「──あと何回、あんたの誕生日祝えるかなぁ」
「やめろ、縁起でもない。おまえが言うと冗談に聞こえんから余計にタチが悪い」
「冗談じゃないんだなぁこれが。あの時あんたがおれを選んじゃった……いや、おれが選ばせちゃったから、あんたが無事に誕生日を迎えられる回数は確実に減ってる」
「……、……そうか、」
何度か目を瞬かせた風間さんが、燃え尽きた煙草を灰皿に押しつける。驚いたりショックを受けたようには見えないし、怒りだすでもなければ泣きだすでもない。自分の寿命が縮んだと聞かされても、ここまで淡白なリアクションを取られてしまうとこっちの方が動揺してしまう。
おれも煙草の火を消し、手すりに寄りかかり空を仰ぐ。満天の星に彩られた漆黒は冷たくおれを見下ろしている。
「……ごめんね」
「なぜ謝る? 人はどうせいつか死ぬ。早いか遅いかの違いでしかない。未来が視えていようがいまいが、選択次第で早まりもすれば延びることもある。おまえのサイドエフェクトはただ、そのタイミングを意図的に操作できるだけでしかないだろう」
「見方を変えればそうとも言えるね、確かに。……でもね、あんたの寿命を奪ったんだよ、おれが。進さんの命だけじゃなく、あんたの命と未来までおれのために、犠牲にしちゃったんだよ」
視線の先にある月はだんだんと滲んで、ぼやけていく。泣きたくなかったのにまた、溢れる涙を止められない。
おれってやつはどうして、この人の前だと弱くなってしまうんだろう。この人の前でこそ強くありたいのに。
「本来今ここで、あんたの隣にいる存在はおれじゃなかったんだ。……でも、おれはあんたがよかった。あんたじゃなきゃ嫌だった。だからあんたの寿命を縮めてでも、最善の未来を捻じ曲げてでも、おれ以外の誰かにあんたの隣を取られたくなかった……ッ」
「──そうか」
風間さんは否定も肯定もしない。ただ受け止めるだけ。それがいいのか悪いのかは風間さんにしか分からなくて、おれは無力にも泣くことしかできなくて、ついにはその場にくずおれて。
「戻るぞ、」
おれの手を握った体温はひどく暖かく、半ば引きずられるようにしてベッドまで連れてこられた。一瞬のうちに闇へ塗り替えられた部屋が、窓から差し込む月明かりにぼんやりと照らされる。
「……おれの幸せにはあんたが必要だけど、あんたの幸せにはおれは必要ないんだ。おれさえいなければ、深く関わりさえしなければ、あんたはもっと幸せになれてた。おれはただただ自分が幸せになりたくて、あんたの幸せを奪って、壊したんだ」
ベッドの縁に腰掛けて、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。すすり泣きしゃくりあげるおれの声以外は何も聞こえず、言い知れぬ恐怖が心の内を侵食していく。
「悠一、」
静寂を打ち破る低音と同時に、ぐいと胸ぐらを掴まれ上を向かされた。底の見えない二つの真紅に射竦められ、急激に加速する脈拍。
「俺にとって何が幸せかを決めるのはおまえじゃない、俺だ」
「ッ……、」
「俺の幸せはおまえなしじゃ考えられない。おまえに人生や寿命を奪われたとも壊されたとも思ってない。今ここにあるのは、あの時俺がおまえと共にいたいと思って選んだ未来だ。おまえに選ばされたんじゃない。俺が選んだんだ。自惚れるのも大概にしろ。神にでもなったつもりか?」
珍しく声を荒げ一息に捲し立てた風間さんが、深く長いため息をつく。
「……その能力はおまえに授けられたものだ。おまえがどう扱おうがおまえの勝手だ。他人の幸せのために自ら組織の奴隷となるのも、己の幸せを求めて誰かを犠牲にするのも」
ぱたりぱたりと、頬に落ちる雫。……とうとう泣かせてしまった。何があっても人前では絶対に泣かずに前を向く強い人を、泣かせてしまった。
「俺の寿命なんか知ったこっちゃない。どうなったっていい。最初からその程度のリスクは承知の上だ。もし仮に明日……いや、今この瞬間死ぬことになったとしても、俺はおまえを選んでよかったと、胸を張って言える」