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    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

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    BORA99_

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    ゴムドフ(乗船if)
    若様が船内ニートを卒業するお話。
    ※モブというには主張の激しいモブ、オリジナル世界観等々捏造過多なので注意
    ※ゴムドフというよりは乗船if要素の方が強いです。

    Don't work Don't eat.「……マズイわ。」
    「どォーした、ナミィ。こんな気持ちの良い日にそんな浮かない顔して。」
    「何だ?!ナミ!!腹減ってんのか?!サンジィイイイ!!メシィイイイ!!!!!」
    「うるさい。静かにして。……わたし達の全財産、今いくらだか知ってる?」

    安定した波の上で、いっぱいに風を受けた帆が景気良く膨らんでいる。
    久しぶりに晴れ間の覗いた空の下、サウザンドサニー号の甲板に置かれたパラソルの下で、"航海士"ナミはどんよりと顔を曇らせていた。

    「フフフフッ……。何だ。相変わらず貧乏臭ェ奴らだぜ。」
    「そんなに切羽詰まっておるのか。幾らなんじゃ。」

    オレンジ髪を揺らした彼女は、釣りをしているウソップとルフィを恨めしそうに見てから、芝生の上で将棋を指しているジンベエとドフラミンゴに、助けを求めるような目を向ける。

    「……5万。」
    「「……。」」
    「なっはっは!まー大丈夫大丈夫!!何とかなるだろ!!」
    「殆どアンタの食費なのよ!!!!」

    テーブルを殴り付け、鬼の形相を見せたナミを"まあまあ"と宥めながら、ドフラミンゴはゆったりと顎を擦った。
    アテが無いと言えば、嘘になる。

    「そういやァ、以前取引をしていたマフィアのボスがシャバに出てきたなァ……。武器でも流して金を作るか……。」
    「だから!そういうのじゃ!!無いお金にして!!!!!」
    「……何だよ。面倒な女だな……。」

    相変わらずご機嫌斜めな航海士に、ドフラミンゴが呟きながら、手持ち無沙汰に将棋の駒を撫でた。
    "アテ"はあるが、そういえば、手持ちは大分心許なくなってきている。

    「……!!」

    突然、大きな瞳が動きを止めて、ナミがチェアから立ち上がった。
    その、鋭利過ぎる"勘"が、蠢くように変わる"風"を察知する。

    「……どうした。」
    「サイクロンが来る……!」

    言葉と同時に、みるみる暗くなる空が不穏に晴天を食い尽くし、僅かに風が強くなった。
    予測できない筈の"それ"を、読み取る女がルフィとウソップに指示を出しながら走り去る。

    「……相変わらず、呆れる程"精鋭揃い"だ。」

    忌々しげに呟いて、ドフラミンゴは将棋盤と駒を片付けてから、立ち上がった。

    "居候"の自分に、"役割"は無い。

    そんな、割と自分勝手な事を思い、ドフラミンゴはテーブルに放置された新聞を手にお気に入りのアクアリウムへと向かう。

    「サイクロンが来るぞォーッ!!!」

    どこか楽しそうな、"麦わら帽子"の大声を背中で聞いたドフラミンゴは、ため息を吐いて、食われていく青い空を名残惜しそうに見上げるのだった。

    ######

    「うーわ。巻き込まれてたらおれ達もこうなってたってことか……。」
    「うるせェぞ長っ鼻。ウチにはナミさんが居るんだ。こうはならねーよ。」

    無事にサイクロンを回避した一味が、元の航路に戻ると、直撃を受けたのか、難破した船の残骸がそこかしこに浮かんでいた。
    甲板からそれを見下ろしたウソップの顔から血の気が引いていく。

    「お!何だあれ!!」
    「オイオイ、麦わら。なんでもかんでも拾ってくるんじゃねェよ。」
    「落ちてるモンは拾いたくなるだろ!」
    「……貧乏性が。」

    海に浮かぶ残骸の中に、プカプカと浮かぶ宝箱が一つ。
    大振りなそれに向けて、腕を伸ばした"船長"麦わらのルフィにドフラミンゴは呆れたように言った。

    「宝箱……。もしかしてお宝?!」
    「いーや冒険の地図だ!!絶対そうだ!!」
    「いや、違うと思う。」
    「大丈夫?罠かも。」
    「ルフィ。慎重に開けるんじゃ。」
    「分かった!!」
    「いや、慎重の意味分かってるか。麦わら。」

    バキ、と付いていた南京錠を素手で破壊したルフィに、ドフラミンゴが思わず言うが、そんな言葉は全く聞こえていないルフィの手のひらが宝箱を開ける。
    全員が輪になって恐る恐るそれを見下ろした。

    「……これって。」
    「なんだ?!何が入ってたんだ?!」
    「……刀か。」

    しゃがみ込んだドフラミンゴの後ろでヒョコヒョコと跳ね、宝箱の中を見ようとしているチョッパーを、自分の肩に乗せてやりながらドフラミンゴは中に入っていた長刀を掴む。
    黒鞘の、その時代遅れな武器が上等な物なのかは、ドフラミンゴにも分からなかった。

    「この紙は……"ビブルカード"かしら。あとは……、」

    ロビンが刀の下に入っていた紙切れと、シルバーに輝くドッグタグを取る。
    ドッグタグには、持ち主の名前と、ナンバー、最下部に彫られているのは"クイン傭兵組合"の文字。

    「"この箱を拾った船乗りは、どうか、花畑の空き家にタグを届けて欲しい。刀は我が主君クイン・ビーへ"。」

    ビブルカードに記された、沈没する直前に走り書きしたであろう雑な文字を読み上げて、ロビンは一度瞳を上げた。
    何やら考えているような、いないような"船長"は、麦わら帽子のツバを上げて、満面の笑みを見せる。

    「……じゃァ、届けるか!!」

    残してきた者が居る彼らには、今際の際に"届けて欲しい"と思う気持ちが理解できるのだ。
    その決定に、異議を唱えないクルー達の中で、ドフラミンゴだけが考え込むように顎を擦る。

    ("クイン傭兵組合"。)

    知った名前を反芻して、歪む口元を手のひらで覆った。
    あの、背後の暗い島を、ドフラミンゴは知っている。

    その心中を察してか、資料室の本棚で、ドフラミンゴに分け与えられたスペースから、一冊の本が波の揺れに耐えきれず、ひっそりと身を投げ出した。
    人知れず落ちたその書籍のタイトルは、"紅いクラゲと死なない兵隊"。

    今尚色濃く残る、世界の"負い目"を描いた本だ。






    『……ジジ……ザー、……し、工場街で……暴動が……ザー、ジジジ……ます。住民の皆様は"レッドゾーン"への立ち入りが禁止となります。』

    質素で小綺麗な部屋の中で、小さな机に置かれた古びたラジオが、質の悪い音声を垂れ流している。
    ぼんやりと煙る窓の外を眺めてから、小柄な女が大き過ぎるフライトジャケットを羽織り、立て掛けてあった黒い鞘の刀を握った。
    ベッドの横に設えた水槽の中で、フワフワと紅いクラゲが何時も通り、呑気にゆったりと揺蕩っている。

    『"レッドゾーン"に異常あり。出動は5班。出動は5班。』

    部屋の天井付近に設置されたスピーカーから流れる声が、ラジオの音声を掻き消して、女は顎辺りで揺れる髪を一度梳いた。
    殆ど日常業務と化したその"鎮圧"に、重々しいため息を吐く。

    (……全部、無駄なのに。)

    この海は、"生まれた""場所"が全てだ。

    薄く開いた大きな瞳が、扉を叩く音に揺れる。
    返事をしてから、扉を開けると、そこには"上司"の姿があった。

    「暴動の鎮圧は他の人間に任せて、港へ行きなさい。」
    「……港?何かあったんですか。」
    「この忙しい時に……海賊船が現れた。害が無ければ放っておきたいが、今騒動を起こされるのはマズい。」
    「分かりました。様子を見てきます。」

    窓の外に広がる海に、ポツリと浮かぶ小さな帆船。
    大して興味も無さそうな、空洞のような瞳に"麦わら帽子"の海賊旗が映った。

    度々世間を騒がす"イカれ野郎"が、一体、どうしてこの島を見つけ出したのか。
    彼女は皮膚の上を這いずり回る、"嫌な予感"が、全身を覆うような感覚を覚え、ひっそりとその瞳を細めた。

    (……"麦わらのルフィ"。)

    ######

    「おーッ!!賑やかだなァーッ!!」
    「オカシイ。明らかにオカシイわ。」
    「ナミさん。どうかしたのか?」
    「こんなに近くの島だったのに、ログポースの指針が3つとも指してないのよ。地図にもこの島は載ってなかったし……。」
    「グランドラインの地図なんかアテになるかよ。」
    「オイナミ!!小遣いくれ!!おれちょっと遊んでくる!!」
    「だから!!全財産5万ベリーしかないのよ!!!」

