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    shimanyan112

    @shimanyan112

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    shimanyan112

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    森×マックスウェル 前回の続きです。
    レイシフトから血塗れで帰ってきて、お風呂に行くところです。

    焦がれる炎の行先カルデアにはサーヴァントたちが多くいるが、意外と廊下では合わないもの。
    それでも、ここには足繁く通う者たちもいる。
    『男』と日本語で書かれた古風な暖簾をくぐって、電子扉では無い引き戸を開いた。

    「あっ、以蔵さんお久しぶりですね」

    扉を開けた先に居た知人は、こちらを見やると目を丸くした。

    「なんじゃああぁぁ!?」

    昼時の割と静かな脱衣所に、絶叫が響いた。



    「そんなに驚かなくてもいいじゃありませんか」
    「血塗れな男が二人もおったら、驚くのが当たり前やろうが!」
    「この程度戦なら普通だろ」
    「おまんまさかそれ、全部人の血じゃ……」
    「違います」
    「いいなそれ!そっちの方が獣よりも楽しそうだな!」
    「やめてください、レイシフト先で戦争でもする気ですか……」
    「その辺の輩ならこいつ一人でも行ける気がするぜよ」
    「人なんて首切っちまえば楽勝だしなぁ!次はいっちょやるかぁ!?」
    「ダメです!以蔵さん焚きつけないで!」

    長可さんと一緒に、素材狩りの帰りに寄ったのは、カルデアにある大浴場。
    夕食後には人が増えるが、今は昼を回ったところなのか人はあまり居ない。
    それでも24時間稼働しているこの風呂には、色々なサーヴァントがやって来ては交流の場になっている。
    もちろん男女別。
    ついでに言うなら、性別不詳もいるために個別風呂もある。
    覗きは出来ないように結界が貼られているのか、それを無理に行こうとした黒髭さんが燃え尽きた(物理的に)事件もあったりもする。
    自室の部屋風呂もあるのだが、それほど大きく無いのと、素材狩りの帰りにこうして風呂に入るのをお供しているうちに定番化している意味合いもある。
    シャワーを頭から被り汚れを落とすと、足元に赤黒い液体が排水溝へと流れていく。
    …………案外汚れいたようですね……
    霊衣はこれの数倍染みついていたと思うと、以蔵さんが悲鳴をあげたのも納得かとつい思ってしまう。
    確かに素材狩りをしていた初期は、汚れたことを気にはしていたが、長可さんの狩るスピードに合わせて素材を剥いだり肉を削いだりしていたら、気になんてしていられなくなってしまったのは事実で。
    本当に、狩場が人のいない山中で良かったと思う。
    出会った人も確実に驚いて腰を抜かすかもしれない。
    それとその人が長可さんの狩りの対象にならなくて。

    「ーーー〜〜っ!!生き返るーー!!」
    「以蔵さん我々霊体ですが」
    「言葉の綾やき、蒸し返すな」
    「分かるぜ、風呂っていいよなぁ!部屋のは狭くってよお!」
    「これで酒の一つでもあれば最高なんやがなぁ」

    以蔵さんは酒を飲む仕草をしては、愚痴をこぼした。
    この人本当にお酒好きですよね……。
    食堂では飲酒出来るが、浴場では禁止されていてお酒が回ったサーヴァントが暴れると修理費の問題が大きいとか。
    確かに、お風呂で体温が上がると酒の周りが良くなるで、酔潰れる者が多いのは分かる気がする。
    だからって公共の場で手軽に宝具を使うのはいかがなものかと……
    まぁ、多種多様な人種が入り乱れるからには、衝突も致し方ないとは思うのだが。

    風呂に入る習慣の無い者への配慮なのか、湯船は少し白濁としており、木製の立て看板には美肌効果もあるとか。
    そのわずかに見える湯から覗く、長可さんや以蔵さんの屈強な肢体を見ながら、完全なるサポート型だが筋力や魔力でも増えないものかとため息をつくのだった。

    「そういやぁ、おまんはそれ外さんのか?」
    「えっ、何がですか?」
    「グラサン。風呂入る時くらい外してもえいろうが」
    「俺も外したとこ見たことねぇなぁ。そもそも取れんのか、それ?」
    「まぁ、一応は……必要あります?お風呂でも眼鏡かけている人いるでしょう?」

