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    liku_nanami

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    羽鳥さんが少女漫画で人気のシチュエーションを回収していくお話13。

    『バッドエンドは投げ捨てた13-1』【最後は必ずハッピーエンド①】



    「……。びっくりするくらい全部覚えてるな……」

     羽鳥さんの部屋で二度目に目が覚めた時、思考に厚いもやがかかったような発熱時特有の気怠さはすっかりどこかに消えていて、何となく体がぎこちない気はするけれど自分が回復に向かっていることは自覚することができた。
     体を起こして、部屋の様子を見る。差し込む陽の光の雰囲気からもうお昼近いんだろうなと思ったら、頭上の時計は昼の11時近くを指していた。

    「玲ちゃん? 起きた?」
    「羽鳥さん」

     扉がなくて床続きになっている隣の部屋から、私が体を起こした気配を感じて羽鳥さんが顔を覗かせる。隣の部屋に居ると言っていたけれど、本当に私が起きるのをずっと待ってくれていたようだった。

    「良かった。熱、ぶり返さないで良くなってきたみたいで」
    「はい、お陰様で」

     羽鳥さんはそのあと一日中、遠慮する私をいつものように上手に扱って、たくさんのお世話をしてくれた。
     お腹に負担がない美味しい食事を作ってくれて、お風呂も貸してくれて、湯冷めしないように髪を乾かしたり、変えたばかりのシーツがかかったふかふかのベッドに戻してくれたり、流石にそこまではと思うくらい色々なことをしてくれて……昨日の会話の答えは何も出ないまま、そして二日が過ぎた。
     熱が下がるまで、羽鳥さんの家で、まさかの二日間。
     けれど倒れるくらいの体調不良だったのに発熱に遅れて出始めた咳症状もピークは短時間で通り過ぎて、欠勤二日目の夕方には辛さも過ぎて暇を感じ初めた。この時点で明日はもういつも通りに働けると思えるくらいに復活できたのは、間違いなく羽鳥さんのこれでもかという介抱のお陰だ。

     滞在約48時間中、自分で持ったのは冗談抜きにお箸とスプーンと、あと眠れなくなってしまって羽鳥さんが薬が効くまでと持ち出してきてくれた、ゲームのコントローラーだけだったように思う。頭が空になって良いし、落ちるものを見ていたら眠くなるんじゃない? と積み重なるブロックを消すゲームを提案してくれて、対戦にも付き合ってくれて、30分くらいで本当に眠くなってコントローラーを膝の上の落とした私をベッドまで運んでくれた。
     羽鳥さんはその間ほとんど出かけた気配もなかったし、わざわざお仕事も在宅にしてくれたのかもしれなかった。社員達を取りまとめる一社の社長が。
     翌日から出勤と決めた夜、着替えや復帰の準備もあるだろうからって、最後は私の自宅まで送ってくれる徹底ぶりだった。

     初日の夜に話したことは、もしかしたら熱に浮かされなければ伝えることも答えを求めることも踏みとどまってしまった話題だったかも知れないと思う。
     けれど、何度思い返しても夢うつつに羽鳥さんに伝えた気持ちは少しの誤魔化しもなくて、隅から隅まで私なりの直球勝負に他ならなかった。だから後悔は微塵もなかった。
     羽鳥さんの家に来てベッドで目を覚ました時、羽鳥さんが『体調不良と男女の話は別もの』と言った区分けが本当に羽鳥さんにあるなら、優しく、大切に看病してくれたのはある意味最大限の友情の証と伝えていたということもあるかも知れないけれど……。

    (答えを貰う前にフラれてしまった? いや、話は元気になった後って言っていた。まずはちゃんと仕事に戻って、その先があることを信じよう)

     近づくと遠くなる羽鳥さんが、不可抗力の力を借りたとはいえはっきり私の意思で、それも全力で彼に近づいたのに、今は遠くなっていないように思える。
     それが良いことなのか悪いことなのか、私にはまだよく分からなかった。






     丸二日と少しぶりに吸った庁舎の空気は、たった数日不在だっただけなのに懐かしくさえ感じられて、一日の大半を過ごす親しみある場所に自分が戻ってきたことを実感した。
     でも、盛大に深呼吸をしたのはその復帰を堪能するためだけじゃない。上司、先輩達にものすごく心配をかけて、こういう時にどんな顔をして挨拶をすれば良いか、正直、初めての経験で自分なりにかなり緊張していたのだ。

    (しまったな、どうしよう)

     気合いを入れて到着した課の前の廊下で出入り口の死角に立って、無計画でここまで来てしまったことを悔いながら入室方法を今更ながらにイメトレする。

    (普通の『ご迷惑をおかけしてすみませんでした』じゃ済まない事態だったし……。直角お辞儀で入室? せめて気持ちばかりでも頭上に掲げる手土産を用意できればよかったけど、昨日の今日じゃお詫びの品物を準備する余裕もなかった……)

