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    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

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    BORA99_

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    DQ風呂屋リターンズ
    現代で銭湯を経営するDQファミリーの日常。
    若様が風邪を引くお話。
    ※年齢操作色々してます
    ※カプ要素無し
    ※ご都合主義

    百日の労、一日の楽「……緊急事態だ。今までに無い、大変な事が起きている。」

    朝食後、居間に集めた面子を見渡し、ヴェルゴは厳しい面持ちで低く言った。
    律儀にも空けた"上座"に、"若旦那"ドンキホーテ・ドフラミンゴの姿は無い。
    頭を抱えるように、一度額を撫でたヴェルゴは、伏せていた顔を上げた。

    「……ドフィに、発熱、喉の痛み、咳、鼻水等の症状が出ている。……しかも、どれも重篤だ。」

    「そ、それって……。もしかして……、」

    「そうだ。ドフィが……、」

    ざわめいた空間を静めるように、ヴェルゴは尚も低い声で絞り出すように言い、集まった面子は酷く狼狽えるように顔を歪ませる。
    銭湯の入口では、"臨時休業"と書かれた紙切れが、不穏に風に揺れていた。

    「ドフィが……風邪を引いた。」

    ######

    「何ィイイイ?!?!何ということだ……!確かに毎朝5時に起きているにも関わらず、最近は床に就くのが25時過ぎの事が多かった……!!疲労が溜まっていた事に気が付かなかったとはァァァ。一生の不覚……ッ!!」
    「何でお前、ドフィのおはようからおやすみまで把握してんだよ。」

    ヴェルゴからの知らせに、大袈裟に畳の上でのたうち回るグラディウスを、ロシナンテが引いたように見るが、本人はそれどころではない。
    ヴェルゴも神妙な面持ちで組んだ手の甲に額を乗せた。

    「今日は銭湯の方は臨時休業にしよう。ドフィの回復に尽力するぞ。」
    「ハッ……!!もしかして……おれに移せば治るんじゃ……ッ!!」
    「止めろグラディウス!!R18指定になる!!!」
    「止めるなコラソンンン……!おれは若が苦しむ様を見たくないだけなんだ……!」
    「ロシナンテの言う通りだグラディウス。それに、お前にやるくらいならおれが貰う。」
    「何でお前らドフィの風邪取り合ってんだよ。」

    何故か突然険悪になったグラディウスとヴェルゴに、ロシナンテが土偶のような顔を向ける。
    そんな男子達を心底呆れ果てた顔で見つめたモネがシュガーとベビー5に顔を向けた。

    「買い出しが必要ね……。消化に良いごはんと、ポカリと……お薬はあったかしら。」
    「風邪薬はあったと思うけど、買っておいた方が良いかもね。」
    「そうね……。じゃあ、シュガーとベビー、荷物持ちでついてきてくれる?」
    「「ハーイ。」」
    「じゃあ、そういう事だから。ちょっと出掛けてくるわね。」

    「「「あ、ハイ。いってらっしゃい……。」」」

    席を立ったモネ達に、男三人はそっと手を振り閉まった障子戸に映った影が見えなくなった瞬間、思わず目を見合わせる。

    「あれ。なんか、おれ達役立たず感ヤバくねェか。」
    「ヌォオオオ!若の役に立つためだけに存在しているというのにィイイイ。」
    「今日のグラディウスは一段とマズイな。少し落ち着け。」

    「……オイ。」

    顔を突き合わせて若干の反省ムードを漂わせた瞬間、スパン、と障子戸が開き、渦中の人物、ドフラミンゴが鼻を啜りながら現れた。
    その真っ赤に火照る顔を見て、ロシナンテは"重症だな"と、思わず咥えていた煙草を揉み消す。

    「ドフィ、どうした。今日は寝ていた方が良いぞ。」
    「……いや、大丈夫だ。組合の集まりがあるから、少し出かける。つーかお前ら、開店準備もしねェでこんなところで何してんだよ。」
    「「待て待て待て。」」

    赤い顔で、銭湯の名前がプリントされた法被を肩に掛けたドフラミンゴが、フラフラと出ていこうとするのをヴェルゴとロシナンテが縋り付いて止めた。

    「今日は臨時休業にしたから、ゆっくり休め、ドフィ。」
    「組合なんか別に無理してまで行かなくてイイだろ?な?」
    「つーかおれ!おれが行きますんで!寝ててください!!」
    「あァ?臨時休業?何勝手に……、」
    「いーからいーから!ほら、部屋戻れよ!」