    ほら、ジキルさんとか蘭陵王さんとか…………外すと危なそうな人しか頭に浮かんで来なかった。
    眼鏡の霊衣を持っている人は、普段はかけてないからイミテーションだし……
    あっ、シグルドさんとアンデルセンさんは?
    前に風呂で一時外しているの見た!?
    まぁ、気温差で曇るからそれは致し方ないのかと……

    「魔力漏れをするのであまり外したく無いのですが……」
    「漏れたらどうなんだ?蛇の姉ちゃんみたいに石になったりするのかよ」
    「メデューサさんみたいに強い影響は出ません。……少しは………あるかも?」

    あんな強い作用が出る魔眼なら、こんな軽いサングラスなんかでは収まりきらないだろう。
    実際魔力漏れすると、あまり魔力を保有しない私にとってはあまり良いことで無いのだが。

    「……少しだけですよ」

    大浴場にあまり人がいないから出来ること。
    魔力の影響を受けやすい人が居ないことが前提だが……この二人は精神系にかかりやすかったりしませんよね?

    カチャ、とサングラスを外すと、二人がじっとこちらを見つめて来た。
    元々霊衣なので、本来のサングラスとしての役目があるわけでは無いため自分にとっては視界は特に変わりない。
    むしろ、魔力漏れによって普段見えてないものが揺らめいて見えてあまり良くないほど。

    「……なんじゃおまん、割と美丈夫やのう」
    「今、あなたのイケメン幼なじみと比べましたね?カルデアにはもっと顔立ちの言い方が多いから比較にはなりませんよ」
    「なになに、そのままの方がえいやろうて」
    「嫌ですよ。あまり外していると良くないんです」
    「このグラサンになんか効果でもついとるんかぁ?」
    「あっ、ちょっと返してください!」

    一瞬の隙をついて奪い取られてしまった手腕はさすがアサシンか。
    大の大人が恥ずかしいことに、湯船で物を取り合うとか、他の方に見られたらなんとも言い訳し難い状態である。
    以蔵さんは、流石に素早くてこちらが取ろうとする瞬間に翻ってしまい、こちらが伸ばしたては空を切るばかり。
    あとちょっと、と思った矢先

    ぽちゃん
    「「…………あっ」」

    黒いサングラスは、私の指に弾かれ湯船の中に飛び込んだ。
    白濁とした湯の中に。

    「……以蔵さん探してくださいよ?」
    「分かっちゅうわ!」

    暴れ回っていた波の立つ湯船に、薄いサングラスは移動しやすいのか足元を探してもなかなか見つからないようで。
    …………ん?そういえば……

    「どうかしましたか?長可さん」

    いつもならそんな様子を大笑いしながら見ているであろう人がものすごく静か。
    声も大きいし体格的にも存在感があるはずなのに、一瞬一緒の湯船にいたのを忘れるくらいには静かだった。

    「……あー、……うん、ちょっとな……」

    じっとこちらを見つめる、金色の双眸。

    ……何か顔に付いているのかな?
    サングラスを外したことで、洗い残しがあったのかとつい考えのたが。

    緋色の髪と相まって、燃える炎のあの輝きそのままを閉じ込めたように思える瞳は、私の顔を見つめたまま動かなかった。
    瞬きを忘れているかの如く開かれた瞳に、狩りの時の獲物を狙う肉食獣のような輝きではなく、闇夜に灯っていたあの焚き火を思わせるような静かな燈。

    狂化を持つバーサーカーなのに、それを忘れほどの叡智の一片を見ている気がして。



    「あれ?みんなもお風呂?」

    その時不意に掛けられた声。
    そこには、我らがマスターとロビンフッドさんがいた。

    「お久しぶりですマスター。マスターもお風呂ですか?」
    「そうなんだよ、今周回帰りで……………えっ、誰?」

    確かにそうなるよね。
    ただ今サングラスは紛失中だし、先ほど湯船で暴れたことで髪は濡れ鼠のようだし。
    以蔵さんは……まだ探してる。
    長可さんはマスターに反応してないんだけどなんで?

