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    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

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    BORA99_

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    サニー号乗船if(ゴムドフ風味)
    脱獄してサニー号に乗り込んだ若様と
    錆び付く島の冒険
    ⚠オリジナル設定、主張の強いモブ
    ⚠捏造あります
    ⚠架空の病気、原作程度の戦闘表現があります
    ⚠謎時空です

    QUESTION THE MEANING大きな鐘の音が響く。
    生まれた時から聞いているその音色に、ゆっくりと開いた瞳は青色。
    窓から差し込む朝日に抗う事無く起き上がった少年は、一度大きく伸びをしてベッドから降りた。
    窓を開けると、窓枠にとまっていた鳩が一斉に飛び立ち、快晴の空へ向かっていく。
    (……海が、見えるのか)
    この島で、海を眺める事ができる唯一の存在。
    無数の鳩が作り出す影から目を逸らして、少年は寝癖を直しながら着替えを掴む。
    あっという間に着替えを終えた少年は、固いパンを齧りながらカバンを肩に掛けて掘っ立て小屋の扉を開けた。

    この島で、海を見るのは容易ではない。

    少年は、仕事場へ向かって伸びる一本道を軽い足取りで進んだ。
    その視線の先に聳え立つのは、高い高い、石の壁。
    島の輪郭をなぞるように建てられた石の壁は、その先にある筈の海を、ずっと昔から隠し続けている。
    「おはよう」
    「おう、おはよう。お前は77番からだよ」
    「分かった!」
    石の壁の麓で木の札を受け取って、少年ははるか頭上まで伸びる壁に沿って走り出す。
    貰った札は77番。それは、今日の仕事場を示す。
    "OPEN THE WALL"、"QUESTION THE MEANING"。
    そんな、この街全体の嘆きを示すような落書きを流し見て、少年は目的の番号を探す。
    (全部、無意味だ)
    錆びた瓦礫が傍らで崩れ、大きな音を立てた。
    この島で錆びるのは、金属だけではない。
    まるで、錆びついたように硬くなった顔の皮膚を撫でて、少年は、青い空を仰いだ。
    (無意味だ、だって)
    (僕らは、)
    (僕らは、長くは生きれない)

    ******

    「……ドフラミンゴ!」
    「……なんだ、騒々しいな。何かあったのか」
    「ルフィとウソップを知らねェか?!三日分の食料が消え失せた!どうせあいつらだ!!!!」
    「……」
    穏やかなはずの午後。
    相変わらずアクアリウムがお気に入りの、"居候"ドンキホーテ・ドフラミンゴは、薄暗い中この前上陸した島で入手した本を読んでいた。
    その静寂を破ったのは珍しくも、この船のコック。
    さすがに気の毒になったのか、ドフラミンゴは自身の座るソファの後ろを親指で指した。
    「フフフフッ……!奴らならここだ」
    「ハッ!!!裏切ったなミンゴ!!」
    「ひでーぞ!!お前にも一本ボトル持ってきたのに!!」
    「エェー!これ盗んだ食料だったのか?!?!」
    「フフフフッ……!海でコックに逆らうなァ自殺行為。オイ、黒足。ボトルは返す。安心しろよ、開けちゃァいねェ」
    勢いよく立ち上がったルフィとウソップとチョッパーが、モグモグしながら口々に叫び声を上げた。
    一瞬のうちに凪いだ黒足に、吹き飛ばされた三人はアクアリウムの壁に突っ込み、大きな音が響く。
    その瞬間、ガチャリとアクアリウムの扉が開いた。
    「あ、オイ、クソコック。酒勝手に貰ったぞ」
    「……ドフラミンゴ、お前だけだ。おれの味方は。……そのボトルは良い、飲んでくれ」
    「無理するなよ」
    ドフラミンゴの足元に崩れ落ちたサンジの肩をポンポンと叩き、ドフラミンゴは心底気の毒そうに言う。
    この船は常に食糧不足で、資金不足なのだ。
    「安心しろよ。じきに島が見えると航海士のネーチャンが言っていた。この前の島で仕入れた民族衣装が西の海で想像以上にウケてな。ある程度まとまった金がある。多めに食料を調達できるぞ」
    「ウウウ……。お前、もしかしていいヤツなのか……」
    「フフフフッ……!馬鹿言え、筋金入りの悪党さ」
    穀潰しは性に合わない。掃いて捨てるほどの暇もあった。
    そんなドフラミンゴがこの船で始めた"武器以外"のブローカー業は、呆気ないほど順調で、それは武器の仲買人に復帰しない、良い言い訳となっている。
    「サンジ!腹減った!!メシ!!」
    「さっき食ってたのは何だ!!テメーらは今食った分釣りで取り戻すまで飯抜きだ!!!」
    「エェー?!おれもか?!おれ騙されただけだぞ!」
    あまりにも喧しくて、煩わしい毎日。きっと、もう、とっくに狂っている。
    そうでなければこんな場所に居られる筈が無いのだ。

    「ドフラミンゴ。紅茶でも入れるか?」

    人間に、焦がれると不幸になる。
    それを、ドンキホーテの血筋は証明し続けてきた。
    胸につかえるような息苦しさを覚えて、ドフラミンゴは口元を手のひらで覆う。
    そして、サングラスの隙間からその細い金髪を見た。

    「いや、いい。おれに、そう構うな」

    ******

    「もう、いい加減にしてよね。サンジくんを困らせないで」
    「ちょっとつまみ食いしただけじゃねェーか」
    「三日分はちょっとじゃねェだろ……麦わら」
    快晴の甲板は、今日も気持ちの良い風が芝生を揺らす。
    たんこぶを沢山作った三馬鹿、もとい、ルフィとウソップとチョッパーは船の縁に腰掛け、揃って釣り糸を垂らしていた。
    「こんなところで釣れるのか……?」
    「何だよ。釣りしたことねェのか?海賊なのに?」
    「フフフフッ……!おれの船じゃァ食料が足りねェなんて事ァ無かったからな」
    「おお?!キタキタキタァ!!!」
    「おいおい、気を付けろ」
    興味深そうに船の縁に肘をつき、その釣り糸の先を眺めていたドフラミンゴの隣で、ルフィが嬉しそうな声を上げる。
    勢い余ってバランスを崩したその首根っこを掴み、ドフラミンゴは確かに引いている釣り竿を見た。
    「大物の気配!!ルフィ!!逃がすなよ!!」
    「よっしゃ!!サンジに唐揚げにしてもらうぞ!!!」
    「いや、2日連続揚げ物はキツイ」
    「お!何だ!!釣れたか?!」
    タイミング良く甲板に出てきたサンジの眼の前で、ルフィの腕が高く上がる。
    水面を割って現れたのは、それはそれは大きな魚だった。
    「ウヒョー!!でけェ!!!ししししっ!」
    「ヘェ、あんまり見たことのねェ魚だな。腕がなるぜ」
    「あれ、でも、」
    甲板に打ち上げられた魚を囲んだ一味が口々に言う中で、チョッパーがその尾びれ付近に顔を近づけ、不思議そうに言う。
    その蹄の指す尾びれは、まるで、錆びついたように赤茶色に変色していた。
    「怪我してんのか?」
    「……?いや、怪我とは違う気がするんだ。何だろう」
    「何だか、錆びてるみたいね」
    いつの間にか現れたロビンの台詞に、チョッパーは、確かにそうだと思う。
    しかし、生き物の体が文字通り錆びるという症状は、彼の知識の中には無かった。
    「病気かしら。なんか怖い」
    「とりあえず錆びてないとこ揚げたぞ」
    「ウメェ!!!!」
    「「食うな!!!!」」
    ついていけない速さで動いた状況に、ナミとドフラミンゴが同じ台詞を怒鳴る。
    あっという間に骨だけとなった魚の、錆びたウロコをチョッパーは切り取った。
    「お!島だ!ナミ!!島が見えた!!」
    その時、完璧なタイミングで島の輪郭が現れる。
    ルフィの興味は一瞬で逸れて、徐々に近付く陸地へ吸い込まれるように船首へ飛び乗った。
    「……何、この島」
    あまりにも仰々しい、気圧されるような威圧感。
    それを醸し出している元凶は、島をぐるりと囲む灰色の石壁。
    高過ぎるそれを見上げたナミが小さく呟くのを聞いて、ドフラミンゴの口角が上がった。
    「ドクター、そいつァ、紛れもなく錆だ。この海じゃァ、そういう事もある」
    「……天夜叉さん、この島の事を何か知っているの?」
    知った風な顔をするドフラミンゴを目敏く見据え、ロビンが石壁を見上げて言う。
    この壁が、阻んでいるのは一体、何なのか。
    「環境による悲劇と、愚かな人間共による人災。二つの要因により、長くは生きられない短命の島」
    海賊船にその門戸が開くとは思っていなかったが、予想に反して、石壁の下に付いた扉はスムーズに開いた。
    長居すべきではないその島の状況は、きっと、好転などしていないのだろう。
    「長居は無用。ログは三日で溜まる。補給が済んだらとっとと、」
    「おれちょっと遊んでくる!!」
    「もう話は聞かなくて良いから少し待て」
    門をくぐった石壁の中は、割と綺麗に整備された港だった。
    船も疎らな閑散とした港には、門の開閉を行う為の数名しかいない。
    明らかに陰鬱な島の気配など感知せず、ルフィが飛び出していこうとするのをドフラミンゴが慣れたように止めた。
    「この島に、冒険とやらができる場所なんざァねェぞ、麦わら。ここにあるのは、」
    錆びつき、動きが悪くなるのに比例して、鈍りゆく情緒。
    国全体を蝕む病を、余所者が悲しむ義理もない。

