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    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

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    POIPOI 57

    BORA99_

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    スパイダーマイルズで若様がコラさんに傘を届けるお話。
    ⚠ほのぼのしてそうですがそんな事はありません
    ⚠前のニセ札の話を読んだ方が分かりやすいかも知れないです
    ⚠モブがよく喋る
    ⚠オリジナル設定過多

    PUNKY BAD HIP「……雲が出てきたな」
    何気ない、一言だった。
    洗濯カゴを抱えたファミリーの面々が一様に、暗くなりつつある空を窓越しに眺めていた。
    今日は週に一度の洗濯の日。
    スパイダーマイルズに錨を降ろして暫く経つが、船上でいつしか決まったその周期は、陸地でも変わらず訪れていた。
    悪党だろうが神様だろうが、洗濯日和は得てして晴れだ。
    その、何気ない落胆を表す台詞に、ドフラミンゴも倣うように窓の外へ視線を向ける。
    「雨か」
    「この様子じゃ、降り出しそうだな」
    言いながら煙草に火をつけたセニョールの言葉に、ドフラミンゴはゆっくりと顎を擦った。
    この場に、居ない"一人"を思い描き、掛けていたファーコートを羽織る。
    「若、お出掛けですか?」
    「……アイツ、傘持たないで出たよなァ」
    この場に居ない"弟"ロシナンテは、確かに傘を持たずに煙草を買いに行っていた。
    問いかけを疑問で返されたグラディウスは、それでも、"そうですね"と答える。
    「傘ならおれが届けます」
    「いや、いい」
    グラディウスの申し出をあっさりと断ったドフラミンゴは、傘立てから二本傘を引き抜き扉を潜る。
    暗い曇天。煙る視界と、湿る気配。
    ドフラミンゴの脳裏に浮かんだのは、もう、随分と昔の記憶だった。

    『あにうえ……!たすけて……!』

    金切り声を上げた、小さな"弟"。
    "あの時"も、今日のような曇天だったが、"弟"の方は既に、あんなに非力では無い。

    (……馬鹿馬鹿しい)

    そんな風に思うが、悪い気はしないのは、手の届くところに居るからか。
    ドフラミンゴは今にも雨が降り出しそうな暗い空を眺め、ゆったりと街に向かって歩き出した。

    ******

    (……め、面倒な事に首突っ込んじまったァアア!!!)
    一方、"当の本人"、ドンキホーテ・ロシナンテは暗い路地裏で一人、そんな事を思っていた。
    雨が降り出す前に煙草を買って戻ろうとしていたその算段が、脆く崩れ去るのを悟る。
    それを表すように、崩れ落ちた背中の先に、鈍く光る銃口が見えた。
    ("逆"かよ……)
    子どもがガラの悪い連中に絡まれていると思ったのだ。
    路地裏の薄暗がりで、ガタイの良い男三人に囲まれていた、金髪の後頭部。
    その細い肩に手のひらを差し出した瞬間、銃声が響き、倒れたのは、三人の男の内の一人だった。
    人が倒れる重たい音と共に、ポツリ、ポツリと、とうとう降り出した雨が瞬く間に土砂降りへ変わる。

