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    liku_nanami

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    liku_nanami

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    羽鳥さんが少女漫画で人気のシチュエーションを回収していくお話13の後半。

    『バッドエンドは投げ捨てた13-2』【最後は必ずハッピーエンド②】




    「あのさ。俺、玲ちゃんのこと好きかも」
    「……。は?」

     心底驚いた時に真顔を決め込む確率の高い神楽は、今日も絵に描いたような真顔で俺の言葉を受け取り損なった。
     例の危険ドラッグ裏事業についての情報収集は、俺の会社の不利益を回避するためという個人的な理由だったからしばらくRevelから離れて単独行動をしていて、こうして四人でバーに揃うのも久しぶりだ。
     一人行動といってもマトリに協力する以上は情報屋としての力が必要になる可能性もあったし、Revelの一員として逸脱した活動は、まあしない方が良いだろうなと思って、経過の詳細は伝えていた。

     今は会社からの訴えの被告人になった元社長とは、桧山たち三人も同窓会で顔くらいは合わせたことがある。今後、どんな風にあの人が人脈を利用しようとするかも分からないし、正しく状況を耳に入れておくに越したことはない。

     場を借りてことの顛末を共有して、それから俺が不在にしていた間の三人の仕事の話を聞いて……そして打ち合わせが終わり、いつものようにアルコールでも入れて楽しくゲームでも始めようかという時に、代わりに放り込んだトピックに驚いたのは神楽だけだった。
     槙は、まあ俺からマンションに転がり込みに行ったし、だいたいのことを知っているから驚かなくて当然だとして。桧山は経緯を知らなくても目を輝かせて「そうか」と驚き以上に喜色を全面に出していた。
     話について来ていないのは神楽だけだ。

    「え、ちょっと、どういうこと?」
    「そんなに驚く? 別に結婚報告してるわけでもないんだけど」
    「突然結婚報告されたら先に冗談を疑うから」
    「信用ないなぁ」
    「そう思うなら少しは態度を改めて。それより羽鳥が泉への気持ちを認めたら誰だって驚くでしょ」
    「そう? ……あれ、驚くのは俺が認めたこと? 俺が玲ちゃんを好きかもしれなくても驚かないの?」

     向けられたのは、誰が見ても、少しの誤解も齟齬も生まない、『それは別に驚かない』の目線だった。

    「いや、しかし神楽が言うことも一理ある。お前があえて俺達に言葉で伝えた、何かその理由があるんじゃないのか?」
    「理由?」

     確かに、言わずに済ませても良かったことだ。正直言って、自覚したことを伝えただけ、俺にとってはそれだけのつもりだった。先のことは大して考えていなかった。
     けれど、桧山から『それで話が終わるわけではないだろう?』と続きを促す目線を向けられて、確かに玲ちゃんが俺に伝えてくれた気持ちのことは、槙を含めて誰にも話していないのだということを思い出した。
     これから自分がどうするか、決めかねていることも。

    「……あのさ。たとえば、玲ちゃんが神楽のことを好きかも知れないって、分かったとして」
    「最低なたとえ話やめて」

     神楽に話を振ろうとすると、間髪入れずに辟易したような拒絶が返ってきた。

    「え、そんなにイヤ?」
    「そうじゃなくて。普通に『泉が羽鳥のことを好きかも知れない』って言えばいいでしょ」
    「……」

     神楽の真っ直ぐさ、潔癖さは、こういうところで俺から冗談の逃げ道を奪う。

    「……玲ちゃんが、俺のことを好きかも知れないとして」

     桧山も、神楽も、槙も、真剣に俺の話を聞いて、言葉を待っている。茶化して笑ってくれた方が助かるのに、残念なことに俺達四人の中でそれを得意にしているのは唯一俺だけだ。真面目な彼らはからかってなんてくれない。
     こういう空気は苦手だと思う。つられて、どうしたって少し真剣になるから。

    「神楽なら、どうする?」

     槙なら、俺がしたいようにするのが良いと言ってくれるような気がした。俺と玲ちゃんが最も納得するかたちに収まるのが最善だ、と。
     桧山なら、躊躇う理由が分からないと言われるだろうと思った。
     じゃあ神楽なら?
     いつも俺を最低とか、最悪とか、本音で否定してくれる神楽なら俺に何て言う?

