グロテスクに極彩「ゲホ、ゴホ・・・ッ!!」
「"サー"?大丈夫?風邪かしら。」
「・・・さァな。」
「あまり無理しない方が良いんじゃない?貴方もう、良い歳なんだから。」
「・・・うるせェ。」
ここ一ヶ月程、妙な"咳"に取り憑かれている。
何かを吐き出すような、肺の奥から起こるような、重たい"咳"。
日を追うごとに酷くなるそれと、秘書が薄ら笑いと共に吐いた遠慮の無い台詞に、クロコダイルは些かうんざりと葉巻を咥えた。
「そんなもの、吸ってるからじゃなくって?」
「・・・ほっとけ。」
海軍本部からの招集もある。
この妙な"咳"以外に特に不調も無かった。
クロコダイルは気乗りしないまま、座っていた豪華なチェアからやっと腰を上げる。
「あら、今日はどちらへ?」
「"テキーラウルフ"。"東の海"だ。多分戻らん。暫く空ける。」
「ハイハイ。お気を付けて。」
"東の海"の"最弱"にしては、随分と殺伐とした場所。
奴隷共が何百年も"橋"を作り続ける、冷たい"国"。
そこで奴隷達が暴動を起こしたらしい。
『"東の海"は、貴様が一番近いだろう。行って鎮圧して来い。』
"元帥殿"の物言いには多少苛つきもあるが、七武海の席に未練はあった。
「ゲホ、ゲホ、」
美しい秘書に背を向けて、出て行ったクロコダイルの居た場所に、ニコ・ロビンは目を向ける。
真っ赤な花弁が一枚、忘れ去られたように落ちていた。
(・・・赤い花なんて、飾ったかしら。)
それを、拾い上げたロビンは、静かにそう、思った。
『ジョーカー!!!マズいですよ!!"テキーラウルフ"で奴隷共が暴動を起こしてる!!!奴らを売ったのは"おれ達"だと、クライアントはカンカンだ!!!』
「フフフフッ。そう怒鳴るなよ、"ディスコ君"。それで何人か死ねば、また取引額が増える。」
『悠長な事を・・・!!!兎に角、あんたを出せって聞かねェんだ!!』
「分かった、分かった。すぐに向かうと伝えろ。」
『あァ、頼むぜ、"ジョーカー"。』
何匹も居る電伝虫の中の、"シャボンディ諸島"からの通信。
それを、いつもの、4階の部屋で受けたドフラミンゴは、その情けない叫び声に辟易としながらも、"彼"が望む台詞を吐いてやった。
"テキーラウルフ"は、良い客である。
何百年も完成の見込みが無い"橋"を作り続け、その過酷さに毎日毎日大量の人間が死んで行く。
その"空き"に、ドフラミンゴは多くの奴隷を流していた。
様々な犯罪シンジケートの"食い物"と化した、その世界的産業は、"終わらない"限り、莫大な金を生む。
「若様ー?どこか行くの?」
「シュガー。」
開け放った4階の窓から、柔らかな風が流れ込んだ。
後ろからした幼い声に、ドフラミンゴは振り返る。
「"東の海"。"テキーラウルフ"ってとこだ。遠いから・・・何日か不在にするが、ここは頼んだぞ。」
「ハァーイ。気をつけて。」
平和な午後に別れを告げて、ドフラミンゴは港へと向かう為、その窓枠から身を投げ出した。
######
「・・・"サー"・クロコダイル様がご到着です!!!」
長い長い橋の上。
吹きすさぶ冷たい風に、クロコダイルは若干眉を顰め、その"先"を見渡した。
建設途中の橋の先端でバリケードを組み、座り込んだ、喧しく何かを叫ぶ大勢の奴隷達。
こんな、屑籠のような場所で、よくもまあ、尊厳も失わずに居られたものだ。
抵抗を続ける奴隷達に、クロコダイルは僅かながら感心し、呑気に葉巻の煙を吐き出しながら、その有様を眺める。
クロコダイルよりも先に到着していた海兵達は、そのバリケードと対峙するように陣営を組んでいた。
到着したクロコダイルの姿に、キビキビと敬礼をする。
「何だ。さっさと突入しねェか。テメェらがモタモタしてやがるから、おれが遥々こんな"最弱"の海に駆り出される羽目になったじゃねェか。」
「そ、それが・・・。テキーラウルフ側から突入の許可が出ず・・・。」
「あァ?奴らの要請じゃねェのか。」
