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    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

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    BORA99_

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    DQファミリー銭湯パロ
    現代で銭湯を経営するDQファミリーの日常。
    ヴェさんが怒って実家に帰ってしまう話。
    ※男同士にしては距離の近いヴェドが居ます

    犬も喰わない「・・・ドフィ!!ドフィ!!」
    板張りの廊下を、ギシギシと軋ませる、喧しい足音がした。
    店休日であるこの日に、特にやる事も無いドフラミンゴは、活字に落としていた視線をゆっくりと上げ、呼ばれた名前に本を閉じる。
    軽い音を立てて開いた障子戸に顔を向けた。
    「・・・なんだ。ヴェルゴ。何かあったのか。」
    「・・・・・・・・"靴下"の件だが。」
    「え。」
    大股で部屋に入ってきたヴェルゴは、いつも通り割烹着を着ていて、その手には洗濯したばかりの靴下を握っている。
    ドフラミンゴの幼馴染みで、銭湯の経営と、ドンキホーテ家の家事をする男。
    家事については明確に頼んではいなかったが、何かとヴェルゴが先回りしてやってしまうので、何となく、"家事"は"ヴェルゴ"の共通認識ができてしまい、今に至るのだ。
    「靴下を裏返したまま洗濯籠に入れるのはやめてくれと、再三伝えていた筈だが。」
    「・・・・・・・悪ィ。気を付ける。」
    目の前に正座して座ったヴェルゴが置いた靴下を見下ろして、ドフラミンゴはバツが悪そうに首筋を擦って呟く。
    あ、機嫌が悪い日だ、などと思い、どうしたもんかと頬を掻いた。
    「ヴェルゴぉー。なんかレンジの調子悪ィんだけど。」
    「ヴェルゴさん!キャベツ買ってきたぞ!!」
    微妙に気まずい沈黙を破るように、ドフラミンゴの部屋の戸をグラディウスとロシナンテが開けた。
    そして、室内の何とも言えない雰囲気に、え、ナニナニ、と間抜けた声を上げる。
    「・・・ロシナンテ。」
    正座して、下を向いたままのヴェルゴは、くわえタバコのロシナンテが灰皿にしている空き缶を見るなり、低い声を出した。
    「だから!!空き缶を灰皿にするなと言っただろう!!分別するのが大変なんだ!!」
    「うおわ、何だよ急に。悪ィ悪ィ。灰皿割っちゃってさァ。」
    「プラ製かアルミ製にしろ!!何故お前が、ガラスなどという儚い材質の灰皿を使っているんだ!!!!」
    「いや、プラの奴使ってたんだけど踏んじゃった。」
    「もう煙草は止めろ!!!!!」
    「おおお落ち着いてくれヴェルゴさん!!ほら、キャベツ!キャベツ買ってきた!!」
    「これはレタスだ!!!!」
    ロシナンテに詰め寄るヴェルゴを、宥めようと間に入ったグラディウスが一瞬で撃墜される。
    「あー、ヴェルゴ。悪かった。おれ達も気を付けるから、そう怒るな。ロシー。空き缶を灰皿にするなら自分で分別しろ。」
    「そもそも空き缶を灰皿にするな。」
    「そうカリカリすんなよ。な?別に靴下だって裏返しのまま洗ったからってどうってこたァねェだろう。履くとき直すからそのまま仕舞っといてくれ。」
    ドフラミンゴが宥めようと発した言葉に、ヴェルゴのこめかみで、ピキピキと血管が浮いた。
    そもそも、何故、奴らは自分でやらないのか。
    思ったら、最後だ。
    ヴェルゴの手のひらが一度、ぎゅ、と握り締められた。
    「・・・ドフィ。」
    「・・・あァ?」
    俯いたヴェルゴの地を這うような声に、ドフラミンゴの肩がビクリと跳ねる。
    そのサングラスの奥は、見えなかった。

    「・・・しばらく、実家に帰らせてもらう。」

    (((いや、実家ってどこだよ!!!!!)))