    「あの、私マックスウェルなんですが、今サングラス無くしいて……」
    「ああ!あのいっつもサングラス付けてるキャスターか!レアなもん見た気分だな」
    「俺も初めて見た!」
    「マスターも初めてだったんかい……」
    「おまん、マスターくらいには便宜しちゅうてもえいがよ」
    「便宜ってそう言うものでは無いと思いますが……」

    気にはなるだろうが、仮面でも無いサングラスの下の顔をそんな見たがるものなのだろうか。
    人間観察が趣味だったり好奇心旺盛でも無い限りそんな……

    「ねぇ!よく見せてよ!」

    前言撤回、マスターは好奇心旺盛でフレンドリーな方でした。
    バシャバシャっと湯船を歩くマスターの足の急ぎ足。

    が、その肢体が宙を舞った。

    スローモーションに見える水飛沫。
    落下してくるマスターの驚いた顔が見えたのは一瞬で。
    慌てて伸ばした手は触れはしたが、力不足なのかその体重を受け取るには能わず。
    頭に衝撃が走ると、白濁した湯の中にどっぷりと落ちてしまったのだった。

    「うわああぁぁっ!マックスウェル大丈夫!?」
    「ーーっ、……は、はい、ゲホッ……なんとか……」

    鼻に水が入った時の、特有のつーんとする痛みが走る。
    それにオデコの方が少しジンジンするが、鼻の痛みの方が優っている程度ではある。

    「マスターはご無事ですか?」

    濡れてペタッとなったマスターの黒髪を掻き上げると、少し赤い跡。
    見た目にも内出血している所はなく、ほっと胸をなでおろした。
    それ以外はお怪我はないようで、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべながらこちらを興味津々と眺めている。
    頭の傷は少しでも致命傷になりかねない。
    後でメディカルルームにお連れするのが正しいだろう。

    「ごめんね、なんかで滑っちゃって……」
    「いえ、マスターがご無事で何よりです。私よりもご自分を心配された方がよろしいかと……」
    「平気だよ、俺結構丈夫だし!もっと高いところから落ちるのは日常茶飯事って言うか」

    それは日常なのは良いことなのでしょうか……
    いくつもの特異点を復旧させて来たマスターとて、少しのことが致命傷になるのは人として当たり前だ。
    だからこそもっとご自分を大切にして頂きたいのだが。
    これだけサーヴァントを使役されているのに、弱い私にさえ気を使ってくださる事を嬉しく思ってしまう。

    「おいおい、マスターだいじょ、痛っ!」

    マスターを追って来たロビンさんが、踏んだものを湯船から拾い上げた。



    それは鼻受けから真っ二つになったサングラスが……


    「悪い……割っちまった……」
    「じゃあ、俺が踏んで滑ったのも……」

    「私のサングラスーーー!!」

    閑散とした大浴場に、私の声がこだまするように声が大きく響くのだった。



    ※※※※※※※※※※※※※


    ドカッと体重をかけるように椅子に体を預ける。
    大浴場を出た先の休憩室では、風呂場に人が少なかったこともあってか、今のところ誰もいない。
    それほどスペースは多く無いが、座り心地のいい竹で編んだ長椅子は、自分の重い体重に少し軋みを上げるように鳴った。
    返り血を洗うために解いた髪を束ねるのが面倒でタオルで乱暴に拭いていると、足音が聞こえた。

    「長可さんも飲みますか?」
    「おう」

    カタン、と音を立てて隅に置いてあったガラスの箱から瓶を二つ。
    淡い橙色のそれを受け取ると、ひんやりした瓶の温度が風呂で暖まった体には気持ちよかった。
    連れはそのまま長椅子の空いていた隣に座ると、瓶を傾ける。
    いつものキッチリした背広ではなく、ゆったりとした紺の波紋模様が描かれたの浴衣が妙に似合っていた。
    少し濡れた前髪の下には、いつもの濃い色眼鏡。
    霊衣だから、とすぐに直していたが、その下の双眸を一度見たがために少し惜しいと思ってしまって。

    「あいつは?」
    「ん?以蔵さんですか?食堂行きましたよ。ビール飲むんだって」

    本当にお酒好きですよねー、と語りながらもう一口。
    釣られて飲むと、甘い果物のような味がじんわりと胃に広がっていき、風呂で抜けた水分を補うように染み込んでいく。
    風呂の中で考えていたことが、絡まった紐のように結ばれていたのに、それが少し緩んだ気がした。

