ミッドナイト・レスキュー見渡す限り広がるゴミ山。
元々あった民家や商店はゴミや瓦礫に埋まり、子ども達は埋もれていない屋根を、まるで地面のように伝って駆けていく。
土の地面など殆ど見えない、この世の終わり。
そんな、生命の最前線で数名の男女が黒い服に身を包み、ゴミだらけの海岸に降りた。
花で作った冠と、木で作った板。
それを、ゆっくりと海へ流す。
「今後、彼の加護は無い」
数名の中の誰かが言った。啜り泣くような声音はすぐに、波の音に掻き消える。
この海で神とも紛う特別な存在。
しかし、彼らの血液もまた、赤だったのだ。
「革命には大義名分が必要だ。我々は今、それを失った」
大きな波にも沈まずに、花冠と木の板はいつまでも揺蕩っている。
木の板が一度、その別れを惜しむように、海岸付近まで戻ってきた。
弓と鳥のモチーフの下に掘られている故人の名前を、彼らはいつまでも眺め続ける。
"ドンキホーテ・ミョスガルド"。
木の板に彫られたその名前は、やがて波にのまれて消えた。
この海の理不尽を表すような、あまりにも残酷な現実。
それは、大きくうねった時代の代償だった。
******
「フフフフッ!いよいよ勢力図が変わってきたなァ、おつるさん」
「静かに聞くんだよ、ドフラミンゴ」
この海の正義の中枢は、僅かにそのざわめきを増していた。
会議室に集められた准将以上の将校達は、相変わらず会議を仕切らされているブランニューの言葉を聞いている。
新しい建物の匂いにももう慣れた。旧時代が死に様で放った燃料に引火した、大きすぎる火炎にもだ。
「大帝国も滅びりゃァただの陸地だ。また一つ、新時代に乗り遅れた国が出たのさ」
多くの国を武力制圧し帝国として君臨してきた国が先日海賊に滅ぼされた。
反政府的立ち位置のその帝国と、直接の衝突を避けながら均衡状態を保ってきた海軍本部はそのニュースに多少揺れている。
「生存者はほぼゼロとのこと。完全に国家は滅亡しました」
今日の議題は、海賊の占領下となったその国を、海軍本部がどうこうする話ではなかった。
今まで帝国に占領されてきた国や領土は、唐突にその支配を解かれる事となるが、その中に帝国側と同じく反政府的思想を持つ国家や組織があるという事は掴んでいる。
「帝国側との衝突を避ける為、野放しにしてきた反社会的組織を一網打尽とする良い機会……」
反政府を反社会と言い直せる。だから、この男はその場所に立っていた。
ブランニューは言葉と共にスクリーンに映像を映し出す。
投影された新世界の地図には、いくつかの赤いばつ印が付けられていた。
「帝国の元支配地域へ赴き、反社会的国家の一斉調査を行います」
配布された資料には、もちろんドフラミンゴの名前もあった。
担当地域を確認すると、几帳面に書類を畳んで懐に入れる。
「ドフラミンゴ」
隣でしゃんと背筋を伸ばして座るつるは、小さな声でドフラミンゴを呼んだ。
この男にしては、柔和な顔で返事をする。
「酷いクマだね。眠れないのかい」
しかし、その台詞に僅かにその口元が強張った。
一瞬だけ、ドフラミンゴを見たつるは、もう既に前のスクリーンに視線を戻している。
(元々、)
元々、こうなのだ。
逆にイレギュラー的に割り込んだ、安眠の理由。それも、既に無くしてしまった。
「フフフフッ!上手く眠れた事なんかねェよ。いつもそうだ」
ドフラミンゴの返答に、つるは返さずため息を吐く。
あの戦争で、無くしたものは大きかった。敵も、味方も。
(……馬鹿な子達だよ)
******
尾行されている。
ゴミを踏みしめて歩く黒い革靴が、その歩みを止めた。
湿った潮風がゴミの悪臭を巻き上げる中、サー・クロコダイルは振り返る。
(酷い場所だ)
見える限りは全て、ゴミに埋もれた酷い場所。
しかし、こんな劣悪な環境にも、生命の気配がした。
通り抜ける小さな影がクロコダイルの腕を切り落とし、その前方に転がる。
「宝石だ!」
十歳か、そこらの子どもがクロコダイルの手首を抱えて、その指に嵌まる指輪を嬉しそうに眺めた。
大きな斧を抱えたその手のひらは、驚くほど小さい。
「……」
無言のままのクロコダイルの姿が、ボロボロと崩れていった。
それと同時に子どもが抱えている手首も砂に変わる。
「ぐぅ、」
再び人の姿を取り戻したクロコダイルは、華奢な顎を掴んで自分の顔の前まで持ち上げた。
苦しそうに呻いた子どもはジタバタと暴れるが、クロコダイルは意にも介さず葉巻の煙を吐き出す。
(丸い後頭部、金髪のガキ)
なんとなく、他人の面影を見て、クロコダイルはその手のひらを開いた。
そして、ゴミの上に落ちた子どもの眼前にしゃがみ込む。
「ホテル・ミズガルズはどこかね」
キョトンとした顔でクロコダイルの両目を見つめた子どもは、ゆっくりと後方を指した。
ゴミに埋もれたこの街で、唯一の高い建物。それを指し示した細い指に、クロコダイルは指輪を一つ抜いて掛ける。
「ありがとう」
驚いたように指輪とクロコダイルを眺めた子どもに言って、颯爽と去る背中はここからでも目立つ、背の高い建物に向かって行った。
(想像以上に酷いな)
多くの建物はその高さの半分がゴミに埋まっているという異様な光景を眺めながら、クロコダイルは歩みを進めた。
ゴミに埋もれた民家を掘り起こし、床屋や病院、飲食店を営む薄汚れた人々の脇を通り抜けていく。
「何がホテルだ」
実際にホテルとして運営されていたらしいタワーを眺めて、クロコダイルは思わず吐き捨てた。
割れた窓ガラスは修理もされずに放置され、落書きや得体の知れないシミに侵された廃墟。
クロスギルド大幹部に立場を変えたクロコダイルが、こんな場所を訪れた理由などただ一つ。
クロスギルドに資金を提供する代わりに、その傘下に入れて欲しいと言われたからだ。
クロスギルドは未だ資金難で、そのスポンサー探しに奔走しているところではあるが、安易に飛びついた事を既に後悔している。
あまりにも不穏なタワーを下から眺めて、クロコダイルは葉巻の煙を吐き出した。