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    shimanyan112

    @shimanyan112

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    shimanyan112

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    森長可×マックスウェルの悪魔の小説です。
    『炎に誘われて』と『後がれる炎の行先』の続編にあたります。
    なのでそちらを先に読むことをお勧めします。
    流血表現がありますのでご注意下さい。

    傷だらけの霧氷花「あぁ、もうどこまで行っちゃったんですか………」

    険しい山道。
    獣道すらない森は、昼の明るい時間だというのに陽の光が葉の隙間から微かに漏れる程度。
    そんな中、先に走って行った人を見つけるのは至難のわざで。
    まだ、彼の声が大きくて叫びに似た威圧感のある声が、森の木々の中を反響しながら聞こえてくる。
    こちらはこの前から研究と請け負った仕事ばかりで、久々のレイシフト故に足取りもいつものようにはいかなくて。
    根詰めていた分、彼が一緒にレイシフト出来なかったことに苦言を呈していた訳では無いが、ようやくと嬉しそうに満面の笑みを溢したことをつい思い出した。
    でも、出発ギリギリまで締め切りのあった仕事をしたのは失敗だったとこの後に後悔することになるのだが。

    ガサッ。
    微かな草をかき分ける音がして、身を硬くする。
    遠くから聞こえる声の位置から彼では無い。
    だとするならば……。

    一歩引いた瞬間、木々の隙間からこちらに向かって何かが飛んできた。
    薄暗く狙いが甘かったせいか、それは避ける事なくともで後ろの木に深々と突き刺さる。
    いけない、と防御の魔術を貼ったが、意外と早かった二射目を僅かに弾いただけだった。

    「痛っ……」

    頬をかすっただけだった。
    それはレイシフトするならば、何の気にもするはずのないもの。
    毒や麻痺などは気をつけていたために防御を張ったが、かすった部分からの痛みに背筋がぞくりとした。

    そう、ここは『自分を否定した』時間軸なのだと。
    仕事で遅れたから、管制室に着いたときはもう準備万端で。
    彼のことだから、いつもと同じレイシフト先だとばかり思っていたのに。

    木々の影から出てきた魔獣は、それほど大きくは無いが明かに何かしらの毒を含んでいるのは確かで。
    尾からの射出物は、敵を動けなくするものなのか、少々かすっただけの頬がピリピリする。
    呼吸を整えると、まずは相手を束縛する魔術を練り上げた。
    体が大きく無い分素早そうで、固定してから攻撃を!

    サポート向きの自分が、どこまで出来るかは分からないが、彼を呼び戻すには遠すぎて。


    決心した、サングラス越しの瞳は目の前の魔獣に真っ直ぐ向けられたのだった。




    「うははははははっ!!弱えぇぇなああぁぁっ!!おらあぁっ!!」

    ドスっと大きな音を立てると、目の前の魔獣が酷い鳴き声を上げて地に沈む。
    それを抜くが早いか、向かってきた大型の獣に似た魔獣の脳天に向けて投げつけた。
    静かな森の中に、断末魔のような悲鳴を漏らしながら、それは山の坂を転げ落ちるのだった。

    「あっ、やべぇ。落っちまったな」

    魔獣を狩るときは、素材回収するときのことも考えてくださいよ、と最初の頃に怒られたことを思い出す。
    谷に落ちた獲物は、素材も取れないし肉も取れないしで、丸損なのは分かってはいる。
    でも、狂化のあるバーサーカーらしく、戦っているときはちっともそんなこと考えられなくて。
    戦っているときは、楽しくて楽しくて周りの事なんて考えている余裕はないのだ。