    「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待てって!!ホントホント、止める止める!煙草止めるから!!」
    「ヴェルゴ、一回落ち着こうぜ。な?な?茶でも飲むか?」
    「・・・そのお茶は、誰が淹れるんだ。君は急須と湯呑がどこに仕舞ってあるかも知らないだろう。」
    「・・・・・・・・・・・・・し、知ってるし。」
    「ヴェルゴさん!!あんたが居なくなったらおれ達まともに生きていけないって!!」
    ドフラミンゴの部屋から出ていこうとするヴェルゴに、男が三人、必死に縋り付いた。
    グラディウスが思わず叫んだ言葉に、眉間に皺を寄せたヴェルゴが振り返る。
    「そもそもそれがおかしいんだ。お前等とっくに成人した良い大人じゃないのか。」
    強靭な腕力で、三人を振り払ったヴェルゴはスパン!!!と障子戸を閉めてしまった。
    残された三人は、あ然とその背中を見送る。
    遠くの方で、一度、烏の鳴く声がした。

    「・・・いやマジで、実家ってどこだよ。」

    ######

    「・・・で、勢いで出てきたのか。あんた、意外と思い切りいいよな。」
    「・・・すまん。」
    "実家"もとい、商店街を抜けた先の住宅街で一人暮らしをする"元後輩"のスモーカーの家で、大きな体を縮めるように、ちょこんと座ったヴェルゴは、この世の終わりのような顔で謝罪を口にした。
    「どうせ独り身だ。気にしなくて良いぜ。ヴェルゴ"先輩"。おれァ明日"朝練"で早いが、気にせず寝ていてくれ。」
    「・・・すまない。」
    商店街からほど近い中学校で教鞭をとるスモーカーと、共に教師として働いていたのは既に何年も前である。
    ドフラミンゴに銭湯の手伝いを頼まれて"転職"をした訳だが、スモーカーが銭湯の常連ということもあり、細く長い付き合いは続いていた。
    「何だ。調子狂うな。・・・飯でも食いに行きますか。」
    「・・・あぁ。・・・いや、」
    今、商店街に出たら"彼ら"と鉢合わせる可能性がある。
    一度頷きそうになったヴェルゴは、それを隠すように視線を逸した。
    スモーカーはその珍しい態度に、煙草をくわえるとキッチンの換気扇の下に移動してから火を付ける。
    その様子を目で追ったヴェルゴは、少しだけ肩の力を抜いた。
    (・・・夕飯は、どうしただろうか。)
    作り置きはもう無かった筈だ。というか、奴ら米は炊けるのだろうか。
    急に、不安感と自己嫌悪に襲われたヴェルゴは、ため息を吐いた。
    (この、"性分"がいけない。)
    思えば、"頼まれた"事は無かった。自分が"勝手に"家事を担っただけである。
    それなのに、癇癪を起こして出てきたなど、いい大人がやることでは無いだろう。
    「・・・飯は食いますよね?出前でも取るか。奢ってくれよ、先輩。」
    何かを、察したように言うスモーカーは、白い煙をモクモクと吐き出しながら、キッチンに備え付けられた棚からいくつか出前のメニューを取り出した。
    "察し"が、"良すぎる"。
    その、妙な居心地の悪さに、ヴェルゴは所在無さげに髪を掻いてから、困ったように笑みを溢した。
    「・・・別に、無理してまで付き合う事ァないんじゃねェのか。」
    チラシをちゃぶ台の上に放ったスモーカーは、立ったままヴェルゴを見下ろす。
    スウェットのポケットに手を突っ込んで、読めない表情で言った。
    (・・・無理して、いるのだろうか。)
    そんなつもりは、微塵もなかったのに。
    「相変わらず、職場じゃ"赤"と"青"が揉めててな。・・・もしかしたら、教員が一人、"減る"かも知れねェ。」
    ぐるぐると、考え続けるヴェルゴの思考を遮るように、スモーカーはその顔を覗き込んだ。
    サングラス越しに、す、と、瞳を上げたヴェルゴの視線と交差する。

    「・・・戻って来ねェか。ヴェルゴ"先輩"。まだ、鈍っちゃいねェだろう。」

    "有る"とも気付いていなかったその"選択肢"に、ヴェルゴはただ、サングラスの奥で二、三回、瞬きを繰り返した。

    ######

    「最近包丁握った事ある人ー!!!」
    「あ!!ハイハーイ!!おれ、この前サッポロ一番作る時野菜切った!指も切ったけど!!」
    「「チェンジ。」」
    「ねー。お腹すいたー。」