    無理矢理ロシナンテに腕を引かれ、ヴェルゴに肩を抱かれたドフラミンゴが自室へと戻される。
    先回りしたグラディウスが開けた障子戸の先、ドフラミンゴの自室の布団は既に仕舞われており、全員が"やれやれ"とその男の歩みを止められない性質にため息を吐いた。

    「ホラ、もう今日は閉店閉店。」
    「グラディウス、布団出してくれ。」
    「やだ……若の匂いがする……。」
    「明日の薬湯はお前の血にしてやろうか。」

    無理やり布団に戻されたドフラミンゴが、諦めたように掛け布団を被る。
    その様子に、ひとまず安堵した三人は静かに息を吐いた。

    「とりあえず薬とか、諸々はモネ達が買いに行っているから、大人しく寝てろよ。」
    「お前どうせ、おれ達の目を盗んで仕事を始めるだろうから、パソコンは没収だ。」
    「……徹底してんな。」

    テキパキと、ドフラミンゴのデスクからノートパソコンを撤去するヴェルゴに、布団の中で弱々しい苦言が聞こえる。
    気の毒になったのか、グラディウスがそっと枕元に新聞を置いた。

    「あとは……何かして欲しい事とか、欲しい物はあるか?」

    一通り気が済んだらしいヴェルゴが、ドフラミンゴの枕元で言うと、当の本人は一瞬瞳を泳がせてから、そのサングラスを覗き込む。
    そして、不貞腐れたように寝返りを打った。

    「……ねェよ。ガキじゃねェんだ。」

    ######

    「「「……風邪ェ?!?!」」」
    「ああ。若は今日寝込んでいるんだ。何か伝える事があれば教えてくれ。おれが一度持ち帰る。」
    「キシシシ……!ザマァねェなァ!夜遊びが過ぎるんじゃねェのか。」
    「全く……。軟弱な男じゃ。」
    「ナントカは風邪を引かねェんじゃなかったのか。」
    「しかし……寝込むほどとは心配だな。」
    「"鷹の目"以外、風呂入りに来る時は気を付けろ。全員サウナに監禁してやる。」

    "商店街振興組合"、通称、"七武海"。
    古くからこの商店街を取り仕切り、活気を保ってきた一大勢力の会合に"代理"で出席したグラディウスは、好き放題な物言いに早速噛み付いた。

    「わらわの店でも何人か休んでおるぞ。……もしかして、商店街で流行っているのかもしれんな。」
    「ウチの道場も一人、二人掛かっておるわい。」
    「そうなのか?ペローナはピンピンしてるぜ。オイ、くま。お前の"教会"もそんなか?」
    「……同じだ。」

    "パブ"『九蛇』の"店主"ボア・ハンコックの言葉に、ジンベエとモリアが返す。
    呟くように言った"神父"バーソロミュー・くまはおもむろにグラディウスの鼻先に握った手のひらを突き出した。

    「……"お大事に"、と伝えてくれ。」
    「あ?……ッス。」

    思わず伸ばした手のひらに、のど飴がいくつか転がって、グラディウスは面食らったまま、お礼とも返事ともつかぬ音を漏らす。
    それを見つめた他のメンバー達も、今日の会合で摘む予定だった菓子やら、食べ物の入ったタッパーを続々と取り出した。

    「妹達が作った菓子があるぞ。持っていけ。」
    「わしからは温泉土産の煎餅じゃ。具合が良くなったら食べてくれ。……大所帯と聞いたが、足りるかのう。」
    「うちのレストランで余った食材で作ったツマミだ。赤ワインに合う。」
    「……え?え?あ、ハイ。ありがとうございます。頂きます。」

    紙袋やらビニール袋を次々と渡されたグラディウスが、顔中に疑問符を貼り付けしどろもどろに受け取る。
    そのまま、途方に暮れるグラディウスを全員がキョトンとした顔で見た。

