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    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

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    BORA99_

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    ドフコラロ海軍if(+七武海🐊)
    と言いながら🦩🐊しか出てこないです。
    🦩:18歳
    🐊:23歳
    出会い編。
    これからドフ鰐になるかもしれない二人。
    ⚠オリジナル設定過多
    ⚠モブがよく喋る

    OPEN OR DIEあの日を境に、いつも、視界がもやもやと煙っている。
    落ちた左手首の先を、未だ探し続けていた。
    (傷のない顔と、左の手のひら、それと……)
    あの時、無くしたものは、
    (それと、なんだったっけ)
    自分だけが、ステージの上に取り残されたような感覚。
    ステージの上にいるのなら、踊り続けなければならないというこの強迫観念はなんだ。
    (一体、何に、)
    その青い海に、何かを求めた事があったような気がするが、どうしても思い出せない。
    ウミネコの鳴き声を遠くの方に聞いて、そのハチミツ色の瞳がゆっくりと開いた。

    (何に、なりたかったんだっけ)

    その時、降って湧いたような唐突さで、港に雑然と積まれた木箱に腰掛ける眼前へ現れたのは、先の尖った革靴。
    ゆっくりと上げたその視線に映る、金色の髪。

    「仮採用おめでとう」

    自分に生意気な口をきける程、歳を重ねているようには到底見えない少年。
    この海軍本部内の若者にしては、随分と異質なその態度に、思わず瞳を細めた。
    「海軍本部大佐……ドンキホーテ・ドフラミンゴ。今回の任務を仕切るのはおれだ」
    どう見ても十代。
    裸の上半身に将校以上が着用を義務付けられるコートを羽織り、その少年は、何がおかしいのか笑い混じりに言った。

    「王下七武海に正式採用されたいのなら、余計な事はしねェことだぜ、なァ、」

    「サー・クロコダイル」

    嫌い。それが、クロコダイルがこの時初めて出会ったその少年に抱いた感情である。

    ******

    「ドフラミンゴ大佐ですか?そ、そうですね……まだ十八とか、そのぐらいです」

    波に合わせて揺れる船内。
    仮採用といえども、王下七武海は来賓扱いである。
    軍艦の中で案内されたのは、多くの海兵がひしめく大部屋では無く、最低限清潔を保たれた個室だった。
    案内役の海兵を上から見下ろしたクロコダイルは、さっきの若造の名前を口にした。
    「十八で大佐か。随分とデキが良いようで」
    「まあ、そうなんでしょうね」
    妙に曖昧な物言いをする海兵に、クロコダイルは怪訝そうな顔を見せる。
    「あまり、よく知らないんです。今回の任務もそうだ。彼は基本的に単独行動をしています。それが、上の命令なのか、彼の独断なのかも知りません」
    そういえば、あの少年は同じ任務地に向かう筈だが、この軍艦の中で一度も姿を見てはいなかった。
    図体だけはデカいその存在を見落としている事実を、クロコダイルは不審に思っていたところである。
    「フン。自分勝手なガキだぜ。姿が見えんようだが……大佐殿は船酔いでもしてるのか」
    「……彼は、我々と同じ船には乗りません。単独で島の東……オルトモアから入ります」
    趣味が良いとは思えないサングラスで遮られた視線。海軍本部の若き大佐。
    その存在を、ただ、クロコダイルは気に食わないと思っていた。
    「そもそも、何故おれたちはウエストランドから入るんだ。今回の作戦の舞台はオルトモアだろう。おれ達もオルトモアに向かうべきじゃないのかね」
    クロコダイルに降って湧いた、王下七武海に正式採用されるための腕試し的任務は、とある王国の打倒である。
    グランドラインに浮かぶ、広大な大陸。その西側から三分の二を占有するのが世界政府加盟国のウエストランド。そして、東側三分の一を覆う深い森に古くから根差す非加盟国をオルトモアという。
    同じ陸地に二つの国が存在するその大陸は、現代まで大きな諍いも無く、それぞれがそれぞれに歴史を紡いできた筈だった。
    それを突然排除すると言い出したウエストランドが訴えたのは、オルトモアからの麻薬の流入である。
    銀山を所有するウエストランドが銀の輸出で繁栄する中、目立った産業も無く、近代化も放棄してきたオルトモアは、資金難に陥り隣国であるウエストランドに麻薬を密売することで国家を維持している。
    それが、オルトモア王国打倒の理由としてウエストランドが持ち出した理由だった。
    銀の運輸業に参加し、巨額の富を得ている世界政府はその訴えを無視できず、こうして世界政府の手足である海軍に任務が降りてきたのである。
    しかし、クロコダイルを乗せた軍艦は、目標であるオルトモアでは無くウエストランドの港に向かっていた。
    その理由を訊ねられた海兵は、妙に浮かない顔を見せる。
    「大変申し上げにくいのですが……。ウエストランドの港から、オルトモアとの国境線まで銀の輸送の為の列車が敷かれていまして……それが、世界政府のお偉方肝いりの事業で、海軍本部としてはその列車を使用しなければならないのです」
    「……」
    ウエストランドとオルトモアの在する大陸はあまりにも広大で、ウエストランド側は極寒の冬島だがオルトモア側は温暖な春島となっていた。
    気候的にも、距離的にもあまりに不便なウエストランドからオルトモアを目指す理由をこの時初めて知ったクロコダイルは、嫌そうな顔を隠しもせず、嫌味ったらしいため息を吐く。
    「礼を言おう。大変勉強になったよ。政府の犬になるのは大変だ」
    クロコダイルは煙草のパッケージを取り出すと、何の遠慮も見せぬ素振りで火を付けた。
    そして、何となくオルトモアは麻薬の密売などしていないのではないかと漠然と思う。
    (随分と、キナ臭いじゃァねえか)
    任務の説明に用いられた地図では、大陸に二本の点線が引かれ、大地は三分割されていた。
    最西端がウエストランド市街で、真ん中はウエストランドの所有する銀山を含んだ山岳地帯となり、東の土地がオルトモアである。
    (魂胆が見え透いてるぜ……。馬鹿馬鹿しい)
    オルトモアとの国境線まで引かれた、世界政府肝入りの線路。凍らない港を有しながらも、鎖国紛いの引きこもりを決め込んだオルトモア。莫大な金を産み続ける銀山。
    どう考えても世界政府とウエストランドはオルトモアを支配下に置き、大陸の東端まで線路を引くことで、気候的に利便性の高いオルトモアの港を銀の輸出の要にしようとしている。
    しかし、そんなことはクロコダイルにとっては取るに足りない他人の闘争であり、この男の関心事は王下七武海の席に座れるかどうか、それだけだった。

