共同生活のお引越し(凪茨)【前回までのあらすじ】
自分、七種茨(Sub)は通りすがりに助けた乱凪砂(Dom)に気に入られ「自分のSub」認定をされてしまった!(本人の同意は不要らしい)本能的な欲求が満たされない今、目の前のDomにPlayを頼めと内なる自分が悪魔のように囁く。いやでもだって相手は5歳も年下のまだ少年だぞ?どうする俺!?!?
***
「……ん」
「お目覚めですか」
「……い、ばら?」
「はい」
まだ眠気が残るのか、ごしごしと目元を擦りながら、凪砂はその身を起こす。
「……おは、よ」
「おはようございます、閣下」
挨拶をしたものの、凪砂はそれから暫くしても茨の上から動かない。流石におかしいと思い、身を起こそうと凪砂の体に触れると、布越しに伝わってくる体温がいつもより高い。
高い……?
「発熱ゥ!?」
「……?」
首をこてんと傾げ、凪砂は茨を見る。これはアレだ、自分が体調不良になってる事に自覚の無いヤツの反応だ。
最近の体調に目立った不調は無く……いや、自分の体調がガタガタ過ぎて気付かなかったパターンも有り得る……いや待て寝る前まで猊下にガン飛ばしてメンチ切るぐらいには元気あったぞ?と、ここまでの内容をサラッと振り返りつつ、ひとつの結論に至る。
まさか……、まさかとは思うが、アレか……自分と同じなのか……?本能的な欲求からくる、体調不良ってヤツなのか……?
「閣下、もしかしてお疲れですか?」
「あ……え、と……」
少し間があり、首を横に振る。この野郎、誤魔化せると思ってんのか。
「では、質問を変えましょう。食欲はありますか?」
首を横に振る。
「ご自身が発熱している、という自覚はありますか?」
こくり、とゆっくり1度だけ頷く。
「では……病人扱いは、嫌ですか?」
躊躇いがちに、1度だけ、同じようにゆっくりと頷く。
「分かりました。自分は普段通り、閣下に接します。優しく看病なんて、してやりませんからね」
なんて、口ではそう言いながらも、まだ小さな頭を、ふわふわと流れる絹糸のような髪を、うんと優しく撫でてやる。それが心地良いのか、凪砂の瞼が段々と落ちてくる。
「……いばら」
「はい、閣下」
「……ありが、と」
「礼には及びません。きっと、多分、おそらく……自分はこうやって、閣下に尽くす事で、満足を得ている気がして、その」
言葉にしてしまうのは、まだ怖かった。お互いに何も知らない、分からない所から突然始まってしまうように思えたから。
「……ふふ。ね、こんど、おしえて」
「気が向いたら、教えてあげてもいいですよ」
「……ほんと!?」
「はしゃがない。甲斐甲斐しく看病されたいんですか? 嫌なら、とりあえず大人しく寝なさい。ここに、居ますから」
ダイナミクス性に関係なく、男という生き物は皆かっこ悪い所を見せたくないし、意地っ張りだ。俺も男だから、それくらい分かる。何より、自分の身を案じて、Domの本能的な衝動に、欲求に、その小さな体で逆らい続けていたんだ。我慢して、耐え抜いてくれたんだ。
だから、そんな格好悪い姿は気付かないふりをしてあげよう。貴方がそう望むから。
少しだけ、閣下に対する感情が変わった気がする。そして変わった分だけ、ほんの少し、心も体も軽くなった気がした。
***
【共同生活(多分)10日目】
多分なのは、茨自身がぶっ倒れたり、凪砂が倒れたりして、バタバタしていた時の日付感覚が曖昧だったのが原因だったりする。まぁ、些細な事だ。
そして、そろそろこの共同生活に区切りを付けなければ、とも思う。
「という訳で、閣下そろそろ引っ越しませんか?」
「…………?」
「言葉が足りませんでしたね。ここから出てて、自分と一緒に暮らしませんか? って意味です」
言葉だけ見れば、プロポーズの様だが、決してそうではない。断じて、そうではない。
この部屋を早く出たい理由はいくらでも挙げることは可能だが、1番の理由はあの『天祥院英智が準備した場所だから』だ。ビジネスの場ならまだしも、茨達が今、置かれている状況はそれと一切関係が無い。となると、ただただ監視されているかもしれない部屋に居続けるのは百害あって一利なし。
「……わたし、は、いばらといっしょなら、どこでも」
静かに、ふわりと微笑んだ凪砂を見て、茨は先程まで英智に向けていた腹立たしさなんて、どうでも良くなってしまった。
【引越し当日】
特に自分の物を持って来ていなかった茨は、来た時とほぼ同じ、己の身と貴重品が入った鞄のみ。凪砂も同じようで安心した。
ひとつ、凪砂がこの部屋に来る前から持っていたものだけ、引越し先にも持って行ける。
ひとつ、この部屋で新しく使い始めたものは、置いていく。
ひとつ、天祥院英智から餞別として何か渡されても、断ること。
荷造りの時にいくつか出していた条件を凪砂はきちんと守り、無事引越し先に到着。茨にしてみれば、久しぶりの自宅だ。まぁ、生き物や植物の類は無いので、死んでしまったり枯れたりという大惨事の心配は無い。とりあえず鍵を開け、玄関をまたぐ。
シン、と静まり返った部屋はいつも通りだ。
「……おじゃま、します」
――訂正。新しい同居人がいた。
「なーにビクつきながら来てるんです? いつも通りでいいんですよ、閣下」
「……えっ?」
「次からは挨拶、ただいま、おかえりでお願いしますよ」
「…………うん」
ふわりと笑った凪砂は、トトト、と軽やかな足取りでリビングに繋がる廊下を駆けた。やっぱり部屋に閉じこもっているよりも、外を駆け回った方が子供には似合うのかもしれない。
「閣下、持って来た荷物は…………、あっはっは、いや――――、そう思ったのも束の間でしたねぇ!」
リビングに入るや否や、流れるような動作で凪砂はソファに座り、足元に少し毛足の長い柔らかそうなラグマットを広げ、期待に満ちた瞳が茨に向けられる。
「……だって、あのへや……おちつかない」
「それは同感ですね。なんたって英智猊下が手配した部屋でしたから」
「……いばら、こっち」
「待って下さいって、そんな急に」
「……じゃあ、まつ」
聞き分けが良いのか悪いのか……。確かに待ってはくれる。待ってくれる『だけ』で、Playそのものを見逃してくれる訳では無い。凪砂の諦めの悪さも、しつこさも、10日ちょっと付き合っただけで大体理解できてしまった。
さて、どうしたものか……はあ、とため息を吐き出すが、別に悪い気はしなかった。