    「……何をしているんじゃ。今日はもうお開きじゃ。はやく帰れ。」
    「え、でもまだ始まったばかりじゃねェか。」
    「ワハハハ!そう急ぐ案件も無い。"大黒柱"が風邪とは、銭湯の方も大変じゃろう。はやく帰ってやれ。」
    「あ、や、今日は臨時休業にしたんだ。」
    「なんだ。相変わらず大袈裟な奴らだな。」
    「と、というか……、」

    突然、言葉を切ったグラディウスに、"古本屋"サー・クロコダイルが怪訝そうに瞳を細める。
    それを、ちらりと見やったグラディウスは言葉を選ぶように視線を泳がした。

    「どうして良いか、分からねェんだ。若は何も要らないと言うが、何もしねェのも違うと思う。おれ達、"家族"だし。」

    いつの間にか、踏み躙られた小さな存在達が集まり、できた集合体。まるで、神のように自分達を掬い上げた男。そこに存在しないのは、"血の繋がり"だけのはずだ。
    それなのに、見様見真似でなぞる、幸せな家族の像は、こういう時に、どうするのが正解なのか、誰も知らない。

    「……だからお前らは、"家族ごっこ"だと言われるんだ。」

    薄く笑う口元が、紡いだ台詞にグラディウスの瞳が僅かに光を含む。
    寄せ集まって、必死にその"体裁"を保とうと躍起になる、風変わりな"家族"の形。
    その"体裁"に、余りにも囚われる彼らを、クロコダイルは"不自由"だと思った。

    「後で頼まれていた本を届けに行く。……フラミンゴ野郎に言っとけ。」

    噛み付くか、抑えるか、悩むように何も言わないグラディウスに、クロコダイルは再び薄く笑ってから言う。
    何かを飲み込むように、口を閉ざしたその男は息を吐いてから立ち上がった。

    「……本は、今度にしてくれ。」

    ######

    「あ……!こ、こんにちは!!"わにやろう"さん!!!わかさまは今日お休みです!!」
    「……"サー"・クロコダイルと呼びたまえ。お嬢さん。」

    宣言通り、ドフラミンゴの経営する銭湯に現れたクロコダイルは、居住スペースの玄関口で掃除をする少女に声を掛けられた。
    リボンを付けた黒髪の少女が、明らかに"誰か"の悪影響を受けている事に辟易として、子どもじみた返答をする。

    「本の配達だ。入るぞ。フラミンゴ野郎に代金を貰わなきゃならねェ。」
    「しょうしょうおまちください!!ヴェルゴさーん!!わにやろうさんだよー!!」
    「……鰐野郎氏、どうかしたのか。ドフィは体調不良で寝込んでいてな。何かあれば代理で受けるが。」
    「うるせェな。大袈裟なんだよ。本置いて、金貰って帰るだけだ。……邪魔するぞ。」
    「あ、おい……。」

    悪影響か、そうでないのか、実に微妙な男の登場に、クロコダイルは舌打ちをして、ズカズカと玄関へ足を踏み入れた。
    咎める雰囲気を出しつつも、追っては来ないヴェルゴを後目に、肩で風を切りながら板張りの廊下を進む。

    「あれ。わにやろーさん。何してんの?」
    「お前らそれは仲良しごっこのお遊戯か?それともおれを馬鹿にしてんのか?」

    廊下でばったり会った、くわえタバコの"弟"に、クロコダイルはとうとう苦言を呈したが、当の本人は随分と察しの悪い様子でキョトンと瞳を丸くするだけだ。
    ギシギシと、板張りの廊下が軋む音に、クロコダイルはうんざりとため息を吐く。

    「本の配達だ。」
    「代金、おれが建て替えとこうか?ドフィ多分寝てるぞ。」
    「叩き起こす。」
    「エェ?!いやまあ、お好きにドーゾ。」

    特に引き止めもしない"弟"は、ぷかりとタバコの煙を吐いて言った。
    それを、少し羨ましそうに見てから、クロコダイルはがりがりと後頭部を掻く。

    「お前は意外と冷静だな。」
    「いや、兄貴が風邪引いたくらいで狼狽える方がキモいだろ……。」
    「それもそうだな。じゃァ、遠慮なく。」

    すれ違った瞬間、自分とは違うタバコの匂いが鼻をついた。
    なんとなく、気配が揺れて、クロコダイルは目だけでその、兄譲りの大きな背中を眺める。

    「……知らねーから。皆。」
    「あァ?」
    「知らねーんだ。こういう時、"普通"の"家族"だったら、どうするのか。」

    むしろ、その"括り"に、良い思い出などない連中が寄せ集まっているのだ。
    朦朧とする視界に映る、誰も居ない、汚い部屋。暗くて狭い世界の端で、静かに耐えるだけの毎日。
    こういう時にどうして貰えたら嬉しいのか、分からないのは、知らないからだ。