    「きっと、貴方の出る幕は無い」

    その時、この上なく聞き捨てならない台詞が耳に飛び込み、クロコダイルは煙草の煙を吐き出しながら海兵の顔を怪訝そうに見下ろした。
    その、若い瞳に映る自分の顔を、クロコダイルは見ていられない。
    「どういう意味かね」
    「そのままの意味です。きっと、我々がオルトモアに着く頃には全てが終わっています。ドフラミンゴ大佐が我々の到着を待つ筈が無い」
    まるで、組織の嫌な部分を凝縮したような任務だ。
    毎回そうなら、海兵を何人かミイラにしてしまうかもしれない。
    クロコダイルは頭に血が昇るのを鎮めるように、大きく息を吸い込んだ。
    (ああ、嫌いだ)
    そして、やはり嫌いなあの少年に心の内で悪態をつく。
    何としても手柄を立てなければならないクロコダイルは、煙草の吸いさしを乱暴に灰皿へと投げ入れた。

    ******

    「発展と繁栄を放棄し外界を拒絶した代わりに……手に入ったのは国民半数分の痩せこけた死体か。フフフフッ……!一体そりゃァ誰のせいだ」
    深い森を割くように横たわる渓谷に、その時代遅れな国家は確かに存在していた。
    すでに、この国の地図を頭に入れているドフラミンゴは、難なくその渓谷を見つけ出し、川を目前に臨む小ぶりな王宮へ迷うことなく足を踏み入れた。
    突然現れた若い海兵を、それでも応接室へ通した王宮側へドフラミンゴは笑い混じりに冒頭の台詞を吐く。
    それは、今回の任務の資料に入っていた、紛れもないこの国の真実であった。
    (……妙だな)
    そして、応接室のソファに座り込んだドフラミンゴは、表情とは裏腹にそんな事を思う。
    ウェーブがかった黒い髪の若い男を筆頭に、王宮側として現れたのは五人の人間だった。
    粗末な服を身に着けた彼らは、妙に近代的な武器で武装している。
    (……全員、若過ぎる。国王は出て来ないつもりか)
    配られた資料に掲載されていた王族側の人間は、未だ一人も顔を見せていない。
    しかし、若い海兵ごときに、国王レヴェルが顔を出すまでもないと思われている、というような展開は起こり得ない筈だった。
    他でもないドフラミンゴ自身が、数日前にこの国の王にコンタクトを取り、この日、この時間に王宮を訪れる事を伝え、王宮側もそれを了承していたのである。

    「ああ、そうだ。おれ達ァ随分と長い時間を無駄にしてきた」

    ドフラミンゴと向かい合って座る、黒い髪の男は咥え煙草に火をつけた。
    ドフラミンゴと同じく、サングラスを掛けたその相貌は伺い知れない。
    「その尻拭いは誰かが請け負わなきゃァならねェ。それを、おれ達がしてやろうと思ったんだ。だから、あんたをここに招き入れた」
    ドフラミンゴが単独でこの王宮に現れた理由を、知っているような顔で男は言った。
    国王の代理人なのか、はたまた、別の何者かなのか。
    考えあぐねるように口を噤んだドフラミンゴは、探るように視線を動かした。
    「……お前ら一体誰だ。国王の代理にしちゃァ品が無い」
    ドフラミンゴと、男の間を煙草の煙が遮る。
    不敵な笑みを口元に携えて、いくらか年上に見えるその男はゆっくりとソファに沈み、まだ長い煙草をローテーブルに押し付けて消した。

    「ダンスパウダー」

    そして、あまりにもはやく、その核心を口にする。
    内心驚いたドフラミンゴは、それでもそれを顔には出さなかった。
    増え続ける国民を昔ながらの生活様式では養えなくなっていたオルトモアでは、近年、飢餓の脅威が島を支配している。
    餓死する国民たちの死体が山積みになり、その傍らで開国を叫ぶ若者たち。しかし、目立った産業の無いこの国には、開国したとしても他国から食料を輸入できる程のベリーが無いのだ。
    そんな、逃げ場のない状況の中で縋ったのが、件の粉末。
    幸運な事に、銀は目の前に腐る程あり、所持製造を禁止されたその人工物を欲しがる国も同様だった。
    「あんたが我が国からダンスパウダーを買うつもりだということは知っている」
    この男が何者なのか。未だ判断が付かないその存在に、サングラスの奥で瞳を細めた。
    ダンスパウダーの仲買人に収まりたいドフラミンゴは、この男に何を言うべきか、未だ考えあぐねている。

    「もう一度聞こうか。お前は、誰だ」

    その瞬間、妙な匂いを察知した。
    この男は、他人の害意によく鼻が効く。
    その、嫌な予感とも呼べる焦燥は、見事に当たりを引いたようで、ドフラミンゴの眼前に五つの銃口が現れた。

    「臥龍さ」

    黒髪の男は新しい煙草に火をつけて、マッチを床に放り投げるとそう言った。
    そして、ゆっくりとソファから立ち上がると、ローテーブルに土足で乗り上げドフラミンゴの額に照準を合わせる。
    「ウエストランドからくすねた銀でダンスパウダーを作り、それを密売する事で得た金を国家予算とするなんざ……あまりにも未来が無ェじゃねェか。あんたもそう思わないか」
    「……だったら、どうするんだ。事業でも興すのか」
    銃口など、既に見飽きたドフラミンゴが面倒臭そうに返すと、男の口元が笑うように歪んだ。
    その時、サングラスの奥に透けて見える瞳の中で、燃えるような赤い光を見たような気がする。