    ビブルカードの引く方へ、船を進めて約一日。
    辿り着いた島は山のような大地が段々に削られ、その階層ごとに街を置く、変わった造りをしていた。
    三段に削られたその大地には、それぞれ下から"ブルーゾーン"、"レッドゾーン"、"イエローゾーン"と看板が掲げられ、その中央を走る大きな階段は、二段目のレッドゾーンで途切れている。
    港からその大地を見上げた一味と、拾った刀を背中に背負ったルフィの瞳に、活気のあるブルーゾーンの街並みが映った。

    「フフフフッ……。ログポースが指さねェのは当然だ。……ここは、"人工島"だからな。」
    「何よ。知ってたの?」
    「噂で聞いたことがあるだけだ。ここは元々、政府が……、」
    「よしッ!刀を返すんだよな!!行くぞミンゴ!!!」
    「ハッ……?!ちょっと待て!!何でおれを連れてく必要があるんだよ!!!」

    得意げに話すドフラミンゴの胴体に、グルグルと伸びた腕が巻き付いた瞬間、その巨体が軽々と引き摺られる。
    予想だにしない事態に、反応が遅れたドフラミンゴがあっという間に一味の輪の中から遠ざかった。

    「じゃあ刀の方は宜しくねー!あ、ごはんはドフィに奢ってもらうのよ!ウチ、お金ないの!!」
    「タグの方は任せろー!!」
    「暗くなる前に船集合だからなー!」

    「いや助けろよ!!無理なんだよ!!こいつと行動する事自体!!ストレスで死ぬ!!!!」

    「ハハハ。お前ギア4とステゴロの殴り合いしても死ななかっただろーッ!!」
    「てめ長っ鼻ァ!!!よくそのネタでおれをイジれるな!!普通の神経なら無理だぞ……!!」

    連れ去られるドフラミンゴを、にこやかに手を振りながら見送る一味がどんどんと遠ざかる。
    港から伸びる中央階段に足を踏み入れたルフィは、ドフラミンゴを引き摺っているとは思えないスピードで階段を駆け上がった。

    「ちょ、待て……!!麦わらァァァ!!!お前どこに向かってるんだ!!!」
    「いや多分こっちだろ!!」
    「何故?!何故そう思うんだよ!!」
    「何か賑やかそうだから!!」
    「テメェ楽しそうな方に行きたいだけだろ……!!」

    制御不能を絵に描いたようなこの男を、言葉で止めるのは無理だ。
    ドフラミンゴがサニー号で学んだ数少ない事実に全てを諦め、一度瞳を閉じる。
    その瞬間、ドフラミンゴの右腕が赤黒く染まった。



    「……いいか、麦わら。まずはその刀を"クイン傭兵組合"に持って行かなきゃならねェんだ。お前は、場所を知っているのか。」
    「…………………………知りません。」
    「そうだな。おれは傭兵組合の事は知っているが、場所までは分からん。闇雲に走り回っても見つかるとは限らねェし、おれはこんな長い階段を駆け登るのは嫌だ。シンプルに、疲れるからな。」
    「…………………………ハイ。」

    ドフラミンゴの鉄拳により、頭にたんこぶを作ったルフィを階段の踊り場に正座させ、静かに言う。
    階段を通る住民達が、ヒソヒソと何かを言っているが、既にドフラミンゴはそれどころでは無いのだ。

    「……あの、」

    「あ?」

    階段を降りてきた見知らぬ顔が、ドフラミンゴとルフィを見下ろして、遠慮がちに声を掛けて来る。
    苛立ちを隠さないまま、見上げたドフラミンゴの瞳に、小柄な女が映った。

    「何だ。今取り込み中だ。」
    「この島の……"治安維持部隊"の者です。……"麦わら"のルフィさんと……うわ、ドンキホーテ・ドフラミンゴさん?貴方本当に脱獄したんですか。」
    「うるせェなァ。別に良いだろ。」

    突然現れた女の腰に下がった刀を、正座したルフィがマジマジと見つめる。
    黒塗りの鞘には、どうにも見覚えがあった。

    「んん……??あ!!!!」
    「うるせェぞ麦わら。静かに……、」
    「同じだ!同じだろ??な!!ミンゴ!!」
    「あァ?……アー、あんた、"クイン傭兵組合"か。」

    ルフィが背負っていた刀と、同じ物を差していると気が付いたドフラミンゴが女の顔を覗き込む。
    そういえば、その胸元にはドッグタグも掛かっていた。

    「ええ……そうですが。何かご用ですか?」
    「拾ったんだ!届けに来た!!」
    「は?え?……あ、そうなんですか?」
    「アー、お前らのとこの船がサイクロンに遭って、どうやら難破したらしい。船の残骸の中に刀と、持ち主のドッグタグと手紙があってな。手紙にクイン・ビーへこの刀を返せと書いてあったから、持ってきたんだ。」

    明らかに伝わってはいない様子に、ドフラミンゴが口を開く。
    やっと事情を理解した女は、パチパチと瞬いてから、少し、悲しそうに"そうですか"、とだけ言った。

    「態々ありがとうございます。どうぞ、ご案内しましょう。」

    ぐるりと踵を返してから、振り返った女は再びドフラミンゴとルフィを見下ろす。
    そして、その口元がゆっくりと動いた。

    「"負い目の島"、"アドムカルセル"へようこそ。」

    ######

    「……"花畑"に行きたい?そりゃァ、無理だよ。花畑のある"イエローゾーン"は"富裕層"のエリアだ。あそこは世界政府のツテで移り住んだ金持ち達が住んでる。君たち海賊だろう?入るのは無理だよ。おれ達も、自由に行き来できるのは、一個上のレッドゾーンまでだ。」

    一方、"花畑"へドッグタグを届けようと三段の内、一番下の"ブルーゾーン"に足を踏み入れた一味は、市場のように並ぶ屋台で聞き込みを開始していた。

    「世界政府のツテって……この島、政府が管理してるってこと?わたし達、長居するのはマズいかもね。」
    「しかし困ったな……。花畑へ行かない事には始まらねェ。」

    「……多分なんだけど、」

    屋台の間に設置されたテーブルを陣取り、休憩をしながら途方に暮れる一味の中で、黙っていたロビンが口を開く。

    「この島は、"アドムカルセル"と言ったわよね?……わたしの記憶に間違いが無ければ、ここは恐らく、"元"世界政府直轄の島な筈よ。」
    「政府直轄ゥ?!オイオイ、おれ達が居て良い島じゃねェじゃねェか。」
    「"元"よ。今は政府はこの島から手を引いたと宣言しているわ。」
    「ねェ。ドフィもここは"人工島"だと言っていたけど……この島、一体何なの?」

    記憶を呼び覚ますかのように、瞳を伏せたロビンに視線が集まった。
    もう、何年も前に本で知っただけの記憶は、随分と朧げで、輪郭は曖昧。
    それでも、そのインパクトは、褪せる事なく頭の隅に引っかかっていた。

    ゆっくりと動く、その大きな瞳が一度、太陽の光を反射する。
    この島の背後は、随分と、暗いのだ。

    「"アドムカルセル"はかつて、世界政府が"不死"の実験を行う為に作った、"人工島"よ。」

    ######

    「この島は磁力を発していない筈ですが……どうやって来たんですか?」
    「手紙がビブルカードだった。そういやァ、これは誰のカードなんだ。」
    「ああ。クイン局長の物ですよ。この島にはエターナルポースも存在しないので、外国の任務に行く時は全員持って出るんです。」

    長い階段を登り、"ブルーゾーン"と模られたアーチを潜ったドフラミンゴ達は、出会った女に導かれ、人の多い屋台街を進む。
    女と同じフライトジャケットを羽織った連中が闊歩し、屋台街は多くの人間がひしめき合っていた。

    「そういえば、タグも有ったと言っていましたよね?」
    「あれは花畑に届けてくれって書いてあったからよ!おれ達は持ってねーんだ。仲間が届けに行ってる。」
    「え!!花畑にですか?!それは無理ですよ!!花畑は2つ上の"イエローゾーン"。富裕層のエリアです。わたし達も立ち入る事は出来ないんですよ。」
    「あー、まー、何とかするよ!しししし!!」
    「いや、何とかされても困るのですが……。」
    「この島は階層で別れているのか。」

    どうやら花畑チームも難儀しそうな状況に、心中で"ザマァ見ろ"と思ったドフラミンゴが、多少機嫌を持ち直して尋ねる。

    「ええ。イエローゾーンが富裕層エリア。レッドゾーンが工場街。ここブルーゾーンは"傭兵組合"の街です。」
    「フフフフッ……!そしてレッドゾーンで製造した武器を、富裕層達が政府に売っているってワケか。」
    「……ご存知でしたか。流石は"仲買人"。」

    元々ここは、世界政府が秘密裏に人体実験を行うために作った人工島だ。
    その非道な実験の数々が革命軍によって暴かれ、世界中からバッシングをうけた政府の連中は、実験を中止し、この島に"武器工場"を建てた。
    その武器を買い上げる事で島の復興を約束し、復興の証明として元政府高官の役人や、その親族などが移り住んだのである。
    "外"に出るのはその、華々しい富裕層エリアの生活のみだ。

    「"クイン傭兵組合"も、噂にゃァよく聞いていた。次のレヴェリーでも、護衛を務めるのか。」
    「……まあ、そうなるでしょうね。」
    「なァ。"ようへいくみあい"ってなんだ。」