    「ここにあるのは、閉鎖された病棟だけだ」

    ******

    「いやー!ししし!!楽しみだな〜!!」
    「そういえば……どうして門が開いたのかしら」
    「よーしお前らァ!!何かあったらまずおれを守れ!!」
    「……どうしてこうなった」
    麦わらの一味が上陸する前に行う、船長のお供を決めるくじ引き。
    毎回何の思し召しか、赤い印の入ったくじを引いてしまうドフラミンゴは早々に胃が痛むのを感じた。
    ルフィとウソップ、ナミはそんなドフラミンゴなど眼中に無いようで、沢山の人が行き交う通りを眺めている。
    島をぐるりと一周する石壁の中には、港と、その先には今にも崩れ落ちそうな石造りの建物がびっしりと並んでいる。
    そしてその更に先の中心地は、円筒形の石壁が取り囲み、ここからその中は伺い知れなかった。
    「スゲー人だが……店は見当たらねーな。補給できんのかァ???」
    「というか……この街、やっぱり変よ。だって、なんか、」
    砂埃の舞う通り。その両脇に建てられた民家や、集合住宅らしき大きな建物。
    全ては、等しく"侵食"されていた。

    「錆びてる……」

    赤茶色に変色し、脆く崩れる本来の形状。
    それは、金属だけに留まらず、石や木材にすら侵食しているように見えた。
    「おっと、ごめんよ」
    「ああ、悪い、」
    異様な建物の様子に目を奪われていたウソップに、向かいから歩いてきた青年の肩が当たる。
    反射的に、海賊らしからぬ平和的返事を口にしたウソップは、その青年の皮膚を侵食する赤茶色の"錆び"に視線を奪われた。
    「おいおいおい、今の奴の腕、錆びてたぞ……!!」
    「不思議島だな!!なっはっはっ!!」
    「笑い事じゃないわよ!さっき釣れた魚もそうよ!やっぱりおかしいわこの島!!」
    相変わらず気楽な反応を示すルフィの頬を、ウソップとナミが両側から引っ張る。
    明らかに普通ではない状況を、今更嘆いても遅かった。

    「……塩害」
    「??」

    唐突に、口を開いたドフラミンゴの台詞を聞いて、ナミとウソップが同じタイミングで振り返る。
    まるで、知らない事など何もないかのような顔で、ドフラミンゴは額を撫でた。

    「この島は、ある時を境にあらゆるものが錆び付くという現象に見舞われた」

    始まりは、灯台だった。
    金属と石で建てられた古い灯台が唐突に崩れ、灯台守が一人、命を落とす事故が起きた。
    鉄骨の錆びが原因とされたその事故を皮切りに、一つ、一つと錆びによる建物の崩壊が続く。
    木造の建物にすら、錆び付いた跡が発見されるようになった頃には、既に、皮膚に錆のような染みが浮く現象を抱えた患者で病院は溢れ返っていた。
    「原因が海風に含まれる塩分だと判明した時にゃァ既に、島民の三分の二はどこかしらに錆を抱える始末。その錆はやがて体全体を蝕み、機能不全を引き起こし、死に至らしめる」
    「ちょっと待ってよ!塩害は分かるけど……人体まで錆びるなんて本当にそんなことがあるの?!」
    「オーオー、人間らしい傲慢な物言いだ。お前はこの海のすべてを知っているのか?このグランドラインにゃァ、全てを錆びつかせる風というのが実在するのさ」
    「はーん、それでその海風を凌ぐ為に、こんな高い壁で島を囲んでるってわけか」
    「ああ、しかし、ここは既に"廃棄"されている。島の輪郭を取り囲む壁では塩害を防ぎきれないと気付いた島民たちは、更にもう一つ壁を建設した」
    中心地を囲む、一際高い石壁に視線を向けて、ドフラミンゴは面白そうに笑う。
    "内地"と呼ばれる二枚目の壁の中は、いずれ、この廃棄区画の住民達も入れる予定で作られた筈だったが、建設から5年。
    内地に住まう国王は、食料問題を理由に、庶民達へ未だその門を開いては居なかった。
    それが、この島を覆う"災害"と"人災"の実態である。

    「ドンキホーテ・ドフラミンゴ様」

    その時、目の前に現れたのは、見知らぬ女。
    国章の入ったジャケットを羽織り、散弾銃を背負った彼女は、顎辺りで切り揃えられた細い銀髪を揺らし、確かめるようにドフラミンゴの名前を呼んだ。
    「……誰だ」
    「国王の使いです。貴方を内地へお連れするよう仰せつかりました」
    「え?なんで?!どういうこと?」
    戸惑うナミをよそに、ドフラミンゴは"当然"だと思う。
    元々、この国は"ジョーカー"の顧客だったのだ。
    ドフラミンゴの失脚により、不利益を被った多くの一人。
    「お連れの"お二方"もどうぞ。クルーの皆様の宿泊先も手配しましょう」
    「「「……」」」
    信じ難い台詞を耳にして、ドフラミンゴ達の間を妙な沈黙が支配した。
    確かに連れを"二人"と称した女に、そういえば、暫く静かだったと今更気付く。
    「オイ……そろそろ首輪を検討しろ」
    「ウン。まあ、それでどうにかなるならとっくにしてるっつーか」
    「ちょっと!!何でルフィを捕まえといてくれないのよ!!」
    「「理不尽」」
    いつの間にか消えた麦わら帽子に、三人は輪になって責任の擦り付け合いを繰り広げ、使いの女はキョトンとその様子を眺めていた。
    「あ!ねえ!内地だったら補給できる?」
    「ええ、可能です。アウターは内地からの配給で維持していますので、商店などは無いんです」
    「オイオイ、ルフィはどうすんだ!」
    「騒ぎが起きてるところを探せばいるわよ。よろしくね、ウソップ」
    「おれかよ!!」
    「騒ぎが起きるのは確定なのか」
    石壁の中へ入る気満々のオレンジ頭を見つめ、ドフラミンゴとウソップがうんざりと言う。
    しかし、ここで立ち話をしていても、状況は変化しないのだ。
    「何かお手伝いしましょうか」
    「いや、いいよ。おれ、見つけてくる。そんなに遠くに行ってないだろ」
    「頼んだわよ。ドフィ、私達は先に行きましょ」
    「……呼ばれてるのはおれだぞ」
    役割分担が済んだところで、使いの女が踵を返す。
    錆び付く生命。聳え立つ石壁。見えない海原。
    全てが何か、悪い暗示のようでドフラミンゴは人知れず、瞳を細めた。