    「オープンオアダイ。元々おれ達は王宮と対立する、開国派だ。その役目をまっとうするだけさ。開国後、オルトモアは世界政府加盟国となる。お前の首と引き換えにな」

    その瞬間、全てを理解したドフラミンゴは、堪えきれない笑い声に喉を震わせた。
    奴ら、飽きもせずにこうして仕掛けてくるのだ。
    「フフフフッ……!天上金を払うあてがあるなら、そもそもこんな事にはなってねェんじゃァねェのか」
    「鉄道をオルトモアの港まで延ばす代わりに、政府の運輸業に参加する予定だ。その稼ぎを天上金に充てる」
    「上手くやったなァ……。フフフフッ……!一体誰の入れ知恵だ」
    分かり切った事を、ドフラミンゴは態々口に出して聞く。
    そうやって、その手のひらで踊っている事にも気付かない開国派の青年は、ローテーブルの下から重そうに何かを引っ張り出した。

    「……お前の、もっと上さ」

    ローテーブルの上に置かれたのは、資料で一度見ただけの、この国の王の首。
    ドフラミンゴは目の前で燃え続ける彼の瞳の中の炎を、妙に懐かしい気持ちで眺めていた。
    「国王とあんたの首で、ダンスパウダーの密造から足を洗える。そう考えると、なァ?人間の生命の価値など随分と低い」
    未だ、乾かない血液がローテーブルを濡らす。
    対峙したその青年を、ドフラミンゴは素直に伊達だと思った。

    「へェ……!何だ、おもしろい事になっているじゃァねェか」
    「……!」

    その時、想定の外から声がする。
    全くもって、予期しない人物が王宮の窓枠にしゃがみ込んでいた。
    その右掌の中で、窓ガラスの残骸が砂となって消える。
    「なんでおれを誘わねェんだ。仲間に入れてくれよ、ドフラミンゴ大佐殿」
    あまりにも無遠慮に、そして、海賊らしい顔で言ったのは、王下七武海仮採用の男。
    ドフラミンゴの想定の中に突如として組み込まれたイレギュラー。サー・クロコダイルは咥えた煙草に火をつけて笑った。

    ******

    「……随分はやいな。列車ってのァ、ワープ装置なのか」
    「クハハハ!忙しいこのおれが、何故わざわざオルトモアの港を通り越してウエストランドの列車に乗らなきゃァならねェんだ」
    クロコダイルの言い分は最もで、海軍本部から船を進めればオルトモアの方が手前にあるのだが、政府との利権絡みの某でその港は素通りし、ウエストランドに船を停泊させるのだ。
    しかし、その不条理を呑み込めないのなら、こんな場所に来るべきではないと、自分の事は随分と高く棚上げしてドフラミンゴは思う。
    「軍艦から飛び降りたのか?申告と能力が違うぞ」
    「風に乗った砂の移動距離を知らんのか。勉強したまえよ少年」
    増えた役者に、状況を見守っていた開国派達が我に返り、その銃口を構え直した。
    銃器をそう脅威に感じていないドフラミンゴとクロコダイルは、ただ、面倒臭そうに眉間にシワを寄せる。
    「他人の国にわらわらと……。政府は国王の首が必要なんだろう?手柄はやるからくわえて帰りな。おれ達は大佐殿と話があるんだ」
    「……?」
    その時、一人だけ事情を理解していない男が、怪訝そうに瞳を細めた。
    クロコダイルをそう侮ってはいないドフラミンゴは、彼に疑問を抱かせた時点で警戒感を顕にする。
    「どういう状況だ」
    「風雲急を告げる事態」
    とてつもなく曖昧な台詞を吐いたドフラミンゴは、突然ローテーブルを蹴り上げた。
    驚いた若者たちは反射的に発砲し、ある種、意図的なパニック状態に陥る。
    それを後目にドフラミンゴは窓枠に立つクロコダイルの方へ、ぐるりと体を反転させた。
    「事情が変わった。一時退却するぞ」
    「あァ?!」
    クロコダイルの体が、まるで引っ張られたように傾き、二人して窓枠から外へ身を投げる。
    背中から落ちるクロコダイルの瞳に、遠くなる空が映った。
    「日和ってんじゃァねェぞクソガキ!国王側を皆殺しにすりゃァこの任務は終わりだろ!」
    「でけー声を出すな。恥ずかしいぜ、大人がよ。奴ら国王側じゃねェ。多分、国王側の人間は全員奴らに殺された」
    「あァ?何だそりゃァ」
    ドフラミンゴの計画と、ドフラミンゴの首を狙う世界政府というその構造がクロコダイルに伝わると分が悪い。
    半ば無理やり話の中心から逃げ出したドフラミンゴとクロコダイルは、王宮を背に森の中へと逃れた。

    「プルプルプルプル」

    その時、ドフラミンゴの懐で間抜けな鳴き声が響く。
    這い出てきた子電伝虫は、ゆっくりと瞳を開いた。
    『ドフラミンゴ大佐!今どちらに?本部から伝令です』
    酷く、困惑したように言ったのは、伝令係の部下。
    この男の名前は何だったかと、そんな事を考えているうちに話は勝手に先へと進んだ。
    『オルトモア国民の中に反乱する意思を持つ者が多くいるそうです。王宮の制圧の他、反政府的国民の討伐も行うとのことです。敵の潜伏している拠点がいくつか指示されましたので、一度合流を』
    (……そもそも)
    電伝虫の口から流れる男の声に、ドフラミンゴの思考が別の場所に引っ張られた。
    通信を聞いていたクロコダイルも、些か何かの引っ掛かりを覚えたようで、腑に落ちない顔をしている。
    (そもそも、世界政府がおれの首と国王の首を開国派の連中に取らせるつもりだったのなら、一体海軍は何の為に派遣されるんだ)
    ドフラミンゴとマリージョアの間には大き過ぎる確執があった。
    そうだとしても、これは些か大袈裟過ぎる。
    「どうすんだ。結局合流すんなら最初から一緒に行けよ馬鹿」
    「おれァあんたと違って色々忙しいんだ」
    あまりにも真っ当な台詞と、紫煙を吐き出したクロコダイルを一瞥し、ドフラミンゴは鼻を鳴らして森の奥へと歩き出した。
    (とんだ茶番だぜ)
    既に落ちた、国王の首。世界政府が手を組んだ開国派の若者達。近付く、海兵を運ぶ利権塗れの列車。

