CAVE 後編「……この貝は何なんだ。」
「"ダイアル"。青海には無いのか?」
「ねェな。ランプになるのか。」
「それだけじゃない。これは光を溜めてるだけで、火を溜められるものもあるし、風を溜めるものもあるぞ。」
日が暮れ始めてしまった為、船に戻ることを諦め、シャンディア達の村に泊まる事になったドフラミンゴ達は、簡易なテントの中で光を灯す貝殻を不思議そうに眺めた。
少年は助けられた恩もあってか、様々な種類の貝殻を持ってきてはドフラミンゴ達に見せてくれる。
「これは"インパクトダイアル"を仕込んだ籠手。こっちは"ブレスダイアル"を仕込んだシューター。」
「へェ。武器になるのか。」
「青海人には珍しかろう。空島の生活に、ダイアルは無くてはならない物だ。」
少年の隣に座る酋長は、物珍しそうにダイアルに触れるドフラミンゴを眺め、穏やかに言う。
「青海から人が来ることは多いのか。」
「多くはないが……少なくも無い。お前達のようにノックアップストリームに乗ってくるのは殆ど"物"だけだがな。」
「やはり正規ルートでは無かったのか……。」
「そりゃァそうだろ。あんなん、ただの災害だ。」
「というか、安全に戻るルートはあるのか??また死ぬ思いはゴメンだぜ……。」
「それなら、明日にでも"クラウドエンド"へ案内しよう。比較的安全に青海へ降りられる。」
「……酋長!!!大変だ!!!」
ほのぼのとした雰囲気を打ち破り、テントの入口に若い男が現れた。
暮れ始めていた日は、いつの間にか落ちていて、テントの外は随分と薄暗かった。
「"神隊"がこちらに向かっているという情報があった……!直に到着する!!すぐに戦闘の準備を……!!」
「何だと?!そんな筈は無い!!夜間の停戦はこの前取り決めたばかりではないか!!"ガン・フォール"はそれを破るような男ではない……!」
「今日、森の中で神隊に攻撃した者が居て、その報復らしい!ガン・フォールの指揮ではないかもしれねェ!!」
「神隊に……?!誰だ……そんな馬鹿な事をしたのは……!!」
「「「「「……。」」」」」
テントの入口で言い合う酋長と若い男のやり取りに、テント内で寛ぐドフラミンゴ達の肩がギクリと跳ねる。
そんな"馬鹿な事"をした者には、大分心当たりがあった。
「ねー、"しんたい"って何よー?」
「……や、やっちまったモンは仕方ねェよな。ドフィ。」
「そうだな。溢れたミルクは戻らねェからな。」
「ねーってば、ねー!!"しんたい"ってナニーッ?!」
「そういえば……埋めるのを忘れていたな。」
「オイ、グラディウス。お前、素直に謝って来いよ。」
「おれは若の命令しか聞かねェ。」
「……そうか。じゃァ、謝って来い、グラディウス。」
「……。」
「ねーってばねーッ!!!」
背中を丸めて座るドフラミンゴのコートにしがみつき、話に入って来ようとするデリンジャーを無視して、大人達はダラダラと冷や汗を流しながらコソコソと話す。
その間にも、テントの外はバタバタと騒がしく、武装したシャンディア達が走り回っていた。
「……アー、加勢しようか。酋長殿。」
気まずい空気に音を上げて、口を開いたのはドフラミンゴである。
首筋を無意味に摩りながら、騒がしいテントの外を見遣った。
「……信念なき"部外者"が、首を突っ込んで生きていられる程、この戦争は甘くはない。」
妙な空気を察知してか、口を開いたその老いた瞳が光を放つことは無い。
その暗い空洞に、ドフラミンゴは密かに瞳を細めた。
「スカイピアとは、元より話し合うつもりだった。……"潮時"なのだよ。"大地"も、シャンドラの火も……全ては同胞が死ぬ理由には足りん。」
「……降伏するつもりか。」