    一方、ドンキホーテ家では、キッチンに所狭しと並んだドフラミンゴ、ロシナンテ、グラディウスが冷蔵庫に入っていた食材を前にくだらないやり取りを繰り広げていた。
    今日に限って、モネも、シュガーも不在である。
    ダイニングテーブルに腰掛けたベビー5が、呆れたように声を上げた。
    「いやそもそも何作るんだよ。料理できる奴なんてうちにはヴェルゴくらいしか・・・、」
    「ロシー。その名前を出すな。おれの心が折れても良いのか。」
    「そうだぞテメェ!ちょっとは気ィ使え!!ヴェから始まるあの人の事は今後、"名前を言ってはいけないあの人"と呼べ。」
    「いやまァ、それでドフィが傷付かないなら良いけどよ。」
    冷蔵庫に入っていた食材は、レタス、人参、ピーマン、卵である。
    とりあえず取り出して、並べてみたが、この四つから何を作ればいいのかが分からなかった。
    「・・・レシピ検索してみるか。」
    「あ!!チャーハンじゃね?!チャーハン出来るって!!多分!!二人共好きだろ?!」
    「「あー・・・。」」
    ロシナンテが嬉しそうにドフラミンゴとグラディウスを振り返るが、絶妙な反応を返した二人に、すぐに不満そうな顔になる。
    「・・・え、何だよ。二人して。」
    「いや、おれ別にチャーハン自体が好きな訳じゃねェんだよなァ。"名前を言ってはいけないあの人"のチャーハンが好きなだけで。」
    「完全に同意。店ではまず頼まねェ。」
    「面倒だなお前等。」
    「ねー。お腹すいたー。」
    あまり乗り気ではない二人に、じゃァどーすんだよ、と、眉間に皺を寄せて詰め寄ると、ドフラミンゴは煮えきらないように、うーん、と顎を擦った。
    もう、面倒だし、出前でも頼むか、と思ったところでふと、"気付く"。
    (・・・"面倒"なモンだなァ。)
    それを、毎日こなしていた男が居たのに。
    ドフラミンゴは後ろめたい気持ちに蓋をして、ガリガリと後頭部を掻いた。
    「つーかさ、探しに行かなくていいのかよ。ドフィ。」
    そんな、ドフラミンゴの胸の内を察したように、ロシナンテがおずおずと言う。
    ドフラミンゴは口角を下げて、その大きな瞳を見た。
    「分かんねェんだよなァ。」
    ようやく、言葉を発したドフラミンゴは、目の前の人参を弄ぶように撫でる。
    「おれァ、"王様"でも、"権力者"でもねェだろう。"何で"、あいつが、おれみたいなのに付き合ってくれるのか・・・未だに分からねェんだ。」
    フラフラと、揺れた足首。紐で括られ、伸びた首筋。
    "あの日"、死んだ父親と入れ替わるように、現れた"相棒"。

    『どうしたの。』

    そう言って、差し伸べられた手を取ったのは、もう、随分と前の話。
    それから、三十年以上も顔を突き合わせているのに、未だ出ないその応えを、あの生真面目な彼は、持っているのだろうか。

    「ヴェルゴさんだって"おうさま"じゃないよ。」

    突然、割り込んだその言葉に、ドフラミンゴの指先がピクリと揺れて、止まった。
    ダイニングテーブルで、腹を空かせたままのベビー5は、シュガー譲りの生意気な顔で言う。
    「でも若様は、ヴェルゴさんと一緒に居たいでしょう?ヴェルゴさんだって、同じじゃないの?」
    「・・・。そうか。」
    ベビー5の言葉にドフラミンゴはパチパチと瞬きをして、やっと少しだけ笑った。
    そして、その小さな頭をポンポンと撫でて、キッチンに向き直る。
    「・・・チャーハン作るか。」
    「そうだな。」

