雨に烟る街を眺めて、ただぼんやりと座り込む。
どこかの公園の一角、ひとまず見つけた四阿の下に身を寄せたものの。既にしっとりと湿っている自身の黒髪を指先に絡め、かぐやは物憂げに、重く淀むため息を押し出した。
——なんとなく、抜け出してしまったけれど。これほどの雨に見舞われてしまうとはね…。
着の身着のまま、で出てきた今のかぐやに天気の行方を知る術はない。ずぶ濡れになって帰るわけにもいかず、しかしいつ止むかわからない雨を前に夜は刻々と更けていく。もう一度、零れたため息が靄に溶けた。
硬い座り心地のベンチに背を預け、目を閉じる。勝手に外に出たことが明らかになれば、暫くの間かぐやの行動はより厳しく制限されるだろう。まあ、元より自由などほぼ無いようなものだ。……所詮、鳥籠の中でもがく小鳥に過ぎないのだから。
薄暗く閉じた世界に思考が拡散していきそうになって——ふと、かぐやの鋭敏な聴覚が何か、こちらに近づく音を捉えた。ぬかるんだ地面を硬質に蹴る、乾いた足音。これは、革靴の音だろうか?
ぼんやりと考えたのも束の間、それが示す事実に思い当たってかぐやはざっと血の気を引かせた。こんな夜更けに、誰かが近づいてくる。烟る雨粒の煙幕は濃く、向こうはほとんど見通せない。じっくりと足元から這い寄るような恐怖が、かぐやを侵食して心臓を締め上げる。退路は、無い。
祈る対象もなく、かぐやはただ耐えた。いつでも迎撃態勢を取れるように警戒は怠らず、前方の人影を注視して。
——現れたのは、すらりと細身の青年だった。
年頃の女子であるかぐやにとって、相手が見知らぬ男とは、最悪の邂逅と言って良いだろう。しかし、かぐやの胸に満ちていたのは戸惑いだった。
一般的な日本人の黒より少し色素の薄い、この暗闇に薄らと射す光のような短い髪。切れ長で鋭く見える瞳。海のように深い青の虹彩。一見細身だが、筋肉が均整についていることがわかる肢体。
どこを取ってもかぐやの記憶には存在し無い、知らない人間。なのに、何故、私は不思議と恐怖を感じないのだろう————?
音もなく、目の前に突如現れた青年をただ見上げることしかできない少女を前に、ふと、その人が口元に苦笑ともつかぬ微かな笑みを浮かべた。声を出す直前の、僅かな空気の揺れ。
「……こんな夜遅くに危ないよ、お嬢さん」
あたたかい、なんて。今まで人に対して使った記憶もない形容詞が、まるでパズルの最後のひとかけらをピタリと当てはめた時のように、胸の奥にすとんと落ちた。