「"停戦"だ。この村に、これ以上戦い続ける体力は無い。」
余りにも半端なその結論に、ドフラミンゴは思わず小さな笑い声を漏らす。
現状の理解も出来ない馬鹿か、それとも、まさか、人間が、皆善人だとでも思っているのか。
「オイオイ爺さん。そりゃァ、停戦じゃァねェだろう。力尽きた方がそんな事を申し入れれば、待っているのは支配される未来だけだぜ。」
「……スカイピアの"神"に、我々を支配するなどという考えは無いのだ。"共存"を望んでいる。」
「アーアー、負け犬らしい言い草だ。あんたまさか、性善説を信仰しているのか?残念ながら、性悪説がこの世の不文律だぞ。人間は、誰しも残虐なんだ。」
演説でもするかのように、ドフラミンゴは大股で歩き、少年の頭に一度手のひらを置く。
肩入れするのなら、当然"此処"だ。
「"共存"とは"抑止力"の産物だ。力の無い者はいつだって支配される。」
老人が、僅かに怯む瞳を上げて、ドフラミンゴのサングラスに隠された瞳を見つめる。
その表情に、随分と嬉しそうにその口元が笑った。
「戦いを無意味だと言うのなら、全てを返させろ……!死にたくない人間の首を対価に"共存"を許せ……!それで初めて全てがチャラになる。」
その時、その台詞に、大きく揺れた小さな瞳を、ドフラミンゴは確かに、見たのだ。
一致するその"価値観"を、ドフラミンゴは愛おしく撫でる。
「……悪魔のような男だな。」
「フフフフッ……!それなら、お前は何なんだ。勝てる戦を放棄し、美学と誇りを抱いて死ぬ弱者か。」
フラリと、小さな足が前に出た。
ドフラミンゴの足元で、黙っていた小さな少年は赤い光を含む眼球で戸惑う老人の顔を見る。
「……おれは、"鐘"を鳴らしたい。」
少年が口にした台詞は、ドフラミンゴ達には理解が出来ない。
ただ、こんな、幼い子どもを戦に駆り立てる"何か"が有ることだけは分かる。
少年の言葉に一度酋長の瞳が落ち着きなく揺れて、まるで、何かに耐えるように瞳を閉じた。
「"大地"は、おれ達"シャンディア"のモノだ……!」
その燃える"凶暴"を、腹の中で飼うには"酷い"思いが必要だ。
ドフラミンゴは此処にもいた"同胞"へ、抑えきれない笑い声を上げる。
『……"コニス"です!へそ!!』
"ああいう"風には"成れなかった"、哀れな"化物"。
この世界で、正義を取るのは、いつだってその"化物"なのだ。
「フフフフッ……!"勝てる""牙"を、やろうか。なァ、"シャンディア"。」
ゆっくりと振り向いた、小さな頭がドフラミンゴを見上げて上を向く。
その眼球の奥で、確かに燃える火を、ドフラミンゴのサングラスが映した。
「……小僧。名前は?」
「"ワイパー"。"大戦士"カルガラの血を引く男だ。」
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「待て……!貴様ら一体誰の指揮で動いているのだ……!!夜間の攻撃は協定違反だぞ!!!」
「お言葉ですが……"神様"!先に協定を反故にしたのはシャンディア側だ……!」
暗い森の中に、点々と灯る火の光。
ゆらゆらと揺れるその集団の前に降り立ったのは、水玉模様が毒々しい、羽根のあるピンク色の"馬"だった。
その背中から降りた"神様"、ガン・フォールは、自分の部下達に槍を向ける。
「夜間の攻撃をこちらが行えば、向こうにもそれを許すことになる……!そうなれば、スカイピアの国民達がまた、眠れぬ夜を過ごすことになるのだ……!!」
「……それなら、」
暗闇の中で、妙にギラギラと光る瞳が並んでいる。
ガン・フォールは怯むようにその眼球を見つめて押し黙った。
「それなら、今日ここで、全員殺してやる……ッ!」