    「なぁ、あれどうする?面倒くせえからそのままでいいよな?」

    そう振り返った時、後ろにいつもの彼がいない事に初めて気がついた。
    しん、と鎮まり返った森には、自分の声だけが聞こえ、いつも寄り添ってくれるスーツ姿の彼はどこにも見当たらない。
    木の影に隠れでもしているのかと、見回し名を呼んだが、それは木々にこだまするだけで。
    久々のレイシフトだったから、調子に乗ってしまったようだ。
    最近は研究と請け負った仕事の忙しさに、ちっとも時間を共有出来なくて。
    さらに食事でもと声を掛けても、素っ気なく拒否されて、ようやくの時間を作ってくれたことが嬉しくて嬉しくてテンションが上がりすぎてしまったのだ。
    嫁に来てくれたら、せめて床くらいは一緒に……いや、そもそも寝ているのかそれすらも分からないが。
    ただ分かっている事は、今日のために忙しい合間を作って一緒に居てくれるって事。
    それなのに置いてきちまうなんて、面目ねぇなぁと頭を掻いた。

    「おーい!どこだーー!!」

    槍を再構成すると、その前に仕留めた魔獣を引きずりながら、恐らくであろう自分の来た方角に向けて山を登る。
    獲物を追うように走っていたので、点々とした血の跡が微かな道標だった。

    何度目か分からない声かけに、僅かな返事が。
    それがいつものハキハキと喋る彼の声とは段違いに弱々しいもので、聞こえた瞬間一気に地面を蹴った。

    「……あぁ…………長可、さ、ん……」

    木に座り込むように丸めた小さな体。
    そして庇うように抑えていた右手から肘までが真っ赤に染まっていた。

    「すみません、戦闘向きでは、無いので、手こずりまし、て」

    そう言うと、苦悶の表情で眉を寄せた。
    白い肌がもっと青白くなり、その額には汗が滲み出る。

    いつもレイシフトする時、常に一緒にいる訳ではない。
    ある程度離れる事もあったし、素材回収など各々で動くことも少なく無かった。
    そんな時も、彼は怪我をしたりする時などなく、むしろ飄々と敵の攻撃を避けているとばかり思っていたのに。

    「大丈夫か!?」

    駆け寄るが、接触すらも彼の痛みになるようで触るのすら躊躇ってしまって。

    「毒の周りが早、くて、すみません、が、腕を落として、頂けません、か?」
    「…………なっ……!!」

    よく見れば、白い指先がじわりじわりと紫色にと変色していく。
    それは明らかに壊死するような毒の周り方だと分かっているのに。

    「でもよう、切っちまったら……」
    「サーヴァントです、から、後で戻せ、ます。だから……」

    サングラス越しの瞳がこちらを縋るように見つめる。
    生前敵の首を切るの簡単だったし、腕や足だって思いのままに切り落としてきた。
    今持っている槍を使えば、彼の細腕など魔獣を仕留めるよりも簡単に落とせるだろう。

    でも、怖かった。
    今まで感じた言いようのない恐怖が襲う。

    嫁にしたいと思いを馳せている相手を切ることが、こんな感情を生み出すなんて。
    槍を握る手に冷や汗を感じる。

    振り下ろした槍が一歩間違えば、彼を殺すことになるのだから。

    「…………長可さん……」

    槍を構えたまま動けない自分を、見上げた顔は切実さを物語っているって分かっているのに。
    真っ白な指は全て、紫色に染まり時間が無いことを告げていた。

    「…………早くっ……!!」



    肉を切り骨を断つ感触は、後にも先にも無いだろうと思えるほど不快なものだった。





    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



    意識が戻る。

    いや、意識という思考が表面に来る前に、強烈な痛みが頭に覚醒を告げる。

    サーヴァントはそもそも痛みなどの感覚器官は霊体であるが故に鈍くなっており、灼熱や極寒などにも対応できるほど。
    それなのに、この痛みは耐えがたい程で、目を見開く前から額に脂汗が滲み出るのを感じた。

    「っ、………ゔっ、ぁ……っ」
    「おい!!大丈夫か!?」

    上から降ってくる、悲痛なまでの声にようやく薄目が開くと、そこには心配そうにこちらを見下ろす長可さんが居て。
    そこに出始めて自分が彼の腕に抱えられていることに気がついた。
    意識がはっきりとしてくると、さらに痛みは増すばかり。
    ズキンズキン、と鼓動する心臓の音に合わせて痛みが走り、その正体が腕からくるものだとようやく理解することが出来た。