    キョロキョロと、物珍しそうに街の屋台を眺めていて、半分も話を聞いていなかったであろうルフィが口を挟む。
    口を挟んではみたものの、屋台で焼かれている大きな肉の塊に既に意識は逸れていた。
    その様子に、呆れたようにため息を吐いた女の足が止まる。
    立ち並ぶ屋台が途切れた最奥に、突如現れたのは、黒い、鉄の門だった。

    「我々"クイン傭兵組合"は、国内外の荒事に、傭兵を派遣する組織です。」

    門の脇に取り付けられたプレートには、あのドッグタグと同じように"クイン傭兵組合"の文字が彫られている。
    重そうなその門を、軽々と押した女は振り返り、不敵とも取れる笑みで口元を歪めた。

    「お入りください。この中は"化物"の巣窟ですが、貴方達も同じでしょう。」

    ######

    「……縁もゆかりも無い君たちが、態々海で拾ったコレを届けてくれたのか。」

    門を潜った先、"傭兵組合"の敷地内は飾り気のない建物が三棟並んでいるだけの、シンプルなものだった。
    そのうち一つの棟に入り込んだドフラミンゴ達は、何度か階段を登り、この"局長室"を銘打った部屋に通された。
    その部屋の主、"傭兵組合""局長"クイン・ビーはルフィが見上げる程背の高い女。
    葉巻の煙を燻らせながら事情を聞いた彼女は、煙を吐き出してから驚いたようにその鋭い瞳を開いた。

    「まァ、成り行きだ!気にすんな!!」
    「流石は大海賊の器だ、"麦わら"のルフィ。ウチは野蛮な職場でね。遺品だけでも帰ってくればマシな方さ。支給品の名もなき刀だが、戻ってきてくれれば弔う事もできる。ありがとう。」

    威圧的にも見える、そのシビアな表情が僅かに柔和に緩み、それを見たルフィは人懐っこい笑みを見せる。

    「じゃ、おれ達もう行くよ。この島でまだ全然冒険してねーんだ。」
    「ハハハ!この島で冒険とやらができるかは分からないが……。昼食ぐらいご馳走してやりなさい。」

    ルフィの隣に立つ女へ、巾着を投げて寄越したクインに礼を言い、再びその小柄な背中に連れられ部屋を出た。
    麦わら帽子が扉を潜ったその後に、出ていこうとしたドフラミンゴの足が止まる。

    「……聞きたい事がある。」
    「何かね。"ジョーカー"。生憎ウチは、レッドゾーンの武器を買っているんだ。充足している。」
    「そりゃァ、残念だが……。それとはまた、別の話だ。」

    聞き齧った文字面と、ブラックマーケットを飛び交う都市伝説紛いのオカルト話。
    この島を取り巻く背後の暗い話は、そこかしこで囁かれている。

    「……かつて、世界政府はこの島に奴隷や罪人を集め、"不死"の研究をしていたと聞く。……その研究は、"本当"に"終わったのか"。」

    ドフラミンゴの瞳が、妙に明るい光を上げて、昇る葉巻の煙越しにクインの瞳を覗き込んだ。

    「……その手の都市伝説に惑わされるのは良くないな。終わったさ。政府は完全にこの島から撤退している。」
    「それにしては、政府の"加護"が厚過ぎる。武器工場の方もそうだが、この組合も、殆どが政府案件で成り立っているんだよなァ?奴らはそこまで、"下々民"の顔色を伺う必要は無い筈だが……、そうまでして、この島を維持させる理由は何だ。なァ、"局長殿"。」

    滑り出した言葉の端々に滲む、この男の"渇望"する物。
    それを嫌に汲み取って、クインは気の毒そうに顔を顰めた。
    そして、その人間らしい欲望にため息を吐く。

    「我々は、世界政府の隣人では無い。あらゆる闘争の隣人だ。」
    「フフフフッ……。噂通りの野蛮な組織だぜ。」

    存外静かに扉を閉めて、出ていった男の消えた背中に、緩く煙を吐き出したクインは、椅子に深く腰掛けた。
    その、消えることの無い"疑念"に、横槍を入れられる筋合いは無い。

    (……終わったと、思っているさ。)

    ######

    「ヨホホ。皆さん無事に返せたでしょうか。イヤー、良いことをするのは気分が良いですね。」

    サニー号に一人、船番の為に残ったブルックは、サンジが淹れておいてくれた紅茶を飲みながら、本でも読もうと資料室の扉を開けた。
    本を物色していた、眼球があった筈の空洞で、床の上に転がった一冊を捉える。

    「"紅いクラゲと死なない兵隊"。どなたの本でしょうか。拝借しますよー。」

    誰も聞いていないのに、次々と台詞が口を付くのは長年の"悪癖"。
    その哀しき独り言を呟きながら、古びた本を拾い上げた。

    「ああ、"アドムカルセル"の本ですか。わたしがまだ"西の海"に居た時ですねェ。世界政府が人体実験をしていたと、新聞で読んだ時は目玉が飛び出るかと思いましたよ。あの時はまだ、目玉があったので。」

    "当時"、明るみに出たその事実は、大きなうねりを呼んだように思う。
    こうして、その真実を綴る本が当時流行するくらいには。

    「投薬による肉体の強化。その最終目的は、"死なない兵隊"。ヨホホホ。相変わらずオソロシー!!」

    "恐い"のは、"終わり"すら掃き捨て、戦わせようと目論むその"算段"。
    それは既に、人間の領分では無いのだ。

    「本当に、"難儀"な人ですねェ。死にたい時に死ねるのも、また自由ですよ。」

    この本の持ち主を、本当は、最初から知っている。
    ブルックは傍らに置いたティーカップを、ゆったりと持ち上げた。

    ######

    「クイン傭兵組合は、元々クイン局長のお父様が作った組織です。実験が明るみに出て中止となった時、実験体として集められた行き場のない罪人や奴隷達を纏めた物がこの組織の前身です。」
    「それにしちゃァ、あんたは随分若ェな。実験が公表されたのは半世紀以上前の話だろう。」
    「今の傭兵組合のメンバーは殆どが実験体達の子孫で、第二世代や第三世代ですよ。クイン局長も二代目ですし。実際に実験体として投薬が行われていた人々の寿命は、そう長くはなかったんです。」
    「へー。」
    「……。」

    昼食をご馳走してくれるらしい小柄な女に案内され、屋台街に設置されたテーブルに着いたドフラミンゴは、ルフィの前に山積みとなった料理に胸焼けを覚え、視線を逸らすように傭兵組合の成り立ちを問い掛けた。
    生真面目に答えてくれる彼女の台詞の合間に、ガチャガチャと食器の擦れ合う音が混じり、ピキリとこめかみに筋が浮く。

    「テメェ麦わら!!!もっと綺麗に食えねェのか!!ブチ殺すぞ!!!」
    「え?まあ、気にすんな!!」
    「何でそんなに偉そうなんだ……!!テメェと食卓を囲むだけでおれの何かが擦り減るんだよ!!!!」
    「じゃ、じゃあ何で一緒に居るんですか……、」

    宥めようとした女の台詞が中途半端に途切れ、その一瞬後、背後で大きな爆発音がした。
    驚いた三人が音の方に顔を向けると、建物に砲弾を撃ち込まれたような大穴が開いている。
    見上げた一つ上の大地では、絶えず銃声や爆発音が響いていた。

    「オイオイ、何だよ。物騒だな。」
    「……レッドゾーンの暴動が酷くなっているみたいですね。わたしは鎮圧部隊の応援に行きます。お二人はゆっくりしていってください。」

    舞い上がる土埃と、逃げ惑う人々にうんざりとして、ドフラミンゴが目だけを女に向けた。
    刀を掴んで立ち上がった彼女は、困ったように頬を掻いて、ベリー札を何枚かテーブルに置く。

    「気をつけろ……ッ!!もう一発来るぞ!!!」

    遠くの方で誰かが叫ぶ声がした瞬間、再び大きな爆発音がした。
    明らかに、自分たちの方へ飛んできている砲弾に、ドフラミンゴは思い切り口角を下げる。

    「……おい、」

    一歩前に出たその小柄な背中に、ドフラミンゴが思わず声を漏らしたが、ルフィの方はモグモグと咀嚼を続けるだけだ。
    手にした刀を抜きもせずに、思い切り振り被った女は、ちらりと振り返る。

    「ままならない島ですね……。ゴメンナサイ。でもきっと、皆が幸せに暮らせる時が、来る筈なんです。」

    猛獣のように光る瞳を、ドフラミンゴの眼球が捉えた瞬間、その細腕で振り抜いた刀が、飛んできた砲弾を打ち返した。
    余りにも不釣り合いな出来事に、ドフラミンゴの瞳が僅かに開く。

    「うはー!スゲーなお前!!」
    「失礼します。」

    殆ど踏み込まずに、飛んだ女は民家の屋根に着地し、常人とは思えぬ速度で走り去ってしまった。
    相変わらずモグモグしながらそれを見送ったルフィは、素直に感嘆を上げる。