「"労働者"の確保の目処が立っていないとかなんとか・・・。」
"皆殺し"か"捕縛"か、判断が付きかねる状況か。
クロコダイルは心底どうでも良い選択に、モクモクと煙を吐き出してから、ぐるりと海兵達に背を向けた。
馬鹿馬鹿しくなって、橋の手摺に足をかけたクロコダイルは、眼下に揺蕩う自身の乗ってきた船を捉えると、海兵達の目の前で砂と化していく。
「船に居る。突入の許可が降りたら呼びたまえ。」
「・・・は!」
橋から落ちるタイミングでクロコダイルが言うと、海兵は弾かれたように敬礼と応答を返した。
それを見もせずに、クロコダイルは橋の下に作られた特有の船着き場にあっという間に着地する。
(ノロマ共め・・・。このおれの拘束時間は高く付くぜ。)
「・・・"ジョーカー"!!!」
胸の内で悪態を吐いたと同時に、同じ船着き場に停泊していた一隻の帆船にわらわらと数名が駆け寄った。
その"呼び名"に、船内から現れた男が一人。
細身のダブルスーツ。大きな図体。ガラの悪いサングラスに、趣味の悪い、ピンク色のファーコート。
その、よく見知った人物を、"知らない名前"で呼ぶ取り巻き達。
ゆっくりと、そのサングラスがこちらを向いた。
(・・・相変わらず、"馬鹿"な男だ。)
裏の顔があるのなら、表に出ないは"鉄則"である。
のこのこと、自ら出向くなど、バレても良いと思っているのか、それとも、ただの馬鹿のどちらかだ。
「ゲホ、ゴホ・・・!!・・・あ?」
"お節介"にも、そんな事を思っていたら、また、あの"咳"に襲われる。
思わず口元を覆ったクロコダイルの手のひらに、ひらりと一枚、真っ赤な花弁が乗っていた。
(・・・なんだ、こりゃァ。)
######
「ジョーカー!!奴隷共が橋の建設を拒んでいる!!お前のところの商品だぞ!!!」
「アーアー、分かってるよ。だからこうして遠路遥々こんなところにまで顔を出したんだ。」
"ジョーカー"名義で、"ヌマンシア"は出せない。
いつもより大分小振りな帆船から、橋の下へ降り立ったドフラミンゴに早速大きな声を上げたのは、この馬鹿げた産業の責任者だ。
「どうしてくれるんだ・・・!この事業は"天竜人"の指揮下なんだぞ・・・!!」
「言われなくても、知ってるよ。・・・暴動を起こしたのは何人だ。」
「・・・約100名だ!!」
随分下の方で、子犬のように吠える男を、一瞥したドフラミンゴは、ふーん、と顎を擦る。
「・・・"殺せ"。」
「・・・は?」
一度、橋の上の騒動を見上げて、ドフラミンゴの口元がゆっくりと動いた。
上手く理解が出来なかった責任者の男が、間抜けな音を漏らす。
それを、サングラス越しに見下ろしたドフラミンゴの口角が上がった。
「・・・"全員"、殺せ。100人、新しいのを入れる。」
100人程度、どうにでもなる。
この世界で、余っているのは、"人間"だけだ。
大したトラブルにはならなそうな状況に、ドフラミンゴは内心息を吐く。
満足そうに笑い、バタバタと走り去った責任者に、帰るか、と踵を返したところで、船着き場に佇む一人の男に目が行った。
ドフラミンゴは、サングラスの奥で人知れず、目を見開く。
「・・・鰐野郎。」
目に映った、黒い髪の"鰐野郎"は、悠々と葉巻の煙を吐き出して、ドフラミンゴを冷めたような目つきで、見ていた。
「サー・クロコダイル様!!!攻撃の許可が出ました!!至急準備を!!!!」
ドフラミンゴが何かを言う前に、現れた海兵に連れられてクロコダイルはあっさりと背中を向ける。
足早な海兵に付いていく形で、ゆっくりと去って行った。
(・・・聞かれたか。)
ジョーカーの名、後ろ暗い事業、血濡れの札束。
こんな海でも、人売りは表向き"タブー"だ。
海軍本部はある程度目を瞑っているが、表に出れば、国王の座も、七武海の座も泡となって消える。
"奴"が、"何を"知ったのか。その頭の中までは分かる筈が無かった。
(・・・あーあ、殺すか。)
思った瞬間、迫り上がる"嘔吐感"に、ドフラミンゴは思わずよろけて停泊した船に腕を付いた。