    「世論に反する事にはなるが、脱獄してくれたのは朗報です。歓迎致します……"ジョーカー"」

    背筋を這い回る、皮膚を焼くような嫌な予感。
    薄い唇で笑う女の瞳を、ドフラミンゴはサングラスの奥で暫く眺めていた。

    ******

    「腹減ったなー。何にもねェんだもんよ、この島」
    一方、勝手に街へ繰り出した"船長"、"麦わら"のルフィは砂埃の舞う通りをてくてくと歩いていた。
    その足取りがそう軽く見えないのは、燃費が良いとは言えないこの少年の胃袋が、既に空っぽだからである。
    「あ!おーい!!なぁ!!この辺に飯屋ねーか!!」
    その丸い瞳は、聳え立つ壁の側面に沿って吊り下がる人間を見つけ出した。
    ロープで壁の上から降りてきたのであろう、その小さな人影は、ルフィの声に気付いたようで、スルスルと慣れたように地上へ降りてくる。
    「なにか用?」
    「飯屋!この辺に飯屋ねーか!?」
    「……めしや」
    降りてきたのは年端も行かぬ少年で、手にはブラシやヘラが握られていた。
    ルフィの台詞を考えるように反芻し、少年は、その青い瞳を麦わら帽子へ向ける。
    「お前、こんなところで何してんだ」
    「壁面の整備だよ。それより、アウターには食堂は無いよ。内地からの配給で暮らしてるんだ」
    「ん?そうなのか?ないちってどこだ?」
    「あの壁の中」
    その時、ルフィの腹が盛大に空腹を主張するように鳴った。
    あんまりにも大きな音に、少年は一度黙って瞬きを繰り返す。
    「……僕のお昼ごはん、分けてあげようか」
    「いいのか?!ありがとう!!」
    "77"と大きく書かれた壁の下で、無造作に置かれたカバンを掴んだ少年は、小さなパンとりんごを取り出した。
    そして、歳の割に感情の乏しい顔を上げる。
    「た、足りるかな」
    「たりねーな」
    言いながら、あっという間にりんごとパンを飲み込んだルフィに、あっけにとられた少年は横取りされたにも関わらず、ただ、"そうだね"と呟いただけだった。

    「あ!いたいた!!おーい!!ルフィー!!」

    その時、中心地の壁の方からウソップが走り寄ってくるのが見え、ルフィは立ち上がる。
    怪訝そうな少年に、"仲間"だ、と告げ大きく手を振った。
    「お前、こんなところで何してんだよ」
    「メシ!」
    微妙に噛み合っていない会話を交わし、ウソップはルフィの足元に佇む少年を見下ろす。
    日に焼けた頬を覆う錆色に、ああ、こいつもか、などと思った。
    「お兄さん達、旅の人?あんまりこの島に長居はしない方が良いと思うけど」
    「塩害だろ?知ってるよ」
    「……違う」
    ウソップの台詞に、殆ど被さるように言った少年の瞳は相変わらず青い。
    何の起伏も起きないその眼球を、ウソップは不思議そうに眺めていた。
    「アウターのレジスタンス達が近々内地に攻め込むんだ。大規模な内戦に発展すると思う。それまでに、」
    突然、ルフィの手のひらが少年の首根っこと、ウソップの鼻を掴む。
    その行動の意味を測りきれない二人は、唖然とするだけだ。
    「あの壁の向こうに飯屋があるんだな!じゃあ行こう!」
    「「……は?!?!?」」
    分かり易いが、理解は出来ない台詞を吐いたルフィの腕が長く伸びる。
    内地を囲む石壁を掴んだらしい手のひらに、ルフィの口元が嬉しそうに笑った。
    「まさか……ルフィ……」
    「よっしゃ行くぞ!!!!」
    引っ張られる力に逆らわず、消えた三つの人影。
    静かな筈の島に、ウソップの悲痛な叫びが響き渡った。

    ******

    「アウターの人間達は、酷い勘違いをしている」
    この島の中に存在する、もう一つの石の壁。
    直径20キロ程の面積をぐるりと囲む高い壁の中は、僅かな商店と錆び付いた建物が並ぶ殺風景な空間だった。
    招かれた王宮は、殆どがサビに覆われ、旧時代の遺物にも見える。
    待ち構えていたこの国の王は、ドフラミンゴの記憶よりも随分と痩せ衰えていた。
    「内地は塩害を避けて良い暮らしをしていると、そう思っているが、それは酷い勘違いだ」
    「フフフフッ……!ああ、わかるぜ。暫く、不在にして悪かった」
    元々、内地で製造した武器をドフラミンゴを通じて売り捌き、その金で国家を運営していたのだ。
    ドフラミンゴ失脚と共に途絶えた資金を、僅かな蓄えでどうにかこうにかやり繰りしていたのだろう。
    「壁が二枚あっても塩害は防げないの?」
    「結局、どんなに高い壁を築こうと、風はどこかしらから入り込む」
    ドフラミンゴの悪巧みを見張るようについてきたナミは、国王にも物怖じはしなかった。
    それに、気を悪くした様子も見せず、国王は相変わらず疲れ果てたように言う。
    「内地は僅かな領土だ。アウターの人間達を全員住まわせる事は難しい。塩害で作物も育ちにくいこの国では、いかに金を作り、他国から輸入した食料で凌ぐかが鍵となる」
    「色々あるのね」
    その金策が、まさか武器だとは思っていないナミが呑気にため息を吐いた。
    ある種、違うその価値観を、ドフラミンゴは笑う。
    「フフフフッ……!そりゃァ、そうだ、だから、」
    ドフラミンゴがソファで足を組み直し、口を開いた瞬間。
    無視できない嫌な予感と、妙な気配がする。
    国王の傍らに立っていた銀髪の女が、背負っていた散弾銃を握りしめた。

    「「「ウワァアアア!!!!!!!」」」

    窓ガラスがビリビリと揺れ、その一瞬後、大きな塊が窓ガラスを破り転がり込んでくる。
    床にバラバラと散らばったのは、三つの人影。
    「……ル、」
    一瞬で、その正体を知ったナミの顔が般若のように歪む。
    それを察知できる程、彼らは目敏くはない。
    「ルフィ!!!ウソップ!!!あんた達なにしてんのよ!!」
    「お!?あれ?!ミンゴー!!ナミィー!!」
    「よぉーしこのキャプテン・ウソップ様が言われた通り、ルフィを連れてきたぞォ!!」
    知った顔に和んだのか、ルフィとウソップが再会の喜びを表すが、飛んだナミの鉄拳を受けて再び地面へと転がった。
    「普通に連れてきなさいよ!!!」
    「……すいません以外の言葉が浮かばん」
    「あの、」
    散らばるガラス片を踏みしめ、立ち上がった見知らぬ少年に、ドフラミンゴとナミは顔を見合わせる。
    そして、揃ってため息を吐いた。
    「ルフィ!関係ない子を巻き込むのやめなさいよ!」
    「え?ああ!そいつは友達だ!!飯食わせてくれた!」
    「お前な……この国の状況分かってんのか」
    その時、意志とは無関係にルフィ達の体が動き出す。
    「うわ!ミンゴか!」
    「お前ら外で待ってろ。話にならん」
    部屋の外へつまみ出されたルフィ、ウソップ、ナミと少年は、批難めいた視線をドアの隙間から見せた。
    意外にも、動いたのは青い瞳の少年で、閉められていくドアの隙間に頭をねじ込み、初めてその瞳に光を宿すと、ポケットから何かを取り出して見せる。