    「何が"都市伝説"だ。」
    「なんだ?」
    「この島で行われていた、"肉体強化実験"の被験者達の子孫にも、その効果が現れたという有名な噂話があるが……あの様子じゃァ、噂はどうやら本当らしいな。クイン傭兵組合は、常人を凌ぐ身体能力を持った兵士を束ねる"化物集団"だ。」
    「ふーん。」
    「……食いながら話すな。」

    「あ!いたいた!!ドフィ!!ルフィ!!」

    「おー!お前らー!!タグ届けたのか?」

    僅かに喧騒を増した屋台街で、見慣れたオレンジ髪の率いる仲間達が、ドフラミンゴ達のテーブルに走り寄るのが見えた。

    「無理!花畑に行くにはレッドゾーンの裏手から、エレベーターに乗らないといけないらしいんだけど……そのエレベーターに乗れるのは富裕層だけみたい。」
    「しかも、今はレッドゾーンで暴動が起きていて、二段目にも立ち入りはできねェらしい。」

    完全に手詰まりとなったらしいクルー達が口々に言うのを聞いて、ルフィが一丁前に考えるように顎を擦った。
    そして、ゴクリと咀嚼していた物を飲み込むと、麦わら帽子を被り直す。

    「分かった!おれがちょっと行ってくる!!」
    「……え。」

    伸びた腕が、ナミの手のひらからタグを奪い、そのまま民家の屋根まで飛んでいく。
    速すぎるその行動に、呆気にとられている内に、ルフィの背中はあっという間に遠ざかった。

    「「「「「ちょっと待てェエエエ!!!!」」」」」

    「オイオイ!!こんな爆弾だらけの島にあんな火種を放して良いのか?!良くねェよなァ?!」
    「ちょっと待てルフィー!!お前なら多分花畑に行けるとは思うが……!入れるからと言って、入って良いワケじゃねーんだぞ!!」
    「ドフィ!!あんた何ぼーっとしてるのよ!!はやくルフィを連れ戻して来て!!」
    「あァ?!何で毎回おれなんだよ!!!」
    「何よ。文句あるの?ドフィは飛べるんだから、エレベーター使わなくても花畑行けるじゃない。あわよくばタグを返してきて。」
    「……人使いが荒過ぎる。」

    どうにも彼女に逆らえないドフラミンゴが、スゴスゴとルフィの後を追うように飛び立った。
    随分と遠くまで行ってしまった"麦わら帽子"に、うんざりとため息を吐く。

    「……追いつける訳ねェだろうが。」

    ######

    サワサワと、通り抜ける風が色とりどりの花弁を揺らしている。
    一面に咲き誇る、見事な花畑の中で、ルフィはその、楽園とも取れる光景をぼんやりと眺めた。

    「……麦わら。お前、もう少し隠れて入れ。」
    「あれ?ミンゴも来たのか。」

    ブルーゾーンから一番上のイエローゾーンまで、軽々と飛んできたルフィに追いついたドフラミンゴは、花と一緒に揺れる麦わら帽子に小言を溢す。

    「下の方は、あんなに騒がしかったのに。……ここは静かなんだな。」

    イエローゾーンに来る途中、通りすがったレッドゾーンでは、武器工場の行員達が待遇改善と富裕層への不満を掲げ、傭兵達に抑えつけられていた。
    その喧騒を、まるで感じさせないこの場所に、"麦わら帽子"は珍しく、小さな声で呟く。

    『ままならない島ですね……。ゴメンナサイ。でもきっと、皆が幸せに暮らせる時が来る筈なんです。』

    あの時、悲しそうに笑ったその顔を、"一番上"は、きっと、知らないのだ。
    くるりと振り返ったルフィは、ドフラミンゴの顔を見上げる。

    「おれの居た場所に、此処は似てる。」

    殆ど感情の読み取れない、その丸い瞳が揺れる事なくドフラミンゴの視線とぶつかった。
    まるで、何かに踏み躙られた事があるかのような物言いを、ドフラミンゴは辟易と聞く。

    (ああ、ずっと、)

    "得体の知れない"ままで、居てくれれば、良かったのに。
    そうすれば、この男に、

    (妙な、"勘違い"を、)

    「お!"空き家"あったぞ!!あそこにタグを届ければいーのか!」
    「おい、待て麦わら!!少しは隠れ、」

    花畑の中に、ポツンと見える、寂し気な空き家を見つけたルフィが、無表情を掻き消して走り出す。
    ドフラミンゴの腕を掴んで一歩踏み出した瞬間、

    「お?」

    堰を切ったように、けたたましい音で警報機のブザーが鳴り響いた。

    「麦わらァアアアア!!!だから言ったじゃねェか!!!馬鹿なのか?!お前、馬鹿なのか?!」
    「なはははは!語彙力!!!」
    「お前そんな難しい言葉どこで覚えた!?!?」

    耳障りなブザー音に、ドフラミンゴが焦ったようにルフィの頭を掴んだ瞬間、足元の地面が突然消え失せ、ぐらりと妙な浮遊感に体が揺らいだ。

    「何ィイイイ!?!?!?!」
    「なははは。やっちまったなァー、ミンゴ。」
    「おれのせいみたいに言うんじゃねェよ!!!!」

    地面に開いた、人工的な四角い穴に、ドフラミンゴとルフィの体が吸い込まれ、あっという間にその姿が消える。
    パタン、と閉まったその"蓋"に、花畑は元の静寂を取り戻した。

    ######

    「もう、本当に耐えられん……。インペルダウンに帰らせてくれ。」
    「なははは!いやー!!困った。」

    花畑で"落ちた"と思ってから、随分長く暗闇の中を降下し、堅い石の床に放り出されたドフラミンゴは、遅れて自分の上に降ってきたルフィを押し退けながら呟く。
    目の前に見える鉄格子と、地下を思わせるひんやりとした空気にため息を吐いた。

    「捕まっちまったなー……。これじゃァ花畑にいけねーぞ。」
    「それよりも、あんな分かりやすいトラップに引っ掛かったこのおれという存在に我慢ならねェ……。」
    「まあまあしょうがねーだろ!楽に行こう!!しししし!!」
    「いや、100%お前のせいだぞ。」

    「君達は……。」
    「「あ。」」

    鉄格子を挟んだ外の通路に、カツカツと足音がして、聞いたことのある低い声がする。
    葉巻の香りが鼻をついたと同時に現れたのは、"局長"クイン・ビー。

    「……ここはイエローゾーンに侵入した者が落とされる地下牢だが……まさか、"冒険"とはイエローゾーンで遊ぶことだったのかい。」
    「しししし!入るなって言われると、入りたくなんだろ!!」
    「「……。」」

    その言い草にドフラミンゴとクインが呆れ果てたように黙った。
    この少年は、そもそも刀とドッグタグを届けるのはオマケなのだと今更悟る。

    「……この地下牢は傭兵組合で管理している。特別に目を瞑ろう。しかし、イエローゾーンにもう一度入れば、我々は敵わなくとも君の首を刎ねに行かなければならない。できればわたしも同胞を減らしたくないんだ。イエローゾーンで遊ぶのは諦めてもらおうか。……ああ、"それ"の、鍵も必要だな。」
    「「……え。」」

    諭すように言ったクインが、ドフラミンゴとルフィの手元に目をやって、理解できない言葉を吐いた。
    気が付いて居ない本人達は、恐る恐る自分達の手首に視線を落とす。

    「……もう無理だ。耐え難い。目眩がしてきた。」
    「心中お察しするよ。ミスター。」
    「あれ?!海楼石か?!」

    そういえば、落下中に何かが手首に当たったような気がする。
    項垂れるドフラミンゴの右手首と、ルフィの左手首が海楼石の手錠で繋がれているのにやっと気が付いた。
    この世の終わりのような顔で額を撫でたドフラミンゴに、クインは心底気の毒そうに葉巻の煙を吐く。

    「……ッ。」
    「あ!おい!!」

    突然、グラリと傾いたクインの長身に、ルフィが腕を伸ばそうとするが、伸びないそれが空振った。
    倒れ込まないように置かれたデスクに手のひらをついたその口元から、煙の上がる葉巻が落ちる。

    「大丈夫だ。」

    震える手のひらが、ロングコートのポケットから小さな金属のケースを取り出した。
    シガレットケースのようなそれには、3本の注射器が収まっている。
    その一本を握り、自分の二の腕辺りに突き刺すと、中の白濁した液体がゆっくりと押し出されていった。

    「……日常的に特別な薬を打たなければならないんだ。もう大丈夫。すまないね。」
    「なんだよ、キナ臭ェなァ。ヤクか。」
    「政府が作った"抑制剤"だよ。肉体の強化のために、被験者達に投与された薬物には重大な"副作用"があった。我々子孫達にも、常人を凌ぐ強化された肉体と、その副作用が遺伝してしまったのさ。」