    あぁ、そういえば………

    そうなった発端を思い出し、自分の未熟さを理解した後、痛覚を遮断するために意識を集中させる。
    流石に全ての感覚を遮断することは、危機管理のためには危険はことだが、彼といるのなら心配無いだろう。
    それよりも痛みによって、思考がままならない方が問題なのだった。

    痛覚を落とし、腕のない違和感だけが残った体は、ようやく体の力が抜けて彼の大きな手に体重を預けた。

    「あ、りがとうござ、います。もう、大丈夫、ですから」

    まだ、息絶え絶えに言葉を紡ぐと、彼は辛そうに顔を歪ませた。

    「痛覚を切りました。………そんな顔しないで下さい……」

    無事だった腕で、彼の頬を撫でると大きな手がそれを掴んだ。
    血に濡れた手が、それが獣のものでは無く、自分のものだとすぐに分かった。
    生前に数多の戦場をかけてきた彼が、どうすれば人は死に至るのか分かっているからこその表情なのだと。

    「でもよぉ、俺が離れてたからお前がこんな目に……」
    「それは結果論でしかありません。非力な私が悪いのですから。むしろ助けて頂いて助かりました。私では出来ませんでしたから……」

    肩口からすっぱりと落とされた部分は、とてもきれいな断面をしており、迷いなく刃が通った事を意味していた。
    魔術を使えば出来なくはないが、自分で行えば近距離故に周りの組織まで微塵にしていたかもしれない。
    それで最悪霊核が傷付けば、座に還る可能性だってあったのだから感謝しかないのだ。

    「………それよりここは?」

    そこで初めて周りの状況を見る。
    薄暗く小さな部屋程度の洞穴だが、僅かながらに天井から光が漏れていた。
    彼が私を抱えて座っている状態で、もう少しだけ余裕がある程度。
    床に寝かせらてもおかしくない広さだが、わざわざ抱えてくれている状況に彼の優しさを感じるのだった。

    「血で魔獣どもが寄ってきたから移動したんだ。熊の巣穴か?調度近くに会って助かったぜ」
    「あぁ、なら結界を………」
    「やめろ!」

    彼が握っていた手に力が篭る。
    よく見れば、その手はうっすらと透けていた。
    恐らくは、出血しすぎたことで霊基が不安定になっているのだろう。
    この体を構成する要素が少なくなれば、維持できなくなることは必然なのだ。

    「そんなことしたら、お前消えちまうじゃねぇか………」
    「その時はカルデアに強制送還されるだけです。座に還るわけではありませんよ?」
    「分かってるけどよ………」

    その言葉の続きが、この日を楽しみにしていたことに続くようで嬉しくもあり苦笑した。
    離れてしまったのだって、テンションが上がり過ぎていたことなのも分かっていたし、彼の性格から時間軸さえ間違わなければ、いつもと変わらないものだったはずなのに。

    「これからは絶対守るから……無茶すんな……」
    「………長可さん…」

    傷ついた腕を避けながら、優しく包み込まれるように抱きしめられ、いつもの威勢の良い彼からは見ることのできない感情を見た気がしたのだった。

    「なぁ、こんなことならもっと側にいろ。危ねぇだろうが」
    「いえ、普段は怪我なんかしませんよ?今回が『否定された時間軸』だっただけで」
    「………ん?何言ってんだ?」
    「えっ………?長可さん私名前ご存知です、よね?」
    「そりゃあ知ってる。最初に聞いただろうが」

    あれ?こう言う知識って聖杯の共通認識じゃなかったのかな?
    それとも、サーヴァントによって分け与えられる知識量って変わるのでしょうか?
    名前と概念英霊であることを考慮すれば、認識しているとばかり思っていたのが間違いだったのだと、その時初めて気がついたのだった。