    「お前は行かなかったのか?」
    「別に私はお酒好きではありませんし。それにあの人とお酒飲むと色々面倒ですよ?
     それに…………」

    色眼鏡越しの視線が真っ直ぐこちらを見据える。
    手荒れも武器を握るもの特有の皮膚の硬さもない細い指先が、そっとこちらの頬に触れた。

    「お風呂の時から様子がおかしいようですが、どうかしましたか?」

    体温を確かめるように、肌を滑るがそれを不快には思わず避ける通もない。
    むしろ、相手から触れてもらえたことが嬉しいと片隅ですら思ってしまったことを知られたらこいつは笑うのだろうか。

    「そんなに変だったか?」
    「そうですよ。マスターにも反応しませんでしたし、いつもならお風呂が終わったら着替えたらすぐにでも食堂に引きずって行くじゃないですか」

    風呂の後は腹が減るからな。
    そう思えば、今こうして誰も居ない休憩室で大人しくしていることが異質に写るのは致し方ないのだろう。

    「いやぁ、色々と考えちまってな。まぁ、気にすんな」
    「そう言われると逆に気になります……」

    色眼鏡の上の眉が少し寄る。
    こいつの表情は、色眼鏡を付けいている分他の奴らより分かりづらい。
    目は口ほどに物を言う、と言う言葉もあるぐらい、隠されている分読み取るのが難しい上にいつも浮かべる笑顔さらにそれを覆い隠す。

    だが、先ほど風呂場で見てしまった。

    その奥を。

    気立て良く献身的で、嫁にしてそばに置きたいと思った。
    華奢な体も細い指先も流れるような髪も全部お気に入りで。
    その反面、嫁にしたいと口にした時、断られてもいいやくらいの軽い気持ちだった。
    同性である以上、拒否をされることは想定内だし受け入れてくれるのなら大切にしようとその程度で。

    だが、手に入る可能性ができてしまった。

    そしてまだその答えはもらってないのに。

    湯船でこちらを見つめて来た、色眼鏡の無い真っ直ぐな視線。
    濡れた前髪の隙間から、長い睫毛のに覆われた珠のような瞳に目が離せなかった。

    欲しいと思った。
    誰にも渡したく無いと思った。
    答えを先延ばしにいたことをこれほど後悔するなんて思っても見なかったのだ。


    「そういやぁ、マスターは大丈夫なのか?」
    「はい、ロビンさんが一応メディカルルームに寄ってくれるそうです。何かあってはいけませんから」
    「かなりの勢いで滑ってからなぁ」
    「私のせいで……いや、半分くらいは以蔵さんに責任があると思うんですが」
    「わはははは!!あいつ見つかった途端逃げやがったもんな」
    「そうですよ!霊衣でなければ弁償してもらう所です。まぁ、マスターが許しくれたので今回は不問にしますが。
    我々のマスターに大事が無くてよかったですね」

    そうだ。
    こいつにと狩りに行く前は、何にも増してマスターが好きだった。
    一緒に暴れられて、要望を聞いてくれて時々諫めてくれる令呪で結ばれただけでない、信頼し得る俺のマスター。
    この首も命も捧げても、マスターの牙になることがサーヴァントとしての役目だと思っていたのに。


    風呂場で二人が笑い合っていた時、思ってしまった。

    マスターに、笑い掛けられたことを羨んだのではない。

    マスターが、笑い掛けられたことが羨ましかったのだ。

    色眼鏡の無い、あのマスターを大切に思う彼の慈愛の微笑みは、決して自分に向けられるものでは無いのだから。


    頭の中の紐が解けていく。


    あぁ、これはただの嫉妬か……

    ガキみたいだな、俺。

    いくら比べたてって比べられないものくらいある事は知っているのにな。


    「よおっし、飲んだら飯行くか!」
    「…えっ、私この一本で結構お腹いっぱいなんですが……」
    「そんな事言ってっと強くなんねぇぞ!男ならガツンと食わねえと!!」
    「食べるくらいで能力が上がるのなら喜んで食べますよ」
    「それに一人よりお前と食う飯の方がうまいだろう?」
    「私と、ですか?」