    再びしっかりと立ったクインは、笑いながら床に転がる葉巻を拾って、デスクの灰皿に投げ入れる。
    何代も続くその"負い目"は、未だ、終わりが見えないのだ。

    「ところで、君たちは何故イエローゾーンに入ったんだい。何か用があるのなら、わたしから掛け合うが。」
    「花畑の空き家に、届けてーモンがあるんだ!!」

    ルフィが言ったその台詞に、鋭い眼球が僅かに揺れたのを、ドフラミンゴは見逃さなかった。
    その一瞬の"逡巡"を、隠してからクインは牢の中を見る。

    「……何故?」
    「拾った刀と一緒に、ドッグタグがあった。手紙には刀をクイン・ビーへ、ドッグタグは花畑の空き家へ届けるよう書いてあったんだよ。」

    その台詞に、初めて厳格な空気が緩み、クインは新しい葉巻に火を付けると、フラリとデスクに腰掛けた。
    ガリガリと、その短髪を手持ち無沙汰に掻く。

    「……イエローゾーンの空き家には、随分と変わった男が住み着いていてね。あそこに住まうものは全員富裕層の筈だが、いつも薄汚れた白衣を着ていた。」

    元々は、花畑の管理者の詰め所だったと聞くその建物は、いつしか花畑の手入れが自動化され、空き家となった。
    そこに入り込んだその"医者"は、イエローゾーンの空気に馴染めないと、その空き家に入り浸っていたのである。

    「イエローゾーンの連中が下の街に降り立つ事は無かったが、あの男だけは、よく治療や健康診断に来てくれた。傭兵組合の中でも、人気の男でね。届けてくれた刀の持ち主と、あの医者は、親友だった。」

    『クイン……。大丈夫だ。この島の"病"は、きっと治る。』

    代々続く副作用と化物の特性。富裕層への憎悪、暴動、武器工場の煙。
    この抑圧された"誰か"の玩具箱で、ただ一人、あの男だけが前を向いていた。

    「"男"は、馬鹿ばかりだな……。この島を捨てて海へ出ようと二人はいつも話していたよ。」
    「別に、いたくないなら、出ればいーたろ。」

    クインの言葉に噛み付いた、麦わら帽子の下の瞳がまっすぐにその眼球を射抜く。
    それを、物ともしない女は少し笑って立ち上がった。

    「抑制剤は、政府にしか作れない。数々の名医に依頼したが駄目だったよ。抑制剤を打たなければ、我々被験者の一族はやがて衰弱して死ぬ。……我々は、この島からは出られない。……ドッグタグはわたしが預かる。刀と一緒に丁重に弔おう。」

    ポケットから取り出した鍵束から一本を選んで牢屋の扉の鍵穴に差し込む。
    がチャリと開いた扉にも、ルフィは座ったまま、動かなかった。

    「嫌だ。おれが届けるって決めたんだから、おれが届ける。」
    「……ああ、言い忘れていたな。」

    交わった視線がぶつかり合って、妙な沈黙が降りる。
    薄く歪んだ口元は、笑っているのか、泣いているのか、よく分からなかった。

    「……"死んだよ"。その医者は、数日前、花畑の空き家で首を吊ってね。」

    ######

    「軍艦10隻……?バスターコール級の配備じゃないか。一体何を始める気だい。」

    陰り始めた晴天に、雨が振りそうだと危惧しながら、静かに書類仕事をしていた海軍本部"中将"つるの元へ、出動の伝令に来た海兵が現れた。
    突然の出動命令に、今更どうこう言うつもりは無いが、その国家戦争レベルの配備に、つるは訝しげに言う。

    「……"アドムカルセル"に"麦わらの一味"と、脱獄した"ドンキホーテ・ドフラミンゴ"が現れたと。」
    「"現れる"度に、こんな配備をしていたら海軍本部は破産だよ。」

    こんな下っ端に、何を聞いても無駄だ。
    つるは眠たい事を言うのを辞めて、ゆっくりと席を立つ。
    そもそも、麦わらの一味に、あの男が加入したという噂が、本当だった事にも驚きだ。

    余りにも、苛烈過ぎるあの男の"恨み辛み"を、この海きっての"イカれ野郎"は呑み込んだのか。

    「"見る目"の無いお前にしては……随分思い切ったじゃないか。……ドフラミンゴ。」

    頂上戦争で相見えた風雲級の大馬鹿野郎。
    あまりにも真っ直ぐなその少年が、あの男にとって吉と出るか、凶と出るかは分からない。

    「中将殿、すぐに準備を……。」
    「分かっているよ。全く、いつまで経っても最前線だ。……あの"ドラ息子"も、いい加減連れ戻さないと上が煩い。」

    気掛かりなのは、永遠、世界に翻弄されるあの島が舞台になることだ。
    いつまでもあの島を手中に収めている理由が、支援と復興ならば、この世がこんなにも、荒れ果てる事は無い。

    (……すまないね。"クイン"。)

    上から覗いて見えるのが、そこに住まう人間ではないと、つるはよく知っていた。
    その目に映るのは、いつだって数字の羅列だけだ。

    ######

    「探したぞ。クイン傭兵組合"局長"クイン・ビー。」
    「こんな汚いところへ、何の用かな。"イージス"。」

    ドフラミンゴが狭い牢屋の扉を潜ったところで、通路の奥から人影が現れる。
    白いスーツの三人組に、クインとドフラミンゴの瞳が訝しげに細くなった。

    サイファーポール・"イージス"・ゼロ。
    この世の頂点の傀儡は、ゆったりとした歩みを止めた。

    「事後報告となって申し訳無いが、麦わらの一味及びドンキホーテ・ドフラミンゴを捕らえるべく、海軍本部の軍艦10隻がこの島に向かっている。」
    「……あ?」
    「それは困るな。今はレッドゾーンの暴動に傭兵組合は総出で掛かっている。これ以上この島で血生臭い事件を起こさないで貰えるか。」

    突然出てきた自分の名前に、思わず声を漏らしたドフラミンゴを無視して、中心に立った男の右目だけが妙に光る。
    未だ手錠で繋がれたままのルフィは、珍しく黙って様子を見ていた。

    「そこにいる"当事者"へ、大人しく捕まるよう言えば済む話だ。……それから、もう一つ。」

    口だけが動く、その男の仮面に妙な胸騒ぎを感じる。
    グラグラと揺れる足元に、瓦解していく、平行線の日々。
    クインの口元で、燃え尽きた葉巻が灰となって落ちた。

    「"抑制剤"の支給は本日を以って終了となる。以降、この島にあの薬は供給されない。」
    「……何を、」

    普段は揺れない、その強い眼光が大きく動き、クインの口から意図せず台詞が滑り出る。
    その後ろで、くぐもった笑い声が響いた。

    「フフフフッ……!不愉快な野郎だ。お前ら、おれを、殺しに来たんじゃねェな……?!"口実"にされる筋合いはねェぞ。」
    「軍艦の配備と、薬の支給終了は別の話だ。」
    「フフフッ……。そうか。まァ、良い。一つ教えてくれ。半世紀程前のあの日、お前ら政府の"実験"は、"終わったのか"。」

    一度、緊迫したような沈黙が落ちてから、ガクリと仮面の男は首を擡げる。
    その、操り人形のような姿に、ドフラミンゴはあからさまに侮蔑の表情を浮かべた。

    「この島の近海に生息する、"紅いクラゲ"は不死の生物だ。そのクラゲから作り出した薬の投薬実験は、あの日、"終了"し、今日までは"経過観察"の時期だった。"第三世代"に不死者が生まれる筈だったのだが……その傾向は見られない。実験は失敗だったのだ。"イエローゾーン"の"科学者達"も既に撤退を始めている。」
    「……そんなことが、」

    『クイン……。大丈夫だ。この島の"病"は、きっと治る。』

    『ままならない島ですね……。ゴメンナサイ。でもきっと、皆が幸せに暮らせる時が来る筈なんです。』

    閉鎖され、排他的なこの島で、僅かな希望を宿し生きている者達は、何も、誰かの玩具になる為に生まれた訳では無い筈だ。
    あの優しい医者が、政府の科学者だった事よりも、解せないのは、命の価値を、安く見積もるその算段。

    「わたし達は……"人間"だ。」

    震える喉が、絞り出した台詞にも、その仮面は動きを見せない。
    くるりと踵を返した白いスーツの背中を、三人はただ、眺めているだけだ。

    「同じ"人間"ではあるが、"命の重さ"は、同じでは無いのだ。」

    ######

    「ハァァァァ。面倒な事に巻き込まれたな。オイ、あんた、とりあえず手錠の鍵をくれ。勝手に外して軍艦の方は沈めといてやるよ。奴ら、どさくさに紛れて傭兵組合の連中を殲滅する気だろ。」
    「……。」

    立ち尽くすクインの背中に、ドフラミンゴが声を掛けるが、その女は葉巻の煙を燻らすだけで振り向きもしない。
    衝撃の事実の連発で、無理もないかと面倒臭そうに首筋を撫でたドフラミンゴの目の前で、吐き出された葉巻の煙が広がった瞬間、女にしては大きい手のひらが真新しい葉巻を折った。

    「……お、おい、手錠の鍵を、」
    「父から継いだこのわたしの化物の巣窟を、よくも舐めくさったものだ……天竜人のカラクリ共め。」
    「オイオイ、冷静になれよ。政府に楯突いて、お前ら国家を存続できんのか。」