    「どうした?」
    「………いえ、共通認識の甘さに辟易しているところです……帰ったら説明しますね」
    「おう!よく分かんねぇけどよろしくな!」

    物理学を理解していないものに、この特性を分かってもらうのは今は難しそうだと後回しにすることにした。
    それよりも少しでも笑ってくれた、彼の顔が元の生き生きした姿に戻ってくれたことの方が安心材料になるのだった。

    「…すみません、せっかく来たのに……」
    「気にすんなって、また来ようぜ!そん時はエミヤにでっかいおにぎり用意してもらってさ。俺が馬鹿でかい獲物狩って来てやるからうまい飯作ってくれよ」
    「そうですね。次は早めに行きたいのですね、」

    そう笑って身を捩った途端、パキン、と小さな音を立てて肩の傷口が割れた。
    ヒビの入ったグラスが欠ける様に、それは儚くも彼の膝に溢れる前に空気へと溶けていく。
    ……あまり芳しい状態では無い様ですね……

    「おい、カルデアまで持つか?」
    「霊核は無事ですので、戻るだけなら問題ありません。ただ、破損が多いと次回までが遠のいてしまうのが……」

    破損部分が増えるほどに、その修復は時間が掛かる。
    ただでさえ魔力値が他のサーヴァントに比べて少ないのに、カルデアでの供給魔力に頼れば次は1ヶ月先か、2ヶ月先か。
    せっかく次をと、言葉を交わした後だったのに。

    「霊基の再構成には魔力が足りません。霊脈が近ければ補完しやすいのですが」
    「あ?魔力?じゃあ、魔力供給すればいいじゃねぇか」

    さらっと言われた言葉に、心の動揺が体に出たのか、パキパキと破片が落ちる。
    聖杯から作られた自分に、埋め込まれた知識は当然それを知っている訳で。
    いや、ここじゃ無理、と、まず私の体が、え、嫌とかでは、

    「俺の腕使えよ。俺も魔力は低いけどよ、帰るくらいまでの足しにはなんだろ?」

    サングラス越しの目を見開く。

    「あぁ、足は勘弁な。歩けねぇとお前を運べないと不便だしな!」

    腕なら今のお前とお揃いだよなぁ、と豪快に笑う彼に先ほどの考えをしてしまったことを恥じた。

    ……なんと簡単に言うのだろう。

    私はこの腕の痛みを知っている。
    意識を飛ばしてしまうほどに、強烈で耐えがたいほどの痛み。
    たとえ、サーヴァントと言えどもそんな軽い言葉にしてしまえることでは無い。

    「……なんで、私にそこまでしてくれるんですか?」
    「そりゃあ……前に嫁にしたいって言ったろ?大事なお前だから助けたいって変か?」
    「…私には……良く、分かりません……」

    言葉が濁る。
    概念英霊である私には理解出来ない感情。
    それが、人理でもマスターでもなく、『私』に向けられている。
    彼からの言葉に、普通の人間ならば湧き上がるであろう気持ちをうまく返せなかった。
    心の奥で、小さな泡が弾けるのを感じながらも。

    でもこれだけは分かる。

    今私を優しく抱きとめている彼の腕を犠牲にする選択肢などない事を。


    「長可さん」
    「ん?どうした?」
    「長可さんの魔力頂けますか?」
    「なら、腕を」
    「そうじゃなくて、……内側から直接頂けばそれほど負担が掛からないかと」
    「内側って?どうすりゃいいんだ?」
    「それは……」

    延ばした指先が彼の唇に触れる。
    その瞬間、鎧越しだと言うのに心臓の音が聞こえた気がして。

    「い、いいのか?」

    それが魔力供給以外にどんな意味をしているのかは知っている。
    あくまで、そう、これは人工呼吸の様なもの。
    でも先ほど言われた言葉がちらついて、意味を作り出してしまう気がしてしまう。

    そうなれば彼の気持ちをも、もっと理解する事が出来るのだろうか?


