暗闇ふと目を覚した時、あたりは暗闇に包まれていた。
習慣的に隣へと手を伸ばしたが、そこはもうもぬけの殻でベッドはすでに冷たくなっている。昨晩、帰ってきた瞬間から、も連れ合い、通常の人よりもずっと体力も精神力もあるはずの游惑が意識を手放す寸前に優しくまぶたに落ちたキスはまだ游惑の体に残っている。
今日はお互い休みのはずで、訓練もない。事務的な手続きはお互い死線をくぐり抜けた友人達が終わらせているはずで、今日は一日二人きりだと言っていたのは男朋友のはずだったのに。
「……秦究?」
微かな声でも反応する男は、やはりここにいないらしい。
游惑はこの暗闇に眉を顰め、手元のライトに手を伸ばした。しかし、灯りがつくことは無い。
そういえば、いくら暗くても、寝室の窓から明かりが見えてもおかしくないのに、それすら無かった。
完全なる闇。
游惑は思わず一瞬呼吸を止めた。
朝が来るにはまだ遠く、月明かりだけが薄っすらと感じられることだけは、ここが一人だけの闇ではないことを教えてくれた。
「秦究」
「Gi」
「Gin」
無意識に掠れた声で呼ぶ。
ここはシステムの中ではないし、彼らは……ようやく一緒にいられるようになったのに。一人で取り残された闇を思い出して、游惑は唇を引き結んだ。
衣服を身に着けていない体は肌寒く、何よりも心が空く。
游惑が視線を落としてうつむいたとき、突然声が降ってきた。
「亲爱的」
いつの間にいたのか、秦究がベッドに座り俯く游惑を見下ろしていた。少し息があがっていながらも、暗闇の中で見えなくとも口元に浮かべた笑みがわかる。
「……」
「どうしたの」
秦究が手を伸ばして、温度の下がった游惑の頬を指先で撫でる。少し冷えた手がやさしく、愛しいと伝えてくる。
「……游惑?」
ぼんやりとしている游惑を覗き込み、至近距離で秦究が見つめてくる。ようやく秦究の顔が見えて、思わず游惑はその首に腕を絡めて引き寄せた。
秦究
声にはならなかった音を秦究は聞き取った。
滑らかな肌に手を這わせて、その背中を抱きしめて唇を合わせる。しがみついてくるような力に身を任せて、游惑にされるがまま彼を押し倒した。
「ん……、っ……」
上擦った声が游惑から漏れるたびに、秦究はもっとその声が聞きたくて温度が知りたくて、愛しくてたまらない。
亲爱的。
秦究はキスをしながら、じっと游惑を見つめる。眉根を寄せた顔からは、心細さを感じた。秦究は彼から目をそらさない。些細な変化も見逃さない。
彼が言わない痛みを感じて、秦究は隙間なくその体を抱きしめた。
「……どこに」
ゆるりと視線で刺されて、秦究は何度も游惑の唇に、頬に、目元にキスをしてあやすように微笑んだ。
「起きたら停電してるようだったから。貴方が起きる前に直してきただけです。もう電気がつくはずだ。試さなかった?」
「……つかなかった」
「貴方は随分前から起きてたようだ」
「ん……」
秦究が手を伸ばして、ヘッドライトへと手を伸ばす。しかし、游惑はその手を掴んで自分の口元へ引っ張った。
「……游」
「もういい」
游惑は秦究を見上げる。
月明かりだけが僅かに照らす暗闇の中で、游惑は人工の光よりも瞬く星を知っている。暗闇を照らし続ける、自分だけの灯だ。
秦究の瞳を見つめて、游惑は掴んだ指先を軽く噛んだ。
目の前の男が息を呑みながら笑みを深くする。
「秦究」
「ここにいます」
秦究の指が游惑の唇を開かせて、意図的にその舌を指先で擽る。すぐに游惑はその指を舐めて、体から力を抜いた。
荒い息遣いと濡れた音が部屋に響く。
もうその暗闇は孤独ではなかった。