「奴ら……おれの弟を殺したんだ!」
「空島から排除してやる!!」
さざめくような怒号の中で、ガン・フォールは自分の浅はかな考えを後悔する。
"奪う側"だった筈の此処は、平和を知らない歴史の中で"奪われる側"に回ってしまった。
"共存"を、手に入れる為の戦争は、最早何世紀も前に"終わって"いたのだ。
「……冷静に、」
突然響いた、金属がぶつかり合う音と共に、甲冑を纏うガン・フォールの体がグラリと揺れる。
倒れたその顔の横に、青海の物と思しき弾丸が落ちた。
「撃ってきたぞ……!!奴ら、戦闘態勢を整えている……!」
「怯むな……!行け……!!全員殺せ……!!」
「"大地"を守れェー!!!」
「待ってくれ、頼む……、」
倒れたガン・フォールの瞳の中で、去っていく無数の背中。
その荒々しい足音を聞きながら、震える手のひらを伸ばしても、もう誰にも届かない。
"怒り"を、飼っていたのはあちら側だけだと思っていたのに。
(……すまない。許してくれ。)
シャンディアの老長は、話の分かる男だった筈だ。
脆く崩れた"共存"の道に、ガン・フォールは眩む視界を手のひらで覆う。
「甘いんだよ。奪った側が、許されようと思うなんざ。」
その時、木の上で翻るまるで鳥のようなコートと、呟かれた台詞を、老兵は捉える事はできなかった。
######
「お!キタキタ!!ウハハハ!!久しぶりの戦闘だぜ!!」
「ねーッあたしは何すればいいのーッ?!」
「デリンジャー。お前は危ないからドフィの活躍を応援していなさい。」
「ハーイ。」
祭壇の上に陣取ったディアマンテとヴェルゴ、ヴェルゴに抱っこされているデリンジャーは、攻め込む神隊達を眺めていた。
確かに、上から見ていると、シャンディア達の方が圧倒的に少ないことが分かった。
『良いか。少数民族の戦闘は、"ゲリラ戦"と相場が決まっている。』
僅かに残された時間で、シャンディア達を集めたドフラミンゴが言った言葉に、彼らはあまり、ピンときていないようだったが、ドフラミンゴの示した方向性は割と、的を得ていたようである。
『具体的に……どうやって戦うんだ。』
『まず、やることは……、』
『……この村を"棄てる"ことだ。』
(……恐い男だぜ。)
ディアマンテが呑気にそんな事を思った瞬間、神隊達の足元が、大きな音を立てて破裂した。
シャンディア達は"防衛戦"しか頭には無かったようだが、あの男にはそんな腹は無いのである。
そもそも、何かを護る戦いなど、自分達の船には無いのだ。
『敵に知られているこの拠点は棄て、別の場所に幾つか拠点を設けろ。どこから作戦をスタートさせるか相手に読ませるな。ゲリラ戦の醍醐味は、"突然"現れ、"突然"消える、だ。』
まるで操られるように、ドフラミンゴの言葉に感化されたシャンディア達は、早々に囮で設置しておくテントを残して撤収を開始した。
戦えない者は、既に移動を開始している。
「……シャンディア達が、居ないぞ!!罠だ……!!散り散りになれ!!纏まっていると危険だ……!!」
下の方でそんな台詞が聞こえた瞬間、立ち上がったディアマンテが祭壇から飛び降り、地面に手を触れた。
突然"はためく"ように歪んだ地面に、神隊達は四つに別れて森の中へと退避する。
「……上手く誘導できたな。」
「ああ。問題ないぞ。ここで全員叩いても良かったんじゃねェのか。」
「"おれ達"が、奴らに勝っても意味はねェだろう。シャンディアを、スカイピアが恐れる構図が必要だ。」
ディアマンテ達と同じく、神隊を誘導していたドフラミンゴが村の残骸に戻ってきた。
遠くの方ではセニョールとグラディウスが、同じく神隊達を誘導しているのだろう、爆発音や木々のざわめく音がする。