    サングラスを外すと、抱きとめられた体をわずかに起こす。

    添えられた指先に導かれる様に、互いの距離が縮まった。


    初めは小さく触れる。

    唇の柔らかな感触と互いの吐息を感じながら、ゆっくりと舌を差し入れた。

    びくっと彼の体が跳ねる。
    一瞬唇を噛まれるかと思ったが、そうならなかったのはきっと彼が耐えてくれているからだろう。
    それは口付けを通して、内側を探られている様なものなのだから。
    霊基に結びついた魔力を頂くことは、与えることよりもずっと難しい。
    全身の魔力を奪い過ぎない様、摘み取る様に少しずづつ。
    それでも、きっと体には不調が既に出ているであろうに、私を抱えた腕は解けることはなかった。
    それどころか、抱きしめらた指先の力がわずかにスーツにシワを寄せたのだった。


    唇が離れる頃には、今度はこちらが力尽きる番で。
    集中を解いた途端、目眩が起こり体はまたぐったりと彼の腕に沈んだ。
    無理も無い。
    魔力を頂いた際にわずかに一緒に取り込んでしまった霊基が、体の中で暴れているからだ。
    クラスが違うの為かうまく馴染まず、それでも魔力で満たされた体はかろうじて壊れないで済んでいる。

    「おい、大丈夫か?」
    「え、えぇ。長可さんの方がお辛いはずなのに……」
    「俺は丈夫だからよ。全然平気だぜ!」
    「……良かった…、ありがとう、ございま、した……」

    気にすんなって、と笑う彼の笑顔が見れてほっと胸を撫で下ろした途端、また意識が霞む。
    概念英霊である自分が、他の方の霊基を取り込む事がこれほどまでに体に負担があるなんて、と不甲斐なさを感じつつも瞳を閉じた。

    「心配すんな、ここにいてやるからよ」

    優しい声が、耳に聞こえる。

    額の柔らかな感触を感じると、また意識は底へと落ちていった。


    でもその抱えられた腕の中にいる限り、不安も痛みも何もかもが消えていく気がしたのだった。



    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



    軽い。
    それに脆くて、柔っこい。
    腕の中のぐったりした姿は、とても小さく見える。

    なのに、すげえ綺麗に見えるのって欲目なのかなぁとか考えてみる。

    閉じたまぶたについている長い睫毛が、わずかに漏れる日の光に煌めいている様に見えて。

    先ほどまで口付けていた薄い唇がうっすらと色を帯びていて、堪らなく愛おしくなりもう一度その額に唇を落とした。

    魔力供給といえども、実はめちゃくちゃ嬉しかった。
    だってこっちはその気はあるのだが、相手はそれほどまでに進展する気すらなかったのだから。
    返事待ちという、なんともそわそわしてしまうの関係性の今、距離を詰められた事を喜ばない奴などいないだろう、絶対。

    至近距離で見る、相手の双眸。
    さらりとした長い前髪が触れる、くすぐったい感覚。
    遠慮がちに近づく唇が触れた時の柔らかな感触は、正直脆くなっている彼の体を握り潰しそうなほど抱きしめてしまいそうでぐっと堪えた。

    でもそれは、互いの舌が触れ合った途端覆った。

    理性だけが、彼を突き飛ばさない事を選んだほどにキツかった。

    それほどまで長い時間ではなかったはずなのに、その間傷口から絶え間なく血が流れていると思えるほどに、自分の中から何かが抜けていく感覚。
    もう一度と彼にせがまれても、一瞬躊躇するかもしれないくらいには。
    腕の方がまだ楽だった気がしなくも無い。
    まぁ、痛く無いだけマシなのかどうなのか。

    「……ちゃんと守んねぇとなぁ」

    暴れるのは得意だ。
    バーサーカー故に、理性を飛ばして仕舞えば、あとはこの命尽きるまで戦える。
    でもそれは守るとは相反するもので。
    周りが見えなくなれば、また傷つけるし傷ついたいことにすら気がつけない。
    『大事』とか言葉にしたとしても、実際に出来なければ意味がないのだ。