    「島民全員が、内地で暮らした場合に起きる食料不足を解消する方法があります!!塩害を軽減する方法も!!」
    「……何を、」

    少年の手のひらに握られていたのは、小さな手帳。
    使い古されたその手帳は、少年の人生よりも長く、酷使されていたように見える。
    「お前が考えたのか」
    「考えたのは父です。父は塩害で死にましたが、この手帳の中に研究成果を残してくれました!」
    「アウターの人間が、研究だと……?」
    産業も、学校も無いアウターには、学ぶという概念すら存在しなかった。
    それを覆す少年の台詞を、国王はどこか、忌々しそうに見る。
    「……くだらん。それができんから、こういう事になっているのだ」
    「……わ、」
    分かり切った事を言い、国王の手のひらが扉を締め切った。
    些か大人げないその様子を、部屋に残ったドフラミンゴは冷めたように眺める。
    「ロビーでお待ちいただきましょう」
    「ああ、悪いな」
    銀髪の女が言って、軽やかに扉の外へと出ていった。
    再び閉まった扉の音を最後に、酷く静かな空間が現れる。
    「そう、いきり立つなよ。フフフフッ……!話ぐらい聞いてやっても損は無ェだろう」
    「……いや、」
    その時、国王の目の色が変わる瞬間を、ドフラミンゴは確かに捉えた。
    妙な光を含むその眼球を、酷く、懐かしいと思う。
    (ああ、そうだった、)
    人間の眼球は、本来こういう色だった。

    「アウターなどという場所は、今後、消える」

    人間は、残虐だ。
    "だから"、こうなったのだ。

    「これからはもっとコンパクトに国家を運営するつもりだ。そうすれば、武器製造で楽に暮らせる。塩害対策にも金を使えるんだ」

    「ドフラミンゴ君、」

    ドフラミンゴの口角が、ゆっくりと上がる。
    たまに、おかしな幻想を抱くようになった。
    平和と見紛う生温い日常。悪夢を見ない夜。優しい人間。
    それを、消し去るように瞳を閉じる。

    (ああ、良かった)

    やはり、人間は、残虐なのだ。

    ******

    「ちょっと!!何よ!!エラソーに!!話聞くくらい良いじゃない!!!!」
    「オイオイ落ち着けよナミ!!」
    「いやーしかし、腹減ったな〜」
    つまみ出されたナミが怒り狂うのを、ウソップが止める。
    相変わらず自由奔放な船長は、食べ物を探すようにキョロキョロとしていた。
    「お前の父親、学者かなんかなのか?」
    「……」
    ウソップは足元で手帳を握りしめ、黙ったままの少年を見下ろす。
    さっき、何か燃えたように見えたその青い眼球は、あっという間に凪いでいた。
    「父さんは、元々この島の出身じゃないんだ。植物学者の家系で、研究旅行の途中でこの島にたどり着いて、」
    「あ……、あの……!」
    その時、さっきの部屋の扉が開き、銀髪の女がこちらに向かって来るのが見える。
    同じモーションで顔を上げたルフィ達の視線が、銀色の髪に集まった。
    「私が、その手帳を預かりましょうか。国王様はままならない現状に過敏になっているだけなんだ。私なら、良いタイミングで国王様に手帳をお渡しできると思います」
    「え、と、」
    「何よ。本当にちゃんと渡してくれるの」
    相変わらず虫の居所が悪いナミが、少年よりも先に口を開く。
    じとりとした目で見られた女は、少し、悲しそうに笑った。
    「……アウターに、家族が居るんです。軍人になれば、優先的に家族を内地へ入れられると聞いて、まんまと自分だけが、壁の中へ入ってしまった」
    その台詞を聞いた余所者は悟る。
    この島の人間達は、等しく、不幸だ。
    しかし、どこかに在るはずの活路を、自分の目で探し続けている。
    「……お、お願いします」
    「ありがとう。必ず」
    少年の震える手のひらが、女に手帳を差し出す様を、麦わら帽子がぼんやりと眺めていた。
    そして、その丸い瞳が嬉しそうに動く。
    「ししししっ!!!お前、良い奴だな!!」
    踵を返した女の背中にルフィが言うと、その銀髪がゆっくりと振り返る。
    揺れた銀髪の隙間から、錆鉄色のうなじが覗いた。

    「この国の病は、きっと、治ります」

    分断と格差を生んだ灰色の壁。幻想に囚われた民衆の憎悪。しかし、絶望の中でその生命の全うを、いつか来る筈の幸福へ賭けた人間達は、確かに、居るのだ。

    「それを願う人々が居る。だから、大丈夫です」

    ******

    「おおお〜!!!!美味そう!!!!」
    「ヘェ!飴か!!綺麗だな〜!!」
    「……補給はどうした」
    「わ!ホントだ!ドフィ〜お願い買って〜!」
    「お願いミンゴ〜!」
    「ミンゴ買って〜!!」
    「あんたも食べる?」
    「え!いいの?!」
    「私のお金じゃないし」
    「そうだな、おれの金だ」

    内地はアウターに比べて栄えてはいたが、それだけだった。
    市場のような区画に並ぶのは、簡素な布製のテントで、並ぶ品も他の国に比べれば心許ない。
    そんな、こじんまりとした活気の少ない市場で一際目立つ集団。
    麦わらの一味と連れてこられた青い目の少年は、飴でコーティングされたフルーツに釘付けだった。
    「そういや、ミンゴは王宮で何してたんだ」
    「フフフフッ……!商売の話だ」
    「国王と?!スゲーな!」
    ウソップの問いかけに曖昧に答え、ドフラミンゴは飴のかかったイチゴを五つ購入し配る。
    曖昧なのは、まだ、決めかねているからだ。
    (武器をやるなら、拠点がいる)
    他人の船で操業できる程、武器売買の世界は甘くはない。
    というよりも、相手取る客は殆どがずる賢い悪党で、中途半端な事をすればすぐに抗争へと発展するのだ。
    再び"ジョーカー"を名乗るのなら、この船を降り、どこかに腰を据える必要がある。
    元顧客達もそれを強く望んでいた。それを知りながら、そうしない理由に、ドフラミンゴは未だ名前をつけてはいない。
    「……内地はもっと、良い暮らしをしているのかと思っていたけど、そうじゃなかったんだ」
    その時、ドフラミンゴに買ってもらったイチゴ飴を大事そうに舐めながら、少年は呟く。
    この島に蔓延る病と、不幸から、逃れられる者などいないと知っているはずなのに、他でもない本人たちが、そうやって幻想と幻覚で誰かを憎むのだ。

    「……返せ!!!!」

    突然響き渡る他人の怒号。
    弾かれたように顔を上げたルフィ達の視線は、市場の通りに繋がる細い路地へと向いた。
    真っ白い髪を持つ薄汚れた子どもと、大人が三人。
    子どもの方はガリガリに痩せこけ、男か、女かも分からない。
    「うちの商品を盗んだな?!」
    「塩害孤児が……!」
    「金が無いなら飢え死にしろ……!」
    頬を殴られた子どもの腕から、盗んだらしい果物が落ちていく。
    その時、ゆっくりと動いたドフラミンゴを、ルフィ達は黙って目で追った。
    (人間は……残虐だ)
    それを、忘れぬように思い起こす。
    被害者は、さらなる被害者を作り、誰かの幸福を踏み潰すのだ。
    「……あ?」
    子どもを囲む大人たちのすぐ横で、積まれた空き箱がまるで、操られたように崩れていく。
    不審そうに振り返ったその顔に、暗い影が落ちた。
    「……なに、」
    ドフラミンゴの巨体を見上げた一人の顔に、パッと赤い線が走る。
    浅く入った切り傷から、溢れるように血が落ちた。
    「……ど、ドンキホーテ・ドフラミンゴだ!!」
    「な、何でこんなところに!!!」
    わらわらと逃げ出すその背中を、ドフラミンゴは既に、見てはいない。
    地面に座り込む細すぎる子どもを見下ろした時、何となく、誰かの面影を見たような気がした。
    「……ドフィ、」
    遠くで見守るナミの口から漏れる呼び声を無視して、ドフラミンゴの手のひらからベリー札が何枚か落ちる。
    誰かを殺したその手のひらを、別の誰かに差し伸べる。
    かつてのドンキホーテ・ファミリーは、そうやってできていた。
    「ししし!!!」
    何も言わず背を向けたドフラミンゴに、子どもは乏しい表情で、それでも、ベリー札を抱きしめ、ぺこりと頭を下げる。
    嬉しそうだったのは麦わら帽子の船長で、満足げに笑い声を上げると、長く伸びた腕が、食べかけのイチゴ飴を子どもの目の前に差し出した。
    明らかに、感化されたその行動を、ナミとウソップは驚いたように眺め、やがて、理解する。
    ドフラミンゴがどう思おうと、彼にとっては既に、あの男はこの船のクルーなのだ。