    『反政府的国民の討伐も行うとのことです』

    『鉄道をオルトモアの港まで延ばす代わりに、政府の運輸業に参加する予定だ』

    『……お前の、もっと上さ』

    十中八九、彼らはドフラミンゴ討伐の為に唆された駒だ。
    ドフラミンゴの首を取ろうが、取るまいが、大規模討伐のどさくさの中で、正義の名の下その首を刎ねられるのだろう。ああいう跳ねっ返りは、また別の指導者の元でも闘争を望む。
    もっと言えば、政府はこの国を生かしておくつもりも無いのだ。今後、政府が用意した人材に国の中枢は入れ替わり、国民もまた政府が手配する奴隷労働者に置き換わる。それが、今後最も波風の立たない結末だからだ。
    「おれの隊はこれからウエストランドで列車に乗るらしい。おれ達も国境線に向かうぞ。ちょうど同じくらいに到着する筈だ」
    「王宮側が全員死亡している事を知らせなくて良いのか」
    意外と、よく見ている。ドフラミンゴは面相臭そうにサングラスの奥で瞳を細めた。
    「おれも、あんたも、列車に乗っていない事がバレたら事だぞ。今後海軍の犬に成り下がるなら、よく覚えとけ」
    「それはどうも、ありがとよ。ついでに、首輪の着け方を教えてくれないか。生憎と今まで着けた事がなくてね」
    二人分の足音が響く中で、妙な沈黙が落ちる。
    こうもあからさまに憎まれ口を叩いてくる人間など、お互いそうそういないのだ。
    (クソ生意気なガキ)
    (大人気ねェ唐変木)
    気が合うのか、そうではないのか。
    同じタイミングで相手の事を思うが、それが伝わることもなく、表面上の平和は保たれていた。

    ******

    「ああ、忌々しい……。ドンキホーテの血筋めが」
    「海軍に潜り込むとは、ツラの顔が厚い」
    「奴は、あれを知っている」
    「最悪の脱走者だ」
    「騎士団は何を手間取っている」
    天と地の間。マリージョア内、権力の間。
    その場所に鎮座する五人の老人。
    その手元にあるのは、二枚の履歴書。
    形式上作成しただけであろう、殆ど空欄のそれを見下ろした彼らは、その失態に腹を立てる。

    海軍史上、最年少で将校のコートを手にした少年。

    その存在に聖地が気付いたのは、既に、彼が大佐の地位を手にした時だった。
    現中将、仏のセンゴクがその名の通りすくい上げた兄弟は、よりによって、あの時、殺しそこねた少年。
    「毒殺……暗殺、仕組まれた流れ弾さえ、あの男を殺す事ができん……!何故だ……!」
    「奴の存在に気付いてから既に一年……。奴らは全ての刺客を退けた」
    「無能共めが……。別のアプローチが必要かもしれぬ」
    「あの男は暗殺を恐れて軍艦には乗らないらしい。一人でオルトモアへ上陸したそうだ。既にイージスを向かわせた。奴らならば、或いは」
    「騎士団よりも暗殺向きの機関。きっと、奴の首をくわえて戻ってくる」
    聖地から下った四人の天竜人。
    あっさり死んだ父母と、殺しても死なない彼らの違いは一体、何だったのか。
    「オルトモア陥落は我々の悲願だ。多くの銀が輸出できれば、さらに莫大な富を生む」
    「それに加えてあの男の首も落ちるとなれば、これ以上ない良き日となる」
    全てが、その手のひらの中にあると錯覚するのは、きっと、俯瞰して物事を見ているからだ。
    だからこそ、全てを統べる筈の老人達が、たった一人のあの男を殺せない。

    「この海の均衡を崩しかねん。あの男が何かをしでかす前に、必ず息の根を止めるのだ」

    ******

    「オイオイ、とんでもねェ獣道だ。こんなところに鉄道なんざ通せるのか」
    「無駄口が多いぞ、ウルセェな。王下七武海に入りてェなら少しは体力を付けたらどうだ」
    「おれァ海専門でな。海賊なんだ」
    「おれだって海兵だ」

    「「……」」

    お互いにあと一歳若ければ、既に手が出ていただろうが、そこは運命のいたずらが食い止めた。
    今後整備される筈の獣道を踏み分けて、ドフラミンゴとクロコダイルはウエストランドとの国境線を目指す。
    「あの連中は一体なんだ」
    「開国を望み国王側と対立していた組織らしい。政府と手を組んで国王殺害を実行。今後、銀の採掘に関わるらしい」
    「あ?じゃあ海軍は誰の首を取りに来るんだ」
    頭の回転は早い。そもそも、二十そこそこで王下七武海の地位に就こうとしているのだから、馬鹿では無いのは当たり前だ。
    だからこそ邪魔なこの男をどう遠ざけるか、ドフラミンゴはずっと思案していた。
    きっと、この先、クロコダイルは知りすぎるだろう。そういう男なのだ。

