、な、泣く事ァねェだろう……!おおおおい、おつるさん!」
    「ドフラミンゴ……お前、上手くやったんだね」
    この男を取り巻く後ろ暗い特権。それを利用したのは分かっていた。
    そのせいで付いてしまうその傷に、どうしようもなく目眩がする。
    それでも本当に、望む結末を掴んできたドフラミンゴに、言わなければいけない事は、たった一つだ。

    「……ありがとうね。ドフラミンゴ」
    「……いいよ。別に」
    自分の為に流される涙。自分の帰りを待つ誰か。その、直視できない優しい世界に、ドフラミンゴは手持ち無沙汰に首筋を掻く。
    「ドフラミンゴ」
    「……ロー」
    つるの背後に、小さな影と、大きな影。
    クロコダイルの足元にくっついたローが、しゃがみ込むドフラミンゴを見上げた。
    その肌を蝕んでいた珀鉛は消え失せ、悪かった顔色に、僅かに血色が戻っている。
    何よりその瞳が、出会った頃のがらんどうでは無くなっていた。
    消え失せた同胞に、ドフラミンゴは少し悲しげに顔を歪ませて、その小さな体を抱き締める。
    「ぜんぶ、壊したいと思ってたんだ。……でも、もう、思わねェよ」
    腕の中の少年は、小さな手のひらでドフラミンゴを掴み、口を開いた。
    離れたローが、満面の笑みをドフラミンゴに向ける。
    「この世は、いがいと、優しいんだ」
    「……ああ」
    この優しい世界を、踏み躙られないように、人間宣言は放棄する。
    さっき踏み入れた操る側に自分が居続ける限り、きっと、この平穏は保たれるのだ。
    「……オイ、一体どんな手を使いやがった」
    「げ、鰐野郎」
    その平和な空間に、ズカズカと土足で踏み入れたクロコダイルは、ドフラミンゴを見下ろして不機嫌そうに言った。
    任務失敗のお咎めは無く、七武海の席もそのままである。
    明らかに、そそくさとあの島から飛び立ったこの男の仕業だと勘付いていたクロコダイルは、押し付けられたその借りにため息を吐いた。
    「お前とおれは違うんだ」
    その返答にクロコダイルは一応遠慮していた葉巻に火を点けて、ぐるりと踵を返す。
    (……まァ、使える男って事か)
    そんな、悪党らしい事を思って、モクモクと煙を吐き出した。
    「……別に、言いたくねェなら別に良い。お前を取り巻く背景にさして興味もねェしな」
    「そうかよ」
    ひらひらと手のひらを振り、出口へと向かったクロコダイルに、ローが元気いっぱいに腕を振った。
    その大きな背中が、ああと、態とらしく、たった今気が付いたとでも言うような動きで振り返る。

    「お前に、興味はあるがな。素顔は割とおれ好みだ。今度食事でもどうかね」
    「……は、」

    ニヒルな笑みを浮かべる顔に、ドフラミンゴは少しだけ体温が上がったような気がした。
    後ろにいるロシナンテは、一体何を見せられているんだ、と、引き気味に思う。
    「……まったく、油断も隙もない子だよ」
    流石に涙が引っ込んだつるは、ため息を吐いて、未だしゃがみ込むドフラミンゴの腕を引く。
    我に返ったドフラミンゴの顔を見て、少し、笑った。

    「……ごはんにしよう。ドフラミンゴ」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭😭😭👏👏👏👏👏💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works

    kgkgjyujyu

    INFOマロ返信(03/26)
    ※禪院恵の野薔薇ちゃんについて
    このお話の野薔薇ちゃんは、禪院家の圧により高専には通わず、地元の高校に通っている設定なので、呪術師界隈のどす黒い風習や御三家の存在を知らぬまま、知らない男の嫁になりました。(恵との約束を思い出すのは暫く先です)

    最初の数ヶ月はおそらく死ぬほど暴れたし、離れからの脱走も何度も実行しておりましたが、離れの周りには恵が待機させた式神が野薔薇ちゃんの存在を感知した際に、即座に知らせる為、野薔薇ちゃんが離れから逃げられた試しはないです。
    なので、恵が訪ねてきても口はきかないし、おそらく目も合わせなかったとは思います。
    恵は、自分が愛を与え続けていれば、いずれは伝わるものと、思っている為、まったく動じません。

    ★幽閉〜1年くらいは
    恵に対する愛はない。けれど、野薔薇ちゃんが顔を合わせるのは恵だけなので、次第にどんどん諦めが生まれていきます。ちなみにRのやつは4年後なのでこの段階では身体に触れてすらいない。毎日、任務のない日は顔を見せて一緒に過ごす。最低限の会話もするし、寝る場所は一緒です。時間があるときは必ず野薔薇ちゃんの傍を離れません。


    2回目の春を迎えても、変わらない状況に野薔薇ちゃん 1202