口元を覆う大きな手のひらに、毒々しい紫色の花弁が溢れて、地面に落ちていく。
「ゲホッ・・・ッハァ、は、ハァ、」
"永遠"に、"完治"はしない、愚かな"奇病"。
ドフラミンゴは手の中に吐き出した花弁を、ぐしゃり、と、握り潰した。
######
「整列!!突入準備!!突入準備!!標的の生死は問わない!!」
「絶対的"正義"の名の下に・・・殲滅せよ!!!」
大きな号令と、まるで人形のように、同じ動きをする海兵達を眺めたクロコダイルは、欄干の上で葉巻の煙を吐く。
"皆殺し"の"許可"は、あの"フラミンゴ野郎"の登場後に突然降りた。
明確な、奴の背後を見てしまった事に、クロコダイルは面倒だとばかりに眉を顰める。
(・・・少しは隠せよ。)
そうすれば、全てに、目を瞑ってやるのに。
そんな事を、思った途端、喉の奥が妙な痛みを訴えた。
胃液が逆流するような感覚に、クロコダイルは思わず口元を覆う。
「ゥ、・・・ふ、」
低い呻き声が漏れた瞬間、視界の端で真っ赤な炎がチラついた。
奴隷側から投げつけられた松明が、組み上げられたバリケードにぶち当たり、あっという間に燃え広がっていく。
そのワンテンポ後に、火薬の臭いが漂った。
「ゲホ・・・、ゲホ・・・ッ!!!」
遠くの方で、"爆発するぞ!!"と怒鳴る声がする。
言われなくても、そんな事は分かっていたが、喉を逆流する"何か"に、クロコダイルはその場に崩れ落ちた。
「・・・クロコダイル様、」
自分の名前が呼ばれたと思った瞬間、轟音と共にバリケードが吹き飛ぶ。
まずい、と思ったが、自分の体は咳き込みながらもいつの間にか砂へと姿を変えていて、爆風を逃れたクロコダイルは燃え盛るバリケードの前に再び姿を表した。
「ゴホ・・・、は、げほ、ゥウ、」
「崩れるぞーッ!!退避ーッ!!!退避ーッ!!!!」
だから、言われなくても、分かっている。
ピシピシと、建設途中の箇所が不穏な音を立ててゆっくり傾いていくのを感じた。
下は冷たい海だが、この咳さえ収まれば、落ちるようなヘマはしない。
(・・・クソ、)
狭い喉元を、無理矢理押し広げるように通る何かにクロコダイルの瞳が酸欠で霞んだ。
バキバキと仮設の柱が折れて、クロコダイルの蹲る地面が割れる。
「オイオイ、どうした"鰐野郎"。顔色悪ィなァ。」
その時、クロコダイルの背後から、光を反射する"糸"が何本も伸び、崩れ落ちる寸前の道を繋ぐのが見えた。
ガリガリと靴底が擦れる音に、瓦礫を引くドフラミンゴの姿を振り返る。
(・・・だから、なんで、)
ここに居る理由も、説明出来ない癖に、何故現れるのか。
冷たい風に揺れた、そのファーコートを、忌々しげに睨む。
「ゲホ、ゲホ・・・!!ぅあ"、」
その瞬間、口元から、まるで血飛沫が舞うように、真っ赤な花弁が溢れた。
「・・・は、」
その、この世の物とは思えぬ光景に、思わず声を上げたのは、ドフラミンゴの方。
(一体、)
一体、誰を想って、そんな、大層な物を吐くのか。
そんな事を思ったら、"気"が"逸れた"。
緩んだ糸がブツン、ブツンと切れて、その崩壊は、取り返しの付かない事態を引き起こす。
「離れろーッ!!!巻き込まれるぞォー!!!」
どこかで、誰かが叫んだ刹那、クロコダイルとドフラミンゴの姿が瓦礫に飲まれた。
######
『嘔吐中枢花被性疾患』
その、あまりにメルヘンで美しい病は、この"偉大なる航路"でもそれなりに症例があった。
研究を続ける医師も、文献も、患者も、確かに存在している。
まさかそれが、自分と"奴"の身に降り掛かるとは、考えた事すら無かったが。
パチパチと燃える、薪ストーブの火に照らされて、ドフラミンゴはゆっくりと瞳を開く。
分厚いカーテンの隙間から見える僅かな外の風景は、真っ暗で、吹雪の音しか聞こえなかった。
あの時、瓦礫に飲まれた瞬間、気を失っていたクロコダイルを抱えてどうにか橋の上に戻ったが、元いた場所よりもかなり外れてしまったらしい。