    ******

    「ハァ……、は、はぁ、ウゥ……!」
    やられた、と、思った時には遅かった。
    背中から腹を貫通した剣の先が赤黒い艶を纏い、振り返る前に背中を蹴りつけられる。
    無様に倒れ込んだ土の上に、銀色の髪が散らばるのが見えた。
    「ハァ、は、」
    国章の入ったジャケットのポケットから飛び出た古い手帳が、光の消えつつある眼球に映る。
    震える女の手のひらが、必死にその手帳へと伸びた。

    「やったか」
    「致命傷です。じきに死ぬでしょう」

    その時、聞き慣れた声が聞こえ、その動きがピタリと止まった。
    国王と同僚が頭の上で話す声。目の前で無数に動く、支給品の軍靴。国章の刻まれたシルバーの剣先。
    「この女はアウターに家族がいる。生かしておけば、反発するだろう。優秀な軍人だったが……必要な犠牲だ。この件をアウターのレジスタンス達の仕業だと公表しろ。その報復に見せかけ、」
    いつか、こうなると思っていた。
    全てが錆びゆく短命の島。内地に入れず、貧困にあえぐ外側。レジスタンス達が投げ込む火炎瓶で死んだ、内地の塩害孤児達。
    (……壁が、あるだけの筈だったのに)
    分断され、見えない互いの真実に、増幅した恨みつらみと不平不満。
    最初は、ただ、潮風を防ぐだけの物だった。

    『島民全員が、内地で暮らした場合に起きる食料不足を解消する方法があります!!』

    中も外も、そこに住まうのは同じ人間だったのに。
    何故、互いの生命の重さに、違いが出てきてしまったのか。
    (私達は、ただ、)
    何にも脅かされない平穏を、手に入れたかっただけだ。

    「壁面清掃しか能のない人間がいくら居ても国益にはならん」

    「報復に見せかけ、アウターの人間を皆殺しにする」

    ******

    「国王軍がアウターのレジスタンスに宣戦布告したぞーッ!!!」
    「!!!」

    補給を終えたルフィ達が大荷物を抱えて歩いていると、新聞のような紙切れを抱えた男が大きな声を張り上げ、通りを走り抜けて行った。
    驚いたように、地面に撒かれた紙切れを拾い上げた少年は、心配そうに瞳を揺らす。
    「何よ急に……!レジスタンスってなに?!」
    「アウターには、内地の人間を武力で追い出して、内地をアウターの領土にしようとしている組織があるんだ……!これまでに何度も国王軍と衝突してる!!」
    「物騒な国だな……!オイオイ、どーすんだよ!船はアウターにあるんだぞ!」
    唐突に動いた状況を嘆くように、ウソップが激しく狼狽えた。
    その動揺を無視するように、王宮の方から列をなした国王軍が、アウターに向けて行進するのが見える。
    「あんたの家もアウターよね?どうする?アウターが戦場になるなら……ここに居た方が安全かも」
    「いや、」
    気遣うように言ったナミに、少年は、何かを知っているのか、考えるように目を泳がせた。
    「いや……多分……レジスタンス達は近々内地へ攻め込む予定だったんだ……。だから、多分、"準備"はずっとできている」
    その時、少年の勘が当たりを引いて、アウターと内地を繋ぐ唯一の扉が、大きな爆発音と共に吹き飛んだ。
    まるで、この時を待っていたかのように、アウターから内地へ、武装した人間達がなだれ込んでくる。
    「国王軍が攻め込む前に仕掛けてきた……!戦場になるのはアウターじゃない……!!内地の方だ……!!」
    「嘘でしょう!?はやく壁の外へ出ないと!!ルフィ!!何してんのよ!!」
    なだれ込んできたアウターのレジスタンス達を、行進していた国王軍が迎え撃ち、通りはあっという間に戦争の最中となった。
    逃げ惑う一般市民の悲鳴と、怒り狂うレジスタンス達を眺めるルフィは、驚くほど静かだ。
    「そんな……!争う必要なんて……!」
    自称、内地で全員が暮らせる方法を知る少年に、この戦争は酷く無意味な物に映るだろう。
    事情を理解しているナミとウソップは、ゆっくりと顔を見合わせた。
    「あ!あの銀髪の軍人!あいつもどっかにいる筈だ!探し出して国王を説得してもらうのはどうだ?!」
    「それが一番良いかも……!!あ!ねェ!!銀髪の軍人さんがどこにいるか知ってる??」
    たまたま横を走り抜けて行こうとした国王軍の制服をナミが捕まえる。
    ナミの台詞をどう聞いたのか、顔に大きな傷のある国王軍の兵士は、怒りとも、悲しみともつかない顔をしていた。
    「……死んだ」
    「……え?」
    予想だにしない返答を、理解する前に口が聞き返す。
    うっすらと瞳に涙を溜めたその男が、彼女の一体何だったのか、それを確かめる事はできなかった。
    「彼女は死んだ。レジスタンスにやられたんだ。……だから、おれはここに居る」
    「そんな、」
    呆然と呟くナミの脇を抜けて、男は足早に立ち去ってしまう。
    あまりにも、呆気なく消えていく生命の灯火。その重さを、人間が理解できる日は来るのだろうか。
    「オイ!こんなところで突っ立ってたら鉛玉を食らうぞ!」
    「わ!!」
    戸惑うナミ達に糸を巻き付けたドフラミンゴは、路地裏に全員を引っ張り込む。
    その一瞬後、さっきまで立っていた地面に、無数の弾丸が打ち込まれた。
    「……」
    全員が戦闘の巻き起こる通路に視線を向けている中で、一人だけ、反対側を向いたドフラミンゴの視界に入ったのは、白い塊。
    それが、何なのかを認識した瞬間、少しだけ大きく、その心臓が鼓動した。
    「……うそ、やだ、」
    ドフラミンゴの視線の先を、同じく捉えたナミが、震える声で言う。
    ドフラミンゴの脇を走り抜け、路地裏の冷たい地面に倒れた子どもの体に走り寄った。
    「頭を撃たれてる……!」
    あの時やったベリー札を、後生大事に抱えた白い髪の孤児は、二度と動くことの無い心臓を抱え、弱者にしては穏やかな死に顔を見せる。
    流れ弾に当たったのか、風穴の開いた額に、泣きながら自分の額を当てるナミを、素直に、尊いと思った。

    (胸糞悪ィ国だな)

    血の海に浮かぶ白い髪と、ベリー札を見ていたら、妙に息が詰まるような感覚を覚える。
    そういえば、残虐な人間共に、虐げられた事があった。

    (そうだ、あの時、)
    誓ったのだ。奴らを、全員、殺しに行くと。
    酩酊したように揺れる視界で、ドフラミンゴは泣きじゃくるナミをゆっくりと見下ろした。

    「……復讐、してやろうか」

    レジスタンスか、国王軍か、その罪の在り処がどこにあるのか、そんな事は誰にも分からない。
    ただ、一つ言えるのは、両者が共に、加害者であるということだけだ。
    「レジスタンスと国王軍、全員殺せばこの領土争いは終わるんだ」
    「ま、待てよミンゴ!!物騒な事言うな!!」
    「物騒……?物騒だと……?お前よく、それでここまで生きてこられたな。奴ら、おれが生かした生命に手を付けやがった。それは、一体どこのどいつが落とし前をつける」
    怯えたような顔で、それでも口を開いたウソップを、ドフラミンゴはサングラスの奥で眺め、その平和じみた台詞を嘆く。
    きっと、一生掛かっても、この船の連中とわかり合える日など来ないのだ。
    「だ……誰がやったか分かんねーだろ……」
    「誰がやったか?そんなのァ明白だろう……!この戦争を起こした人間全員だ……!集団の犯した罪はどうなる?人数分に切り分けられて小さくなるのか?違ェだろう……?等しく全員が背負うべきだ。同じ重さで……!」
    未だ目眩のように揺れる眼前。
    いつもそうだ。自制できない怒りはまるで、燃え広がるように体を蝕み、まともな思考を邪魔するのだ。
    「胸糞悪ィ島だぜ。……フフフフッ!全員、殺してやるよ」
    その時、初めて振り向いたルフィは、麦わら帽子の下で相変わらず、得体のしれない目をしている。
    ゆっくりと順番に、ドフラミンゴと白い髪の孤児、そして通路で巻き起こる騒動へ視線を向けた。