    「……あ、」

    その時、振り返った銃を握る少年の唇が言葉に合わせてゆっくりと動いた。
    雨に濡れた前髪を、ロシナンテが無造作に掻き上げ後ろに流した瞬間。
    金色の睫毛に縁取られた青い瞳がロシナンテを捉え、一度瞬いた。
    「……!」
    銃を握る"少年"。殆どトラウマ級のその存在に、ロシナンテの瞳が揺れた直後、少年はロシナンテの腕を掴み引っ張ると、路地裏の薄暗がりから出るように走り出した。
    「クソガキが……!」
    仲間を撃たれ息巻く二人を銃声で威嚇しながら、ロシナンテの腕を引くその手のひらを振り払わなかったのは、あまりにも、"似ている"からである。
    誰かを殺せる金髪の少年。
    あの時、その衝動を傍らで見ていたロシナンテは、その存在を無視は出来なかった。
    (……どこから紛れ込んだんだ)
    銃の扱いに慣れた子どもなど、このゴミ溜めのような街には腐る程居るが、彼らの背後にはそれを"教えた"人間がいる。
    ロシナンテは見かけない顔の単独犯に、妙な胸騒ぎを感じ、腕を引かれるまま大通りを駆け抜けた。
    「お兄さんが"ドンキホーテ・ドフラミンゴ"?」
    大通りから再び路地裏へ飛び込んだ少年は、歩調を緩めることなく振り返る。
    唐突に出た"兄"の名前に、ロシナンテは息を呑む。
    "違う"と書かれたメモを見せたロシナンテに、少年は怪訝そうに瞳を細めた。
    「……フワフワのコートに金髪の大きい男。写真も見たけど、お兄さんと良く似てる」
    本降りの雨に掻き消されつつあるその台詞に、ロシナンテはうんざりとため息を吐く。
    似ているのだろうか。あまり、そう思った事が無いのは明確に違う内部を知っているからか。
    「お兄さん、喋れないの?」
    街外れまで駆け抜けた先に、ポツンと建てられた礼拝堂が見えた。
    神に祈るような人間は、この街には居られない。
    今にも崩れ落ちそうな礼拝堂に入り込んだ少年の疑問には答えず、ロシナンテは濡れてしまったメモに走り書きをして見せた。

    "ドフラミンゴに何の用?"

    メモを見つめた少年は、やがて背を向け腐敗し抜けそうな床を進む。
    ギシギシと床が軋む音と土砂降りの雨音が、妙に不穏な空間を作り出していた。

    「ドンキホーテ・ドフラミンゴを"殺したら"、」

    この海には、あの男に牙を剥く人間が多過ぎる。
    自分ですらその一人なのだ。
    ゆっくりと振り返る、その少年は、やはり、記憶の中の"兄"に良く似ている。
    それを無視できない自分は、この先、あの男に牙を突き立てる事が出来るのだろうか。

    「殺したら、僕は……"天竜人"になれる」

    ******

    「"コラソン"?ああ、いつもいる無口なでっかい兄ちゃんか。いや?今日は見てねェな。なんだ、行方不明か」

    重たい雲は、あっという間に泣き出した。
    土砂降りの雨の中、黒い傘を差して街を歩くドフラミンゴは、店の前で開店準備をしていた酒場の店主に声を掛ける。
    未だ見つからない心臓部分は、この雨の中、どこかで雨宿りでもしているのか、一向に姿を見せる気配はなかった。
    「いや、そんな大袈裟なもんじゃァねェよ。アイツ、傘を持たずに出やがった」
    「ハハハ。それでボス自らお迎えか。随分アットホームだな」
    (……馬鹿言え)
    昔、同じような悪天候の下で、消えた弟を探し回った事がある。
    暖かい毛布も無いあばら屋で、雨に濡れるのは死活問題だと既に知っていた幼い自分は、雨よけの為に拾ったトタン板を抱えロシナンテを探していた。

    『あにうえ……!たすけて……!』

    どこぞの人攫いチームだったのか、今となっては分からないが、奴らの顔は今でもはっきりと覚えている。
    連れ去られそうになっていたロシナンテを見つけ、その手のひらを掴み、死にものぐるいで走った事もだ。
    空白の時を経て再び相見えた"弟"は、ドフラミンゴにとっては未だ年端も行かぬ少年のまま。
    悪天候の日に、手の届くところに居ない弟をドフラミンゴは見過ごせないのだ。

    「馬鹿言え。"弟"は特別待遇だ」

    軽く手を振り歩き出したドフラミンゴは、自分の台詞に溜息を吐く。
    血の繋がりに、理解を求めるのは愚かだ。
    その繋がりが、足枷になる事を知っている。
    (果たして、)
    父親に良く似ている彼は、本当に理解しているのだろうか。
    晴れない疑念と、不明瞭なままの戻った理由。
    それを、この男が問い質す事は無い。
    "あの時"、弾けた父親の頭蓋の上で泣いていたのは、一体、どういう情緒だったのか。

    (お前が恐れるのは、"奴ら"の"憎しみ"か)

