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    liku_nanami

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    羽鳥さんが少女漫画で人気のシチュエーションを回収していくお話、4の前半。

    『バッドエンドは投げ捨てた4-1』【出張に行ったらいろいろ手違いで宿泊が同室①】


     停電による資料室閉じ込めから無事生還して、羽鳥さんと一緒に退勤をした。そのままデートを装って、いつもRevelが集合するお店とは別の、羽鳥さん個人の行きつけのバーへとやってきた。
     当たり前のようにVIP用の個室に通されて、腰を落ち着ける。羽鳥さんはこういった信頼できる秘密の場所を、都内にいくつか確保しているらしい。

     先ほどの停電は資料室のあるワンフロアだけ羽鳥さんがうまいこと電力供給を止めたようで、本人が言っていた通りに約30分程度で復旧した。
     ビル内が大惨事になっているのではないかとヒヤヒヤしながら部屋を出たものの、エレベーターが停止したりビル全体に影響が及んだりするような大ごとにはなっていなかった。
     今の潜入先のオフィス内も使用しているのは基本的に全部ノートパソコンだったから、業務に支障はなかった。
     サーバーももちろん、突然の事態に対応できるように設計されている。何より羽鳥さんがこの会社に来て最初に手をつけた仕事が、IT化にあたりデータのバックアップ機能を整えることだったというのだから、トラブルへの事前対処はもとから万全なのだ。データ破損で社員が泣くことにならないで済んだのは、羽鳥さんの優しさというか、先回りし過ぎる彼の皮肉っぽい部分というか。

     暗くなった資料室でスマホのライトを頼りに山梨の工場の施工資料をめくって、少なくとも工場建築自体の間取りや構造は覚えることができた。
     敷地内に隠し部屋があるとか、謎の空間があるとか、あからさまに怪しさを主張する資料は見つからなかったけれど、危険薬物取り扱いの疑いがある工場を現地調査するための知識は十分に得られたから、目的は果たしたと言っていい。


     そして、正面の羽鳥さんと共に立ちはだかる、次の問題。羽鳥さんはともかく、どうやって私が工場内部を調査しに行くか。
     羽鳥さん自身は、生産ラインのIT化という工場運用状況を含めたシステム開発を担っているから、もともとどこかのタイミングで山梨の現場を見に行く予定でいた。
     問題は私だ。さすがに新人バイトが突然、工場見学させて下さいとは言い出せない。なので、

     案1:マトリの他の人達が別ルートで工場調査に入る、そのきっかけを作る
     案2:羽鳥さんに、情報屋の仕事として施設内の調査を依頼する

     そこまでを羽鳥さんに伝えると、答えを準備していたかのように第3案が返って来た。
    「見学時に付き添いが一人欲しいから、アルバイトの泉さんをお借りしますって社長に言うよ」
    「羽鳥さん……」

     さすがに。なんというか。

    「ムリがあると思います……」

     狼狽えたり身構えたりする行程に使う気力が資料室の一件で今日はもう枯渇してしまって、聞いた第一声で脱力したまま意図も確認しないで即答気味に返す。
     羽鳥さんは、そうは言いながらも私が半ば諦めていると悟ってなのか、聞こえていないように続けた。

    「お互い色々と時間も惜しいと思うから、前日の夜に入って午前中に現地視察。3時頃には東京に戻って出社。どう?」
    「ご理解の上とは思いますが、問題は所要時間ではなくてですね……」

     至極楽しげな羽鳥さんを前に、言葉通り頭を抱える。
     要約すると、羽鳥さんが言っているのはこういうことだ。仕事先で選んだ遊び相手の女性を職権濫用で自分の助手に抜擢して、工場視察を口実に出張ランデブーをしよう、と。
     いや。社長同士の間で交わされる重要取引にバイトが出張ることなんてあり得ない。あり得ないし、助手が必要なら羽鳥さんの会社から一人ついて行くのが筋だ。
     どう考えても普通じゃない提案。だからこそ羽鳥さんは今の偽装カップルステータスを活用し、この案を推そうとしている。普通じゃないから、周りには仕事を理由に旅行してイチャイチャしたいわけね……と見える。深くは突っ込まれない。突っ込みたくもない。
     羽鳥さんがやれると思うなら、最良かどうかはともかくこの案で行けるのだろう。その選択理由が、羽鳥さんの楽しい暇潰しになるかどうかだったとしても。