    一刻も早く、手錠の鍵が欲しいドフラミンゴの要望を全て無視し、頭に血が登ったクインは足早に歩き出す。
    その背中に思わず声を上げたドフラミンゴを振り返ったその瞳が、強く、赤い光を上げた。

    「立ちはだかる敵を、排除するのが傭兵の勤めだ。"敵"の"種類"を、選んだ事など無い。」
    「いや、それは良いんだが、手錠の鍵を寄越せ……!」
    「鍵はわたしのデスクにある。勝手に取ってくれて構わん。……失礼。」
    「ハッ……?!ちょっと待て!!嘘だろ!!」

    あっという間に走り去ったその背中に、ドフラミンゴが思い切り口角を下げる。
    核弾頭を手首に付けたまま、既に引火した火薬庫のような街に出なければならないその事実に目眩がした。

    「なんか大変な事になってんなー。まァいいや。花畑、今は誰も居ないんだろ?今のうちにタグを届けよーぜ!」
    「オイオイ馬鹿言うなよ麦わら。聞いただろ、空き家の主は死んだんだよ!届ける必要は無くなった。それよりも直に到着する軍艦をどうにかするのが先だろーが!!!」
    「外にはゾロもサンジも居るから大丈夫だ!とにかくおれは花畑に戻るぞ!!」
    「は?!オイ!!ちょっと待てェエエエ!!!!」

    手錠で繋がれたままのドフラミンゴを、ヒョイと肩に担いだルフィは、そのまま一目散に走り出す。

    「あ!いたいた!ヨホホホ!!お二人共中々戻って来ないので、船番の筈のわたしが登場してしまいましたよ!」

    「ゲッ!なんだこいつ……!」
    「お!ブルック!!」

    通路を走り、階段を駆け上るルフィとドフラミンゴの顔の横に、妙な半透明の骸骨が現れた。
    魂状態のブルックを初めて見たドフラミンゴは、嫌そうな顔を隠しもしない。

    「ヨホホホ。わたし、魂だけで色々なところに入り込めるんですよ。お二人を探しに来ました。皆さん、心配してますよ。」
    「……あんた海賊なんざ辞めて、おれと商売しねェか。億単位で金が産めそうだぜ。」
    「あら、わたしのCDを出したらその位余裕ですよ。」
    「……経済効果の高い爺だな。」

    余りにもよく分からない状況に、ドフラミンゴが現実逃避とも呼べる台詞を吐いた。
    しかし、すぐに何かに気が付いたようにその半透明のブルックに顔を向ける。

    「このバカは花畑に行くと言って聞かねェ!とりあえずおれ達はイエローゾーンに向かうが、あんたこの手錠の鍵を持ってきてくれ!!"クイン傭兵組合""局長室"のデスクにある筈だ!!」
    「あ!あと!軍艦がなんか沢山到着するらしいから、どうにかしといてくれ!」
    「いや、そんなおつかい程度のノリで頼まれましても……。」

    ドフラミンゴとルフィから、随分と重たい任務を任されたブルックが思わず呟くが、一刻を争う雰囲気に、ブルックの魂は方向転換を見せる。
    天井をすり抜けるその直前で、フワフワと浮く、この世のものでは無い魂が、ドフラミンゴを見下ろした。

    「そういえば、ドフラミンゴさん。わたしのような耄碌が、口を出す事でもないのですが、"一つ"だけ。」
    「あァ?!なんだよ!!はやくしろ!!!」

    この船に来てから、この男の腹に巣食う"激情"が、顔を覗かせる事は随分と少なくなった。
    いつしか"食われて"しまったその"衝動"に、彼自身も、気が付いているのだろう。

    それを、故意に取り戻そうとしている瞬間が、偶にあるのも、また、事実だ。

    「わたし達は自由な"海賊"!この海で、何を求めるのも自由ですが……"死なない"事と、"死ねない"事には、大き過ぎる違いがあります。それだけは、経験者としてお伝えしておきますよ!」

    サングラスの奥で、僅かに揺れたその瞳孔を、知ってか、知らずか、その魂だけの骸骨は天井をすり抜けて行ってしまった。
    ドフラミンゴは忌々しく舌打ちをして、誤魔化すように額を撫でる。

    「耄碌爺が……。」

    ######

    「お!!見えた……!!花畑!!!!」
    「お前本当に海楼石の手錠付いてるか……?」

    妙に静まり返ったブルーゾーンとレッドゾーンを走り抜け、止まってしまったエレベーターの縄をよじ登ったルフィが再び、イエローゾーンへ足を踏み入れた。
    全ての工程を巨体を担いで行った事実に、ドフラミンゴが解せない顔をする。

    「よっしゃ!お邪魔しまーす!!!」

    やっと辿り着いた空き家に、ズカズカと入り込んだルフィに、運ばれていたドフラミンゴもその肩から降りた。
    空き家の中は、随分と埃臭くて、様々な書籍や、実験用の器具で溢れている。

    「とりあえず来たけど、タグ、この辺に置いときゃいーのかな。」
    「……そこは適当なのかよ。」

    無くさないように、ルフィの首に掛けられたドッグタグの置き場に困り、ルフィが真剣に首を捻った。
    そもそも、家主は死んだのだ。届ける事など、最早無意味だと思っているドフラミンゴは、それを無視して部屋の中を見回した。

    「……。」

    棚の一番上に置かれた、銀色のケースを無造作に開けると、そこには注射器が五本並び、その透明な筒の中には、赤みがかった液体が入っている。
    ケースに貼られたラベルには"オリジナル"の文字。
    その液体を暫く眺めたドフラミンゴの口元が、ゆっくりと笑うように歪み、ケースごとそれをポケットに突っ込んだ。

    「こんなところで何をしている。」

    いつの間にか、空き家の入口に白いスーツが立っている。
    仮面を付けた男が、今度は一人でドフラミンゴ達を眺めていた。

    「そりゃァ、こっちの台詞だ。"イージス"。テメェらは"失敗"の後片付けでもして、とっとと消えな。」
    「……厳密に言えば、"失敗"ではない。不死の薬に、適合する検体が居なかっただけの話だ。これからまた別の所で新たな検体を探し、研究は続けるつもりだ。」
    「へェ、そりゃァ、"朗報"だ。」

    ギラリと、男の右目が光を上げた瞬間、ドフラミンゴが試験管を弄っていたルフィの襟首を掴む。
    今度はルフィがドフラミンゴの肩に担がれた瞬間、迫りくる男の手のひらを、ドフラミンゴの足が受け止めた。

    「そうか、お前ら、おれと麦わらの一味を捕らえに来たんだったよなァ。忘れていた。」

    およそ人体同士がぶつかったとは思えぬ音がして、試験管やビーカーが床に落ちて次々と割れる。
    狭い室内にドフラミンゴが舌打ちをして、肩に担いだルフィに視線を向けた。

    「一旦外に出るぞ!狭くて戦い辛い!!」
    「おう!分かった!!」

    そのまま、ルフィを担いで窓から外に出るつもりだったドフラミンゴと、何故か肩から飛び降り、ドフラミンゴの進行方向とは反対の窓へ向かおうとしたルフィの動きが、二人を繋ぐ手錠によって阻まれる。
    苛ついたようにドフラミンゴがルフィの頭を掴んだ。

    「何でお前は全ておれの意志と反対に行動するんだよ……!!頼むから偶には素直におれに従え!!年上だぞ!!」
    「別に歳はカンケーねーだろ。」

    「……フザケているのか。これは、」

    ドフラミンゴのサングラスで、白いスーツの裾がはためく。
    その手のひらが、ルフィの胴体を捉えた瞬間、反射的に糸を投げるように腕を振るが、空振りに終わる。
    海楼石の手錠の存在に舌打ちをした一瞬後、男の指先がルフィの胸を一突きにした。

    「これは、殺し合いだぞ。」

    妙にスローモーションで落ちていく麦わら帽子と、その小柄な胴体が倒れる様に、ドフラミンゴは漠然とした"失望"を抱く。

    (おれを、)

    "落とした"男が、膝を付くその"瞬間"は、

    (どうしてか、来ないと、思っていた。)

    余りにも身勝手なその感情が、崩れる少年の体に手を伸ばす。
    その、大き過ぎるスキを逃す程、この脅威が小さい筈が無かった。

    「ドンキホーテ・ドフラミンゴ。お前を連れ戻せと、"上"が煩いんだ。」

    ルフィの体を抱えた瞬間、ドフラミンゴの脇腹に風穴が開き、滑り込むように床に転がる。
    ボタボタと落ちる血液に手のひらが滑った。
    迫り上がって来た血の塊を吐き出し、震える腕を付いて半身を持ち上げる。

    「ウッ……、ハァ、ハァ、ゲホ、おい、麦わら、起きろ。オイ。」

    パチパチと、その柔らかい頬を叩くも、閉じた瞳は開かない。
    眠るようなその白い顔に、眠るように死んだ"あの人"の幻覚を見た。

    「麦わら。」

    ああ。やはり、"そうだ"。

    (おれが、この"衝動"を鎮めれば、)

    この海は大切な物諸共、自分を踏み躙る。

    「ハァ、ハァ……ウゥ、」

    喉が息を吸い込むのに、肺が膨らまないような錯覚を覚えて、ドフラミンゴの視界が朦朧と揺れた。
    その時、ポケットから飛び出した銀色のケースがドフラミンゴの小指に当たる。