    「あのさ。こういう返し方、僕もどうかとは思うけど」
    「うん?」
    「羽鳥だから言う」
    「何?」
    「それ、質問されたのが羽鳥だったら僕に何て言うわけ」
    「……」

     お互いに惹かれているかも知れない二人がいて、どうしたら良いかって訊かれたら?

    「付き合っちゃえば? 好きなんでしょ?」

     「軽……」と瞬間的に反応した神楽はちょうど運ばれてきたカクテルに口をつける。グラスから唇を離すと同時に吐かれた溜め息から、『やっぱり自分でもそう言うんでしょ』と心の声が聞こえてくるようだった。

    「ははっ」

     本気かどうかなんて分からなくても、押せそうかどうかを見ることくらい、あるんじゃないか。槙もそんな風に言っていたし、確かにそんな駆け引きは街を歩けばそこら中に転がっていて、経験もしてきた。
     けれど、気づいたことがある。俺にとって、今は駆け引きを楽しめる段階なんて、とっくに過ぎてしまっているのだと。
     消えて無くなってしまうかも知れない特別なもの。そんなものを作ったら面倒になるだけだからずっと遠ざけていたのに、こんなにも手の届くところにやって来てしまって、そのことが少し……とても、恐かった。

     玲ちゃんが論理的に考えて俺のことを好きかも知れないと気づいた、理詰めゆえに確固たる強さを感じさせる彼女の気持ちに比べて、多分、今の俺は矛盾ばかりで、歪で、バランスの悪い大きな感情を抱いている。
     特定の分野においてこの地球上にどれだけ勝負になる人物が居るかという由井孝太郎に対抗心を抱いて、確かに俺よりデキた大人だった関さんに理不尽にイラついて、彼らから奪うように玲ちゃんを自分の部屋に連れて来て看病して。誰の目にも触れない自分のテリトリーに彼女を置いて、まるで守ったかのような気になって……そして、その時に抱いた、たまらない充足感。
     誰にも渡したくないって、思ったのだ。
     だからと言って、ここから俺はどうするのか。
     どうすれば良いのか。

    「考えてみたらさ、俺、女の子に告白したことって無いんだよね」
    「そうなのか?」
    「まあね。〝いいよ〟の三文字で済ませてきたことしか覚えてなくて。なのに今までの玲ちゃんとのやり取りを思い返すと、結構俺の勝率低い気がするし」
    「はぁ……」
    「神楽、否定しないね」
    「あれだけいつもテキトーなこと言ってたらそうなるでしょ」
    「まあね」

     テキトーなことを言わなければ勝負になるって、神楽はそんな風に言ってくれているのだろうか?
     言ってないとも言われそうだけれど、俺が真剣に考えて彼女に向き合うなら多少はマシな結果になるんじゃないのと、応援してくれているようにも思った。

    「あのさ神楽、初めて女の子に告白して初めて玉砕するかも知れない前に、笑ってくれる?」
    「何」
    「玲ちゃんが俺のこと、好きかも知れないし、もしかしたらそうじゃないかも知れない言い方をした時、俺、ちょっとショックだったんだよね」
    「……」
    「あれ? そんな静かになる?」

     神楽だけじゃなくて、槙さえも固まって、かける言葉がなさそうにしている。桧山の無言は反応に困ったからじゃなくて、笑ってほしいと言った俺の真意を読み解くことに時間を割いていたかららしかった。

    「羽鳥」
    「うん?」
    「不安なのか?」
    「……まあ、なんと言っても消去法だからね」
    「消去法?」
    「はは。何でもない」

     桧山は怪訝そうに眉をひそめて、この期に及んで軽口の防衛線を張ろうとする俺を探るように見つめる。桧山は多分、俺の中の不安の正体を探りあてたわけじゃなかったと思う。桧山本人の経験から言葉が出るわけでもない。それでも最大限に俺を案じてくれた時、その想いはいつでもストレートに胸に響く。

    「羽鳥」
    「うん?」
    「大丈夫だ」
    「……え?」
    「お前なら、大丈夫だ」

     揺るぎない声が静かに体の底に落ちていく。
     その後はもう冗談を言う気にもならなくて、「うん」と、小さく答えることで精一杯だった。






     中断していた話の続きをちらつかせて、改まって玲ちゃんと待ち合わせの約束をするのも何だかスマートじゃない気がした。仕事の話だとか食事の誘いだとか、別の理由をつけることも格好がつかない。
     浮ついたプレゼントや花束を用意して行くのも滑稽に思えて、考えあぐねた末に選んだ方法は『庁舎近くで丸腰で出待ち』だった。
     ここぞと言う時に選ぶ手段が、直球勝負。俺もだいぶ彼女に感化されているなと実感する。