    それとも、"兄"の怯まぬ性か。

    (どっちだ。……ロシー)

    *******

    「あまり、良くない流れでね」

    女にしては、低い声。
    嗅ぎ慣れない葉巻の煙を伴って、火傷痕の目立つ顔で女は口を開く。
    スパイダーマイルズ随一の火力を誇るマフィアの女頭領は、相変わらずカタギとは思えぬ貫禄で、ドンキホーテ・ファミリーが占拠しているゴミ処理場に現れた。
    (オイオイオイ、どうするよ。面倒だな)
    (若はまだ戻らねェだろうし……グラディウス、茶でも出してやれよ)
    (断る。おれはあの女が嫌いなんだ。第一印象が最悪だった)
    (どうせ敵対組織だろう。もてなす意味は無い。ドフィもそう言うだろう)
    応接室とは名ばかりの、ソファとローテーブルだけの部屋でトレーボルと向かい合う"フライフェイス"を扉の隙間から眺めているディアマンテ達はヒソヒソと言い合う。
    弟に傘を届けに行ったドフラミンゴは未だ戻らず、トレーボルが対応を請け負ったところだった。
    「先刻、ウチの構成員が一人、路地裏で殺害された。銃を握る金髪の少年が現場で確認されているが……一つ、君達に伝えなければならない事がある」
    葉巻の煙越しに、女の眼光を覗くトレーボルの表情を、明確に判別できる者など居ない。
    黙ったまま、女が率いてきた数人と、その顔の火傷痕を順繰りに眺めるだけだ。

    「お宅の……無口なピエロメイクの"彼"」

    少なくとも、扉の向こうで聞き耳を立てているディアマンテ達には予想外の登場人物。
    僅かにどよいめたその空気にすら、トレーボルは口を開かなかった。

    「現場に居合わせた彼は、金髪の少年と共に逃亡したそうだが。……一体これは、誰の差金だろうね」

    そこで初めて、深くソファに凭れていたトレーボルの体が僅かに前に傾く。
    体に合わない細い腕の先で手のひらを組んだ。

    「んねー?お前、一体、何を聞きにきたんだァ……?」

    粘着質で、いつまでも耳に残る声音にうんざりと顔を顰めた女は、ゆっくりと葉巻の煙を吐き出す。
    不快そうなその顔色を眺め、トレーボルの口元が嬉しそうな笑みを含んだ。
    「違うと言われたら帰るのかァ?そうだと言われたら戦争かァ?倫理も道徳も無いこの街で……対話が一体何の役に立つ?腹の探り合いの果てに、お前一体何を掴むつもりだァ……?」
    この建物の扉を開けた瞬間に、銃口を向けなかった時点で奴らの負けだ。
    真偽の程など気に掛ける前に、疑わしきを殺す算段が無い生温い連中など、それこそ眼中には無い。
    サングラスの奥に留めてはおけない赤い光が、確かにその眼球に宿る。
    「ドンキホーテ・ファミリーは、何者とも共存はしない。誰が誰を殺したのかは知らないがァ……この海の全てがドフィの標的。お前達はおれ達が突きつけた銃口に怯えながら生きる必要があるという事を忘れるな」
    "上"か、"下"か。その立ち位置を決める為に、あの男を担ぎ上げた。
    あの男は誰の下にもつかないし、自分達は、あの男の下にしかつかない。
    その絶対的な足場を作る為の土台でしかないこの街で、誰が、誰を害そうと何の支障もないのだ。