    それに、無知である事がこんなにも危険に晒してしまうことだなんて。
    聖杯からもらった知識はたくさんあるはずなのだが、どうも足りないものが多いらしい。
    言葉や習慣など、彼との隔たりはそれによって補完されていると思っていたのに。

    何にも知らないからこそ、知ろうとしなければならなかったのだ。


    答えが欲しい。
    今すぐにでも。

    そうすれば、四六時中とは言わないが側に居られる。
    彼の時々言ってる難しい言葉も、そうすれば理解できる時が来るだろうし共有出来るかもしれない。
    それよりも、カルデアで何か起きた時に守ってやれる。

    そりゃあ、マスターのサーヴァントだからマスター第一なんだけど、マスター他にも多くのサーヴァントに守られている。
    何かあれば飛んでいくが、彼はきっと自分の守る術はそれよりも遥かに少ないだろう。

    でも隣に居る事ができれば、その時は。

    「……愛いなぁ」

    穏やかな呼吸になったその体を、壊さない程度に抱きしめる。

    この時に両手で抱きしめられる喜びに、腕を落とさない選択肢を与えてくれたことを嬉しく思った。


    その体温を感じながら、心の内から溢れ出しそうな感情で満たされていくのを感じるのだった。




    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



    「全く……次は気をつける様に」
    「……申し訳ありません」

    何度目かのアスクレピオスのお小言。
    霊核が無事だったとはいえ、霊基崩壊一歩手前だったのも事実で。
    しかし重傷だがただの怪我という面白みの無い診断結果は不服らしく、お小言は増える一方。
    まぁ、レイシフト先を確認してなかったという、ほぼほぼ自分のミスなので反論の余地はなのだが。

    メディカルルームの扉を閉めても、まだアスクレピオスの文句が聞こえる様な気がして次回からはちゃんと確認を怠らない様にしようと心に誓うのだった。

    「遅かったな、もう大丈夫なのか?」

    メディカルルームを出てすぐ、待っていてくれたのか長可さんの姿があって。

    「えぇ、もう特に問題ありませんよ」

    そう言うと、落としてしまった手をひらひらさせて見せてみた。
    と言ってもまだ完全に治った訳ではなく、表層と神経以外を魔力で補っているものなので、万全では無いのだが、心配かけまいと装った。

    「それよりも、長可さんは見てもらわないていいんですか?」
    「俺か?この通りピンピンしてるから見てもらわなくても平気だぜ」

    そう槍を振り回す姿は、出かける前と遜色ない。
    でも結構魔力を頂いた時に、霊基にも触れてしまった様な気がするけど本当に大丈夫かなぁ?

    「それにあいつら苦手なんだよ。こっちは血を流してんのに『この程度で』とか言ってくるしよぉ」

    分かる。
    頼れる方達なんですけど。
    すぐ治して下さる腕の立つ方達ばかりなんですけど……。





    「それで次はいつにします?」

    研究室について、まずはカレンダーと向き合った。
    出来れば早い内に、あぁでも論文とカルデア内での発表会前後は開けておきたいし、と思考を巡らせていた。

    不意に研究室の明かりに影が落ちた。
    それは彼が背後に、すぐそばに来ていたことに気が付く。

    「なぁ、マックスウェル……」

    ドンッ、と壁に彼の手がかかり、奇しくも壁とに挟まれる形となっていたことに気が付く。
    あっ、確かこれって、と以蔵さんから得た無駄知識が頭をよぎった。
    体格が大きい彼に挟まれたのだが、不思議と威圧感が無くそれよりも名前を呼ばれた事の方に意識が向くくらいだった。