    きょとん、としていた顔が徐々に綻ぶ。
    色眼鏡があっても分かる、いつもの笑顔とは少し違う微笑み。

    心の底から嬉しいって感情が分かるほどの笑顔。


    こんな顔も俺にするんだな、と思うだけで愛おしい。


    あぁ、早く嫁になんねえかなぁ。




    そう思わずにはいられないのだった。





    ※※※※※※※※※※

    後日


    「ご希望いただいていた、骨と牙と毒針と……蹄鉄は少しか取れませんでした」
    「うわあぁ!ありがとうマックスウェル!むしろこんなにもらっていいの?」
    「もちろんですマスター。レイシフトをさせていただいているのですから、その分の対価を払うのは当然です。こちらにも必要分は確保していますのでご心配には及びません」
    「そう言ってくれると嬉しいよ。お酒やつまみ買いに行くだけにレイシフトするサーヴァントもいるくらいだから本当に助かる……」
    「……お止めしないのですか?」
    「みんな我が強いからね……止めるの大変だし」
    「心中お察しいたします……」

    マスターのデスクの上に、納品する素材を並べながら二人して大きくため息をつく。
    サーヴァントの中には、唯我独尊なお人たちがかなりの数いらっしゃるので、マスターの心労は計り知れないだろう。
    しかし、そのサーヴァントたちを使役して特異点を正して来たのだからその手腕は折り紙付き。
    使役こそ出来ないが、他のサーヴァントたちともっと持ちつ持たれつの関係になれば、素材集めも捗るになぁとつい思ってしまう。

    あぁ、でも暴れるのが好きで、物好きにも私に同行してくれる方がいるのは本当に助かっている。
    力ない私がこうしてマスターのお役に立てるのは、偏にそのおかげだと言っていい。
    力量差から下僕扱いされてもおかしく無いのに、対等に接してくれるのが嬉しくて。
    狂化のある彼の手綱を握る、とはまでは行かないが、道標のようになれたらいいと思ってはいるのだが。

    「マックスウェル、なんかいい事あった?」
    「えっ、何がですかマスター?」
    「だってなんか笑顔がいつもと違うし」
    「……違いますか?」
    「あっ、戻った」

    自分の頬に手を当てて表情筋を確認する。
    コミュニケーションを円滑化するために、表情には気をつけていると思っていたのだが。
    鏡がないので、現状は分からないがマスターがそう言うのだから違っていたのだろう。

    「何か変でしたか?」
    「変って言うか……幸せそう?な感じ?だから何かあったのかなって」
    「いえ、特には何も……」

    狩りの後のお風呂から、そういえばずっとお会いしてない。
    素材を精製していて研究室に篭っていたのもあるが、用事が無いとこちらから尋ねることも稀で。
    時々は、扉を壊す勢いで会いに来てお茶をすることもあるのだが、最近は物静かで寂しいほど。

    ……寂しい?
    この前からこの心境の変化はなんなのだろうか?
    まだ現界して日の浅い私には、少々理解できない感情ばかりだ。

    「じゃあ、何かあったらまた教えてよ」
    「はい。かしこまりました、マスター」

    あの狩りに行った日の事を報告した方がいいのかと思い、その口を噤んだ。

    だって、あの時の返事はまだしてないのだから。



    マスターへの提出が終わったから、後は残りを精査して、検品して、加工はどうしようかな。
    そんな事を考えながら廊下を歩いていると、何やら風を切る音が。
    ブワッと廊下の風を撒き散らして現れたのは、刀に乗った蘭丸さんで。

    えっ、あ、それ乗れるの?
    どう言う原理なのだろうか?
    宝具では無いようだが、やはり銀河の技術なのか?
    銀河って奥が深い。

    「お久しぶりです!蘭丸Xただいま参上であります!」
    「お、お久しぶりです。それ、乗ってると危なく無いですか?」
    「問題ありません。蘭丸は星間飛行剣技3級の腕前なのです!このような大きな廊下なら縦横無尽に掛けることなど訳ありません!」
    「そう、ですか?すごい?ですね」
    「カルデアは広いが故にこの方が早いと思いまして参上させて頂きました。さあ!参りましょう!!」

    えっ、何言ってるの?
    自信満々に差し出された手に、どうしていいのかもたついてしまう。
    そもそも、安全性は?
    カルデアの時間軸だと、うっかり事故が起きれば座に帰りかねないのですが。

