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    liku_nanami

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    liku_nanami

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    羽鳥さんが少女漫画で人気のシチュエーションを回収していくお話、みっつめ。

    『バッドエンドは投げ捨てた3』【資料室に閉じ込められる】



     いくら目的が他にあるとはいえ、視察初日に取引先で働く女性を引っ掛けるというのはさすがに羽鳥さんの体面にもかかわるんじゃないか。なんていう一応の気遣いは全く要らない心配だった。
     大谷羽鳥という人はもとから、少なくとも表面上は『モテるフェミニスト』として定評がある。そんな羽鳥さんの性質を、大学の先輩だというこの会社の社長が知らないで呼び寄せるはずもない。
     羽鳥さんが真っ先に手を出した(ことになった)のが、誰がどう見ても平々凡々なアルバイト一般人の私だというのは、違和感があり過ぎて疑問に思われるんじゃないかということもヒヤヒヤしたものの。『社員と遊ぶのは取り引きの都合や後腐れもあって、流石に面倒だったんだろう』という仮説で、多くの人が納得しているらしい。なるほどその理屈でいくと、今社内に居る女性のバイトは私だけだから、選択肢は一択になる。
     コンプライアンス的にどうなのという心配は、私か合意の上である……ということになったことが知れ渡っているから問題無いようだ。
     私に対する周囲の認識は、羽鳥さんがこの会社に滞在する一週間だけの遊び相手、期限が決まったシンデレラだ。

     そういうわけで、まあ周囲からの視線はかなり強く刺さるものの、オフィスビルの共用カフェテリアで私と羽鳥さんが堂々と二人で会話をしていても、全く何の不自然さもない光景であることになった。
     だからと言って、テーブルを挟んだ目の前で頬杖ついて、甘い笑顔を投げてくるのはやめて欲しいと思う。
     じわじわ寿命が縮まっているような気がする。

    「玲ちゃん。今朝送ったメッセージ、見てくれた?」
    「はい」
    「そっか、良かった。それで、どう? 今日、仕事の後」
    「……」

     意味深に言ってはいるものの、羽鳥さんの言う〝今朝送ったメッセージ〟に繋がる一連の流れは、つまりこういうことだ。
     まず、マトリが初めに捜査対象とした、この会社の男性社員。SNSを介した違法薬物中継ぎ役の疑いが持たれた男は、今のところギリギリのところで法を掻い潜った危険ドラッグを輸入しているということが突き止められた。
     それも、一人でさばくとは思えない、とんでもない量を。そしてそのドラッグを、山梨県内にある小さなアパートの一室に集めているらしい。
     本人不在の時も郵便物として届けられるアパートまでの動きは、サイバー課からの報告を受けて現地に走った青山さん、今大路さんが経路を追い、確認している。それが昨日のこと。
     そしてそこに、思わぬところでばったり出会った羽鳥さんからの情報が加わった。昨日、羽鳥さんが言っていた『社長が何やらうちのシステムを悪用しようとしているように感じる』ということの詳細を掘り下げて尋ねたところ、『会社が山梨に持つ美容サプリメント工場の製品製造数、工場の稼働率、出荷までの流れの一部分を、丸ごと無いことにしようとしている気がする』と話してくれたのだ。
     システム構築を担う上で羽鳥さんが社長に対して何度か行ったヒアリングで、どうしても曖昧に話を逸らされているように感じる部分がある。隠されている話のパーツを組み合わせると、そういうことなんじゃないか、と。
     会社の工場と男が危険ドラッグを集めているアパートとの距離は、車で5分程度。人口と建物の少ない地域の環境を考慮すれば、目と鼻の先と言って良い。
     そういうわけで、この二つを関連情報として繋ぎ合わせて、マトリとして山梨の工場を調査をすることになった。
     もともとサイバー課の方で何か妙だと嗅覚にかかった、今回の案件。
     危険ドラッグの取り締まりというだけなら、まだ情報の少ない段階で潜入捜査まですることは稀だけれど、それでも現場を調べて欲しいと捜査の主導が捜査企画課に渡された。その理由と意味が見えてきたように思う。

     で、羽鳥さんの力を借りて、システム導入のために製品製造過程の全体像を把握するという名目で、山梨の工場を直接確認しようという計画が持ち上がった。
     でも、工場施設の環境を少しも分からずに現地に行っても、限られた時間の中で無駄足になってしまうかも知れない。せめて工場内の設計図だとか、細部がわかる写真だとか、そういうものを事前にできるだけ確認をしておきたかった。
     この会社は、羽鳥さんが来て初めてIT化に本格的に取り組むことになる。羽鳥さんが今ある社内サーバーの中を探ったところ、やはり工場建設などに関するデータはまだスキャン保存されていなかった。
     なら工場建設時の設計図や施工工程表、その後の改修、修理、入れている加工機の報告書原本が収められているであろう資料室に、こっそり忍び込もうという話になった。

     そこから、先ほどの羽鳥さんとの会話。忍び込むタイミングについて羽鳥さんは『今朝送ったメッセージ、見てくれた?』と、つまり『今日の終業時間あたりに合流するので良い?』と確認してきている。
     いかがわしい感じで。

    「……そう、ですね。分かりました」

     カフェテリアの周囲に居る人に聞かれていないか、思わず確認する。羽鳥さんの体面は問題なくても、私の対面は問題大有りだ。なのに、小さな丸いテーブルを挟んだ間近で羽鳥さんが私を見つめている、この光景。
     遠巻きに居る女子達の視線からは、『羨ましい』の心の声しか聞こえてこないのだった。