    「どうしましたか?長可さん」

    見上げた彼の表情が険しくて。
    いつも明るい太陽の様な笑顔を向けてくれる事が多いからこその不安感が渦巻いた。

    「悪い、ちゃんと待ってるつもりだったんだけどよ」

    一呼吸。
    そして無骨な指先が頬に触れた。


    「お前を嫁にしたい。側に居たいんだ」


    揺らめく炎の様な瞳が真っ直ぐにこちらを写す。
    それがあまりに胸を刺すほどにの言葉に、逃げることの出来ない壁を背にしている事を忘れてしまいそうだった。


    それはずっと避けていた事だ。

    初めて言われた言葉はあまりに軽くて。
    答えを返さなくても、彼との関係性は変わらなかった。
    同じ様にレイシフトをしたり、食事をしたり、語り合ったり。
    異性ならまだしも、生産性の無い同性同士で、深い間がらになる事の重要性が分からなかった。

    そもそも私は概念英霊。
    人の形をしていたとしても、その心は人との絆を結べるほどに成熟していない。

    どれだけ愛を語られようとも、どれだけ態度で示されようとも、全ては自らの『願い』に背くものなら切り捨てるかもしれない。

    だから、提示された伴侶となる『利点』が『願い』のために役に立つならば別に構わないと言う、人の心を理解する気のない答えしか出来なかった。


    でも私は知ってしまった。

    彼の私に向ける思いに。
    大事にしたいと体を張って下さる心に。

    それに対して、私は何も返せないと分かっているのに、安易な言葉など紡ぐことは出来なかった。

    それならいっそ、この曖昧な関係のままでも、と。


    でも、もう逃げられない。



    「……わ、私は……っ、」

    言葉が詰まる。

    見上げた彼と真っ直ぐに目が重なる。
    真剣だが少し怯えた様な金色の瞳。

    今まで見たことない表情がそこにあった。

    いつも、豪快で笑顔が絶えなくて。
    それでいて獲物と対峙した時の顔と気迫は、猛獣すら一歩引き下がるほど。
    誰よりも強くて、敵を殲滅してく彼が、私のたった一言を待っている。
    生死を分けたことでもないのに、最悪を想定しているのだ。


    ……でも私が知ってる、見ていたい表情はこれじゃない。


    「……私は概念英霊であるが故に人としての感情にはとても鈍く、今ある感情が長可さんと同じものなのか分かりません」

    一瞬息を飲んだ音が聞こえた。

    聖杯によって作られた『私』と言う存在。
    知性も理性も与えられたものだからこそ、人を模す様に振る舞って来た。
    他の人に同調し、協調しているている様に見えて、その中身は一歩引いたところから眺めていたのだ。

    でも彼と触れ合うたび、心を通わすたびに、自分でも分からない何かが湧き上がる。

    月の様に、つかめそうなのに見出そうとするたびに掴めなくなる不思議な感情。


    理性だけでは決して解けない問題を私は気付いてしまったのだ。


    …………私は、それを知りたい。


    「だから……教えてください。この感情を知るために一緒に歩んでみたいです」
    「……一緒にっ……じゃあ、嫁に……!」

    私は小さく頷いた。

    「こんな未熟な私でもよろしいのですか?」
    「いいに決まってんじゃねえか!」

    大きな体が私を包み込む。
    痛いくらい抱きしめられたその力は、どれだけ私を思っているかの様に感じて。
    気づいた時には、私の両腕も彼の背中に回っていた。
    彼の熱いくらいの体温と、少しばかり早い鼓動が心地良い。

    先ほどの眉をひそめた表情は消え、愛おしむ様な笑顔。

    あの煌くヴェールの隙間から見えたその一瞬がそこにあった。


    あぁ、これが私が欲しかったものなのか。


    それは概念英霊としての『願い』の外にある、『私自身』の願い。


    たとえ聖杯があったとしても手に入ることのない、私だけに向けられたもの。


    きっとこれから幾度の選択が待ち受けていたとしても、この答えだけは間違えていないのだと、そう思うのだった。



    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


    後日

    「あれ、断っちゃって良かったんですか?」

    薄暗い間接照明の中、扉の先から声が漏れる。

    「別にかまわねぇよ。だって嫌だったんだろ?」
    「嫌というか……あまり公にすることにちょっと抵抗があるだけで……」
    「なら仕方ねぇだろうが。こっそりしようたって、暇人共が押しかけてくるの目に見えてんだしよ」
    「……ですよね。みんなお祭りごと好きですしね」

