だって顔がいい太陽が沈んで空には星が瞬いている。電灯の少ないこの辺りは月のあかりも届かずにぼんやりと薄暗い。
近道に細い路地のような道を歩いていた新一は、れ”を視界の端に捕えて思わず足を止めた。
見間違えようもない、人間だ。
石造りの塀と電柱の隙間にもたれ掛かるように倒れ込んでいる。一瞬死体かと思ったが、僅かに上下する肩から息をしていることがわかった。
汚れた服装、怪我は無さそうだ。大怪我でもしていれば、新一は迷わず助けに動いただろう。何よりそうなった状況と経緯に興味を引かれてしまう、そんな少しばかり変わった性格をしているのだから。
しかしそこに落ちている男は疲れきって疲弊している、という雰囲気だ。汚れたスーツのような服装に髪の色は透き通るような金色。どこぞの暴力団の構成員かそのあたりだろうと当たりをつける。
関わると面倒事になりかねない。
推理バカで事件となればすぐに面倒事に首を突っ込む、等と普段から言われている新一だがそれは不可抗力であって巻き込まれるのが好きな訳では無い。
しかし今から引き返して道を変える気にもならず新一は男の横を素通りしようと足を踏み出した。
「………ん?」
静かに足早に通り過ぎようとした新一は、急に動かなくなった足に振り返った。
見れば金髪の男が新一の片足をガッチリと掴んでいる。狭い路地では男が手を伸ばしただけで届く距離ではあったが、まさかこうなるとは思っていなかった。
全力で力を入れてみるが微動だにしない。
どんな怪力だよ、と新一は後頭部しか見えない男の頭を見下ろした。
「ちょっと、なんなんだよ。離してくんねぇ?」
「……俺を拾わないか?」
静かに空気を震わせる、耳に心地よく響く重低音。
やべぇやつに掴まった、と声の良さに一瞬思考を停止させた新一は頭を抱えたくなった。
そんな犬猫じゃねぇんだから拾わねぇだろ、と相変わらず顔の見えない男を見下ろす。振り払って逃げたいのに己の足は物理的にまったく動かない。
「いや、俺、忙しいんで」
離してくれませんかねぇ、と笑みを浮かべてみるが男はそもそも新一の顔など見ていない。
それでも弱まることない男の手に、新一は腰を落として手を伸ばした。両手で頑張ったらどうに外れねぇかな、とあまり期待はせずに。
新一が動いた気配を察してか、男の顔がゆっくりと上をむく。揺れた髪が月の光を反射して、男自信が発光しているかのようだった。
夜だから、というわけではない暗い色の肌。金色の前髪から徐々にその顔が見えてきて、その全貌が浮かび上がった時、新一は息を呑んだ。
「うわ……顔が良……」
意図せず口から本音が漏れだした。
目を奪われる。これほどまでに整っていて、尚且つ新一の好みに全てが突き刺さる。これほどまで完璧なパーツの配置があっていいのか。顔は左右対象で肌のキメから髪の先まで整っている。神が創り出した最高傑作に違いない。
今の不可思議な状況も頭から抜け落ちて、新一は男の顔を凝視した。顔がいい。とにかく良い。
一目惚れ、なんて俗物的な感情ではない。どんな美術品よりも価値のあるその美しさを目に焼き付けていれば、男は口角を僅かに上げた。
「とりあえず、1晩泊めてくれないか?」
「喜んで」
まるで魔法にでもかかったように、新一の口から是と言葉が滑り出た。
その顔でそんなことを言われたら、頷く以外の選択肢などあるはずがない。
新一がハッと我を取り戻した時、すでに自宅のマンションの中、男の寝顔がそこにあった。
……やっちまった。と1人頭を抱える。
思わず自分の体を確認するが服は着ているし、そもそも記憶は飛んでいない、大丈夫だ。男の一挙一動を目で追っているうちにいつの間にか世が更けていた。何故か寝ている男は全裸で、新一は真顔でタオルケットをそっと隠すように体の上に上に乗せてやった。シャワーを浴びてさっぱりとした男はさらに輝きを増して、顔がいい、以外の語彙力は消え失せてしまった。
「降谷零、ね」
どう考えても厄介事で、危ない匂いしかない。けれど事件性は今のところ無さそうで、僅かな謎の気配に少しばかり好奇心が擽られるがそれだけだ。
よろしく、新一、といつの間にか名前を把握されていた男が名乗った名前を呟いてみる。
よろしくなんてする気は無い。1晩と言ったんだ。明日の朝には出て行ってもらおう。
とりあえずそれまではこの顔のいい男、降谷を思う存分堪能するのだ。それくらいの見返りはいいだろう。
そう、明日にはいなくなるのだから。目に焼き付けなければいけないのだ。