    「……げ」

    その時、ポタリ、ポタリと水滴が落ち、それはやがて本降りの雨へと変わる。
    渾身の嫌そうな顔を見せたクロコダイルは、雨を避けるように大きな木の下に一歩移動した。
    「ああ、そうか。お前、フフフフフッ!雨の日は無能か……!」
    「殺されてェのかクソガキ」
    クロコダイルの能力については、資料として海軍内に公開されている。
    この上なく嬉しそうなドフラミンゴは、クロコダイルの不機嫌そうな顔を見下ろして言った。
    「……建物がある。どうせ通り雨だ。あそこで雨宿りをしてから進むぞ」
    ドフラミンゴはクロコダイルの背後数メートル先に、石造りの四角い建物を見つけ出す。
    倉庫のような一階だけの無機質な建造物は、念の為確認したこの国の地図には記されていないものだった。
    「なんの倉庫だ」
    「知らん。興味も無ェよ」
    「フフフフフッ!そう言うなよ」
    ドフラミンゴの指先が、まるで指揮をするように動く。
    それに合わせて扉に掛かっていた南京錠が地面に落ち、全てがその意のままだとでも言うように扉が開いた。
    「……なんだ」
    薄暗い倉庫の中に積まれていたのは、麻の袋。
    何かが詰め込まれたそれが、倉庫いっぱいに収められていた。
    「……」
    ゆっくりと動いたクロコダイルの手のひらが麻袋の口を開けると、粒子の細かい粉が舞う。
    (ダンスパウダーか)
    国家をあげて密造に手を染めていたその粉の製造ノウハウごと手中に収めるつもりだった計画は、既に失敗の兆しを見せ始めていた。
    僅かに残されたその残骸を手に入れたところで、生まれるのは端金である。
    既に興味を無くしたドフラミンゴはただただ埃っぽい倉庫を眺めていた。

    「……ダンスパウダー」

    その時、その固有名詞を呟いたのは、ドフラミンゴでは無かった。
    疑問は二つ。
    ただの粉を瞬時にダンスパウダーだと判断できたその真意と、歓喜にも似た狂気を宿すその瞳の奥。
    人間が人間に向ける残虐の類は、ダンスパウダーに見入っているクロコダイルの瞳の中に確かに存在していた。
    「……お前、」
    その時、ドフラミンゴのすぐ横で、まるで何かが通り抜けたように空気が動く。
    クロコダイルも何者かの気配を感じたのか、その害意を避けるように身を翻した。
    「……!」
    間一髪、避けきれなかった鋭い何かは、クロコダイルの左側を通る。
    やられた、とそう思った時にはもう遅い。黒い革手袋に覆われた左手首が飛んで、埃まみれの床に落ちた。

    「……ウ、ぐ」

    殆ど反射的に、自分へ向いた衝撃へ糸を絡ませる。
    ドフラミンゴの心臓付近に指を突き立てようとしていた腕が、その動きをぴたりと止めた。
    「フフフフフッ!駒の使い道が分からなくなって、結局自分が出てきたのか……!」
    白い装束。顔を隠す滑稽な仮面。六式。
    その存在を、厄介だと思っている。
    「やっと、強そうなのを出してきたな。……イージス!」
    天竜人の傀儡が、ようやく出てきたのだ。
    硝煙。頭蓋を砕く弾丸。次々と任務地に送り込まれる刺客。その全てを退けた自負。
    あの時、父親の首を抱えて現れた元天竜人の少年が、なんの因果か海兵として名を挙げている事実。
    そのことに、聖地が今まで気付かなかったのは、紛れもなく、人間を個別認識しない奴らの傲慢さが招いた失態だ。
    「驚いたな。上から、何度も刺客が送り込まれただろう。お前みたいな子どもが、よく今まで生きてこられたものだ」
    「……フフフフッ!この海で、生きるコツを教えてやろうか」
    牙を剥く隣人。人間が、人間に向ける残虐。
    被害者が、加害者に変わる瞬間を見た。

    『人間ですよ、昔から』

    『天竜人の一家だーッ!』

    『捨てたものは、戻らない』

    怒りと憎悪を持って、加害者になれる者だけが生存競争を支配する。
    結局、被害者のままだった父親は、実の子どもに頭を撃ち抜かれたのだ。
    「……この海で生き残るにゃァ、加害側に立つことだ」
    (この男を……)
    白装束の男は、しかし、仮面の下で冷静に思う。
    空気を揺らすそのエネルギーを、この海では王の器と呼んだ。
    (この男を、生かしておいてはいけない)
    若干、十八歳。その若いエネルギーで怒りを燃やし、今日まで生きてきたのだろう。
    (……あまりにも哀れ)
    その瞬間、白装束の男は文字通りその場から消える。
    次の瞬間、ドフラミンゴの鼻先へ現れたその動きに、一瞬、遅れを取った。
    「お前は、上の怒りを買ったんだ。この先もずっと、刺客は送り込まれるぞ。今日を生き抜いたとて、死んだ方がマシだと後悔する日が必ず来る」
    「……!」
    避けきれない、そういう勘だけはよく当たる。
    視覚の認知に体がついていかないその瞬間を、ドフラミンゴはやけにスローモーションで見ていた。

    「オイオイ、言い返せよクソガキ。さっきまでの憎まれ口はどうした」

    その時、ドフラミンゴの体を砂が巻く。
    突然人の質量を持った砂の塊に押しつぶされて、ドフラミンゴは床に倒れた。
    その背中にまたがって座ったクロコダイルの頭上を、大きく空振った指先が通り抜ける。
    「……お前、左手は、」
    「元々ねーよ。このおれが無能な日も同じくだ」
    左手首を切断されるという大怪我に倒れた筈のクロコダイルは、義手の外れた付け根でドフラミンゴの頭を小突く。
    白装束の男が一度引いた瞬間、床に付かれた右手のひらを起点に亀裂が走った。
    「引いたのァ悪手だぜ、服の趣味も悪けりゃァ、殺し合いのセンスも無ェのか」
    (ああ、)
    なんて、良い能力だ。
    全てが渇き、砂に飲まれていくのを眺めて、ドフラミンゴは思う。
    そして、何となく、この男は何でも持っているのだと悟った。
    「あばよ。明日は知らんが、今日は生き抜かなきゃァならねェんだ」
    そうやって、積み重ねて生きてきたのか。
    違う、その価値観を、羨望にも似た眼差しで眺めたドフラミンゴの視界の先で、崩れた天井が落ちてくるのが見える。