    「羽鳥さん。まず、ですね」
    「うん?」
    「山梨の工場と関連があると思われる危険ドラッグについて、輸入の量が量なので、かなり重要度の高い案件だという認識が捜査企画課の中に、あります」
    「うん」
    「だからこそ、偶然鉢合わせた羽鳥さんへの捜査協力依頼がスムーズに行われて、すでに許可も下りているわけで……つまり、羽鳥さんと私が工場内部に潜り込む算段が上手く整うなら、課内で反対はされません。そもそも、もともとそのつもりで一緒に資料室を探っていたので」
    「だよね」
    「それで、ですね。羽鳥さんがそういう笑顔でこの案で行こうとおっしゃる時は、既に上手く相手を丸め込むビジョンが見えている時なので……」
    「……」
    「……」
    「玲ちゃん、そろそろ自分を納得させる理論は整った?」
    「……。ハイ」

     念のために言っておきますが、いくら周囲の目を気にしない熱の上がったカップルを装うからって部屋は別々に取りますからね。
     任せると今後どんな計画を放り込んでくるか分からない羽鳥さんの前にそう最低限のラインを引いて、その場で工場に最も近いビジネスホテルを二部屋予約してもらった。
     地理的にスイートがあるようなホテルは工場付近にはない。羽鳥さんはかろうじて少しだけ他より広い部屋を、私は普通のシングルルームを合わせて確保してもらった。『これならカムフラージュでふた部屋予約して、俺の方の部屋に泊まったと言っても違和感は無いね』なんていう、からかいと共に。私はそれを、『そうですね、泊まらないですけど、泊まったとしてもおかしくないですね』と聞き流した。
     完全に私情での二人行動だ。
     経費の一人分は羽鳥さんの会社から出るけれど、もう一人分は出るはずがないし出してもらうつもりもない。提案を押し通したかたちになったためか羽鳥さんが私の分をポケットマネーで出そうかと言い出しかけたのを、マトリの経費で落ちなければ自分の分は自腹だと、少しの押し問答のうえで約束をした。

    「あと、やっぱり少し気になっているんですが……」
    「何が?」
    「前も確認しましたけど、羽鳥さんが仕事に私情を持ち込む人だって悪く思われてしまうのは私の本意ではなくてですね。そのあたりのフォローというか、そういうのを考えなければいけないなと思いまして」
    「もともと仕事に裏事業という私情を挟んでいるのは、向こうの社長だけどね」
    「そうなんですけど……まだ仮の段階ではありますが」
    「だから、俺も自分の会社を守るために行動した。それだけだよね」
    「……。はい」
    「マトリが、あの社長が陰で何をしているか暴くか、最低でも男性社員が危険ドラッグを集めて何をしているのかを明らかにすれば、俺のちょっと無茶な行動も協力者として全部後から理由がつく、でしょ?」
    「そう、ですね」

     無茶だっていう自覚は少しはあるんだな……。
     そんなことを思いながら、この会社でいったい何が行われているのか、必ずこの手ではっきりさせようと改めて思いを強くしたのだった。






     翌日の仕事終わり。スーツケースを使うほどでもない荷物を出張カバンに入れて、新宿駅から特急に乗って羽鳥さんと山梨へ向かった。
     運転の負担を考えて車でなく電車にしたわけだけれど、新幹線ほどにスペースを取れない特急のグリーン車は羽鳥さんが座るには普通仕様過ぎて、まず羽鳥さんの脚が前の席との間にちゃんと収まったことに安心した。
     座った直後、触れる肩の距離に『これはまずい』と思った時にはもう遅く、座り直そうとして間の肘掛けを掴んだ瞬間に上から手を添えられて、石のように硬直してしまった。
     そう言えば昨日、隠れて旅行する男女とは逆にカップルをアピールするために、『誰が見ているか分からないし、電車では恋人らしく手を繋いで乗ろうね』なんて言っていたのを思い出す。その時は冗談じゃないと思ったけれど、本当に冗談じゃなかったらしい。前後に人が居るので文句も言えない。
     気を紛らせようと口を開こうとしても、本当の仕事のことや知り合いのこと、つい余計なことを言ってしまいそうで、結果的に業務を私的利用した訳ありのカップルらしく、手を繋いだまま静かに数時間を移動した。