    ######

    「よし!!切れた!!材料は全てみじん切りにしたぞ!!いけた!!」
    「さすが若!!すべてが美しい1センチ角だ!!」
    危なっかしい手付きで、野菜を切っていたドフラミンゴが嬉しそうに声を上げて、それを応援していたグラディウスが、どこからともなく持ち出した、"若様""頑張って"と描かれたうちわを振りながら、歓声を上げる。
    「えーと、ご飯と卵先に混ぜてから炒めた方がパラパラになるらしいな。」
    スマホでレシピを見ているロシナンテの言葉に、ドフラミンゴは、ん?と、首を傾げた。
    「ご飯炊いてなくね。」
    「「あ。」」
    「まずいぞ!もう8時だ!!どんくらいで炊飯できるんだよ?!」
    「ねー。わかさまー。体操服洗わないと明日持ってけないよー。」
    「体操服ゥ?!なんで今さら言うんだよ!!おいロシー!!洗濯機回してこい!!」
    「了解!!」
    まさかの事態に、グラディウスとドフラミンゴが米びつの在処を探していると、思い出したように言ったベビー5がランドセルから体操服を引っ張り出してくる。
    それどころでは無いドフラミンゴに言われたロシナンテが、風呂場へと引っ込んだ。
    「ドフィ!ドフィ!!洗濯用の洗剤どれ?!」
    「あァ?!そんなん見たら分かるだろうが!!」
    「何かおれの知ってる奴が無い!!このプルプルした奴?!何これ?!洗剤?!」
    「え?!何これ。今こんなんなのか?!」
    引っ込んだ筈のロシナンテが、すぐに戻ってきて"ジェルボール"と書いてある箱をドフラミンゴに突き出す。
    グラディウスとドフラミンゴが覗き込んで、その得体のしれない"プルプル"を手に取った。
    「それだよ!それ!ヴェルゴさんのお手伝いしてるからわたし、知ってるよ!!」
    「よし流石だベビー!ロシナンテを手伝ってやれ!」
    「はーい!」
    「よし、おれたちは米を炊くぞ、グラディウス。」
    「任せろ!若!!米ぐらいだったら炊ける!!多分!!」
    「というかまず米びつどこだよ!!!」





    「い、いただきまーす。」
    目の前に置かれたチャーハンの皿に、気を使ったように言ったロシナンテの声だけが響く。
    時刻は九時を回ってしまった。
    普段なら、汁物と三つ以上のおかずが並ぶ食卓に、今日はチャーハンの皿のみである。
    ご飯を炊いて、何とか炒めて、その間に終わった洗濯物を干していたら、何だかぐったりしてしまって、そんなに食欲は無い。
    あまり、パラパラにならなかったチャーハンを口に運び、もそもそと咀嚼した。
    (・・・なんか、)
    「なんか違くね。」
    「いや、若が作ったチャーハンを食べられる事に感動し過ぎて味がよく分からん。」
    「おれは、マジでお前が羨ましいよ。」
    不味くはないような気がするが、コレジャナイ感が凄い。
    ドフラミンゴは何となく負けた気がして、無言でガツガツとスプーンを動かすのだった。

    ######

    「よォ、"センセー"。いらっしゃい。」
    「・・・ッス。」
    いつもの如く、勤務先の中学校を出たスモーカーは行きつけの銭湯の暖簾を潜った。
    番台で新聞を読んでいた"番頭"ドフラミンゴが、いつも通り、ぞんざいに挨拶を投げてくる。
    スモーカーも言葉少なに返し、小銭を番台に置くと、毎度、と回収されていく。
    ぼんやりと、それを眺めるスモーカーに、ドフラミンゴは怪訝そうな顔をした。