    「……そもそも、」

    余りにもうだうだと管を巻く"連中"に、とうとうクロコダイルのそう長くはない何かが限界を迎える。
    苛々とした表情で振り返ると、持っていた本でロシナンテの頭を叩いた。

    「そもそも、"普通"の"家族"じゃねーじゃねェか!テメェらは!!いちいち面倒臭ェんだよ!!」
    「いた!痛い痛い痛い!!暴力反対!!!」

    バシバシと自分の頭を叩く男に、ロシナンテが非難めいた叫びを上げる。
    クロコダイルは気が済んだのか、一応遠慮していたタバコをくわえて火を付けた。

    「"体裁"を整える前に、あの女々しい鳥野郎の頭の中を考えた方が幾分か有益だぜ。」

    今度は嗅ぎ慣れたタバコの煙を纏い、大股でドフラミンゴの部屋へ向かう。
    その背中を、ロシナンテは困ったように見送った。

    「……そりゃァ、そうだな。」

    ######

    「……邪魔するぞ。」
    「……今日は閉店だぞ。鰐野郎。」

    スパン!と、小気味よい音を立てて開いた障子戸に、ドフラミンゴが予想外の顔で何度か瞳を瞬かせる。
    敷かれた布団の中で、眩しいのか、両目を腕で覆ったこの部屋の主は大層具合の悪そうな声で言った。

    「頼まれていた本が入った。金を寄越せ。」
    「アーアー、取り立てか。怖ェなァ。」

    クロコダイルの物言いに、緩慢な仕草で立ち上がったドフラミンゴは、デスクの上に置いてあった財布を掴む。
    その姿を暫く眺めてから、布団の周辺に散らばっていた、請求書や電卓にちらりと視線を移した。

    「……お前が、」

    美しい光沢を放つ黒革の財布から、モタモタと札を何枚か取り出すドフラミンゴに、ほぼ無意識の内に台詞が滑り出た。
    文字通り、熱に浮かされた瞳がぼんやりと自分を見るのが、どうにも居た堪れないクロコダイルは気の毒そうにため息を吐く。

    「お前が、"甘える"為の"世界"を作ったんじゃねェのか。」

    クロコダイルの言葉にゆっくりと、その眼球が動きを止めた。
    そのまま、何も言わずに少し笑って、ドフラミンゴは紙幣をクロコダイルに押し付け、代わりに紙袋に入った本を奪い去る。

    「何の話かは分からねェが。……おれに、"甘い"世界なんざ、この世にゃァ無ェだろう。」

    分かりやすくはぐらかして、椅子に腰掛けたドフラミンゴは、いつもの調子を装ってクロコダイルを見上げた。

    (……"本当に"、)

    "そう"だと思っていたのだ。
    幸せに生きているとは、どうにも見えないこの男が、自分を肯定する人間だけを集めて作ったおもちゃ箱。

    その割に、この男はこの不可思議な"家族"の形を、必死で保っているように見えた。

    「……なんだよ。まだ何かあんのか。」
    「無ェよ。風邪引いてるなら大人しく休め。若ェのが組合に来て泣きべそかいてたぞ。"ワカサマ"が看病させてくれないってな。」
    「フフフフッ……。泣きゃァしねェだろ。流石に。……だよな?」

    組合に代理で行かせた"若いの"が普段している言動に、少しだけドフラミンゴは不安になるが、クロコダイルは嘘とも、本当とも言わない。
    バツが悪そうに頬を掻いたドフラミンゴは、のそのそと布団周りの仕事の形跡達を片付けた。

    (……何で、"分からない"んだっけか。)