     この時間なら、登庁しているのは関さんと青山さんの二人だろうか。二人にお礼と謝罪を伝えて、あとは入り口で一人ずつ待ち構えれば良い? それで、出勤してくる一人一人に回復の報告と元気であることのアピールをして……。
     まごまごしていると他の人が到着し出すなと思って、とにかく入室のタイミングを計るために室内の様子を覗こうと、入り口のふちにそっと手を添えた。

    (あれ、関さんも青山さんも姿が見えな)
    「その、泉、すまない、そろそろ部屋に入ってもいいか……?」
    「え? うわっ!」

     背中側という思わぬ方向から関さんの声がして振り返ると、捜査企画課の面々、及び勤務地はここではないはずの渡部さん含め六人が、ずらりと私の後ろに立ち尽くしていた。

    (勢揃いで背後を取られている!? なぜ!?)
    「その、少し席を外したら泉が居て、姿を見られたくないんだろうと分かったから声を掛けづらくて」

     廊下に並んだ一番奥に居た夏目くんから、「後ろで待っていたから結局全部見ることになりましたけど……」と静かな突っ込みが聞こえた。
     そんな長時間ここで挙動不審になっていたわけでもないはずなのに、就業前にちょっと退室していた関さんが課に帰ってきて、そこに廊下の隅で電話をしていた青山さんが戻り、いつものように差し入れを持って来てくれた渡部さんが加わり、関所のように詰まった廊下に今大路さん、由井さん、夏目くんが登庁し……。
     不審者さながらの私が部屋に入るまで、張り込みと尾行のプロおよび場の空気を読む一流の外交官は気配を消して、『で、泉は何をしているんだ?』とそれぞれにアイコンタクトで会話をしながら待ってくれていたらしい。

    「あ、その……先日は本当にご心配をおかけして」

     お詫びの姿勢を示すのに必要なことは全力でその場に臨むこと! と思いつつきちんと腹をくくる手前で皆の前に姿を晒すことになった私は、全然考えていたようには言葉を伝えられなくて、恥ずかしいくらいしどろもどろになってしまった。
     情けない状況に情けなさを重ねる私に、

    「玲さんの体調が戻って良かったです」

     今大路さんは大事なことはそれだけだというように笑ってくれた。渡部さんも青山さんの後ろから身を乗り出して、持っていた紙の手提げを私に差し出した。

    「快気祝いにフルーツゼリー持ってきたから後で皆で食べてね」
    「あ……ありがとうございます」

     いくら仕事や用事の理由を加えたって、朝一番で差し入れを持って来てくれる意味が別にあることはよく分かる。
     由井さんが「これからは事前に泉の不調を把握できるように、些細な変化も見落とさないために頻繁に検査を……」と関さんにこの場で直談判しようとしているのも、いつも通り、由井さんが私を案じてくれていることの表れだ。
     ありがたいなぁと胸があたたかくなって、羽鳥さんの家で散々泣いて最後まで搾り出したと思っていた目頭がまた熱くなった。
     廊下で賑やかに話し始めた彼らに「そろそろ始業時間だ」と言って他の課に配慮した関さんが私の方に向き直る。

    「泉、そんなに自分を責める必要はないんだよ。部下の不調に気づいていながら、その度合を見落としてしまったのは俺の責任だ。すまなかったね」

     マトリのチームの一員として、誰かの背にかかる重責を少しでも分けてもらえるようになりたかった。
     なのに、自分の体調管理まで関さんに背負わせてしまって、何から何まで、本当に。本当に……。

    「以後、いっそう気をつけます。本当に、すみませんでした」

     関さんは、困ったように苦笑していた。

    「何事もなく無事だったから言えることではあるけれど、無理の加減を覚えるのは若い今だからできることでもあるからね。偉そうなことを言って俺も、そうだ、そういえば青山も」
    「関さん」

     私の反省に冗談を交えてフォローを入れてくれようとした関さんに、ちゃっかり巻き込まれそうになった青山さんが暴露を止める。
     関さんや青山さんの仕事の失敗がどんなものか、それが本当に失敗だったのかどうかも分からないけれど、ああ、こうやって、支え合って皆も今があるんだなと、確かな信頼を感じさせてくれた。
     青山さんが、「泉」と名前を呼んでくれる。話を逸らそうとしたわけじゃなくて、猛省する後輩を労ってくれる気持ちが優しい眼差しから十分に伝わった。

    「お帰り」
    「ただいま戻りましたっ」

     九十度よりも少し勢いがついたお辞儀をした背中に、部屋に入って行く彼らから一人ずつ、優しく手が添えられる。

     悲しいことも、悔しいこともたくさんあるけれど、またこの場所で頑張ろうと、心の底から、そう思った。




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