    『"紅いクラゲと死なない兵隊"』

    『厳密に言えば、"失敗"ではない。』

    『若様。』

    『これ以上、膝を付いているところを見せるな……!!』

    『若様!!!』

    夢の捌け口として自分を望む"家族"の姿。その幻想を、見せ続けられなかった事実。全て壊した、"麦わら"の"少年"。
    その全てを"繰り返さない"、"名案"が、すぐ届く場所にあるのだ。

    (そうだ、おれが、)

    膝さえ付かなければ、"奴ら"だって、

    (おれを、)

    握りしめた注射器の中で、"不死"の"劇薬"が、小さく震えている。
    大きく揺らいだドフラミンゴの眼球に反して、笑うように歪む、血に濡れた唇。

    ずっと、そうだ。"死なない"事は、この男に取ってどうしようもなく大きな"価値"がある。

    『……"死なない"事と、"死ねない"事には、大き過ぎる違いがあります。』

    「……うるせェなァ。フフフフッ……!!」

    唸るように呟いて、笑い声を上げた。
    注射器を握る手のひらを、自分の二の腕に向けて大きく振り上げた瞬間、黒い前髪の隙間で、開いたのは、大きくて、丸い瞳。

    「はー、はー、はー…、」

    突然、耳元で、何かが割れる音がした。
    肩で息をしたルフィの手のひらの中で、握り潰された注射器から流れた赤い液体が、ゆっくりとその腕を濡らす。

    「……いィよ。お前だけが、頑張る必要ねーだろ。」

    ゆっくりと、膝を立てて体を起こしたルフィの傍らで、ガチャンと手錠が落ちる音がした。
    体が軽くなる感覚に、ドフラミンゴが視線を落とせば、床に"咲いた"手錠の鍵を握る手のひらが、散りゆく様が目に入る。

    『す……すぐにお戻りください……!!大変です!!』

    立ち上がったルフィが麦わら帽子をドフラミンゴの手元に落としたタイミングで、男のスーツの中で、電伝虫が騒ぎ出した。

    『麦わらの一味と、クイン傭兵組合の妨害に遭い、既に軍艦の半数が……沈められました……!!』

    電伝虫から垂れ流された音声を、聞いているのか、いないのか、ルフィはバキバキと指を鳴らして前を向く。
    その瞳に、何時もは見えぬ凶暴が目を覚まし、真っ赤な光を放った。

    「オイ、逃げんなよ。……喧嘩は、こっからだ。」

    ######

    「オイオイオイオイ!ルフィ達全然戻って来ねェけど大丈夫かァー?!」
    「手錠の鍵はロビンちゃんに任せてある!!お前は自分の心配だけしとけよ!!」

    「……その通り!!同胞の身を案じるなど……戦場ではただの侮辱!!貴様それでも男か!!」
    「いやこえーよ。本当に怖い。」
    「クイン局長、怖いそうです。抑えてください。」
    「いやしかし、本当に見事だよ。軍艦も海兵もあっという間に半数だ。」

    ブルーゾーンの港で、海軍の艦隊を迎え撃つ麦わらの一味とクイン傭兵組合は、迫りくる海兵達を薙ぎ払っていた。
    応戦していたサンジがその統率に感嘆を漏らす。
    傍らで刀を振るう小柄な女は、その言葉に笑みを溢し、振り抜いた刀身を返した。

    「ええ……。その為の、化物ですから。」

    この防衛戦が終わっても、政府からの刺客はまた送り込まれるかもしれない。そもそも、抑制剤が手に入らなければ、傭兵達に未来は無いのだ。

    (それでも、)

    今この一瞬を、生き抜く事だけが責務である。

    「ウォオオオ……!!」

    その時、太陽の光が唐突に陰り、弾かれたようにその場の全員が上を見上げた。
    上空で、逃げるように空を駆ける白いスーツの男を追い、小柄な少年が巨大な腕を振り上げている。

    「ルフィ!!!」

    その巨大な拳が、まるで鉄槌のように男諸共軍艦に落とされて、派手な爆発が起きた。

    「アーアー、元気な奴だぜ。」
    「ミンゴー!!お前血だらけじゃねェか!!大丈夫か?!医者ァァァ!!!」
    「医者はお前じゃねェか。」

    戦禍の中を、ゆったりと歩くピンクのコートが現れる。
    その胴体を汚す赤い血に、チョッパーが思わず走り寄った。

    「ヨシ!全員無事だよな!あと4隻沈めてくる!!」

    上から降ってきたルフィも、それなりに血だらけだったが、存外しっかりした足取りに、一味がほっと胸を撫で下ろす。
    その背中に、大股で近寄ったドフラミンゴは、ポス、と、その頭に麦わら帽子を被せた。

    「麦わら。……一隻ぐれェ、おれに食わせろ。」

    さっさと飛び去ってしまった、その広い背中に、ルフィが何も言わなかったのは、その瞳に、妙な光が無かったから。
    実は、この島に来てから何かと考え込んでいたドフラミンゴを、つまらなく思っていたのだ。

    「ルフィ!!こっちは良いから、はやく軍艦沈めてきて!!」

    相変わらず人使いの荒い航海士に背中を押され、ルフィは一度笑ってから、ドフラミンゴの後を追うように港から飛び立つのだった。

    ######

    「中将殿……!!味方の軍艦が半分やられました……!!」
    「言われなくても分かっているよ。……潮時だね。元帥に連絡を。」
    「ハッ!!!」

    砲撃と、銃声の中で甲板から戦禍を見つめたつるは、任務失敗の予感にゆっくりと額を撫でる。
    先行して港に着けた5隻は、あっという間に沈み、沖に配備されたつる達の後方支援の艦隊も、さっき一隻やられてしまった。

    「電伝虫を……ッ?!」

    伝令用の電伝虫を受け取ろうとした瞬間、大きく船が揺らいで、船体に取り付けられた大砲がバラバラと刻まれていく。
    振り落とされないように、船の縁にしがみついたつるの視界で、揺れたのは、ピンク色。

    「よォ、おつるさん。また会えて良かったぜ!!」
    「……わたしに会いたいなら、はやく戻る事だね。……ドフラミンゴ。」

    その船首の上に立つ、大きな男は何を思ったのか、赤い花束を担いでいた。
    適当な長さで切った花を、糸で束ねただけの粗末なそれを、つるの手元に投げたドフラミンゴは随分と楽しそうに笑い声を上げる。

    「船底に穴が開いているから気をつけろ。すぐに沈むぜ。救命ボートは無事だ。あんたどうせ気乗りしてねェんだろう?じゃァ、とっとと逃げ出しな。"楽に行こうぜ"。おつるさん。」

    足場の悪い戦場で、ズボンのポケットに両手を突っ込んだドフラミンゴはケタケタと笑い、似合わぬ台詞を吐いた。
    その時、飛んできた麦わら帽子の少年が、そのピンクのコートにしがみつく。

    「おいミンゴ!終わったのか?!こっちは終わったぞ!」
    「終わったよ。いちいちうるせェなァ。」

    残りの軍艦が沈んでいくのを背景に、随分と呑気に口を開いた少年を、つるは呆れたように見た。
    "吉"か"凶"か、それを測るのは、自分の仕事では無い。

    「……ドフラミンゴ。」

    飛び去ろうと身を屈めた、その男に、つるは一度、閉じた瞳をゆっくりと開いた。
    船首の上で動きを止めたドフラミンゴは、視線だけを向ける。

    「ごはんはちゃんと、食べるんだよ。」
    「……食ってるよ。今までに無いぐれェな。」

    一言だけ言うと、何も聞かずに飛び去ったドフラミンゴに置いていかれた少年は、自分も後を追うように港へ向けて腕を伸ばした。
    一度、バチリと合った視線に、つるは諦めたように息を吐く。

    「麦わらのルフィ。……あの子を、頼むね。」
    「……?おう!!」

    誰かの死に際のように笑う少年は、つるの言葉に迷いなく答え、追い付けない速度で消えてしまった。
    その背中を見送ったつるは、ゆっくりと踵を返す。

    「……撤退だ。負けたよ。海軍本部は。」

    ######

    「「「「エー!!!」」」」

    「折角こんなに頑張って戦ったのに?!」
    「生きるのに必要な薬がもう手に入らないなんて……。」
    「クソ!!スーパー酷ェ話じゃねェか!!許すまじ!!世界政府!!!」
    「いやお前ら既にエニエスロビー壊滅させて来ただろうが。」

    騒動は終わり、ブルーゾーンの屋台街に開かれた簡易的な治療のスペースで、チョッパーに手当をされていたクインから聞いた"事実"に、麦わらの一味が揃って大声を上げた。
    その海賊とは思えない気の良い彼らに、キョトンとしたのはクインと、傍らにいる小柄な女の方。

    「何か方法はねェのか。余りにも寝覚めが悪過ぎる。」
    「手は尽くすが……望みは薄いだろう。結局、最高峰の技術は世界政府が握っている。」

    「……ねえ。思うのだけど。」

    ひっそりと、後ろの方で聞いていたロビンが、ルフィの首に掛かったままのドッグタグを、咲かせた手のひらで撫でながら口を開いた。
    その刻印を眺めてから、クインの顔を見る。