あとは、待ち構えているシャンディア達が、少数となった神隊達を叩くのみだ。
「どうする?ドフィ。おれ達は新しい拠点へ向かう……、」
祭壇からデリンジャーを抱いて降りてきたヴェルゴの言葉が突然萎む。
何となく、聞いたことのある、何かが"這う"音と、枝が折れる軽い音がした。
「……おい、ドフィ。」
「……分かってるよ。"振り向くな"だろ。」
「いやもう振り向いてもらって構わねェ。」
「ワァ……!」
振り向かなくても、気配で察知したドフラミンゴに、ゴクリと固唾を呑んだヴェルゴとディアマンテ。
場違いに歓声を上げたデリンジャーの口を慌てて押さえたヴェルゴの顔に、濃い影が落ちた。
「おっきいヘビさん……ッ!!カワイーッ!!!!」
随分と嬉しそうに、デリンジャーが声を上げた瞬間、本日二度目の大蛇が、"あの時"の恨みを晴らすかのように、大きな口を開き獰猛な鳴き声を上げる。
「クソッ……!!横槍を入れられるのは御免だぜ!」
「ド……ドフィ?!一人は危険だぞ!!」
「あ、オイオイ!!待てよヴェルゴ!!!」
潰れたテントの入口で、今なお光り続けているランプを掴んだドフラミンゴが大蛇の目の前で誘導するようにその腕を振った。
その光を捉えた巨大な眼球が、ギョロリと動いた事を確認してから、四つ設えた戦場から、遠ざけるように走り出す。
突然走り出したドフラミンゴと、それを追うように方向転換を見せた大蛇に、ヴェルゴが抱きかかえたデリンジャーをディアマンテに押し付けてその背中を追った。
残されたディアマンテと、その腕の中へ収まったデリンジャーは、思わず無言で顔を見合わせる。
「……でおくれたわね。ディアマンテ。」
「うるせェ。クソガキ。」
######
「ドフィ……!!どうするつもりなんだ!!!」
「うるせェな!とりあえず戦場から離れる……!!つーか別に付いて来なくて良いんだぞ……!ヴェルゴ!!」
「一人で行かせられる訳ないだろう?!虫が沢山居るんだぞ!」
「だから!!虫も森も、おれァ大丈夫なんだよ……!!」
木の根の張った悪路を、言い合いを続けながら走り抜ける。
轟音を立て、木々を薙ぎ倒しながら追ってくる蛇は、どうやら大分気が立っているようだ。
「……ッ!!クソ……!追いつかれるぞ!!」
手の届く距離を感じたか、ドフラミンゴの頭上に大きく開いた大蛇の口元が迫る。
避けられない脅威に、ドフラミンゴとヴェルゴの視線が一度、交差した。
「……おれの邪魔をするなよ、デカブツ!!!」
一足で、大蛇の目の前まで飛んだドフラミンゴの指先から放たれた糸が、ランプの灯りを反射して、僅かな光を上げる。
それに、気を取られた大蛇の動きがピタリと止まり、その背後で糸を引く、ドフラミンゴの靴底がガリガリと滑った。
「……まったく、何を食ったらこんなに大きく育つんだ。」
得体の知れない引力を、引き千切るようにうねった巨体の頭上に飛んだヴェルゴは、関心したように溢す。
黒い半袖から覗く、太い腕が赤黒く染まり、手にした棒切れが侵食されるように同じ色を映した。
棒切れを振り上げたその瞳に、大蛇がまるで、怯えるように眼球を揺らす。
「……ッ!!!」
怯えた蛇の体が激しくうねり、ブツン、ブツンと細い糸が切れる音がした。
ドフラミンゴが瞳を開いた瞬間、大蛇の口元に巻き付いていた糸が緩み、その口が大きな咆哮を上げる。
「……ヴェルゴ!!!」
「……ッ!!」
空中で身を捩り、直撃を避けたヴェルゴの脇腹に鋭い牙が掠った瞬間、パッと赤い血しぶきが舞う。
開いた口の中に落ちる寸前で、ドフラミンゴが投げた糸に引かれたヴェルゴの体が急降下した。
「ヴェルゴ!!大丈夫か!!」
「あ、ああ、大……丈夫だ。すまない、」