    (いつも、ずっと、生き埋めの気分だ)

    生まれて初めて生き埋めの気分を味わう機会を前にそんな事を思った。
    やがて、その石造りの建物は大きな音を立てて崩落を見せる。

    ******

    「ゲホッ……!うえ、」

    口の中が砂だらけだ。
    ドフラミンゴは砂まみれの体を起こし、既に去っていた雨雲の切れ間から青空を見る。

    『今日を生き抜いたとて、死んだ方がマシだと後悔する日が必ず来る』

    (なにを、)
    瓦礫に埋もれたであろう、サイファーポールの男を思い起こす。
    直前まで、雨が降っていたとは思えない程、よく乾いた砂が風に舞った。
    「もうずっと、死んだ方がマシだ」
    「じゃあとっとと死ね」
    独り言に、返事があった。
    砂が徐々に人の形を作り、やがて、既に見慣れた仏頂面が現れる。
    「てめェ一体……何しでかした。何故海兵がサイファーポールに命を狙われる」
    ああ、やはり、この男は知り過ぎるのだ。
    砂にまみれたまま、ドフラミンゴはクロコダイルの存在しない左手首の先を眺める。

    「……気に入らねェんだ」

    ゆっくりと、葉の上から雨のしずくが流れ落ちた。
    明るい太陽の光が戻り、流れの速い雲の影が動いていく。

    「上も、下も、気に入らねェ。この世のクソみてェなシステムの中で生きるのは、火炙りよりも酷い気分だ」

    火炙りにされる気分を知っているような、暗い眼球がサングラスの隙間から覗いていた。
    クロコダイルはその、空洞のような瞳を盗み見る。
    (ああ、酷い顔だ)
    話を聞いてやる義理もなければ興味も無い。
    ただ、何故、そんな顔ができるのか、それだけが少し、クロコダイルの好奇心を刺激した。
    「そうかよ。じゃあ、世界の転覆でも計画していろ」
    「……」
    瓦礫の山と化した建物に背中を向けて、クロコダイルが踵を返すと、その背後でドフラミンゴがゆっくりと立ち上がった。
    妙な気配を感じたクロコダイルが振り返った先で、ドフラミンゴは瓦礫の山に君臨している。

    「ああ、」

    見つめ合う、その視線がやがてぶつかり、火花を散らした。
    相変わらず酷い顔をしたその少年の、腹に巣食う邪悪な生き物は、むしろ、彼自身を蝕んでいるようにも見える。

    「ああ、そのつもりだ」

    その顔を、クロコダイルは笑っているとは到底、思わなかった。

    ******

    「民間人はウエストランドへ既に避難を完了したそうです」
    「フフフフッ!そうか、仕事がはやいな」
    ウエストランドとオルトモアの国境線で部隊と合流したドフラミンゴとクロコダイルは、早速大きな地図を地面に広げて覗き込む。
    王宮を囲むように点在するいくつかの集落。本部からの伝令では、その集落に反乱分子が存在するそうだ。
    いつ、誰が、民間人の避難をこんなにもはやく完了させたのか、その説明は誰の口からも出ない。
    「……集落の中心が王宮なら、集落に火ィ点けろ。中央の王宮広場に集めて叩く」
    「それじゃァウエストランド側にも逃げられるぜ」
    「構いやしねェよ。ウエストランドは世界政府のお膝元だぜ。反政府思想の人間が潜り込める筈も無ェ」
    「……」
    法規上の宣戦布告は済んでいる。反乱分子達が着々と反撃の準備を進めているというのが、本部からの伝令だった。
    (いつもは奇襲も厭わない癖に)
    ドフラミンゴも、クロコダイルも、この闘争が正義の名の元に執行される選別行為だと分かっている。
    世界政府の判断で、この国の国民の生命は既に廃棄されているのだ。
    「おれァ中央で鳥籠の準備をしておく。できるだけ王宮広場へ人間を集めろ。今日は砂がたくさんあるから……フフフフッ!消火が楽だ。大活躍だったと上には報告しておくぜ、サー・クロコダイル」
    コートの裾を翻し、ドフラミンゴは大股で歩き出す。
    バタバタと準備に走り出した海兵達の合間を縫って遠くなる背中へ、クロコダイルは視線を向けた。

    「お前、一体何を企んでやがる」

    海軍が民間人の集落へ火など放てば、人道的是非が必ず問われ、世論が傾き反政府勢力に風向きが変わる。
    一強にも見えるこの中央集権的運営は、非常に脆い足場の上で成立していることを、この少年は未だ理解していないのかと、クロコダイルは思っていた。
    (いや、違う。このガキ……)
    本当は全てを理解している。全てを理解した上で、それに勝るメリットを既に何か掴んでいるのだ。
    クロコダイルはその抜け目ない思考を、少しずつ、理解し始めている。

    「混乱と悲劇」

    その時、その口元が裂けるように笑い、ドフラミンゴは二つの単語を吐いた。
    やはり、その腹の底に巣食う獣のような凶暴は、この男を蝕んでいる。
    「どうせ、この島で何が起ころうと、政府はそれをもみ消すんだ。おれはこの島でやらなきゃならん事がある」
    再び向いたその背中に、クロコダイルは何も言わなかった。
    どこか、微妙に合わない価値観を、その時既に感じている。

    「サー・クロコダイル」

    ドフラミンゴの口元が、その名を紡ぐために開いた。
    クロコダイルの口元で、灰になった煙草が地面に崩れていく。

    「王下七武海に正式採用されたいのなら、余計な事はしねェことだぜ」

    まったく同じ台詞を吐いて、ドフラミンゴは手のひらを振りながら大股で歩き去った。
    短くなっていく煙草を吐き捨て、クロコダイルはやはり、この少年を嫌いだと思う。
    しかし、何故、そう思うのか、その理由にはぽっかりと穴が空いていた。