     突発的な事件や捜査の大きな動きさえ無ければ、だいたいいつもこのくらいという退勤時間の予測はついても、さすがに路肩駐車で何時間も待つことになったらやりにくい。庁舎の駐車場に停めて、『帰るとき連絡くれる?』と用件を除いたメッセージを送っておいた。我ながら相変わらずの文面だなと思うけれど、いっそこのくらいの軽さの方が、変に身構えられることがない気もする。

     待って30分程で『退勤しました。どうかしましたか?』と返事をくれた玲ちゃんに『今行くから待ってて』と、やっぱり本当の要件は除いて送信する。病み上がりだからとか家まで送るだとか余計な理由もつけずにようやく送ったメッセージには、既読がついただけで反応はなかった。

     素直に庁舎前で待っていてくれた玲ちゃんは、俺が車を寄せると警戒もしないで乗り込んでくれた。そのことを少し意外に思っていたら「こういう時に疑ってもあらがっても羽鳥さんから逃れられた試しがないので」とのことだ。いくらか不服げに告げられたぼやきも、分かった上で俺について来てくれたと思えば多少気持ちも上向きになる。
     ついでに、玲ちゃんが膝の上に抱えたバッグの持ち手を握ったり、離したりしている落ち着かない仕草から、彼女が少しでもあの話の続きを期待してくれているということも読み取れた。


     玲ちゃんの自宅方向に向かいながら、そう長く車を走らせることなく停車をさせた場所は、いつかの俺の誕生日に、多少関わりのあった女の子と場が拗れた時に玲ちゃんを連れて気晴らしにやって来た、林立するビルを下から見上げる夜景に覆われた穴場のスポットだった。
     玲ちゃんとの今の関係がどこから始まったかと考えると、ターニングポイントはいくつもあったように思う。けれど、一つの関係が終わるにしても始まるにしても、初めて『この子と手を繋ぎたい』とはっきり意識した、この場所が良いと思った。
     玲ちゃんは「ここ久しぶりですね。相変わらず綺麗」と赤だの白だの黄色だのと光に装飾されたビルを見上げて、こちらの方は見ない。俺が話を切り出すことを待っていた。

    「玲ちゃん」
    「はい?」
    「この前の話。覚えてる?」

     ビルを抜ける隙間風に吹かれて、玲ちゃんが髪を押さえる。期待するような、緊張しているような曖昧な笑顔は、俺にとって彼女がマトリの女性捜査官でも仕事の取引先でも暇つぶしの相手でもない、ただの女の子であることを今更ながらに意識させた。

    「……覚えてますよ」
    「忘れた方が良かった?」
    「いえ。覚えていて下さって良かったです」

     その結果、たどり着く結末がどんなものであっても?
     夜景を背にして光から遠ざかったはずの玲ちゃんの目は、けれどその輝きをいっさい失わなかった。

    「そっか」

     上に立って見下ろすことに飽きた時に見る景色。かつては一人でここに立っていた。手の届かないところにある無数の光を仰ぎ見るこの場所は、地上に在る自分の存在の確かな居場所を教えてくれる空間でもあった。

     なら、見上げることにも飽きたなら?

     私が羽鳥さんを好きになったら、羽鳥さんは私を嫌いになってしまうんですか。
     玲ちゃんが俺の部屋で寂しげに訊いた、その言葉を反芻して、自問する。
     おとぎ話は、叶わない夢の象徴だと思っていた。どんなに憧れてもお姫様や王子様は居ないし、なれないのだと、誰だって大人になるにつれ気づいていく。
     でも、幸福な結末を望んで努力することは誰にも侵害されてはならない人々の権利だと彼女は言う。
     もし玲ちゃんの言うように、俺が物語の……どうしようもなく退屈で仕方がないと思い続けてきたこの物語の主人公だというなら? 今更どんな言い訳をしたって嫌いになんてなれるはずもない、得難い時間を一緒に積み重ねてくれた彼女の前で、俺はどんな結末を望むのか。
     無機質で冷たかった時間にあたたかな熱を与えてくれた、俺にとって、君が……。

    「玲ちゃん、あのさ」
    「はい」
    「俺、」

     君が作ってくれた、今、ここが分岐点。






    『バッドエンドは投げ捨てた』fin.


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