地面に落ちる直前で、滑り込むようにその体を受け止めたドフラミンゴと、焼けたような、嫌な匂いのする脇腹を押さえたヴェルゴの目の前で、ズルズルと這う、巨大な蛇。
その、金色の瞳孔に、ドフラミンゴの腹の中で湧き上がる、余りにもドス黒く、熱い"何か"。
"あの時"は、足元が、燃えていたからだと、思っていた。
その、身を焼くような熱い"何か"が、体を支配する瞬間がある。
(ああ、苛々する。)
足元に群がる下等な群衆。眠る残虐。熱い、熱い。
その熱に、"怒り"という名が付いてからは、早かった。
ドフラミンゴの瞳がその巨体を見上げると、大蛇が大口を開けて目の前に迫る。
鎮まらないその怒りが、ドフラミンゴのこめかみで何かを焼き切った瞬間。
サングラスの奥でその右目が大きく開いて、ギラリと光った。
「……ッ!!!」
ビクリと、大蛇の体が大きく跳ねて、やがて酷く怯えるようにガタガタと震え出す。
それでも、目を逸らさない、サングラスの隙間から覗くその眼球に、大蛇の体がジリジリと後退った。
怒れ、怒れ。牙を無くせば、この世界は容易く反旗を翻す。
それを、理解しなければこの海を駆け上がる事は出来ないのだ。
「悪ィなァ。……大事な、"家族"なんだ。」
ドフラミンゴの首がガクリと傾き、その凶暴な眼光と相反する台詞を吐いた瞬間、グルリと踵を返した大蛇が一目散に逃げていく。
その背中を眺めたドフラミンゴは、ハァ、と気が抜けたように息をついた。
「……オイ。ヴェルゴ。……死なねェよな。」
「……おかしな事を言うな。おれの死に場所は、お前が決めるんだろう。ドフィ。」
「そうだったな。じゃァ、ここは違うぞ。」
「……了解。"その時"は、労いの言葉でも貰おうか。」
「……ああ。」
「ドフィ!!ヴェルゴ!!大丈夫か?!」
「ヤダーッ!!血出てる!!」
地面に座り込む二人を追ってきたのか、ディアマンテとデリンジャーが走り寄るのが見える。
遠くの方では、相変わらず鳴り止まない戦いの音が響いていた。
もう直に、勝利を収めたシャンディア達が戻ってくるだろう。
「悪ィ、ディアマンテ……、後は……たのむ、」
「ど、ドフィ?!どうした?!」
「若が倒れる音がしたぞ……!!大丈夫ですかァアア!!!若ァアア!!!!」
「いや、厳密に言うと、まだ倒れていない。」
"使い慣れない"、"王"の力に、ドフラミンゴの瞳が朦朧と揺れる。
ゆっくりと閉じていく瞳に映る、ディアマンテの焦った顔と、突然聞こえたグラディウスの怒鳴り声に、ドフラミンゴの口元が僅かに笑う。
そして、ヴェルゴ達が焦って手を差し伸べる中で、ドフラミンゴの背中がフラリと、地面に倒れた。
######
「ピストルに大砲……弾丸や火薬もあるぜ。"能力者"は居るのか?加工済みの海楼石も少しある。シューターに仕込むのが効果的だな。」
文字通りの晴天直下。
新しい拠点に並ぶテントが、眩しい朝日を跳ね返していた。
冷たい夜に起こった戦争は、シャンディア側が勝利を収め、ドフラミンゴの指揮通りに新たな拠点が三つできた。
その一つでヌマンシアから運んだ品々を並べるファミリーの前には、シャンディア達が集まり、物珍しそうに青海の武器類を眺めている。
「……武器は有り難いが、"ベリー"はそんなに持っていないぞ。」
「いや、金よりも、"ダイアル"が欲しい。交換してくれ。」
「確かに、ダイアルは青海でも便利そうだな。ドフィ。」
「あァ。次の手紙は"トーンダイアル"で音声付きだぜ。ヴェルゴ。」
「ウハハハ!!!お熱いねェ!!!お二人さん!!!」
「おれ、もっとデカくて格好いい奴が欲しい。」
大人達を押し退けて、現れた"少年"、ワイパーが相変わらず生意気そうに口を挟んだ。
随分と下の少年を見下ろして、ドフラミンゴは陽気に喉を鳴らす。