    ******

    「火を点けるとは……目茶苦茶な手段を取る男だ。しかし、やりやすくなったな」
    翻る、白いコート。早足で進む革靴の音。
    瓦礫から這い出たサイファーポールの男は、燃え広がる炎を眺めて一人、呟いた。
    ドフラミンゴ討伐の任を受けて、この国で暗躍した男はこの混乱に乗じて任務を遂行するつもりだった。

    「……オイ、」

    その時、逃げ惑う民衆の中で、一人だけこちらに注意を向ける男が現れる。
    黒い、ウェーブがかった髪。厚めの唇が印象的な伊達男。
    ドフラミンゴが単独で動いているという報せを受けて、使おうとした駒の一人。
    「何故、村に火が放たれたんだ。国王の首は取った。ドフラミンゴの首もこれから取る。それで、無血開国をする約束じゃァねェか」
    正直、ドフラミンゴを侮っていた男は、この国の開国派の若者達にその任務を委託した。
    その方が、世間的に至極自然だからだ。
    ドフラミンゴは殉職という、海兵として至極自然な死を享受しこの世界の均衡は保たれる筈だったのに。
    (愚かな奴らめ。お前たちに、あの男の首は取れない)
    この国の王の首など、ただの説明材料として求めただけで、そんなものはどうせ海軍が取る予定の代物だった。
    それしかくわえて戻らなかった駄犬を、男は仮面の奥で見ている。

    「ダンスパウダーを、作っていたな」

    適当にこじつけた言い訳を、目の前の男は死刑宣告のような顔で聞いていた。
    そういうところも哀れだ。一生、誰かの手のひらで踊らされる、思考能力を持たない生命の入れ物。
    「その罪は……流石に目をつぶれん」
    「あんた、一体、誰の味方なんだ……」
    絶望的表情の男が吐いた台詞に、思わずその口元が笑うように歪む。
    聖地にて、跪くのが数秒遅れた部下が射殺された時、全てを理解したのだ。

    (天竜人は、この世の神だ)

    それ以外の生命は、全て、平等に軽い。
    だから、イージスを冠する神の傀儡へ成り下がった。
    「サイファーポール・"イージス"・ゼロは、天竜人の露払い及び、その利益を優先させる」
    文字通り消えた男の姿が、青年の目の前に再び現れる。
    何が起きたのか、理解していない青年は、それでも本能的に銃を握った。
    「この国は、器を残して中身は消える。天竜人の利益に必要なのは器の方だからだ」
    「……!」
    目にも止まらぬ速さで突かれたその指先を、やけにスローモーションで見ていた青年は、その時初めて、彼らが必要としたものしかこの世には存在できない不文律を悟る。
    (あまりにも、酷い)
    酷く脆い、その足場を知った青年は、諦めたように銃を下ろした。
    世界が、この国の民を必要としないのなら、もうきっと、生きていく事はできないのだ。

    「神々の利益の為に、死んでくれ……!」

    その瞬間、意図せず身体の動きが止まる。
    サイファーポールの男は、ピクリとも動かない自分の身体を見回すことさえできなかった。

    「……白兵戦の最中で、約二割は味方の弾丸で死亡する。混乱を極めた戦場は、暗殺に向いているんだ」

    悲鳴と、怒号を割くように、低い声がした。
    大股で現れたのは、不釣り合いな将校のコートを肩に掛けた少年。
    (……糸が、)
    その少年が現れて初めて気付いた。視認できない細さの糸が、炎に照らされ時たま光を反射するその瞬間を。
    触れても気が付かない程の細い糸が、大量に絡まり、いつしかその動きを止めていた。

    「お前らがよく使う手だ……!フフフフッ!だがなァ、そういう手は、もっと心が綺麗な人間に使うもんだぜ!」

    炎を割って現れた少年。
    天竜人の怒りの張本人、ドンキホーテ・ドフラミンゴは何がおかしいのか、大きな笑い声を上げた。

    ******

    「何をしに来た」
    「フフフフッ!元々おれァ、この国にダンスパウダーを買いに来たんだ。その目的を果たすだけだ」
    既に、その手中へ捕らえた男の額に銃口を当てる。
    ドフラミンゴの指先が、するりとその引き金へ掛かった。
    「命乞いのコツを、教えてやろうか。泣いても喚いても、人間ってのァ優しくはならねェ」
    「性善説の話か」
    「……いや?生存戦略の話さ」
    この会話に、最早意味などは無い。
    ドフラミンゴは既に、この男を生かしておくつもりがないのだ。
    それでも口が回り続けるのは、ある種の全能感に支配され、気が狂いそうだったからだ。
    (イージスですら、このおれを、殺す事ができない)
    父親の首を持って、聖地へ再び足を踏み入れた時に知った、この世を揺るがす根幹の部分。
    彼らにとって最悪のカードを持ったこの少年を、あらゆる手段を使って、上は殺害しようとしてきた。
    「墓にはなんて書けばいい」
    冗談のように言って、ドフラミンゴは撃鉄を上げる。
    処刑はやはり、鉛玉に限るのだ。

    「天竜人、万歳」

    その瞬間、あまりにも嬉しそうに笑ったドフラミンゴの顔を、怪訝そうに見た男の額を撃ち抜いて、ドフラミンゴは喉の奥で笑い声を上げる。
    燃える炎の渦中で、今度は加害側に立てたのだ。
    湧き上がる全能感が身体中を巡り、生まれて初めて満たされたように思う。
    「……フフフフッ。この一連の騒動の中で、何故お前達が被害者になったのか、分かるか」
    地面に座り込んでいた開国派の青年は、未だ取り残された子どものような顔で、ドフラミンゴを見上げていた。
    ゆっくりとサイファーポールの死体と、逃げ惑う国民達を交互に眺めて、それでもその答えは出なかったようだ。
    「勢力差だ。そもそも同程度の勢力を持った二者の間でしか、平等など生まれない。弱者には、勝機の無いシステムになっている」
    「じゃあ、一生おれは被害者か」
    「ああ、そうだ。世界の勢力の足元にも及ばない、弱小中の弱小。この海で、食い物にされる存在」
    やけに、周りの音が静かだった。
    ドフラミンゴは、この世に自分と、彼しかいないように思う。