    「んねー?"フライフェイス"」

    「その引き金を……引くのか、引かないのか、それだけがおれたちの関係性じゃァないのかァ……?」

    ああ、奴ら、未だ"対等"だと思っている。
    謂れなき罪を問われるよりも、その行いの是非を問われる方が不愉快だ。

    「引き金を……引かない余地を残している。それは既に……敗者とは言えないかァ……?」

    ******

    『んねー?面倒な事になったぞォ……!』

    結局ロシナンテとは出会わず、この街に一軒しか無いたばこ屋に到着してしまった。
    相変わらず衰えない土砂降りの雨は、ドフラミンゴの傘に叩きつけられて落ちていく。
    立ち往生するドフラミンゴの懐から這い出してきた電伝虫は、開口一番、冒頭の台詞を吐いた。
    "コラソン"がフライフェイス絡みの面倒ごとに巻き込まれている、とトレーボルの面影を映した電伝虫が捲し立て、グラディウスとベビー5がロシナンテ探しの助太刀に向かったと告げる。
    (……余所者か)
    この街で、あの女に逆らえるような人間は殆ど居ない。
    逆らえる人間も、皆均衡主義を盲信し、容易にその腰を上げはしなかった。
    そんな、温い拮抗状態にあるこの街で、彼女の部下に牙を剥く者など、余所者以外に無いだろう。
    『コラソンを連れて逃亡したのは……銃を持った金髪の子どもらしい』
    凡そ、覚えの無いその存在を、ドフラミンゴは思い描くように瞳を閉じた。
    覚えは無いが、確執はたった今生まれたのだ。
    同じ辛酸をなめた、たった一人の同胞。
    それを、奪うと言うのなら何であろうとこの男の敵だ。

    「十中八九、コラソンは巻き込まれただけだろう……安心しろ。始末はおれがつける」

    ******

    「ドンキホーテ・ドフラミンゴを"殺したら"、」

    「殺したら、僕は……"天竜人"になれる」

    湿った煙草は不味い。
    ロシナンテは舌の上に残る後味の悪さを誤魔化すように、ゆっくりと、息を吸い込んだ。
    "何故"と、音を生まないロシナンテの唇の動きを目敏く見ていた少年は、神を騙る像の前でゆっくりと首を傾ける。
    「約束したんだ。奴隷の両親を持つ僕は、生まれた瞬間から奴隷だったけど、彼らは僕にチャンスをくれた」
    "天竜人になりたい"。その願望は、ロシナンテがこの先永遠に理解できない思想の一つ。
    それを、喜々として語る少年は、ロシナンテの表情をどう見ているのだろうか。
    「この任務を成功させたら天竜人にすると、彼らは約束してくれた」
    信じるに値するとは思えない、彼らの謳い文句にロシナは、この少年をドフラミンゴに会わせてはいけないと漠然と思う。
    それが、兄を死なせたくないからなのか、兄がこの少年を殺すところを見たくないからなのか、判別はつかなかった。
    「聖地で見た天竜人は紛れもなくこの世の神だった。彼らが死ねと言えば人は死ぬし、滅べと言えば国が滅ぶ。僕も、はやく神様になりたい」
    彼らの残虐を見てもなおそうなりたいと思うのなら、人間に備わるはずの善性が、この少年には備わっていない。
    ただ、それはきっと、"知らないからだ"とロシナンテは思った。
    (……そうじゃないんだ)
    差し伸べられた大きな手のひら。カモメの帽子。優しい人間は、この世には多い。
    "そうじゃない"と、言ってくれる人間が一人でも居たら、きっと、兄も、この少年も、化け物に成らずに済んだ筈だ。
    「……」
    ロシナンテがとうとう喉を震わせ、"声"を発しようとした瞬間。
    妙に、ざわめく空気を感じた。
    「……!」
    ロシナンテが瞬きをした直後、空を切る音が響き、鮮やかな色彩を放つステンドグラスの窓が粉々に弾ける。
    飛び散るガラス片が、緩慢に落ちゆく様を眺めていると、空いてしまったその空洞から大きな影が飛び込んで来た。

    「……ドンキホーテ・ドフラミンゴ」
    「……」

    その風貌を知る少年の瞳が赤い光を含む。
    抜け目なく事情を理解しているのか、現れたドフラミンゴは何も問う事は無くその少年を見下ろしている。
    焦ったのはロシナンテだけで、"何しにきたんだ"と意味もない疑問を走り書きしてドフラミンゴに必死に見せた。
    「……何しに来ただと、ロシー。決まってんじゃねェか……」
    パキパキと、ガラス片を踏む音が響く。
    横殴りの雨が、容赦なく礼拝堂内に入り込んだ。
    傘を二本手にしたドフラミンゴは、ゆっくりと視線をロシナンテに向ける。
    (ああ、やめてくれ)
    そうやって、まるで、人間のような顔をする。
    正義の元に立ったからには、この男が化け物のままで居てくれなければ困るのに。
    ロシナンテの思惑と絶望を見ない"兄"は、傘についた水滴を振って落とした。