「フフフフッ。お前には、デリンジャーのところまで連れて行って貰った恩があるからなァ。」
ドフラミンゴが布に包まれた大きな何かを出してきて、それをワイパーの目の前に置いた。
分厚い布を取り去ると、銀色に輝く美しい円筒が現れる。
「対"海獣"用携行砲"ロックス"!!89mm口径の所謂、"バズーカ"だ。振り回すにゃァ少しデカいがこのサイズなら、"ダイアル"も仕込めるぞ。」
かつての"大物海賊団"の名を引き継いだ、その兵器に、ワイパーの瞳が大きく開いた。
素直なその表情に、満更でもないドフラミンゴはその頭を撫でる。
「……じゃァな、小僧。"シャンドラの火を灯せ"。」
上空遥か1万メートルで見つけた"同胞"。
その瞳に宿る、明るい炎に、ドフラミンゴは薄く笑って、修理を終えたヌマンシアへと向いた。
この拠点から、"クラウドエンド"は目と鼻の先である。
「ありがとう……!青海人!!おれ達は故郷を必ず取り戻す!!」
"共存"へと傾いていた彼らの道筋は、一夜にして大きく曲がり、"少年"は"戦鬼"へと変貌を遂げた。
ここで途絶える筈だった戦争の灯火は、数年後、麦わら帽子の少年が現れるまで、煌々と燃え盛る事となる。
「元気でな!!!」
大きく手を振るシャンディア達に見守られ、ゆっくりとヌマンシアが滑り出した。
曇ることのない空の上は、相変わらず、雲一つない晴天。
「ヴェルゴ、どうだった。空島は。」
「そうだな。有ったことにも驚いたが……何より、」
「何だよ。」
順調に滑るヌマンシアの甲板で、小さく手を振るドフラミンゴは、隣の相棒をチラリと見やる。
生真面目に口を開いたヴェルゴは、同じくドフラミンゴに視線を向けた。
「久しぶりに、お前と航海が出来て良かったよ。良い休暇になった。」
「休んじゃいねェだろ。そんな大怪我しといてよ。」
「ハハハ……!全くだ!!」
「じゃあなー!!"落下中"気を付けろよー!!!」
「「「「「…………………あ?」」」」」
不意に、耳に届いた不穏な言葉に、思わず全員が声を上げた瞬間。
辿り着いた"クラウドエンド"のゲートの先に、受け入れる"底"は無い。
空中へ投げ出されたヌマンシアに、ドフラミンゴ達の間に謎の沈黙が降りた。
「ちょっと待てェエエエ!!!安全って言ったじゃねェか!!」
「オイオイ、バーボンが溢れちまうぜ。」
「今必要か?!バーボン今必要なのか?!?!どうします?!若!!!???」
「いやもう、どうしようも無ェだろ。こういう時は、頭を撃ち抜くんだっけか?ヴェルゴ。」
「いや、シャンディア達が、落下したらこれを吹けと言っていた。」
「「「「……知ってたんなら言えよ!!」」」」
「……す、すまん。」
一人だけ、妙に落ち着き払っていたヴェルゴが、懐から取り出した笛を咥える。
甲高い音が響き渡った瞬間、突如現れた大きなタコがヌマンシアの船体に絡みついた。
「「「「何を呼んでんだよ……!!」」」」
「いや、おれに言われても……。」
否の無いヴェルゴが全員に怒鳴られ、解せない顔をする中、その足元で"上"を見上げたデリンジャーの瞳に、キラキラと光る"何か"が映る。
"白々海"より、遥か上空、"ジャイアントジャック"の伸びる先で、余りにも美しく光るそれに、デリンジャーは嬉しそうに歓声を上げた。
「ねェ!きっと、ノーランドが見た"おうごん"よ!!ねェ!!」
「アー、ハイハイ!今忙しいから後でな……!!」
突然現れたタコに、全員があたふたと甲板を走り回り、相手にされないデリンジャーは、珍しく、その事に腹を立てたりはしない。
その垣間見えた輝きと、聞こえたような気がする"鐘の音"は、その小さな生き物にしか、届きはしなかった。