    「二日前、うちに、"転がり込んで"来たが。」

    またしても、言葉少なにそう言えば、それでも伝わったらしく、ドフラミンゴの動きが止まる。
    その、サングラスを掛けたままの相貌が、ゆっくりとこちらを向いた。
    「・・・そうかよ。で、何だ。」
    いつもの、人を喰ったような笑みに、少しだけ、凄みが増した気がしたが、スモーカーは平然とその顔を見返す。
    あの"先輩"は、未だ帰る踏ん切りが付かないようで、スモーカーの家に連泊中だ。
    「いや、別に。・・・そんなにこき使われるなら、教師に戻ったらどうだとは助言しておいたが、」
    言葉の途中で、胸倉を思い切り引かれたスモーカーの両手が、バン!と、番台で音を立てる。
    目の前にあるドフラミンゴの額に、ピキリと血管が浮いた。
    「オーオー、流石は"熱血教師"だ。勤務時間外にも説教か。」
    「いい大人が、説教してもらえると思うなよ。ただ、"先輩"があんまりにも"気の毒"だと思ってな。」
    バチバチと、火花を散らすように、二人の視線がぶつかり合う。
    スモーカーは、何だ案外必死なのか、と意外そうに瞳を細めた。
    「こんばんは~。って、ちょっとちょっと、何してんのよ?!何かスッゴイ見覚えある光景・・・!!何コレ?!デジャヴ?!」
    緊迫した空気をブチ破るように、ガラガラと引き戸が開いて、ヒョロリと背の高い影が現れる。
    戸の縁に頭をぶつけないように、ヒョイと屈んで入ってきたクザンは、番台を挟んで掴み合うスモーカーとドフラミンゴに、驚いて捲し立てた。
    「何があったかは知らないけど、勘弁してやってよ、兄ちゃん。」
    「テメェこそ関係ねェだろうが。・・・すっこんでろ。クザン。」
    「そりゃァ、まァ、そうだけどな。・・・友達なんだよ。」
    スモーカーの胸倉を掴むドフラミンゴの腕を、大きな手のひらが覆う。
    しばらく、睨み合って、ドフラミンゴはスモーカーの襟を離した。
    「・・・"引っ込み"が、付かなくなってるだけだと思うぜ。迎えにでも行ったらどうだ。」
    あまりにも、番台に座る男が"落ち込んで"いるように見え、スモーカーはバツが悪そうに頭を掻く。
    ドフラミンゴは再び新聞を開いて、それに視線を落とした。
    「・・・それができりゃァ、苦労しねェよ。」
    「まァまァ、自分が、悪くなくても謝るのが男ってもんじゃない。」
    「全く事情知らないでよく話に入ってこれたな、あんた。」
    番台に肘を付いたクザンが、的を得ていなくもない事を言う。
    新聞から顔を上げないドフラミンゴに、二人は揃ってため息を吐いた。
    「・・・ヴェルゴが、やりたいようにやって欲しいだけだ。帰ってきてくれるなら、勿論嬉しいが・・・他にやりたい事があんなら、態々"腐れ縁"に付き合わせる道理もねェ。
    ・・・誰かの足を"引っ張る"のは、"気が引ける"。」
    「え、何。さっきからオジサン同士でオジサンを取り合ってたの。なんで?」
    「あんたはちょっと黙っててくれ。」
    そうやって、聞き分けが良い"フリ"をするから事態がこんがらがってしまうのに。
    このまま、"先輩"が"教師"に戻ったら、どうやら自分は殺されそうだ。
    「"居て欲しい"なら、それ相応の"努力"がいるんじゃねェのか。相手の事情を慮る程、余裕があるなら別に、そうやって"お高く"止まってろ。」
    ヒラヒラと手のひらを振って、風呂場に向かうスモーカーが吐いた言葉に、ドフラミンゴの目線が揺れる。
    "居て欲しい"に、決まっているのに、相手が、そうなのかは分からないから、こんなに困っているのだ。
    ドフラミンゴは一度、サングラスを取って顔を覆う。
    「ま、よく知らないけど、あんまり悩みなさんな。」
    ポンポンと、ドフラミンゴの肩を叩いたクザンも、スモーカーに付いていく形で目の前から消えた。
    ドフラミンゴは、長く、息を吐き出す。
    自分のエゴで、家族を不幸にするなんて、そんな男には、なりたく無いと思っていた。
    (・・・まるで、"あの人"だ。)

    「・・・クザン。」
    「ハイハイ。何でしょ。」

    「テメェ、金払ってねェだろ。」
    「あはは〜。バレちゃった。」

    ######

    『君、名前は。』

    『ドンキホーテ、ドフラミンゴ。』

    "あの日"、商店街の空き地で、怯えたように縮こまっている少年を見つけた。
    白い肌に、色素の薄い髪。比喩でも何でも無く、まるで、天使みたいだと思ったのを覚えている。

    『お父さんが・・・?それは大変だ、"トレーボル"に相談しよう。』

    当時、恵まれない子供達への"支援ビジネス"に熱を上げていたトレーボルの恩恵を受けていた、"恵まれない子供"だったヴェルゴは、その小さな手のひらを取ったのである。

    その後は、ずっと、"隣"で見ていた。

    奨学金制度と、"後ろ暗い"仕事で金を作り、大学まで卒業したあの男が、父親の借金も完済し、こうして銭湯経営などという穏やか過ぎる日常に落ち着くまでを。
    政界進出を目論む"トレーボル"は、ドフラミンゴを担ぎ上げようと必死だったが、ヴェルゴはただ、あの男には静かに暮らして欲しいと思っていた。
    あわよくば、自分もその、幼少期に"選べなかった""日常"を、過ごしたいとも。
    だから、銭湯経営に誘われた時、二つ返事で了承したのだ。
    "誰か"と、笑い合う食卓を、ずっと、夢見ていた。