    『この国の病は、きっと、治ります』

    『国民全員が、内地で暮らした場合に起きる食料不足を解消する方法があります!!』

    『塩害孤児が……!』

    『彼女は死んだ』

    何を、ごちゃごちゃと揉めているのか、きっと、この麦わらの少年には理解できない。
    彼にとって、殆どの事はもっともっと、単純で、シンプルなのだ。
    「ルフィ!お前もミンゴを止めてくれ!!」
    泣きつくように言ったウソップを、チラリと一瞥したルフィは、ドフラミンゴの巨体を見上げる。
    イマイチ感情の読み取れないその瞳は、ドフラミンゴが苦手とする物の一つだった。
    「別に、ミンゴが何してーのかは知らねェけどよ。つーか、お前、"誰の"話をしてんだよ」
    「……!」
    いつもそうだ。
    いつも、なんにも知らない顔をして、なんでも知っているような事を言う。
    (だから、おれは、こいつが、)
    嫌いなのだ。どうしようもなく。
    「ま、いーや。おれは、」
    バキバキと指を鳴らすと、"麦わら"のルフィは、取ってつけられた悪名に違わぬ海賊の顔を見せる。
    それでもその判断が、いつだって最善策で切り札なのだ。
    この少年には、見えないものを見る"力"がある。

    「おれは、壁を壊してくる」

    ******

    「わ!!!ワー!!!!お前!!どうした?!大丈夫か?!」
    一方、少し時を戻した内戦勃発直前。
    錆び付いた魚の鱗を蹄に乗せて、島を散策していたチョッパーは、地面に倒れている人間を見つけた。
    「後ろから刺されたのか……!?はやく治療しないと……!」
    小さかったその体が瞬きの間に大きくなり、血塗れの女を抱え上げる。
    血で固まってしまった銀色の髪が、チョッパーの腕に掛かった。
    「……あ、」
    その時、銀髪の隙間から、うなじに浮かぶ錆鉄色の染みを見つけ、小さな声を上げる。
    この島の近海で採れた魚と同じ症状を、チョッパーはまじまじと見つめた。
    「……ゥ、」
    「ワー!!意識が戻ったのか!!オイ!!大丈夫か!!」
    「……を、……に、」
    「え?!なんだ?!」
    薄く、瞳を開いた女は、古びた手帳をチョッパーの鼻先に突きつける。
    か細く動く唇の動きを読み取ろうと、チョッパーの耳が懸命に動いた。
    「こ……国王軍、第一部隊、隊長に……これを、渡してください。顔に、大きな傷のある、男です」
    「わ……分かった!分かったから!その前に治療を、」
    「必ず……お願いします……!」
    信じられないくらい、強い力でチョッパーの腕を掴んだ女は、存外必死の形相で言葉を紡ぐ。
    気圧されるように手帳を受け取り、チョッパーはただ、ゆっくりと頷いた。

    「これが、この国にある……最期の希望です」

    ******

    『おれは、壁を壊してくる』

    そう言って去った麦わら帽子は、あっという間に見えなくなった。
    いつもそうだ。あの背中に、追いつけた試しなど無い。
    「……ドフィ」
    ぐずぐずと鼻をすすりながら、それでも、涙を拭ったナミはゆっくりとドフラミンゴを振り返った。
    白い髪の死体が、息を吹き返す事は無く、冷たいままの小さな手のひらをナミの細い指が撫でる。
    「……ドフィ!!!!」
    存外、元気いっぱい大きな声で言ったナミに、ドフラミンゴの肩が思わず跳ねた。
    頭の上に沢山のはてなマークを飛ばしたドフラミンゴは戸惑いながらも視線を向ける。
    「はやくルフィを追いかけて……!どうせ壁を壊すって言ったら壊すんだから!!その後ちゃんと回収して船に戻ってきて!!」
    「何で毎回お守りがおれなんだ」
    思い切り嫌そうな顔をしたドフラミンゴが、それでもゆっくりと踵を返した。
    そして、ふと、気が付いたように少年を見下ろす。
    「何かを主張したいなら……壁の破壊直後がチャンスだと思うが。小僧、お前も来るか」
    「……い、行く!!」
    その時、立ち上がったナミが、踵を鳴らしてドフラミンゴの前に立つ。
    首だけで振り返ったドフラミンゴは、そのオレンジ髪を瞳に映し、眩しそうに瞳を細めた。

    「復讐しなくて良いから、この戦争を終わらせて」

    遅れてきた返答を、ドフラミンゴは嘆くように手のひらで額を撫でる。
    「フフフフッ……!終わらせるのはおれじゃァねェだろう。この戦争を終わらせるのは、この国の連中だ。だが、見ろよ」
    噎せ返るような硝煙の臭い。鼓膜を劈く悲鳴と、白い髪の死体。こうして、中立の場に居ると安心するのだ。
    「この戦争に終わりはあるのか。誰が、誰の鉛玉で死んだ?被害者は一体誰だ……?!この戦争は終わらねェのさ……!全員が全員、誰かの加害者だからだ……!」
    「……なによ、」
    その時、ドフラミンゴの服の裾を掴んだナミが、うっすらと涙の浮かんだ瞳を上げる。
    何故か、僅かに臆した心臓を、忌々しく思った。
    「……全員って何よ!馬鹿じゃないの!!そんな訳無いじゃない!!」

    『この国の病は、きっと、治ります』

    『国民全員が、内地で暮らした場合に起きる食料不足を解消する方法があります!!』

    活路を、見出そうとしたあの明るい光を、この男は、見逃したのだろうか。
    結局この男は、他でもないナミが、魚人族を仲間と呼ぶその価値観を、理解はできないのだ。
    「全員じゃない。そうじゃないの、ドフィ」
    そうやって、全員を、等しく恨んだのか。
    だから、この男は、敵として目の前に現れたのか。
    (一人も、)
    居なかったのだろうか。
    その人生の軌道上に、優しい人間は。
    「はやく、ルフィを追いかけて」
    ナミがドフラミンゴの服の裾を離し、その後ろの激戦を指さした。
    大きな瞳は既に、涙で濡れてはいない。
    (……ああ、本当に、)
    理解し合えないと、ドフラミンゴは思う。
    奴ら、きっと、薄暗い曇天の下を、歩いた事など無いのだ。泥水を啜り、刃の上を歩いた事も。
    だから、きっと、
    (あんな、明るい所を平気で歩けるんだ)
    ドフラミンゴの唇が、ゆっくりと弧を描いて、ナミのオレンジ髪を見下ろした。
    何となく、周りの音が遠くなる。
    「おれが、あの船に、必ず戻って来る保証なんざねェだろう」
    言って、今度こそ踵を返した。
    潮時なのだ、何もかも。

    (……おれは、こいつらとは違う)

    「戻って来るわよ、だって、」

    振り返らない、大きな背中にナミの声がかかる。
    よく通る彼女の声は、戦場の喧騒を縫うように、ドフラミンゴに追い付いた。

    「ドフィのお財布、私が持ってるもん」
    「……あァ?……は?!?!?!」

    まったく予想していなかった台詞に、ドフラミンゴの歩みが止まる。
    思わず振り返った先で、ナミは勝ち誇ったように笑っていた。
    見慣れたマネークリップに挟まれたベリー札を手慣れた手つきで数える彼女に、呆れと、感嘆のため息を漏らす。