    「弟に、傘を届けに来た」

    *******

    「……マズイ事になった」
    「だから言ったんだ。あんな子どもを送り込むのは無謀だと」
    「口を慎め。天竜人達の意向だぞ」
    スパイダーマイルズに潜り込んだ、諜報機関の0番目。
    サイファーポールの"イージス"は、廃屋の中で予想外に進む事態を嘆いていた。
    「あの女の部下を殺害するなど……最も厄介なミスを犯したぞ」
    ドフラミンゴ討伐の為に、聖地から送られてきた奴隷の子どもが数名。
    諜報員養成機関で殺しを学んだ彼らの中で、最も腕っぷしが強い少年を今回テスト的に投入したが、やはり、思い通りには進んでいない。
    「そもそも、奴は異常だ。殺人へのハードルが低過ぎる」
    「それはそうだろう……。あの子どもは、聖地で"首斬り役"だった」
    天竜人達の娯楽の一つ。奴隷が痛め付けられる様を披露する"殺人ショー"の最後で、あの少年は奴隷の首を斬る役だった。
    毎日毎日他人の首を斬り続け、彼は学んだのだ。
    (その、生命の軽さを)
    "ゲルニカ"はうんざりと顎を擦り、溜息を吐く。
    諜報員候補の少年たちは、全員、ドフラミンゴ殺害を成功させたら天竜人になれると聞かされていた。
    ステージの上であの少年は誰よりも強く、観客席に座る事を熱望したのだ。
    (……天から墜ちた男と、天を望む少年)
    最も相容れぬ二人が、今、この街で衝突しようとしている。
    その余波は、既に広がりつつあるのだ。

    「我々とあの子どもの繋がりが露呈するようなら殺す。ドフラミンゴの首を穫るなら連れ帰る。……少し、様子を見よう」

    この海で、生命とは平等に軽い。
    あくまで全員、神々の駒に過ぎないのだ。

    ******

    今にも崩れ落ちそうな礼拝堂は、相変わらず叩き付ける雨の音がうるさかった。
    現れたドフラミンゴを青い瞳に映した少年は、平行に並ぶ長い椅子の下から、重たそうなナタを引っ張り出す。
    脱力したように、ぐらりとその小さな体が揺れた瞬間、文字通り視界から消えた少年に、ドフラミンゴの瞳が僅かに揺れた。
    「……!!」
    首筋に嫌な気配を感じ、殆ど反射神経だけで屈んだドフラミンゴの頭の上を古びたナタが通り過ぎる。
    振り抜いた直後、返したその刃を糸で受け止める、甲高い音が響いた。
    「なんだ。狙いは、おれか」
    鍔迫り合いの沈黙を破ったのはドフラミンゴで、少年はそれに応えはしない。
    ギリギリと震える両者の腕が、同じタイミングで脱力した瞬間。
    「わ……!」
    突然伸びた腕が少年の首根っこを掴み、予想外の介入に、子どもらしい声を上げた。
    殺し合いに割り込んだロシナンテは、少年を抱えるとドフラミンゴに背を向けて出口へと一目散に走る。
    「ロシー!!何のつもりだ!!」
    予想外だったのはドフラミンゴも同じ事で、走り去るその背中に怒鳴り声を上げた。
    くるりと振り向いたロシナンテは、大袈裟なモーションで礼拝堂の壁を指差す。
    律儀にそちらへ視線を向けたドフラミンゴは、壁一面に大きく書かれた"少し時間をくれ"という台詞に「あァ?!」とガラの悪い声を漏らした。
    その隙にドタバタと出て行くロシナンテに、せっかく
    持ってきた傘を眺める。
    そして、ゆっくりと額を撫でた。

