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    liku_nanami

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    羽鳥さんが少女漫画で人気のシチュエーションを回収していくお話、ふたつめ。

    『バッドエンドは投げ捨てた2』【壁ドンされる】

    「泉さん、だっけ?」
    「……はい」
    「事務のアルバイト採用だって名簿で見たけど、勤務三日目なんだって?」
    「そうですね」
    「俺と同じ新入りだね」
    「……そうですね」
    「せっかくの縁だし、仲良くしてね」
    「……」
    「え、イヤだった?」
    「イヤとか何とか、そういう問題ではなくてですね」

     私と羽鳥さん以外、無人の給湯室。
     まあまあ馴染みのある距離と口説き文句。
     楽しそうな顔。
     いつも通りの羽鳥さんは、今は取引先の視察初日にバイトの女性をたらし込もうとする、ただの女好きセレブにしか見えない。
     たとえば夜の世界で遊ぶ時。私の知らない羽鳥さんは、いつもこんな姿なんだろうか……の疑問は打ち消した。自社の仕事だかRevelの仕事の一環だか分からないけれど、社員皆に『何でも相談して』なんて、甘い顔とセリフで社内情報を聞き出そうとしていることは明白だ。

    「良いんですか。さっき、廊下で女性社員さん達に囲まれてましたけど」

     私に構っている時間がおありで? の意味を込めて聞き返せば、「もっと気になる子、見つけちゃったから」と、しれっと答えが返ってくる。どうやら私の潜入捜査の内容、進捗を先に把握しようということらしかった。
     つまり、羽鳥さんの目的は、私の仕事に関係することということだろうか。
     それとも、私の仕事に関連しないから、こうして探りを入れているのか。もしくは、ただお互い邪魔をしないように領域の確認をするだけ?

    「泉さん、黙って目の前を通り過ぎるから。気になって彼女達には仕事に帰ってもらって、追いかけて来ちゃった」
    「……」

     女性達はオフィスに戻った。廊下には人も居ない。足音もしていない。
     聞き耳を立てる存在が無いことを確認してから……ガンッ! と、羽鳥さんの二の腕の付近、鉄筋構造の壁を拳で叩いた。
     響くことも吸収されることもない衝撃が、私の腕にダイレクトに返って来た。睨み上げると、ついさっきまで知らないふりをしていた大谷社長はどこへ行ったのか。悪戯っぽく口角を上げる目の前の男性はこれぞ正真正銘、私の知る羽鳥さんだった。

    「目的は、何ですか?」
    「あはは。恐い顔しないでよ。少なくとも、さすがにここで会うとは思っていなかった。って言ったら、信じてくれる?」
    「……。もう少し、具体的に教えてください。足を引っ張り合ってしまってもいけないですし」
    「会うとは思っていなかったけど、会えたことでこれは君に協力できる話かもって思ってる。どう?」
    「どうって、それはどう」

     言いかけたところで、視界が反転する。
     殴ったままだった腕を掴まれて引き込まれた、狭い給湯室の一番奥。左右の手のひらを壁についた羽鳥さんの両腕に閉じ込められて、私よりもずっと広い肩に隠される。
     完全に口説かれている体勢で、内緒話をするように羽鳥さんが私の耳に顔を寄せた。

    「俺のところのシステム、ここの社長が何かに悪用しようとしている気がして探りに来たんだけど。何に使おうとしているか、君に会ったことで分かったかもね」
    「!」

     ふるっと体が震えたのは、容疑をかけた男が個人で動いているのでなく、後ろに黒幕が居る可能性が浮上したからか。それとも羽鳥さんのかすれた声が、やたらに甘いせいか。

    (いや、もっと普通に言って……)

     顔だけでなく声も女の敵とは、存在自体が手強すぎる。
     私の反応を見て笑った羽鳥さんは、私が不満たっぷりの態度で誤魔化した裏で、まだマトリが社長にまでは嫌疑をかけていなかったことを理解したようだった。
     更に耳に顔を近づけようとしたその肩を押し退ければ、羽鳥さんは難なく一歩、退いた。

    「まあ、ということなんだけど。どうする? 付き合っても良いよ?」
    「……分かり、ました」

     お話は分かったので、まずは関さんに報告します。なので、羽鳥さんが社長に疑いを持った経緯と理由を教えて下さい……そう言おうとした矢先。羽鳥さんの広い背中の後ろで、キュッとゴム性の靴底が床を擦った音がした。
     二人して振り返る。隣の自販機コーナーに向かう途中だったらしい若い男性社員が、はっきりと『見てはいけないものを見た』と顔に表していた。

    「あ、すみません……お邪魔しました……」
    「えっ、ちょ!」

     言い訳も口止めもする暇なく、脱兎のごとく若い社員が姿を消す。瞬時に彼を追おうとした私を、羽鳥さんがシンクに手をついて阻んだ。

    「いや、ちょ、困ります!」

     潜入捜査中に目立ちたくない。目をつけられたくない。せめて『〝付き合っても良いよ〟に承諾したのは、言葉のあやで誤解なんです』と口止めをしたい。
     そう思ったのに、羽鳥さんは「誤解でもない距離だったのを言い訳する方が返って噂になって目立つと思うよ」と悪びれない。
     それどころか、「もともと玲ちゃんが誰を探りに来ていたか知らないけど、監視対象に社長が含まれたのにアルバイトの立場じゃ行動範囲が狭くてどうにもならないでしょ?」と、お互いに情報共有しやすい距離で協力し合った方が効率が良いことを、もっともらしく強調する。

     羽鳥さん側のメリットは、自社システムが違法行為に利用されることの危険回避。あるいは実際にどのように悪用される予定だったのか、そのリスクを知ること。
     彼にとっての利点とこちらの協力への労力を擦り合わせて、もし見合わないようなら別途報酬の相談を持ちかける、という算段を整えたに違いない。

    (さては背後にあの社員が近づいて来ていたこと、気づいてたな!?)

     場合によっては命懸けになることもあるマトリの仕事だ。それを分かっていて無理なことは、今の羽鳥さんはもうしないと思う。
     けれど、毎度毎度結構ギリギリとも思える線を攻めてくる羽鳥さんへのささやかな抗議の意味を込めて、声にならない呻きを給湯室に沈めた。
     くす、と喉の奥で笑った声が聞こえて顔を上げると、そこにはもう羽鳥さんの姿は無い。彼が来る前に落としたまま、すっかり存在を忘れていたコーヒーだけが調理台に残っていた。

     翌日。私は女たらしのIT社長に口説かれてさっさと陥落した、軽率で運の良いバイト女として社員達に知れ渡っていた。



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