    (・・・"誰か"じゃないか。)
    スモーカーの家のキッチンで、夕食の準備をしていたヴェルゴの手が、ふと止まる。
    何故、喉から手が出る程、"欲しかった"日常を、あんなにもあっさり捨ててきたのか、今ではもう、理解が出来無い。
    ヴェルゴはポケットから取り出したスマートフォンの画面を眺めた。
    ロシナンテから75件、グラディウスから123件、モネからは3件の着信履歴。
    シュガーからは、メッセージアプリに「許してあげれば?若様泣いてるよ。」とのメッセージが1件。
    きっと、"あの男"は、自分から連絡してくる事は無いのだろう。
    自分のエゴで、他人を不幸にする事が、何よりも"怖い"のだ。
    それを分かっていて、自分から歩み寄らないのは、もう既に、ただの意地の張り合い。

    ふらり、と、倒れるように冷蔵庫に背中を預けた。
    サングラスを取って、瞳を手のひらで覆う。
    最初は、家族が欲しかっただけ。今は、"彼ら"と家族で居たいだけだ。

    「あァ、帰りたいなァ・・・。」

    ######

    「え、何。何あれ。あれ、ドフィ?ほんとに?」
    「ヴェルゴと喧嘩したそうだ。そっとしといてやろう。」
    「・・・。」

    夜。片手間で経営している風俗店に顔を出したドフラミンゴは、ここぞとばかりに控室の簡素な机に突っ伏して、慰めて欲しいオーラを出していた。
    客引きから戻ってきたディアマンテが、明らかに不貞腐れたその、主の姿に顔を顰め、セニョールとピーカに顔を向ける。

    「・・・もう三日だぞ。そろそろ帰って来いよ・・・。」
    「まァまァ、若。好きにさせとくのも長続きの秘訣だろ。明日辺りひょっこり帰ってくるぜ、きっと。花束でも用意して待ってな。」
    「もう無理。ヴェルゴのチャーハン食べたい。」
    「オイオイ、重症だなドフィ。居場所は分かってんのか。」
    何だかんだで放っておけない三人が、それぞれパイプ椅子を持ってきて、ドフラミンゴの周りに座った。
    ちらり、と、ディアマンテの顔を見てドフラミンゴは再び机に突っ伏す。
    「・・・元同僚の家。」
    「何だ、分かってんなら力ずくで連れ戻しゃ良いじゃねェかよ。」
    「あいつが帰って来たくねェなら、無理強いはしねェ。」
    「ウハハハハ!無理強いはしねェって顔じゃねェなァ・・・!」
    どんよりとしているのに、突っ伏した事によってズレたサングラスの隙間から見えた瞳は随分と殺気立っていた。
    ディアマンテが大笑いする中、セニョールとピーカは顔を見合わせて、ヤレヤレとため息を吐く。
    「若・・・。そんなに帰って来て欲しいなら、ちゃんと言えば良いだろうよ。それで戻ってくるなら、そりゃァ、あいつの意志だ。」
    「別に。あいつが帰って来たくねェなら。おれも帰って来て欲しくねェ。」

    (((めんどい!!!!!!)))

    完全に不貞腐れているドフラミンゴに、セニョールの笑顔すらピキ、と引き攣った。

    「あのなァ、若。あいつも、いい大人の男だろう。別に、居たくねェところに居なきゃいけねェ程、選択肢が無い訳でもねェ。それでも、ここまで一緒に居たんだ。それは、"そういう事"じゃねェのか。
    ・・・きっと、意地張ってるだけさ。折れてやるのも、"大黒柱"の務めじゃねェのか。」
    「・・・お前も、嫁と喧嘩する?」
    「するさ。でも、おれァすぐ謝るね。"意地"よか大事だと、知ってるからな。」
    何故か、ヴェルゴが嫁扱いになっている事に誰も気が付いていないが、セニョールが煙草の煙と共に吐き出した台詞に、ドフラミンゴは、ふーん、と音を漏らす。
    "なりたく無い姿"と、"失いたくない相棒"が、グラグラと天秤の上で、ずっと、揺れていた。
    「あー!クソッ!!!」
    ガシガシと頭を掻いて、立ち上がったドフラミンゴは、帰る!!、と言って背もたれに掛けていたスーツのジャケットを掴む。
    「そうしろそうしろ。さっさと迎えに行って、アイシテルって伝えてやれよ。」
    「言うか!」
    相変わらず大笑いするディアマンテが、長い腕を振った。
    それに悪態を吐いて、ズカズカと大股で出ていってしまう。
    その後ろ姿を見送る三人は、困ったように、それでも笑みを溢した。
    傍で見ている分には、酷く簡単な事なのに。
    当事者達の間では、きっと、大きくて、大変な事なのだ。
    それを、理解できない"部外者"は、こうして、背中を押すしか出来ないと、三人はよく知っている。