    ドフラミンゴの頭の中に、一つの疑問が浮かび、それを掻き消すように薄く笑う。

    「"知らねェんだ"。……治るまで、一人でやり過ごした事しか無ェからよ。誰かに、何かして貰う事が思いつかねェ。」

    部屋を出ていこうとしたクロコダイルの背中に、随分と弱々しく呟いたドフラミンゴは、大きな手のひらで両目を覆っていた。

    「して貰う事じゃなくて、して欲しい事だろうが。それすら分からねェなら……テメェは本当に、ただの"ブリキのおもちゃ"だぜ。」

    この家の連中は、自分の気持ちを押しやって、"家族"という"体裁"に、ある種の執着とも取れる"価値"を見出している。
    "知らない"から、欲しいと思うのか。その経緯を知りはしないが、傍から見る分には気の毒で、哀れだ。
    その"名前"に、執着さえしなければ、この男も、奴らだって、そう思い悩む事は無い筈なのに。

    「テメェの"して欲しい事"は分からんが、この家の連中はお前に甘えて欲しいように見えたがね。」

    考え込むように、口を閉ざしたドフラミンゴを置いて、クロコダイルは障子戸を潜る。
    "お節介"は、ここまでた。
    あくまでも部外者面で居たいクロコダイルは、二度と振り返る事無く、存外静かに障子戸を閉めた。









    うとうとと、浅い眠りを行き来していたドフラミンゴを、随分と耳障りなバイブ音が揺り起こした。
    畳の上で短く震えたスマートフォンの画面は、ドフラミンゴが片手間で経営する風俗店の"支配人"、トレーボルからのメッセージを知らせている。

    「……。」

    明る過ぎるその画面は、日が落ち、暗くなった室内で強すぎる光を放っていた。
    メッセージアプリに送信された、"カイドウがドフィに会いに店に来るらしい。すぐに来れるか?"という文言を、黙って見つめる。
    超お得意様で、尚且、風俗店のある土地一帯の地主であるあの男の機嫌を損なう事はできる限りしたくはなかった。
    諦めたように瞳を細めて返した応えは、"すぐに行く"。

    『この家の連中はお前に甘えて欲しいように見えたがね。』

    後ろ髪を引くのは、彼の、物言い。
    ただそれには、一つ、大きな勘違いがあった。

    (……奴らは、)

    何もドフラミンゴの為に、ここに居る訳では無い。
    可愛そうだと、思ったのだ。"自分"と"同じ"で。
    だから、拾い上げて、ここに置いている。

    奴らが"欲しい"のは、手に入らなかった"幸せ"な"家族"の枠組み。
    それを与え続ける事が、奴らにとっての、自分の価値なのだ。

    ######

    「ドフィ……!ドフィ!ちょっと待て!トレーボルにはおれから言っておくから……!」
    「良い。大丈夫だ。寝たら良くなった。少し顔を見せるだけだ。」

    夕食の片付けをしていたヴェルゴは、スーツ姿で玄関に向かうドフラミンゴにギョッとして、洗い物もそのままに、その背中を追った。
    玄関口で靴べらを持ったドフラミンゴは、未だ真っ赤な顔で、ヴェルゴの方を見もしない。

    「体調不良だと言えば先方も理解してくれるだろう。」
    「それを理解しねェ男だから行くんだよ。」

    「え?!あれ?!若ァアアア!!まさかお出掛けですか?!?!おれまた代理で行きますよ?!?!」

    騒動を聞きつけて、グラディウスが自分の部屋から出てくると、ヴェルゴと同じように、スーツ姿のドフラミンゴに驚いたように声を上げた。
    それを辟易と見たドフラミンゴは、苛ついたように靴べらを乱暴に仕舞う。

    「大丈夫だ。すぐに戻る。」
    「すぐにって……お前まだ熱があるんだろう?無理してまで行く必要があるのか?そもそも、"あの店"と銭湯を掛け持ちしてるから、体調を崩したんじゃないのか。」

    図星過ぎるヴェルゴの言葉に、ドフラミンゴは思わず舌打ちを返した。
    そんな事は、言われなくても分かっている。

    「……銭湯の売上だけで、全員食わせられる訳ねェだろうがよ。」

    妙に低い声で言われた台詞に、ヴェルゴの心臓が一際大きな音で悲鳴を上げた。
    意見する身分では無い事を思い出し、口を噤む。

    「……すまん。今のは嘘だ。忘れろ。トレーボルには体調が悪い事は伝えてある。本当に顔を見せてすぐに戻る。」

    ヴェルゴの逡巡を目の当たりにして、我に返ったドフラミンゴが無意味に首筋を擦る。
    取り繕うように言って、逃げるように踵を返した。

    「わ、若!!待ってくれ!!おれ達をここに置いておくのに、そんなに金が掛かっているとは思ってなかったんだ!!あんたが無理するくらいなら、おれ、銭湯以外にも仕事を探すぜ!!」