    「おれもそうだ」

    その時、その意味を理解できない青年の瞳が揺れる。
    ドフラミンゴはゆっくりとその眼前にしゃがみこんだ。
    「だから、勢力を拡大し、全ての敵を抑止したい。おれには敵しかいないんだ。……あんたは、どうだ」
    青年の瞳の中に宿る、踏み潰されたものしか持たない、炎にも似た美しい光。
    肯定するように頷いた青年を満足そうに眺めて、ドフラミンゴは立ち上がる。
    「仲間は」
    「全員死んだ」
    「家族はどうした」
    「元々いない」
    もうきっと、この青年は誰のことも許せないだろう。
    その瞬間を、ずっと、待っていたのだ。
    「ダンスパウダーの作り方を知っているか」
    酷く、安堵したように見えたのは、きっと、ドフラミンゴがこの男に手を差し伸べる理由を見せたからか。
    ゆっくりと立ち上がった男はドフラミンゴを見上げ、知っている、とそう言った。

    「ノースブルーにあるスパイダーマイルズという街へ行き、そこでトレーボルという男に会え。船はこの島の南東の港に隠してある」

    まるで、神様のようにドフラミンゴは永久指針を手渡し言う。
    受け取った青年は、確かな足取りでゆっくりと歩き出した。
    「あんたは、一体……何者なんだ」
    一度振り返った彼の疑問に、ドフラミンゴは珍しく、年相応に困った顔で笑う。
    何かを理解した青年は、何でもない、と呟くと、今度こそ行ってしまった。
    (それが、)
    それが、分からないから、何者かになろうとしている。
    天竜人にも人間にも拒まれた少年の背後で、あの時よりも大きな炎が、森を完全に飲み込んだ。

    *******

    「正式採用おめでとう。これは一つ、貸しにしとくぜ」

    王下七武海に正式に名を連ねる事となったクロコダイルは、海軍本部の静かな廊下を歩いていた。
    受け取ったばかりの採用通知を懐に仕舞ったところで、聞き覚えのある声に振り向く。
    「馬鹿言うなよ。お前がどうしても王下七武海のポストに収まって欲しいというから、正式採用されてやったんだ」
    「よくそんな風に受け取れるな。逆に凄い」
    ドフラミンゴの肯定的な任務報告書も、その採否に大きく関わっている筈だが、この男は微塵もそれに感謝するつもりはないらしい。

    「倉庫の瓦礫の下から、ダンスパウダーがごっそり消えたらしいぜ」

    瞬間、ピリつく空気が肌を焼いているように思う。
    それでも、表情一つ変えないクロコダイルは、悠々と煙草の煙を吐き出した。
    「……ウエストランドの銀山から採掘された銀が、一部ノースブルーのとある国に流れているそうだが、一体何に使っているんだろうな。聞いたところによると、結構な量らしいがね」
    お互いに、あと一歳若ければ、その場で殺していたかもしれない。
    それを、させなかったのは運命のいたずらか、はたまた、牙が抜けただけか。
    言葉を噤んだ二人の若者は、ゆっくりと別方向へと歩き出した。

    「いずれ、」

    そして、同じ算段を脳内で組み立てる。
    全てが仮想敵なのは、ドフラミンゴとクロコダイルの共通認識なのだ。

    「いずれ、殺してやるよ」

    こうして、妙な場所からその足取りは交わりを見せた。

    ******

    「本当に行くのか」
    「……しょうがないだろう。上の命令だ」

    エニエスロビーの自室で身支度を終えた男を訪ねたのは、長く、苦楽を共にした同僚だった。
    真っ黒なスーツは今日で着納めだと、少し、感慨深く思う。
    「欠員が出たらしいからな。こんなご時世だ、致し方ない」
    「おれも異動願いを出そうかな」
    「馬鹿言うな。お前は、傀儡にはなれんだろう」
    すっからかんとなった部屋。
    全て、別の部署へ送ってしまった。
    そんな、がらんどうの空間を眺め回して、男はゆっくりと歩き出す。
    「無茶はするなよ」
    「お前こそ。栄転祝に漂白剤でも送るよ」
    「そうだな。頼む」
    軽口を叩き合い、二度と、戻っては来ない部屋を出た。
    些か、寂しそうな同僚はコミカルに肩を竦めて見せる。
    その正義の使い道が、よりにもよって、あの忌々しい神々の為となるのだ。

    「CP0でも、活躍を祈っているよ。またな……ゲルニカ」
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    kgkgjyujyu

    INFOマロ返信(03/26)
    ※禪院恵の野薔薇ちゃんについて
    このお話の野薔薇ちゃんは、禪院家の圧により高専には通わず、地元の高校に通っている設定なので、呪術師界隈のどす黒い風習や御三家の存在を知らぬまま、知らない男の嫁になりました。(恵との約束を思い出すのは暫く先です)

    最初の数ヶ月はおそらく死ぬほど暴れたし、離れからの脱走も何度も実行しておりましたが、離れの周りには恵が待機させた式神が野薔薇ちゃんの存在を感知した際に、即座に知らせる為、野薔薇ちゃんが離れから逃げられた試しはないです。
    なので、恵が訪ねてきても口はきかないし、おそらく目も合わせなかったとは思います。
    恵は、自分が愛を与え続けていれば、いずれは伝わるものと、思っている為、まったく動じません。

    ★幽閉〜1年くらいは
    恵に対する愛はない。けれど、野薔薇ちゃんが顔を合わせるのは恵だけなので、次第にどんどん諦めが生まれていきます。ちなみにRのやつは4年後なのでこの段階では身体に触れてすらいない。毎日、任務のない日は顔を見せて一緒に過ごす。最低限の会話もするし、寝る場所は一緒です。時間があるときは必ず野薔薇ちゃんの傍を離れません。


    2回目の春を迎えても、変わらない状況に野薔薇ちゃん 1202