    「その……亡くなったお医者様に、ドッグタグの彼はこれを渡したかった。それに、自分の死を、知らせる以外に理由は無かったのかしら。」
    「……?」

    ロビンの意図が汲めない面々が、ゆっくりと首を傾げる中、ルフィの首からドッグタグを外したロビンは、細い指先でそれを弄んだ。

    「二人でいつかは海に出ようと思っていたなら、抑制剤を自分達で作ることは必須よね。お医者様の方が、政府の科学者だったなら、"作り方"を持ち出す事が出来たんじゃない?」

    そもそも、何故イエローゾーンの"変わり者"は、自分で命を断ったのか。
    この背景の暗い島に、食われた何かの気配を感じるロビンは、ゆっくりと全員を見回した。

    「お医者様の方が抑制剤の作り方を持ち出し、自殺に見せかけて殺されたと考えられないかしら。……その持ち出した作り方を、未だ政府も発見できて居ないとしたら。」
    「そのタグが隠してある場所のヒントってことか?!」
    「そう。サイクロンに遭った彼は、どうしてもこのタグをあの空き家に届けなければいけなかったんじゃないかしら。自分達のように、島を出たいと思う誰かが、自由に出ていけるようになる為に。」

    黒い髪を揺らして立ち上がったロビンは、呆気にとられる全員を見回して、一度、好奇心旺盛に笑って見せる。

    「まだ、わたし達はそのタグを、"届けられて"いないのかもしれないわ。」

    ######

    「ドフィー?ドフィ!ちょっと何してるのよ!!」
    「アー、ネーチャン。こいつを、どう思う?」

    ギラギラと照りつける太陽が、立ち並ぶ屋台の屋根に遮られ、色濃い影を作り出す。
    買い出しの途中で消えたドフラミンゴを探していたナミは、一軒の屋台で何やら物色していたその男を見つけ出し、喧騒に負けない大きな声を上げた。

    「ナニ?やだ!カワイイ!!こういうの好きよ!!」

    屋台に並んだケースの上で売られていたのは、銀色の細い金属が加工され、色とりどりの石が着いたアクセサリー。
    金属には細かい模様の刻印があり、高価では無いが、美しいと思う。

    「何よ。買ってくれるの?」
    「欲しいならいくらでも。」
    「えッ?ホントに?!じゃァ……、」

    嬉しそうに選びだしたオレンジ色の頭を眺めて、ドフラミンゴはあっという間に息を吹き返した屋台街にため息を吐いた。

    再び花畑の空き家に訪れた一味とクイン達は、その中に鍵の掛かった引き出しを見つけ出した。
    あまり見ない形の鍵穴は、丁度ドッグタグを差し込める程の幅に感じて、ルフィが拾ったそれを差し込むと、いともたやすくそれは開いたのだ。
    試しに別のタグを差し込んでも、開かなかった巧妙なその鍵穴は、政府の抱える頭脳が、特別に作ったものだったのだろう。
    引き出しの中には、ロビンの思惑通り"抑制剤"の作り方を記した資料が保管されていた。
    今は、傭兵組合の医療班がチョッパーのレクチャーを受けながら、抑制剤の量産に着手している。

    「レッドゾーンの武器職人が、偶に気まぐれで作るんだ。綺麗だろ。」
    「めっちゃ綺麗ー!ドフィ!赤と青、どっちが良い??」
    「両方買ってやるよ。」
    「もー!そういうのじゃないの!!」
    「じゃァ、赤だな。似合ってる。」

    適当に言ったドフラミンゴの言葉に、ナミは含みのある顔で笑う。
    それを、嫌そうに眺めたドフラミンゴは一応、なんだよ、と聞いてやった。

    「赤ね。赤。わたしも好きよ。というか、うちの船は皆好きなの。」

    その色に、食われてしまった"人間"が二人。
    その意図を、汲めない程、この男は馬鹿ではない。
    忌々しく舌打ちをして、顔を歪めた男はそれを、分かっていながら否定するのだ。

    「……別に。おれは好きじゃねェよ。」

    ######

    プルプルプルプル……。

    暗い部屋に、突然間抜けな音が響き、ゆったりと葉巻を燻らせていた女の手のひらが受話器を上げる。
    水槽の中で揺らぐ、紅いクラゲは何時も通り、のんびりと揺蕩っていた。

    「……ハイ。"クイン傭兵組合"。」

    『クインか?!すまんが早急に傭兵の派遣を頼みたい!!』
    「どうしたんです……。戦争でもするんですか。」

    馴染みの客の切羽詰まった表情を真似て、バタバタと短い腕を振り回す虫を、クインは感慨も無く眺める。
    その悠長な台詞に苛立つ"客"は、一度息を吸い込むように黙った。

    『……"麦わらの一味"が、わたしの国に向かっているという情報があった!!あんな凶悪なルーキーに暴れられては、うちのような小国は太刀打ちできん……!!』

    飛び出た思いもよらないその"名前"に、クインは思わず吹き出して、珍しく大きな笑い声を上げる。
    その様子に、受話器の向こうも流石にぽかんと口を開いた。

    「悪いが……その依頼は受けられない。」
    『何を……怖じ気付いたか……クイン!!』

    「……いや、」

    小さな海賊船に救われた、"負い目"の島。
    既にその、後ろ暗い"負い目"に生かされる事は無い。
    クインは一度、葉巻の煙を吐き出して、尚も面白そうに笑い声を上げた。

    「すまない、ミスター。"彼ら"は、"上顧客"でね。」








    「ほんとにマズイわ……。残金……3万……。」
    「おい!誰だよ!!2万も使った奴!!」

    「「「「だからテメェの食費だよ!!!!」」」」

    恨めしい程の晴天。気持ちの良い風が吹く、絶好の日光浴日和の筈だが、ナミは並べたベリー札の少なさに先行き不安を感じて項垂れた。

    「そろそろ何か稼がねェと……補給も満足に出来ねェな。」
    「稼ぐって言ってもなァ……。おれ達一応海賊だぜ?」
    「宝物見つけたら良いんじゃねーか!!」
    「そう都合良く見つからねーから、こういう事になってんだろー。」

    少な過ぎる札を囲み、円になった一味は良い案も浮かばずに首を捻るばかり。
    ルフィに至っては、既に興味は遠くの方で跳ねたイルカに移っていた。

    「オイオイ、辛気臭ェ奴らだぜ。そんな端金囲んでどうした。」
    「お!ミンゴ!!お前どこ行ってたんだよ!!」

    島が見えるなり、珍しくスーツを着込んで飛び出して行ったドフラミンゴが、音もなくサニー号の船首へ降り立つ。
    芝生に座り込んでいたルフィが、ゴロンと寝転び、ドフラミンゴを見上げた。

    「フフフフッ……。少しな。……オイ、ネーチャン。」
    「な、によ……、」

    上機嫌でナミの座るテーブルセットに近付いたドフラミンゴは、バサリとその目の前に何かを放った。
    その"何か"が、それなりに分厚い札束で、ナミの言葉が萎んでいく。
    全員が札束と、ドフラミンゴの顔を交互に見る中、当の本人は役目は終えたとばかりに、その輪を抜けた。

    「"そういうのじゃない"金を持ってきた。今日は上手いモンでも食おうぜ。」
    「ちょっと、なにこれ?!どういうこと?!」
    「フフフフッ!!内緒だ。」


    新世界の海上に浮かぶ"磁力"の無い"人工島"。
    その島で作られる見事なシルバーアクセサリーが、"偉大なる航路"で大流行を見せた事は、また、別のお話。
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    recommended works

    kgkgjyujyu

    INFOマロ返信(03/26)
    ※禪院恵の野薔薇ちゃんについて
    このお話の野薔薇ちゃんは、禪院家の圧により高専には通わず、地元の高校に通っている設定なので、呪術師界隈のどす黒い風習や御三家の存在を知らぬまま、知らない男の嫁になりました。(恵との約束を思い出すのは暫く先です)

    最初の数ヶ月はおそらく死ぬほど暴れたし、離れからの脱走も何度も実行しておりましたが、離れの周りには恵が待機させた式神が野薔薇ちゃんの存在を感知した際に、即座に知らせる為、野薔薇ちゃんが離れから逃げられた試しはないです。
    なので、恵が訪ねてきても口はきかないし、おそらく目も合わせなかったとは思います。
    恵は、自分が愛を与え続けていれば、いずれは伝わるものと、思っている為、まったく動じません。

    ★幽閉〜1年くらいは
    恵に対する愛はない。けれど、野薔薇ちゃんが顔を合わせるのは恵だけなので、次第にどんどん諦めが生まれていきます。ちなみにRのやつは4年後なのでこの段階では身体に触れてすらいない。毎日、任務のない日は顔を見せて一緒に過ごす。最低限の会話もするし、寝る場所は一緒です。時間があるときは必ず野薔薇ちゃんの傍を離れません。


    2回目の春を迎えても、変わらない状況に野薔薇ちゃん 1202