    カタン、と扉が開くと、そこには真っ白な襦袢に身を包んだ嫁がいた。
    少し濡れた髪先が、間接照明に当たって金色にも見えて美しい。
    おいで、とばかりに手招きすると、おずおずとしながらも側に寄り添う。
    少し高めの体温の肌が襦袢越しでも、抱き寄せた手に吸い付く様だった。

    「でも、蘭丸さん泣いてましたよ?かなり進めてたみたいだったので罪悪感が……」
    「じゃあ、やるか?式」
    「またそうやって私に決定権を押し付けてくる!長可さんはどうしたいんですか!?」
    「俺はどっちでも良いしなぁ……」

    嫁がやりたいというなら協力するし、嫌なら辞めるし。
    衣装の生地だって欲しいやつがあったらから最初は協力していたが、それ以降はただただ素材集めの狩りが楽しくて目的なんてどうでも良くなっていて。
    色とりどりの衣装に身を包んだ嫁さんも見てみたいが、そうすれば催し事が大好きなカルデアの奴らも観にくるだろう。
    割と大人しくて目立つ方では無いのに、そんな煌びやかな衣装人前に出ようものなら他の奴らが魅力に気付かないはずがない。
    それはすごく嫌だな、うん。
    じゃあ、やらなくて良いか。
    マスターにはもう報告したし、それで義務はおしまいでいいのかもしれない。

    「それにこれだけで十分綺麗だしよ」

    部屋の隅に置いてあった、一枚の布を手に取ると嫁をふわりと包んだ。
    それは、あの生地のお披露目の時にかけた、所々虹色に偏光する白いヴェールの様な素材の布。
    なんでも、鱗を加工した物を縫い付けたもので、間接照明の灯りからが薄い生地から漏れて真っ白な肌に多彩な影を落とす。

    あぁ、やっぱりすごく綺麗だ……。

    思った事が言葉に漏れていたのか、嫁の白い頬が一瞬にして赤く染まる。

    「……長可さんはいつも直球過ぎます……」
    「悪い、全部考えてることが出ちまうんだよ」
    「そうですよ、最初に『嫁に』って言われた時普通に言われて聞き間違いかと思ったんですから」
    「だってそう思ったから仕方ねぇだろ。早めに伝えねぇと誰かに取られちまう様な気がしてよ」
    「誰が私をそんな対象にするんですか……」
    「俺が居るだろ?」

    彼は嬉しそうにそう笑うと、色眼鏡を外した。
    普段見れない瞳の奥が、布地の採光に煌めいてさらに美しい。
    まるであの、焚き火の日に揺らめいた時の様に。

    その華奢な体を抱き寄せる。
    同じ様に抱きしめているのに、あの時とは違う。

    互いの心が、
    眼差しが、
    寄り添うその仕草一つにさえ、ずっと近くに感じる。

    長い睫毛が伏せられると、自然と距離は近づく。

    ぎこちなくも触れるだけ、でも暖かくて柔らかで。

    あの、魔力供給の時の感覚を払拭するほどに、互いの唇が触れ合うだけでこんなにも内側から溢れ出る感情。

    背中に回された指先が、口付けの隙間から漏れる小さな吐息が、その触れる長い前髪すらも愛おしい。



    「もうこれで俺だけの嫁さんだな」

    「そうですね、旦那様」

    見上げてくる、真っ直ぐな双眸。

    それは、あの時欲しいと思った愛おしさの詰まった視線。



    何度も欲しいと願ったものをようやく手に入れた瞬間だった。




    終わり




    後書き

    森マの夫婦の馴れ初めは一端ここで終了です。
    マックスウェルに『旦那様』って言わせたかった!
    肉体的には森くんの方が強いですが、嫁には勝てない感じが既にしますねw
    新婚初夜編はpixivにあげる時にでも作りたいと思います。

    書くたびに長くなってしまって、、
    ここまで読んでいただき有り難うございました!!

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