    こういう時、臆しもせずに口を開けるのは、心底羨ましい。
    ヴェルゴの羨望をよそに、ドフラミンゴの背中に伸ばしたグラディウスの手のひらは、呆気なく空を切った。

    「馬鹿野郎。"おれ"が、"勝手に"集めたんだ。心配すんな。責任は取るぜ。」

    何も掴まなかった手のひらに、グラディウスの瞳が大きく揺れる。
    それを見たドフラミンゴの表情は、サングラス越しでよく見えなかった。
    呆然とその背中を眺めていたら、あっという間にドフラミンゴは出て行ってしまう。

    「……若。」

    「……もしもし。セニョールか。ヴェルゴだ。トレーボルに呼ばれてドフィが店に向かったが、あいつは風邪を引いていて、本来ならば動き回れる体調では無い。店に到着したらすぐに用事を済ませ、帰宅させてくれ。店に滞在する時間は30分だ。それ以上は認めん。」

    立ち尽くすグラディウスの背後で、どこかに電話を掛け始めたヴェルゴが、電話口に有無を言わさぬトーンで捲し立てた。
    その殺気立っている眼光に、グラディウスが青ざめながら視線を向ける。

    「あ、あの。ヴェルゴさん……?」

    バキバキ……ッ!と不穏な音がして、ヴェルゴの手のひらの中で握り潰されたスマートフォンの欠片が無惨にも床に散らばった。

    確かに、あの男は"大黒柱"として従業員達とベビー5を養っている。しかし、"勝手"に"集めた"は、お門違いにも程がある。

    恐れをなしたグラディウスに、射殺すような眼球を向けたヴェルゴはゆっくりと口を開いた。

    「車を出せ、グラディウス。……迎えに行くぞ。」










    「……いいか。総員、良く聞け。重大ミッションが発生したぜ。」

    綺羅びやかな繁華街に、一際豪華な建物。
    そのロビーに集められた従業員達の中心で、ゆっくりと口を開いたのは、ボーイのディアマンテだ。
    現在、"超お得意様"カイドウは、VIPルームで"オーナー"ドフラミンゴの到着を待っている。

    「ドフィがここに到着するまで、およそ30分。……その30分で、」

    艶やかなドレスに見を包む女達の瞳がキラリと一度、美しく光った。
    事情は全員、把握している。

    ドン!!とテーブルに置かれた酒瓶は、ウォッカとテキーラ。

    「……カイドウを、潰せ!!!!」

    ######

    「……何なんだ。この状況は。」
    「オー、ドフィ。来たな。」

    繁華街の一角で経営する風俗店のVIPルームは、ホテルのスイートルームを思わせる、この館の中で一番広い部屋だ。
    カイドウがそこで待っていると言われていたドフラミンゴは、真っ直ぐにその部屋へ向かい、ノックをしてから扉を開けたのだが、そこに散らばる従業員達とカイドウに、訳が分からないとばかりに溢した。
    床に死屍累々と倒れたボーイ達や女達と、完全にソファで酔い潰れているカイドウに、思わずグイ、と口角を下げる。
    床に座り、備え付けられたベッドへ凭れて項垂れていたディアマンテの顔がゆっくりと上がり、現れたドフラミンゴに呑気に手を振った。

    「見ての通り、カイドウはお休み中だ。」
    「いやお前らが潰したんだろ。何してんだよ。いやマジで。」
    「よォーし、おい起きろ。お客様ー?!とっとと起きろよお客様ー!!!!」
    「いやマジで何してんだ!!!」

    立ち上がったディアマンテが、カイドウの頬を軽くと言うには強すぎる力で叩く。
    薄っすらと、カイドウの瞳が開いたの見ると、その頭を掴んでドフラミンゴの方に向けた。

    「……?オオ、"ジョーカー"。よく来たな……。会いたかったぜ……。」
    「あ、ああ。久しぶりだ。大丈夫か。あんた。」
    「よし。会ったな?顔見れたな?良かったなお客様!ハイじゃあもう寝てて頂いて大丈夫です!!」
    「なんなんだよ……。」