     約束通り、終業後。
     計画通りの時刻にバイト用のタイムカードを押して退勤すると、廊下を歩く私を羽鳥さんが追って来た。

    「玲ちゃん、ごめん。俺やっぱりまだちょっと仕事かかりそうなんだよね。だから、どこかお店で待っててくれる? 後から必ず行くから」
    「え……。どのくらいかかりそうですか?」
    「うーん……ちょっとまだ分からなくて」

     羽鳥さんは心底答えに迷うというように、申し訳なさそうに眉を寄せている。
     男を待つ女の気持ちの疑似体験。普通ならそこには男女の駆け引きや機微もあるものだろう。けれど、今はそんなことを言っていられる状況ではない。
     バイトが一人、資料室に足を踏み入れることはできない。
     暗証番号……は、社長から聞いたという羽鳥さんから教えてもらったけれど、本来は私が知っているものじゃない。
     羽鳥さんの協力がなければ、今の私は動けないのだ。
     今朝の約束は何だったの? と顔を上げて、羽鳥さんを睨む。

    「……羽鳥さん。話が、違います」
    「ごめんね」
    「……」
    「そんな怒った顔しないで」
    「怒ってはいません」
    「じゃあ、寂しいっていう顔?」
    「……」
    「困ったな。そんな顔されたら……」

     うつむこうとした私の手を握って、羽鳥さんが少し強引に引っ張って数歩先へ進む。
     六桁の暗証番号を壁に取り付けてあるロックボタンに手早く打ち込み、開いた瞬間に見事な身のこなしで資料室に私を押し込んだ。
    「そんな可愛い顔をされたら、我慢できなくなっちゃう」
    「はとり、さん」
     扉の横の壁に羽鳥さんが私を押し付ける。
     昨日、給湯室で迫られた時よりも、もっと近い、抱きしめられるような距離に、思わずその胸を押し返そうとした。
     羽鳥さんはびくともしなかった。

    「羽鳥さん……」
    「ん?」

     顔を背けた私の首元に、羽鳥さんが整った鼻先を近付ける。
     普段はふわりと香る、羽鳥さんのさりげないコロンのにおい。それが今は、やけに濃厚な存在感を持って鼻腔を抜けていった。

    「あ、の」
    「どうしたの?」
    「……この演技、する必要あります?」

     冷静に言ったものの、羽鳥さんは体を離さなかった。

    「防犯カメラ。こっち向いてる」
    「……」

     首筋にキスをしているふりをしながら、羽鳥さんは防犯カメラから見える位置で私の脇腹を滑らかに撫でている。カットソーの裾を弄ぶように、思わせぶりに。

    (むしろ防犯カメラがあるからこそ、余計な演技をしないで『大谷社長から資料探しの手伝いを頼まれた彼女(仮)』にした方が良かったのでは……?)

     確かに終業後とは言ったけれど、どうやって、までを相談していなかった。私の落ち度だ。
     羽鳥さんなら上手くやるというこれまでの信頼感が、但しその方法は時に危なっかしいものであるという注釈を忘れさせていた。
     羽鳥さんが切り出した即興劇に、乗っかるしかなかった。
     無事捜査が終了した後のことが今から憂鬱だ。今後永遠に今日のことを持ち出されて、死ぬほどからかわれそうだ。

     部屋の天井の角に設置されているのは、レンズが一方方向に向けられた固定カメラだ。室内にはその一台があるだけで、死角を探すことはできる。逆に変な空気を出してしまったために、身動きが取れなくなっているこの状況からどうする?
     このいかがわしい空気を利用して、防犯カメラに布でも被せる?
     布? どうやって? 資料探し用の脚立を運んでくる? わざわざ?
     そんなことを考えているうちに、羽鳥さんの口元は鎖骨まで下りて来た。
     指が裾から入って来て、中に着たキャミソールを確かめるように手のひらを上下させている。どう考えても楽しんでいる。
     羽鳥さんの膝が私の脚を割って、スカートを押し上げて……

     ガチャ

     人の気配のないまま、電子ロックが不穏な音を立てた。
     同時に、もともと電気は点けていなかった代わりに灯っていた、足元の常夜灯までもが落ちた。外の非常階段に続く扉の上にある、蓄電式の緑色の非常灯だけが生き残っていて、ほんのりと室内と私達を照らしていた。

    「停、電?」

     そっと羽鳥さんから体を離し、私達が今入って来た、廊下へのドアのノブに手をかける。

    「出られない、ですね。え。中から出られない電子ロックってあります?」
    「このオフィスビル、外も中も改装したから一見綺麗だけど、設備自体はだいぶ古いみたいだね。正式に設備点検があったら消防法に引っかかる部分は結構あるかもね」
    「じゃあ、復旧まで閉じ込められて……」
    「大丈夫だよ、非常階段の方は出られる。あ、防犯カメラの電源もちゃんと落ちてるね」
    「……。ちゃんと?」
    「この大きさのビルだと、一つの電気系統で全部を網羅しているっていうことは無いと思うんだけど……偶然、何かの理由で、主装置に一斉にトラブルが発生したのかもね」

     偶然、何かの理由で、一斉に。

    「なるほど?」
    「この調子じゃ、しばらく復旧しないんじゃないかな」
    「しばらく」
    「30分くらい」

     良かったね、と、羽鳥さんはさっそく目的の工場関連資料を探しに隣の棚へと向かって行った。私は給湯室でそうしたのと同じように、頭を抱えてうずくまる。

    (もうやだ)

     羽鳥さんのお陰で、捜査はすこぶる順調だ。




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