    「気付いてなかったでしょ」
    「……ああ。大したもんだ」

    思考能力を奪われる感覚は、いつも妙な焦りと安堵を呼んだ。
    ただ、それを、許容する理由は、たった一つ。

    ドンキホーテ・ドフラミンゴは、人生の休暇中なのだ。

    ******

    『この国の病は、きっと、治ります』

    『国民全員が、内地で暮らした場合に起きる食料不足を解消する方法があります!!』

    『塩害孤児が……!』

    『彼女は死んだ』

    巻き上がる粉塵の中を、麦わら帽子が駆け抜けて行く。
    滞在して間もない筈なのに、我慢ならない事象が沢山あった。
    その中の大きな一つを見据え、ルフィは戦場を駆けていく。
    「海も見えねーし、外に居る奴らにもあえねーし、あんなもんがあるからいけねーんだ」
    思考しない少年は、思う前に口に出す。
    気に入らないのは、海が見えない事と、

    『等しく全員が背負うべきだ。同じ重さで……!』

    それと、そうだ、あの妙な居心地の悪さは、一体何だったのだろう。
    名前も、正体も知らない、あの怒りにも悲しみにも似た心の内は、一体何故生まれたのか。

    「見せたくなかったんだよなァ……。何でだろうなあ……」

    白い孤児の死体。死んだらしい、銀色の女。
    被害者を主張しながら誰かを殺す人間達。
    あの男に見せたくない物が、この壁の中には多かった。
    「……」
    ドフラミンゴに見せたい物は、沢山ある。
    サンジが作った料理で溢れるテーブルと、段々はっきりとする、島の輪郭。皆で歌う、海賊の歌。朝露に濡れて光る、芝生の甲板。
    暗い場所しか見ようとしないあの男の目の前に、持っていきたい物など山程あった。
    それなのに、世界は、こうやって、あの男に見せたくない物を見せる。
    そうして、また一つ、世界を諦めていくあの男が、ルフィは一番我慢ならないのだ。

    「……ああ、邪魔だ」

    鼓動を鳴らせ。笑い声を上げろ。無数の糸に繋がれたあの男を、開放する力を持っている。
    それが、この少年の体に巣食う、悪魔の正体なのだ。

    「……ギア5」

    ******

    「お、お前!本当は絶対!!安静!!なんだぞ!!!」
    「す……すいません……」
    「安心しろよ!!このおれ様が作ったスーパー安全車椅子で運んでやるぜ!!!!!」
    「どうしてエンジンをつけてくれなかったの?」
    「すいません……」
    「大丈夫、貴女に言ってないわ」
    アウターの殺風景な通りを爆走する賑やかな集団を、住民達は怪訝そうに目で追っていく。
    そんな事はお構いなしの無法者、麦わらの一味は壁の内側を目指していた。

    『……自分で届けます』
    『エエ……?!お前……!動いたら死ぬぞ!!!』

    チョッパーが道端で拾った死にかけの女は、未だ役目が残っているとでも言いたげに、重症に抗い、目を覚ました。
    そして、サニー号で治療にあたっていたチョッパーから手帳を取り返して言ったのだ。
    「ナミ達が心配ね……。あの壁の中にいるのなら、戦いに巻き込まれている筈」
    「補給をすると言っていました。恐らくまだ壁の中です」
    どうしても行くと言って聞かない銀髪の女に、チョッパーが下した決断は、フランキー製の車椅子で運ばれる事。
    人型のチョッパーが押す車椅子の車輪が整備されていない道にガタガタと揺れた。
    ブルックとジンベエに船を任せ、ついてきたロビンとフランキーは仲間たちがいるであろう高い壁を見上げる。
    「入口だ!あそこ!!通って良いのか?!」
    「ええ……!レジスタンス達が破壊した門の残骸です……!気を付けてください。あの中は既に内乱の最中です」
    石の壁にぽっかりと開いた穴は、元々木製の門が嵌っていた場所だ。
    既に、内側の戦乱を伺える騒音が漏れていた。
    「……あ!!!」
    その時、その穴から出てきたオレンジ色の髪を目に留めて、チョッパーが嬉しそうに声を上げる。
    こちらに気付いたらしいナミとウソップは、安心したような顔をした。
    「ナミー!!ウソップー!!良かった無事で!!!」
    「お前らも無事で良かったぜー!!」
    駆け寄ってきた二人の視線が、チョッパーの押す車椅子へ移る。
    死んだと聞かされていた銀髪の女は、気まずげに会釈を見せた。
    「生きてたの!?良かった……!国王軍の兵士に、死んだって言われて……」
    「船医さん達のお陰で……。私を殺害した罪を着せて、国王軍はレジスタンスを含めたアウターの人間達を全滅させる気なんです」
    「オイオイオイ、そういう事かよ〜!!!道理で全部のタイミングが最悪な訳だ!!!」
    「ところで、」
    意外としっかりとした足取りで車椅子から立ち上がった女は、抱えていた散弾銃を背負う。
    そして、ポケットの中の手帳を確かめるように撫でてから、壁の中へ視線を向けた。
    「ここまでで大丈夫です。私は、少年に手帳を返しに行きます」
    「待って……!そんな重症では危険よ!」
    「そうだ!絶対安静なんだ!!」
    颯爽と歩き出した女に、ロビンとチョッパーが声を上げる。
    それを振り返った銀髪が揺れた。

    「ありがとう。この国はまた、生き返る。そうしたらまた、遊びに来てください」

    その瞬間、女の背後でグニャリと、まるで、ゴムのように石の壁が歪む。
    明るい太陽の光を遮る、小さな白い影。
    「……あれは、」
    まるで、鼓動のようなドラムの音を、聞いたような気がした。
    "それ"は、絶望の中でも活路を見出そうとする者達の前に現れる。
    「ルフィだ……!」
    その白い人影が、触れた石壁は、まるでコミックのような浮世離れした動きでブヨブヨと収縮を繰り返し、やがて地面から引き抜かれた。
    引き抜いた壁を、海の方へ放り投げたルフィは、頭を抱えて笑い転げている。
    「壁が……」
    アウターと、内地を隔てていた壁は、まるで、夢のように無くなってしまった。
    突然の出来事に、内乱の喧騒があっという間に静まり返る。

    「……凄い。まるで、神様みたいだ」

    銀髪の女は、頭の上で笑い声を上げる少年を瞳に映し、小さな声で呟いた。
    全員が呆然と上を見上げる中、麦わらの一味はゆっくりとため息を吐く。

    「んなわけあるか。ウチの船長だよ」

    ******

    「す……凄い……!本当に壁が、」
    「げ!!!ギア5か……!おい、これ以上近付くな!!」
    「そ、そうか、危ないよね」
    「いや……」
    一方、ドフラミンゴと青い目の少年は、内地側の壁付近でようやくルフィの姿を捉えた。
    真っ白い姿に変化したルフィを見たドフラミンゴは、嫌そうな顔を隠しもせずに、少年の襟首を掴んでストップを掛ける。
    「いや、あの姿の奴に近付くとキャラデザが崩れるから嫌なんだ」
    「???」
    冗談とも本音とも取れない顔で言ったドフラミンゴの視線の先で、ルフィは二枚目の壁も引き抜き、海の方へ放り投げた。
    そんな、馬鹿みたいな光景を呆れたように眺めたドフラミンゴは、眩しそうにサングラスの奥で瞳を閉じる。
    「あ!!ミンゴぉ〜!!うひゃひゃひゃ!!!」
    その時響いた想定外の呼び声に、ドフラミンゴは恐れるように視線を上げた。
    相変わらず楽しそうに笑い転げるルフィは、ドフラミンゴに顔いっぱいの笑顔を向ける。