目の前には労働者達が"移動"し、"捨てられた"ゴーストタウンが広がっていた。
強まる吹雪と、誰も居ないその場所に途方に暮れたドフラミンゴは、とりあえず空き家となった民家に避難したところである。
幸い、建設現場からほど近いその場所は、捨てられてまだ日が浅いのか、一晩分くらいは保つであろう薪があり、室内もそう荒れては居なかった。
(迎えは、明後日か・・・。面倒な事になった。)
乗ってきた船は、恐らく瓦礫に潰され、海の藻屑だろう。
ドレスローザに迎えを頼んだが、如何せんここは"東の海"。
新世界からはそれなりに遠く、そうすぐには来られない。
「・・・礼は、そうだなァ。あのでけェ水槽で飼ってるワニ一匹くれよ。コロシアムで闘魚と一緒に泳がせてェんだ。」
「そうしたいのは山々だが、奴らはチキンが好物でな。テメェは遠慮しといた方が良いだろうよ。」
背後に動く気配を感じたドフラミンゴが、振り返りもせずに言うと、相変わらずツレない答えが帰ってきた。
押し殺したように笑って、ドフラミンゴは見つけたワインボトルを一本、クロコダイルに投げる。
ベッドの上で上半身を起こしたクロコダイルは、起き抜けにも関わらず、寸分違わずそれを掴んだ。
「オイオイ、いつのだよ。飲めんのか。」
「フフフッ。泥水よりかは、幾らかマシだった。」
ギィギィと鳴る、その木製のベッドに、何となく居たたまれなくなって、クロコダイルは傍らに掛けてあったコートのポケットからシガレットケースを取り出し、残り少ない葉巻を咥える。
「・・・おれが、なんで、こんな辛気臭ェ場所に居たと思う。」
愛用のオイルライターをゴソゴソと探すクロコダイルに、ドフラミンゴは意味ありげな台詞を吐いた。
中々見つからない"それ"に、クロコダイルが重たいため息を吐くと、ドフラミンゴは埃にまみれたマッチの箱を投げて寄越す。
「・・・・・・・・・・・・・観光。」
「フッフッフッ!!!・・・正解。」
これだから、ドフラミンゴはこの男の事が"好き"だった。
頭はキレるし、この世の歩き方も知っている。
そして何より、期待外れな言動をしない。
(・・・なのに、)
なのに、"あの時"、この男はよりによって、"あんなもの"を吐き出した。
この男が、誰かに"煩う"事など、無いと思っていたのに。
パチパチと爆ぜる薪の音にうんざりとして、ドフラミンゴは立ち上がった。
ベッドに腰掛けたままのクロコダイルは、呑気に葉巻を燻らせている。
この病を、治すのにうってつけの"能力"があった。
あの小さな手のひらが触れれば、この男を煩わせる人間は、存在諸共消え失せる。
記憶にも残らなければ、悲しむ事だって無いのだ。
その力を持っていながら、この奇病を治そうとしない自分は棚に上げて、ドフラミンゴはクロコダイルの頭の上の壁に手のひらを付いた。
「見下ろしてんじゃねェよ。ブッ殺すぞ。フラミンゴ野郎。」
知られてしまった、もう一つの"名前"。自分を悩ます奇病の"元凶"。その、全てが、この男を消すように示してくる割に、ドフラミンゴにその気は起きない。
強い光で見上げる瞳に、ドフラミンゴの喉が鳴った。
スルリと、その長い指が顔の中央に走る傷跡をなぞる。
いつまでも、いつまでも消えない、強い光。
この男は、溢れて、止まらない、"支配欲"を満たしてくれる。
「鰐野郎ォー。」
「・・・こんな、得体の知れねェところじゃヤらねェぞ。」
「・・・"東の海"、"テキーラウルフ"。良かったな、得体が知れた。」
ドフラミンゴが乗った事で、木製のベッドが派手に軋んだ。
執拗に、顔の傷跡を唇でなぞるドフラミンゴに、クロコダイルはにべもなく言い放つ。
この男と、"寝た"のは、一回や二回では無い。
暇つぶしと、少しの、"興味"。
端的に言えばその、サングラスの奥を、見てみたかったのだ。
(そういえば、)
言葉とは裏腹に、肩を押されたクロコダイルの体は簡単にベッドへ沈み込む。