    「さあ行くのです!蘭丸が光の速さでお連れいたします!」
    「どこへですか?光速だとカルデア内を突き破りかねませんが……」
    「その辺は蘭丸にお任せあれ!華麗な操縦はお手の物ですので!」

    きらーん☆とポーズを取ったかと思うと、遠慮がちに伸ばした手をガシッと捕まえられた。

    そういえば行くって何処に?
    そう言葉にするを発するために口を開けようとした瞬間。


    世界が恐ろしい勢いで流れた。






    「到着!であります!」

    し、死ぬかと思った。
    大丈夫、腕は付いてる、のか、多分。
    とてつも無い重力と浮遊感。
    ジェットコースターに乗ったことは無いが、こんなものだろうか。
    いや、安全性をみたら、ジェットコースターの方が決められたレールの上を走るだけ幾分かマシだろう。

    「おう!ようやく来たな!!」

    扉の奥から元気な声が聞こえると、それに促されるように部屋に入った。
    誰かの工房だろうか、明るい照明の中作業台がいくつも並んでいる。
    そしてその奥に、

    「あぁ、お久しぶりですね、長可さん」
    「最後に会ったのそんな前だったか?忙しくて時が経つのが早えよなぁ」
    「私もしばらく素材作業に篭っていたので、マスターに言われてびっくりしたくらいで」
    「そういやぁマスターに顔出してなかったな。元気だったか?」
    「はい、最近特異点が無いので、平和でいいとおっしゃってましたよ」
    「お二人とも仲がいいのは知っておりますが、せっかくお呼びしたのですから!」

    長可さんとの会話をニュッと間から割り込む蘭丸さん。
    最近お会いしてなかったので、つい会話が弾んでしまって。

    「そもそもなんで呼ばれたんですか、私?」
    「そうです!これをお見せしたかったのです!!!」

    ジャーーーン!!
    と蘭丸さんの口から効果音が出ると、作業台の上の布が取り払われる。

    その下に隠されていたものに、目を奪われた。

    色鮮やかな布。
    模様が多彩に入ったものではなく、どちらか言うと単色寄りなのに、その度の布も細かな細工が施されている。
    光に当たると虹色の虹彩が見える青い布。
    薄いガラスのを散りばめた、透明感のある白い布。
    赤い生地に細かな同色の刺繍が施された布。
    他にも今まで見た事が無いような、素材すら不明だが美しいとしか形容し難いものまで多種多様にあった。

    「すごく綺麗ですね。どうしたんですかこれ?」
    「これは全て銀河各地から取り寄せたのです!現地に行って一番いいものを手に入れてきました!」
    「このよく分かんねぇ奴は、俺が仕留めた獲物から作ったんだと。あれがこんな布になるなんて驚きだようなぁ!」
    「見事な一刀両断で、状態も良かったのでお届けしたら褒められましたよ!」
    「殻が硬くってよぉ、宝具ブチ込んでやったよワハハハハッ!!」

    綺麗で作るもの大変なのは分かったが、一体何から出来ているんだろうか?
    宝具使うなんて並の生物では無いのは確かである。

    「で、これ何に使うんです?マスターへのお土産ですか?」
    「何言ってるんですか、婚礼用の衣装ですよ」

    「……………………は?」

    あれ?返事はしてないよな?
    そもそも、あの日から一度も会ってないし……
    このデジャヴ……前もあった気がする……

    「ご心配には及びません!布地を見せたところミス・クレーが快く引き受けてくださるそうで!!布の見てインスピレーションが!!と高ぶっておられましたよ!」

    外堀が!外堀が埋まっていく!!
    全部の過程をすっ飛ばして、決定事項にされてる!!