    「お前に見せたくないもんはおれが全部ぶっ壊すんだ!!」

    そんな、あまりにも理不尽で身勝手な物言いを聞いて、ドフラミンゴは口を噤んだ。
    きっと、結局、あの男も海賊なのだと今更思う。

    「頼んでねェよ……。馬鹿野郎」

    苦し紛れに言って、ドフラミンゴは襟首を掴んでぶら下げていた少年を前方に放り投げた。
    突如として消えた壁に、一時、呆然とも取れる沈黙が、戦場を支配している。
    「この混乱が、静まり返るとしたらこの時だけだぞ。小僧、お前、言いたい事があるんじゃねェのか」
    戸惑うように、少年を見下ろす無数の眼球。
    正気を取り戻したようにも見える場内で、当事者たちに疑問の色が浮かんだ。
    「か、」
    大きく息を吸う。腹部に力を入れて、主張する。
    大きな声を出すのは苦手だったが、その青い瞳に、点火するように明るい光が宿った。

    「考えがあります……!アウターと内地に分かれずに暮らせる方法を、考えました……!!」

    今なら届く、その確信を持って放たれた大きな声は、確かに、彼らの瞳を揺らす。
    止まった戦争に、異議を唱える者も居なかった。

    「そんな物は……無い!!惑わされるな!!」

    その時、立ち尽くす人間達の間を縫って現れたのは、この国の王。
    どこかで拾ったのか、サーベルの切っ先を少年に向け、ヒステリックに叫び声を上げた。
    (内地とアウターに分かれずに暮らす……?)
    そんな、恐ろしい事を、この男が許す日は来ない。
    レジスタンスが投げた火炎瓶で死んだ、美しい妻と幼い娘。それは、一枚目の壁を建設している最中だった。
    海が見えない。ただそれだけで、人を殺せる恐い生き物。
    (そんな、人間達と、一緒にだと……)
    壁で、覆わなければ。守らなければ。きっと、なんだって、踏み潰されてしまう。

    「壁面清掃しか能のないアウターのガキが……、」

    異様な国王の様子を見守るしか出来ない国民達の中で、軽い足音と銃を構える音が響いた。
    揺れる銀髪。散弾銃の銃口は、その後頭部を逃さない。

    「それは違う。国王様。この国の民は、貴方ほど絶望してはいないんですよ」

    幽霊でも見たかのように、青い顔をした国王は大きく目を見開いた。
    それを、満足そうに眺めた女は、ゆっくりと振り返る。

    「一度、彼の話を聞きましょう。国王軍、武器を降ろしなさい。この戦争の引き金は、一体何だったか覚えていますか」

    無数の武器が放り投げられる音を聞いた女は、ゆっくりと手帳を少年に差し出した。
    消えた二枚の壁に遮られていた、全てを錆びつかせる風が強く吹く。
    それを、既に恐れてはいない少年の手のひらが古びた手帳を受け取り、頭上に広がる青い空に視線を向けた。

    「……空、こんなに広かったんだ」

    ******

    「ログポースが欲しい」

    短い戦争が終わった翌日。
    青い目の少年は、元アウターと呼ばれていた区画に停泊しているサニー号の元へ現れた。
    そして、出港準備をしていた麦わらの一味に、手帳と図鑑を見せ、冒頭の台詞に戻る。
    「塩分に強い植物と、海水を淡水化させられる植物があるんだ。それを採りに行きたいんだ」
    父親が発案し、それを実用化まで漕ぎつけた少年。
    二代に渡るその計画は、植物を利用し、水源と空気を浄化するというモノだった。
    「採りに行くって……。あんた一人で行ける訳ないでしょ」
    「それでも、行かなくちゃ。塩害を防ぐにはそれしか無いんだ」
    「……いや、」
    言ったら聞かない少年を窘めているナミの傍らで、ウソップがまじまじと図鑑に目を向ける。
    言葉を選ぶように顎を擦り、ようやっと口を開いた。
    「お前、なんて島に行こうとしてるんだ」
    予想外の言葉だったのか、パチパチと瞬いてから、少年は手帳を開く。

    「ボーイン諸島。追いはぎの森"グリンストン"」
    「まじか!!!」

    突然声を上げたウソップに、驚いたのは少年だけでは無かった。
    怪訝そうな顔を向けられたウソップは、嬉しそうな顔をする。
    「ある!!あるんだよ!!その植物の種が……!おれは二年間、その島で修行してたんだ!!」
    「そんなことが……、」
    「あるんだよ!サニー号にはろ過装置が付いてるし、使ってないからある分全部やるよ!」
    それは、偶然だったのか、はたまた、必然だったのか。
    そんな事は誰にも分からないが、壁を無くしたこの島は、新たな一歩を踏み出すのだ。
    「ねェ、一人で海へ出ようだなんて……どうしてそこまでしようと思ったの?」
    ふと、ロビンが尋ねると、少年は青い瞳で振り返る。
    その瞳は、いくばくかの光を未だ残していた。
    「僕達の先祖は大うそつきの大罪人で、そのせいで故郷を追われた父さんはこの島に来たらしい。僕にもその嘘つきの血が流れているかもしれないけれど、だけど、僕も父さんも嘘つきなんかじゃない。この島を救うと言った父さんを嘘つきにしないために、僕がこの島を救うと決めた」
    どこかで聞いたような話だ。
    妙な沈黙の最中で、麦わらの一味は同じことを思う。
    「ねェ、もしかして、貴方の名前は」
    好奇心に抗えず、口を開いたロビンを見上げた少年はきょとんと子どもらしい顔を見せる。

    結局、彼らはそういう"家系"なのだろう。

    「名前?僕の名前は、」

    ******

    「武器の生産は今のところ保留です。他の道があるならば、そちらを歩もうと思います」

    錆び付いた王宮は、兵士、民間人問わず負傷者の手当に開放されている。
    国王が使用していた執務室に居るのは、銀髪の女、ただ一人だった。
    「フフフフッ……!そりゃァ残念だ。武器以外でどうやって食っていくつもりだ」
    「それはまだ分かりませんが、あの少年の計画に、乗ってみようと思うんです」
    再生を始めた、全てが錆び付く短命の島。
    この島が武器をやらないのなら、ドフラミンゴが関わることは無いのだろう。
    「おかしな人ですね」
    「あァ?」
    突然小さく笑い声を上げた女は、銀色の髪を揺らす。
    不機嫌そうに口角を下げたドフラミンゴは、その台詞の真意を聞いた。

    「残念そうに見えませんよ、ジョーカー」

    その理由を、知っているかのような顔で言った女は笑う。
    当の本人はたった今気が付いたように、気まずげに額を撫でた。
    それが、運命なのか、はたまた、この男が強く願う方向に事態が転がっているのか、それを知る者などいない。
    それにしても、あの船に乗ってから、どこか鈍ったような気がしていた。
    それを、嘆くようにドフラミンゴは瞳を閉じる。

    「その名は今は……休業中でな」
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    recommended works

    kgkgjyujyu

    INFOマロ返信(03/26)
    ※禪院恵の野薔薇ちゃんについて
    このお話の野薔薇ちゃんは、禪院家の圧により高専には通わず、地元の高校に通っている設定なので、呪術師界隈のどす黒い風習や御三家の存在を知らぬまま、知らない男の嫁になりました。(恵との約束を思い出すのは暫く先です)

    最初の数ヶ月はおそらく死ぬほど暴れたし、離れからの脱走も何度も実行しておりましたが、離れの周りには恵が待機させた式神が野薔薇ちゃんの存在を感知した際に、即座に知らせる為、野薔薇ちゃんが離れから逃げられた試しはないです。
    なので、恵が訪ねてきても口はきかないし、おそらく目も合わせなかったとは思います。
    恵は、自分が愛を与え続けていれば、いずれは伝わるものと、思っている為、まったく動じません。

    ★幽閉〜1年くらいは
    恵に対する愛はない。けれど、野薔薇ちゃんが顔を合わせるのは恵だけなので、次第にどんどん諦めが生まれていきます。ちなみにRのやつは4年後なのでこの段階では身体に触れてすらいない。毎日、任務のない日は顔を見せて一緒に過ごす。最低限の会話もするし、寝る場所は一緒です。時間があるときは必ず野薔薇ちゃんの傍を離れません。


    2回目の春を迎えても、変わらない状況に野薔薇ちゃん 1202