    ディアマンテが雑に頭を離すと、ウトウトとしていたカイドウの瞳が閉じて、再び豪快な寝息が響く。
    それと同時に、床に散らばっていた従業員達の瞳がゆっくりと開いた。

    「水臭ェじゃねェか。若。具合が悪いならそう言ってくれ。あんたが無理なら、こっちで何とか出来るんだ。」
    「これは何とか出来ているのか。」

    床に大の字に倒れていたセニョールは、相当飲まされたのか、珍しく赤い顔でタバコに火を付ける。
    そして、懐から取り出したスマートフォンを一度眺めてから、ゆっくりと煙を吐き出した。

    「……若。"かぼちゃ"の"馬車"の、お迎えだぜ。」

    ######

    明かりの絶えることが無い、賑やかで雑多な繁華街。
    その路上に停まっているのは、"ピンク"のミニバン。
    その中でドフラミンゴが出てくるのを待っているのは、ドンキホーテ家の全員だ。

    「出てこねェなァ。ヴェルゴ。連絡はしたのか。」
    「ああ。セニョールにメッセージは入れたが……。すれ違ってしまったのかもしれん……。」
    「いや、こんな気が狂った色の車が停まってても気が付かないなら、ドフィは相当重症だろ。」

    人員が増えるにつれ、ドフラミンゴが元々所有していたスポーツカーでは全員が乗れなくなり、泣く泣くこのミニバンを購入したのだが、折角ならと、銭湯のコンセプトカラーであるピンク色に塗装したのである。

    『……"あいのり"じゃん。』
    『……"あいのり"だな。』
    『……"あいのり"だ。』
    『……"あいのり"ね。テレビ局に怒られないかしら。』
    『"あいのり"って何よ。』
    『ピンクかわいい!!』
    『……フッフッフッ。まァ、"あいのり"だな。』

    納車された時は賛否両論あったが、今では立派な広告塔だ。

    「いや、しかし。おれは安心したぜ。」
    「何がだよ。」

    店から出てくる筈のドフラミンゴを見逃さないよう、齧りつくように窓の外を眺めていたグラディウスが、幾分気の抜けたような声で言う。
    怪訝そうに振り返った助手席のロシナンテにも、珍しく笑うように瞳を細めた。

    「何か、ずっと、噛み合わない気がしていたが……何てことは無ェ。おれ達は、若が居るところに居たいんだって事を、若は知らなかっただけだ。」

    ドフラミンゴが掬い上げ、集めた同胞達。
    あの男が居る場所に、自分は行くだけだと、そう思っている事を、彼はきっと、知らないのだ。
    それは、"家族"という枠組みが自分達の望みだと、信じて疑わないドフラミンゴの明らかな誤算。

    「お!!!キタキタキタァ!!!若ァアアアア!!!お迎えに上がりましたァアアアア!!!!!」
    「ちょっとうるさい!!恥ずかしいからやめてよ!!!」

    目敏くドフラミンゴの姿を捉え、勢いよくドアをスライドさせて出て行こうとしたグラディウスの背中をシュガーが叩いた。
    流石に気がついたドフラミンゴは、困ったような、照れているようなよく分からない表情で頬を掻く。

    「わたし、風邪の時は誰かに一緒に居てほしいのよね。今日は若様のお部屋で寝るわ。」

    騒がしく出ていったグラディウスを生意気そうに見て、シュガーもシートベルトを外した。
    ゆっくりと、その大きな瞳が動きを見せて、小さな口から誰に言うでもない台詞が漏れる。