シャツの裾から、冷たい手のひらが侵入する中で、クロコダイルはふと思った。
"咳"が、出るようになった、"一ヶ月前"。
あの時、初めてこのサングラスの奥を見た。
いつも部屋は真っ暗で、その瞳を覗いても、薄ぼんやりとしか見えなかったその眼球が、たまたま開いていたカーテンから差し込んだ、月明かりに照らされてくっきりと、クロコダイルの眼前に現れたのである。
隠すには、勿体無いと思った。
そう思ってからだ、妙な咳が付いて回り、とうとう花弁なんかを吐き出した。
「ただ、"これ"を、また"見たい"と、思っただけなんだがなァ・・・。」
「・・・あァ?」
クロコダイルの白いシャツのボタンに掛かっていた指が、ピタリと止まる。
前触れ無くそのサングラスを取り払うと、妙にギラギラと光る双眸が現れた。
これを、また、見せてくれれば、それで、良かったのに。
それ以上、この男に何かを望むのは"危険"だ。
嘔吐中枢花被性疾患。
通称"花吐き病"。
"片想い"などという、この時代にそぐわない"勘違い"を拗らせると発病する、謎の奇病。
こうやって、その似つかわしくない物を吐き出しているという事は、どうやらその"勘違い"に、自分は囚われてしまったということだ。
「・・・鰐野郎。お前まさか、おれに拗らせて、あんなお綺麗なモン吐いてたのか。」
するりと、クロコダイルの親指がドフラミンゴのまぶたと、金色の睫毛を撫でる。
それに、すり寄るように瞳を閉じたドフラミンゴは、苦しそうに眉間に皺を寄せた。
「あァ。どうやら、そうみたいだぜ。・・・"お前"は、どうなんだ。」
クロコダイルの瞳がきょろりと動いて、自分に跨がる大きな男を見上げる。
その口から、ボタボタと紫色の花弁が溢れるのを、どこか、愛おしそうに見た。
ドフラミンゴは絶えずこぼれる花弁を、堰き止めるように口元を覆うが、それは止まる気配を見せない。
「ゲホ、駄目だ。・・・お前は、駄目なんだ、鰐野郎。
・・・お前、おれの為には"死ねない"だろォ。」
ドフラミンゴの言い草に、クロコダイルは驚きもせず、ただ、気の毒そうに、瞳を細めるだけだった。
(自分に、)
都合の良い人間しか、"愛せないのか"。
それは、あまりにも気の毒で、救えない。
「そうか。そりゃァ、残念だったな。お前、一生完治しねェぞ。」
「・・・あァ、それで、いい。」
クロコダイルの手のひらが、ドフラミンゴの後頭部を掴んで引き寄せた。
毒々しい紫色が、シーツの白によく映えて、余りにもグロテスク。
ドフラミンゴの吐き出した花弁に囲まれたクロコダイルは、そんなものには目もくれず、その唇に噛み付いた。
######
「・・・あら、"サー"。治ったの?"咳"。」
「あァ?・・・とっくにな。」
「そう。」
海軍本部が寄越した迎えの船で、アラバスタに帰りついたのは、騒動から一週間経ってからだった。
些か疲れた様子で港に降り立てば、見慣れた大きな亀に乗ったニコ・ロビンが現れる。
目敏く言った、その美しい秘書にぞんざいに返すと、大して興味も無いのか、それ以上何も言われなかった。
相変わらず、"紫色"の花を吐く、あの馬鹿な男がどうなったのかは知らないが、態々無事に帰り着いた報告をする義理もない。
「ミス・オールサンデー。」
「なぁに。」
「来月、一週間程ここを空ける。」
「あら、デート?」
クスリと笑う、からかったつもりのロビンに、クロコダイルは一度、口角を上げて見せた。
"成就"すれば、"治る"。奇妙で、残酷な病。
自分は、"治った"。ならば、"そういう"事だろう。
奴が未だに、あんなものを吐き出し続けているのは、"認めたくない"という我儘か。
クロコダイルは機嫌良く笑い、迎えの"亀"に乗り込んだ。
「あァ。どうしても、落としたい奴がいてな。・・・このおれを、ソデにするたァ、良い度胸だ。」
「あら、振られたの?」
「そうでもねェさ。」
ロビンから受け取った、真新しい葉巻を咥えて、クロコダイルは随分と楽しそうに、笑い声を上げた。