    「……そんなにデカく書かなくても読める」

    ******

    「ハァ……!ハァ、ハァ……!」
    土砂降りの雨の中、礼拝堂を出たロシナンテは少年を肩に担ぎ走る。
    抱えられた少年は、その腕を抜け出そうと、しきりに体を捻り抵抗を繰り返していた。
    「……!」
    その時、濡れた地面に靴底が滑り、ロシナンテの体が大きく傾く。
    ぬかるんだ地面に倒れ込み、抱えられていた少年も泥の中へ突っ込んだ。
    「……なんで、」
    「……"そうじゃない"んだ!」
    全ての疑問と不満をぶち撒けようと、口を開いた少年を遮り、低い声が響く。
    驚いたように黙った少年の頬を、大きな手のひらが撫でた。

    「天竜人は……ただ、聖地で生まれただけの"人間"だ」

    突然声を発した、ただの部外者の言葉など、きっと、この少年には届かない。
    それでも、発した言葉が意味を持つ瞬間が、来るのかもしれないのだ。

    『あにうえ……!たすけて……!』
    『ロシー!!!』

    あの時、確かに"人間"だった筈の兄は、もう既に、取り返しの付かない場所にいる。
    "だから"、自分は口を噤む事にしたのだ。

    「……天竜人達がお前に優しくしたことはあったか?!この海には、優しい人間なんざ腐る程いる!!このまま海へ出て逃げろ!!あんな場所に、戻る必要はねェだろ!!」

    弱まることの無い雨に打たれ、徐々に奪われゆく体温。
    きっと、彼も、こうして徐々に、温かかった手のひらを無くしたのだ。
    (……傘を、)
    届けに行けば、良かったのか。
    そうすれば、こんなことにはならなかったのか。
    結局、こうしてあの男の近くに潜り込んでから、後悔する事が増えた。
    その不覚悟は、いつかきっと、自分に牙を剥くのだろう。

    「いやだ」

    その時、雨音に掻き消されそうな小さな言葉を、ロシナンテは何処かが痛むような顔で聞いた。
    ゆっくりと立ち上がった少年は、濡れそぼった前髪の隙間から、未だ地面に転がったままのロシナンテを見下ろす。

    「僕は、踏み躙る側で生きたい」

    そこに、生きる術を見出すのは悪の性か。はたまた、生き残る素質か。
    ロシナンテは踵を返し走り去る少年の背中を見ないように、手のひらで目を覆った。
    (……不毛だ)
    救えない悪党になってしまった兄の代わりに、別の何かを救おうとする。
    そんな、あまりにも愚かな行いに、そろそろ嫌気も差してきた。
    (結局、)
    ただ、"あの時"、温かかった手のひらを、諦められないだけの話。

    「……ホント、頼むぜ」

    ******

    (こりゃァ、洗濯は明日だな……)

    アジトの前の瓦礫の山に座り、暗い海を眺めたドフラミンゴはそんな事を思う。
    振り続ける雨に打たれ、額に落ちてきた前髪を掻き上げた。

    「天気が悪いと……気が滅入るんだ。嫌な思い出があってなァ」

    ザアザアとうるさい雨音の隙間で、ガリガリと何かを削るような音が響く。
    振り向きもしないドフラミンゴの背後に、ナタを引き摺りながら現れたのは、"金髪"の"少年"。
    「一応……理由を聞いてやろうか。心当たりが多過ぎて、自分じゃァ分からん」
    彼の狙いが自分ならば、待っていれば来るのだろうと踏んだその算段は当たりを引いた。
    気がかりなのは、"自分"の"心臓"。
    あの男は、銃を握る少年に、一体何を抱いたのだろうか。

    「ドンキホーテ・ドフラミンゴを殺したら……天竜人になれる」

    その時呟かれたか細い声は、雨音にかき消される事も無くドフラミンゴの耳に届いた。
    その台詞の滑稽さに、ドフラミンゴは喉の奥で笑い声を上げる。
    「フフフフッ……!何だ、そりゃァ。宗教の話か?」
    グラリと少年の体が揺れて、消える。
    大きくナタを振り上げた小さな体が、ドフラミンゴの頭上に現れた瞬間。
    ドフラミンゴの瞳が赤い光を含んだ。