    「他人の事は知らないけど。若様にしてもらって嬉しかった事は知っているの。それを、やるしか無いわよね。わたし達、幸せな"家族"の在り方なんて、知らないんだから。」

    ベビー5を車から降ろしてやりながら、言ったシュガーにモネとヴェルゴは顔を見合わせた。
    結局、望んでいるのは、"家族"の名前ではなくて、あの男の"幸福"。

    「じゃァおれもドフィと一緒に寝ちゃお。」
    「止めろ。R18指定になるぞ。」
    「ならねーよ。」

    助手席の扉を開けて、タバコをくわえたロシナンテも降りていく。
    残ったモネとヴェルゴは一度無言で視線を交差させた。

    「……おれも、」
    「絵面的にアウトよ。ずっと全年齢向けでやっているの。」
    「……。」

    長いまつ毛に縁取られた、涼やかな目元が柔和に緩み、モネもやっとシートベルトを外す。
    開け放たれたドアから、長い脚を出して、呆れたように笑った。

    「……結局、わたし達は別に、家族が欲しい訳じゃないのよ。あの人の傍に居たいだけ。」

    その"勘違い"を知りながら、訂正せずに此処まで来てしまったのは、明らかに、自分の怠慢だとヴェルゴは分かっていた。
    自信があるようで、自己肯定感の低いあの男は、自分の価値を見誤っている。
    ゆっくりとハンドルに額を預け、ヴェルゴは諦めたようにため息を吐いた。

    「……悪かったよ、"相棒"。」

    ######

    「……あ、っちィな、」

    深夜、あまりの"暑さ"に、布団に寝ていたドフラミンゴの瞳がパチリと開く。

    迎えに来ていた"かぼちゃの馬車"もとい、"ピンクのミニバン"に乗った瞬間から、今までの記憶が殆ど無かった。
    一応寝間着に着替えて布団に入っていた自分を褒めながら、纏わりつく熱源の正体を探る。

    「……あ?」

    何故か身動きの取れない体に、左右を見れば、両脇にベビー5とロシナンテが眠っていた。
    しかも、ベビー5は許されるが、ロシナンテまでドフラミンゴの胴体に抱き着いている。
    暗い室内を目だけで見回すと、足元に突っ伏して眠るモネとシュガー、ロシナンテの腹を枕にしたヴェルゴ。そして何故か部屋の隅で体育座りのまま眠るグラディウスが目に入った。

    「……童貞か。」

    いつもの言動と相反するグラディウスに、思わず下品な言葉が口をついて、思わず喉の奥で笑い声を上げる。

    "知らなかった"、"何か"を、掴んだような気がして、ドフラミンゴはどこか満たされるような錯覚を覚えた。

    「……わかさま。」
    「……ああ、悪ィな。起こしたか。」
    「わかさま、みんな一緒でうれしい?」

    もぞりと、傍らで動いたベビー5の黒髪を撫でる。
    朦朧と開いた大きな瞳は、随分と嬉しそうにニコリと笑った。

    『お前が、"甘える"為の"世界"を作ったんじゃねェのか。』

    "そうじゃない"と言える程には、この愛しい"おもちゃ箱"は自分に優しい。
    ドフラミンゴはその確信に辟易として、ゆっくりとベビー5の小さな肩を引き寄せた。

    「……ああ、嬉しいぜ。ありがとよ。」



    後日、「何も覚えていないが、凄く楽しかった事だけは覚えてる。」とカイドウから連絡があり、御礼として大きな箱一杯の蟹が届く事となる。
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    Replies from the creator

    recommended works

    kgkgjyujyu

    INFOマロ返信(03/26)
    ※禪院恵の野薔薇ちゃんについて
    このお話の野薔薇ちゃんは、禪院家の圧により高専には通わず、地元の高校に通っている設定なので、呪術師界隈のどす黒い風習や御三家の存在を知らぬまま、知らない男の嫁になりました。(恵との約束を思い出すのは暫く先です)

    最初の数ヶ月はおそらく死ぬほど暴れたし、離れからの脱走も何度も実行しておりましたが、離れの周りには恵が待機させた式神が野薔薇ちゃんの存在を感知した際に、即座に知らせる為、野薔薇ちゃんが離れから逃げられた試しはないです。
    なので、恵が訪ねてきても口はきかないし、おそらく目も合わせなかったとは思います。
    恵は、自分が愛を与え続けていれば、いずれは伝わるものと、思っている為、まったく動じません。

    ★幽閉〜1年くらいは
    恵に対する愛はない。けれど、野薔薇ちゃんが顔を合わせるのは恵だけなので、次第にどんどん諦めが生まれていきます。ちなみにRのやつは4年後なのでこの段階では身体に触れてすらいない。毎日、任務のない日は顔を見せて一緒に過ごす。最低限の会話もするし、寝る場所は一緒です。時間があるときは必ず野薔薇ちゃんの傍を離れません。


    2回目の春を迎えても、変わらない状況に野薔薇ちゃん 1202