     国内移動としては遠くない距離を結ぶ特急列車。捜査のことを考えているうちに少しウトウトとすれば、目が覚めた時にはもう甲府に到着していた。そこから在来線に電車を乗り換えて、また少し先の駅へと向かう。慣れ親しんだ東京の風景に比べると街灯が少なく暗い町中を、煌々と明かりが灯る電車が進んでいく。不思議な非日常の中に運ばれていくかのようだ。

     最終電車を無人駅で降りて、歩く人もなく車だけが通り過ぎて行く国道沿い。なんでこんなところに? というような場所にポツンとそびえるホテルに到着した。
     そして。羽鳥さんが名前を告げると、

    「た、大変申し訳ございません」

     と言われた。

    「予約システムの不具合で、お客さまのご予約を承れていないようでして……」

     部屋を取った時に受信したメールにはっきり書かれた予約番号を見せて、ややバタバタと対応があった後、返ってきたのはフロントスタッフさんの青ざめた表情だった。
     私は羽鳥さんを見上げる。日頃の行いについては自覚があるのか、『俺は何もしてないよ?』の目線と交差した。

    「あの、予約が取れていないというのは、二部屋ともですか?」
    「はい……」

     「原因は?」と羽鳥さんが挟んだ問いの答えは、「おそらくお客さまのご予約と、別のお客さまのご予約が全く同じタイミングで行われたことによるエラーではないかと、本社の担当が申しておりまして……」ということだった。

    「初歩的だな。使うシステムを変えた方が良いかもね」
    「はい……上に申し伝えます……」
    「ええと、起こってしまったことは今はしかたがないとして、他に空いている部屋は……」
    「大変申し訳ございません、その、本日のご予約は満室で、今回トラブルのありました二部屋が最後のお部屋となっておりまして……」

     人口も少ない、終電も早めで、夜には無人になる駅だ。さすがに不思議に思った羽鳥さんが、「満室?」と更に聞き返した。
     本当に空きの部屋がないのだろう。狼狽えてしまっているフロントスタッフさんの顔にごまかしている様子はなかった。

    「はい……。本日、明日と近くのスタジアムで人気アイドルグループのコンサートがございまして、そちらにご参加されるお客さまのご予約でいっぱいとなっておりまして……」
    「じゃあ予約の時に部屋が空いていたのは、キャンセルにたまたま滑り込めたはずだったっていうことかな。トラブルの時のために部屋はいくつか余裕をもっておくと思うけど、それも?」
    「はい……申し訳ございません」
    「……」

     その後、支配人も登場して深々とお辞儀を受け、この度のお詫びは本社の方から必ずご連絡を……と真摯に謝ってくれたのは、それとして。
     目下の問題は今日泊まる場所だ。
     近隣のホテルも同様、なかなか空室は見つからない。
     スタッフさんは、野宿よりはせめて事務所の奥でも一晩過ごせる場所があった方がマシだと心配してくれたんだろう。恥を忍んだように「お客様に大変失礼ではございますが……」と申し出てくれた提案は一旦保留にして、タクシーを呼んでもらうことにした。
     フロントの奥の事務室がどのようになっているかは分からないけれど、仮眠室があるわけではないようだった。並べた椅子の上で羽鳥さんに寝てもらう姿を想像して、無理だ、と思った。
     もともと観光客や宿泊客の少ない地域らしい。近くにスタジアムはあっても、交通の不便さから多くは地元のスポーツチームの試合や周辺地区の行事に利用されるばかりで、普段はあまり大きなイベントごとには使われないという。
     そこに、日程の都合か地域おこしの一環か、突然超人気アイドルグループがやってきたのだそうだ。宿泊施設がパンクして当然といえば当然だ。

     だから。範囲を広げて片っ端から近場のホテルの予約状況を確認して、ダメもとでも必死にかけ続けた電話を全て断られたとしても、仕方がないことだろうと思う。

    「あっ、逆に予約しないホテルならもしかして空いている可能性があるんじゃないですか!?」

    と名案が浮かんで、ひたすらマップを検索して、日付が変わる頃にようやく入れた一室が……ラブホテルだったとしても。しかたがないんじゃ、ないか。

     値段のわりにはなかなか広さがある一室。扉を開けた中に一歩足を踏み入れ、いかにもな内装に立ち尽くす。

    「……」
    「提案したの、玲ちゃんだよ?」

     間違いなく、どこかで何かを間違えた。


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