    「"血液"が違う……。お前は、天竜人にはなれねェよ」

    一瞬、全ての音が消え失せたように思えた刹那。
    大きな銃声が瓦礫の山に響き渡り、ナタを振り上げた細い腕が破裂するように千切れた。
    瓦礫の上に落ちた小さな体を、ドフラミンゴは相変わらず振り返りもせず、海を眺めている。
    その視界の端に、瓦礫の山に走り寄る弟の姿を捉えた。
    「……なァ、小僧、アイツは、おれと違って優しかったか」
    「ハァ……アァ……ウウ……」
    うめき声を上げる少年の瞳が、ぐるりとロシナンテを見る。
    幼い左腕がゆっくりと懐から小銃を抜き、必死にドフラミンゴへ手を伸ばそうとしているロシナンテに向けた。
    (この男は……)
    彼の"声"を聞いたことが無いのかもしれない。
    漠然とそんな風に思った少年は、朦朧と揺れる瞳で引き金に指を掛けた。

    「優しかった、かもしれない……。だから、」

    少なくとも、頬を撫でた彼の手のひらは温かかったのだ。

    「……だから、僕に頂戴」

    その瞬間、少年の握る小銃がバラバラと切り刻まれて落ちる。
    やっと、振り向いたドフラミンゴの手のひらが、滑らかに振られた。

    「……やらねェよ。あいつは、おれの弟だ」

    その金髪を纏う頭部が、首から落ちる瞬間。
    少年は、この男も人間なのかと、そう、思った。

    ******

    「ハァ……ハァ……は、」
    肩で息をしながら、瓦礫の山を見つめていたロシナンテは、ピクリとも動かない自分の足を忌々しく思う。
    結局、誰を救いたかったのか、自分でもよく、分からないのだ。
    「……ロシー、怪我は無いか」
    瓦礫の山に立つ兄は、立ち尽くすロシナンテを眺め、"本当に"安堵したような顔でその名前を呼ぶ。
    口を噤んだロシナンテが、それに応える術は無い。
    動かないロシナンテの脇を、すっ飛んで来たグラディウスが通り抜け、ドフラミンゴに開いた傘を差し出すのを、ただ眺めていた。
    声を、出せば、まだ間に合うのか、はたまた既に手遅れなのか。
    (その手のひらは、)
    まだ、温かいのか。
    足元に流れる赤い血と、まるで、人間のような顔をした兄を交互に眺め、ロシナンテは唐突に、煙草を吸いたいと思った。
    「ロシー、戻るぞ。雨に当たると体が冷える」
    伸ばされたその手のひらを、掴んでいいのか、ロシナンテには決められない。
    その優柔不断とも取れる不覚悟が、いつか、必ず自分に牙を向くのだ。
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    INFOマロ返信(03/26)
    ※禪院恵の野薔薇ちゃんについて
    このお話の野薔薇ちゃんは、禪院家の圧により高専には通わず、地元の高校に通っている設定なので、呪術師界隈のどす黒い風習や御三家の存在を知らぬまま、知らない男の嫁になりました。(恵との約束を思い出すのは暫く先です)

    最初の数ヶ月はおそらく死ぬほど暴れたし、離れからの脱走も何度も実行しておりましたが、離れの周りには恵が待機させた式神が野薔薇ちゃんの存在を感知した際に、即座に知らせる為、野薔薇ちゃんが離れから逃げられた試しはないです。
    なので、恵が訪ねてきても口はきかないし、おそらく目も合わせなかったとは思います。
    恵は、自分が愛を与え続けていれば、いずれは伝わるものと、思っている為、まったく動じません。

    ★幽閉〜1年くらいは
    恵に対する愛はない。けれど、野薔薇ちゃんが顔を合わせるのは恵だけなので、次第にどんどん諦めが生まれていきます。ちなみにRのやつは4年後なのでこの段階では身体に触れてすらいない。毎日、任務のない日は顔を見せて一緒に過ごす。最低限の会話もするし、寝る場所は一緒です。時間があるときは必ず野薔薇ちゃんの傍を離れません。


    2回目の春を迎えても、変わらない状況に野薔薇ちゃん 1202