    「・・・ったく、頭が良いんだか、悪ィんだか分からねェ男だ。」

    ######

    「・・・ん。」
    「・・・ん?」

    夕食を終え、食器類を洗っていたヴェルゴに、スモーカーが煙草をくわえながら何かを差し出してきた。
    手の塞がっていたヴェルゴが、視線だけをその手元に移すと、それはヴェルゴのスマートフォンだった。
    ロック画面に映し出された、メッセージアプリの通知に、ヴェルゴは出しっぱなしの水道も気にせず、釘付けになる。
    「・・・洗い物はやっとくから、さっさと荷物纏めろよ。」
    ヴェルゴの代わりに水を止めたスモーカーが、カチカチとライターを鳴らして、煙草に火を付けた。
    "むかえにきた"。
    その、身勝手なメッセージに、ヴェルゴはどうして良いのか分からず、立ち尽くす。
    それを見兼ねたスモーカーは、面倒臭そうに煙を吐き出した。
    「そんだけ帰りたそうな顔しといて、このタイミングを逃すつもりか。」
    「・・・あ、いや、そういう訳じゃ。・・・なんか、気まずいんだ。」
    「あァ?!」
    キョロキョロと視線を泳がせたヴェルゴに、あまり気の長い方ではないスモーカーが、不機嫌そうに言ってキッチンから出て行く。
    ヴェルゴの持っていた鞄に、そう多くは無い彼の私物を乱雑に突っ込むと、再びキッチンに戻ってきた。
    「ちょ、ちょっと待ってくれ!スモーカー君。心の準備が必要だ!!!」
    「要らねェよ。"顔見て"、その"軽い頭を下げて"、"ごめんなさい"だ。覚えたな?」
    ヴェルゴの首根っこを掴んだスモーカーが、自分より大きなその体を引き摺って、玄関から外へ放り出す。
    呆気に取られたヴェルゴを見下ろして、スモーカーはニヒルに口角を上げた。
    「"迎えに来た"って事ァ、多少なりとも、腹ァ決めたんだろうが。そこは褒めてやれよ。じゃァな。"先輩"。」
    「・・・ちょ、」
    バタン、と閉まった扉に、ヴェルゴはポカンと、廊下で立ち尽くす。
    そして、長い長いため息を吐くと、素直にその場を後にした。





    「・・・ドフィ。」
    「よォ、ヴェルゴ。"久しぶり"。」

    マンションの自動ドアを潜った先の、植え込みに腰掛けていたドフラミンゴは、静かに出てきた"相棒"に、少しだけ、気まずそうに言って、立ち上がった。
    "店"からの帰りか、スーツ姿のドフラミンゴにヴェルゴは何と言っていいか分からず、ぼんやりとその顔を眺める。

    『"顔見て"、その"軽い頭を下げて"、"ごめんなさい"だ。覚えたな?』

    後輩に貰ったアドバイスが頭を過り、ヴェルゴは困ったように頬を掻いた。
    そうだった、まずは、"謝罪"だ。
    癇癪を起こして、出ていったのは自分の方だ。
    "帰りたい"なら、まず、言うことがある。
    「ド、」
    ヴェルゴが口を開いた瞬間、その首にドフラミンゴの片腕が回って、緩く引かれた。
    肩に乗ったドフラミンゴの頭に、ヴェルゴの言葉が止まる。
    「教師に、戻りたいならそうしてくれても構わねェ。家事は・・・当番にして皆でやる。ただ、飯はお前が作ったのが良い。でも、大変なら毎日じゃなくて良い。兎に角・・・、」
    勝手に、くるくると口が回って、"計画"と"願望"が溢れ出た。
    結局、"好きにしろ"と言える程、"無関心"な訳が無いのだ。
    一度、言葉を切って、息を吸い込む。
    怖くて、その肩から上げられない顔は、動かないままだ。

    「・・・おれが悪かった。頼むから、帰ってきてくれ。」

    その、くだらない意地の張り合いに、終止符を打つべく、絞り出した言葉は、情けなく、縋り付くような懇願である。
    この世の人間関係をギブ・アンド・テイクだとは言うが、渡せるものがない場合、あとはもう、"お願い"するだけだろう。
    顔は上げられない癖に、ヴェルゴの服を掴む力は弱まらず、ヴェルゴは小さく息を吐くと、ふわりと、その短髪に触れる。
    「ドフィ。おれも、すまなかった。大人気なかったな。
    ・・・"帰りたい"んだ。家に。」
    ヴェルゴの言葉に、やっと顔を上げたドフラミンゴは、随分と懐かしい顔で笑った。