    早く答えを出さなかったばかりに、と思っていても、すぐさま決められる事ではない。

    だって婚姻とは生涯の伴侶になる事であると、聖杯の知識は告げる。
    そんな重い事を、言葉一つで気軽に決めていいものなのだろうか。

    私は『人』では無い。
    所詮は誰かが望んだ願いの塊でしかない。
    だから『願い』に対して執着を見せ、そのため行動してきた。

    彼と共に居るのだって、ただのその過程でしかないのに。

    欲しい、と口にしてくれた時嬉しかった。
    でも私には返せるものなど、何も無い。


    相手を愛する気持ちなんて、まだ理解出来るほどの感情すら持ち合わせていないのに。






    バサッ!と頭に布が降ってきた。
    それは、虹を閉じ込めたような薄い破片を散りばめた真っ白な布。
    照明の明かりが、その隙間から落ちてきて、ステンドグラスの様に美しかった。


    そして布の端をめくった先には彼の顔があって。


    「やっぱ似合うな、すげぇ綺麗だ」


    虹色の採光の中笑う彼は、とても暖かな微笑みで。


    愛おしむような、慈しむような


    私に向けられた、彼の感情を目の当たりにして。



    苦しくて心臓が止まりそうだった。




    ※※※※※※※※※※※※※※※※


    「……逃げた…」
    「…………逃げましたね……」

    こんもりと人一人が丸まってそうな布の下には誰も居ず。
    布をかぶってから霊体化でもしたのか、食堂であったマジックのショーを思い出すくらいの華麗な消えっぷりだった。

    でも、綺麗だったなぁ……
    薄い七色に光る影が、金にも似た髪や色眼鏡に落ちて、ものすごく美しかった。
    真っ白な肌が、覗いた途端に赤くなっていくのが、また愛おしい。
    もっと眺めたかったのが残念なほど。
    嫌がられても捕まえとけば良かったなぁ。

    これを見るために狩りを頑張ったのだから、自分としては大満足なんだが。

    「やはり押せばいけますよ!押して押して押して、ちょっと引いてから押すのが、今の銀河流少女漫画の定番ですからね!」

    蘭丸はやる気満々なのか、次の手を考えているようで。
    女ってどの時代も、恋話とか好きだよなぁ。
    そして頼んでも無いのに、ガッツリ関わる気満々。
    まぁ、あいつをその気にさせてくれるならなんでもいいけど。

    「次のアプローチはどうしましょう!?やはり無難に花でしょうか!?」
    「あいつ花好きかぁ?あんまし想像できねえけど……」
    「確かに……。やはり相手にあったアプローチが最善かと!彼の方はいつの時代の方なのでしょうか?それによっては婚礼の作法も考えないと!」
    「………………えっと……」

    そういやぁ、いつだ?
    名前は知ってる。
    長いからあんまり呼んだこと無いが。
    衣装は近代風だが、古代のサーヴァントも最近は近代式の衣装を着ている奴もいるので当てならない。

    華奢な体つきと、優しい笑顔。
    気がきくし、話して楽しくて。
    一緒に居たくて、側に置いておきたい。

    それだけで良いと思えるほど、愛おしい存在になっているのに。


    「何か功績や書物などは?サーヴァントになるですから人に名が知れ渡る事象くらいあるはずですが」
    「知らねえ」
    「えっ……」

    「俺、あいつのこと何にも知らねえわ」


    概念英霊である事は知っているが、それだけ。


    何一つ知らない。


    産まれた背景も、歩んだ足跡も。


    あの特異点とも呼べるシュミレーターやこのカルデアで、行ってきた数々のことは自分には理解するには難しすぎるからだ。



    彼の全てを見ているようで、何一つ知ろうとしなかった。


    逃げられて当然か……


    「分からなければ知れば良いのです!弱気になってはいけません!!」

    檄を飛ばす蘭丸の頭を乱暴に撫で回す。

    戦場では何も考えず槍を振ればよかった。
    槍の矛先は相手に当たるたけで致命傷となり、さらにその首を落とせれば手柄となる。
    返り血も、刃こぼれも、自分自身の傷さえもおざなりにして、ただ獣の様に敵を狩り続けることが戦場には必要だった。
    ただただ真っ直ぐに進むことが得意だったのに、歩み寄るということに臆病になっていたなんてな。

    「ありがとな!まぁ、なんとかなるだろ!」
    「その意気です!蘭丸も全力で応援いたしますよ!」

    虹彩に彩られ、頬を染めたあの顔を思い出す。


    あんなの見たら、逃げられても諦められないだろ。


    悪ぃな、往生際が悪くてさ。


    答えの是非を貰えるまでは、諦めるつもりはないから覚悟しとけよ。



    あの焚き火の様に静かに燃えていた火は、燃料を投下されたとばかりに激しく燃える。


    この焦がれる心が、いつかは相手に伝わることを願って止まないのだった。


    終わり





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