    「スモーカーくーん。お腹すいたー。ご飯作ってー。」
    「・・・"部下"にたかるなよ。」
    「あれ?何してんの、そんなとこで。」
    「あァ?"デバガメ"って奴だ。」
    ベランダから、下の様子を見ながら煙草を吸っていたスモーカーは、突然開いた扉に振り向きもせずに言った。
    勝手知ったるように、ズカズカと入ってきたクザンは、同じようにベランダから下を覗き込む。
    「あらら、彼、"戻って来ない"って?」
    「戻るつもりがあるなら、そもそも辞めねェだろ。あの人は。」
    「・・・それもそうか。じゃー、おれも、"サカズキ"と仲直りしなきゃかなァ。」
    「あァ、頼むぜ。うちの中学は、万年人手不足なんだ。」
    無理やり、追い出した甲斐があった。とばかりに、満足そうに煙を吐き出すスモーカーは、並んで歩き出した"二つ"の影を見送った。

    お互い、"欲しい物"を渡し合っている事に、いつまで経っても気が付かない、馬鹿な奴らだ。

    「何だかんだでお節介だよね。スモーカー君て。」
    「馬鹿言うな。こんな、"犬も喰わねェモン"、二度と食うかよ。」

    ######

    「ウォオオオオ。限界だァアアアア。もう、無理マジで無理。ヴェルゴのチャーハン食いたいィイイイ。」
    「やめろォオオオ。ロシナンテェエエエ。もう二度と手に入らないモノを口に出すなァアアアア。」
    「馬鹿じゃないの。自業自得じゃない。」
    ドンキホーテ家のダイニングテーブルに突っ伏したロシナンテとグラディウスに、シュガーは呆れたようにため息を吐いた。
    ヴェルゴが出て行ってから、丸三日が経とうとしている。
    誰も着ることがなくなった割烹着が、物悲しげにハンガーに掛かっているだけだ。
    「・・・みんな!!」
    「ベビー?どうしたの。貴女、寝てた筈・・・。」
    意気消沈気味のダイニングに、突然、眠った筈のベビー5が飛び込んで来る。
    お茶を飲んでいたモネが、優しく返した。
    「か、帰ってきたかも!!足音が・・・二つ聞こえたの!!」
    明るい顔で言ったベビー5に、突っ伏していたロシナンテとグラディウスはがばりと起き上がる。
    そして、ワラワラと全員で玄関口に走った。
    ガラガラと、玄関の引き戸が開く音と共に、"懐かしい"顔が現れる。

    「ヴェルゴぉおおおおお!!!」

    ロシナンテが勢い余って抱き着くと、他のメンバーも嬉しそうに纏わり付いた。
    面食らったヴェルゴが、目を丸くする様を、ドフラミンゴは、何か、眩しいものでも見るかのように後ろで眺めている。
    "自分"が、"欲しかった"その光景は、きっと、ヴェルゴが居なければ成り立たないのだ。

    「ドフィ、"おれが""欲しかった"ものは、"此処"にしか無いみたいだ。」

    五人分の体重を支えて、少しだけよろけたヴェルゴか言った言葉に、ドフラミンゴはサングラスの奥で目を見開く。
    結局、"欲しかった"ものは、"自分"も、"彼"も、同じだったらしい。
    余りにも、気が付くのが遅すぎて、ドフラミンゴは笑うしかない。
    「フフフフッ。・・・あァ、"おれもだ"。ヴェルゴ。」
    「あ!!ヴェルゴさん!!!」
    グイグイと腕を引っ張るベビー5が、思い出したように声を上げた。
    ん?と、首を傾げたヴェルゴに、"家族達"は明るい表情で笑う。

    「"おかえりなさい"!!!!」
    「・・・。」

    欲しくて、欲しくて、堪らなかったその"形"を。
    何時までも保っていくのは、随分と大変だ。
    それを、嫌だとも思わないのは、きっと、それが、"本当"だからか。
    ヴェルゴは一度、瞳を閉じて、その小さな少女の頭を撫でた。

    「・・・あァ。"ただいま"。」
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