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    liku_nanami

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    羽鳥さんが少女漫画で人気のシチュエーションを回収していくお話、5の前半。

    『バッドエンドは投げ捨てた5-1』【気持ちがすれ違ってもヒロインのピンチには活躍①】



     初めて見た、熱を持つ羽鳥さんの目の色と、熱い手のひらの感覚。おさまらない心臓の音に、今日はとても寝つけそうにないなと思っているうちにぐっすりと眠りに落ちて、次に目を開けたら朝になっていた。私の体内ではアドレナリンが副交感神経に負けるんだな……と、自分の神経の太さを実感する。

     寝られる時にはちゃんと寝た方が良い。そうでないと突発的な出来事に対応できないから。この仕事に就いてから学んだことの一つだ。それがこんな状況でも活用できるものだとは思っていなかったけど、とにかく体も気持ちも昨日よりはスッキリしているから結果オーライとする。

     体を起こして、昨晩はわざわざ下ろすのも何だか変な気がして開けたままにしていた、天蓋カーテンの間から部屋の様子を見る。
     気配がしないからもしかしたらまだ寝ているのかなと思っていた羽鳥さんは、もう服も着替えていて、荷物も整え終わった後だった。ニュースを見ているのかメールを見ているのか、滞りない仕草でタブレットを操作していた。

    「おはよう」

     イヤフォンをしていたのに、私が体を起こしたことに気づいて羽鳥さんが声をかけてくれる。
     今までに何度となく朝の挨拶をしたことがあっても、さすがに同じ部屋で目覚めと共に、というのは初めてだ。
     なんて答えて良いかが分からなくて、あ、そのまま返せば良いんだとようやく思い出して口にした「おはようございます」の音は、寝起きで舌が回らない上に少しだけ掠れてしまっていた。
     照れ笑いで口もとを覆って、あははと思わず誤魔化した声までもが起き抜けでゆるい。
     対して羽鳥さんは完璧なまでにいつもの羽鳥さんで、流石だなというか、いっそずるいなとぼんやりした頭で考える。
     チラッとこちらに目をやった羽鳥さんは、私の様子を別に見るともなしに見ただけだとでもいうように、すぐにタブレットに視線を戻した。

    「早朝から時間を潰せそうな場所が近くにないみたいなんだよね。ゆっくり準備して、時間になったらタクシーを呼ぼうか」
    「はい、ありがとうございます」

     近辺の道は、車が通るばかりで歩行者はほとんど居ない。ホテルの駐車場や入口は通りから見て裏手にあるから、出入りの時に人の目につくこともない。わざわざ明け方に人目から逃れるようにホテルを出なくても、目立つことはないはずだ。そもそもカップルを装って東京を出てきているのだから、誰に見られてももう今更と言うか、仕事上はむしろ好都合と言っても良いくらいなのかも知れない。

     明るく差し込む光は場所を選ぶことなく清々しい。そんな部屋の空気も相まって、昨晩よりはなんとか私の気持ちも冷静になっている。印象の問題だとしても、部屋のソレらしさも昨日とだいぶ変わってマイルドに感じられた。
     シャワールームの照明を点けた途端にタイルが真っピンクに染まったことには多少怯んだけれど、少なくともガラス張りじゃないし、シャワー室として機能しているだけで十分だ。贅沢は言えない。


     そうやって私が身支度やら荷物整理やらとうろうろする間、羽鳥さんは一言も発しないままだった。チラチラと目をやっても、言葉どころか視線さえ向けられない。
     当たり前だけれど室内には相変わらず、二人がけのソファしかない。洗面所の方で着替えやメイクを済ませて部屋に戻ったものの、仕事着を着て身だしなみを整えた後ではベッドにも戻れない。私はまた昨日と同じように、ドレッサーの椅子に身を縮こまらせて居場所を作った。
     持て余した時間と、喋らない羽鳥さん。
     昨日とは違う居心地の悪さを感じて、続く沈黙を埋めるようにテレビでもつけようかと、羽鳥さんの前にあるテーブルに置かれたリモコンに手を伸ばした。

    「やめておいた方が良いと思うよ」

     掴んだリモコンを羽鳥さんの手に上から押さえられる。見れば、やっと口を開いた羽鳥さんはやけに真面目な顔をしていた。
     3秒くらい考えてからようやく意味を悟って、テーブルから浮いたリモコンを羽鳥さんの手が押さえる力のまま、元に戻すことにした。つけたところで映るのは、普通の地上波放送じゃないということなんだろう。説明する勇気もない、なんというか、まあ、その、ここはそういう場所だから。

    (それにしても……)

     羽鳥さん、今日は無口だな、朝はテンションが低いタイプなのかなと、さっきまでは大して疑いもなくそう思っていたけれど、ああ、そういうことじゃないんだなと今の態度を見てようやく分かった気がした。
     いつもなら「テレビつけて良いの?」とか、「一緒に見る?」とか、挑発めいてからかってくるのが羽鳥さんという人ではなかったか。
     昨晩、環境に飲まれてあらわになった羽鳥さんと私の間にある、踏み越えることのできる境界線。それは、決して消えて無くなったわけじゃない。朝の陽の力と寝ぼけた頭のせいで私には見えていなかったけれど、どんなに羽鳥さんがその場を取り繕ってくれたとしても……息も奪われるようなあの緊張感を呼び戻す線は、今も変わらずそこにある。

    「そろそろ行こうか」
    「……はい」

     まるで、お互い会話のしかたも忘れてしまったみたいだ。
     弾けてしまいそうな境目を前にして、羽鳥さんは目を背けるように距離を取る。
     そのことが裏腹に、私と羽鳥さんの間にある張り詰めた線を、私にはっきりと意識させたのだった。






     工場に移動するタクシーの中ではお互いに何も喋らなかった。けれど、仕事というものを目の前にすれば不思議と私情は後回しになって、起伏の無いいつも通りの自分に切り替わる。
     それは羽鳥さんにとっても同じのようで、車が目的地に近づくにつれ私と羽鳥さんは視察で訪れた〝取引会社の社長〟と〝その社長のお気に入り〟という立場に自然と戻っていった。


     駐車場に到着した車を出迎えてくれたのは、この施設を取り仕切る工場長だった。

    「遠いところまでお越し頂き、ありがとうございます」

     軽く頭を下げて挨拶をする工場長は東京本社から出向中の社員で、技術者ではないけれど会社の経営状況をよく知っている人物とのことだ。コミュニケーション能力が高く、現地の職員とも連携が取りやすいという理由で、一年ほど前に派遣されて今に至るらしい。
     今回の視察に本社の人が付き添わないで済んだのは、この工場長が本社、工場の両方を網羅し説明できる人物だったから、他の人が来る必要がなかったということだ。
     商品の生産ラインはこの人無しでは回らない。ということはつまり、多かれ少なかれ……本人が自覚しているかいないかに拘らず、今回の件について必ず何らかの情報を持っている、重要人物に他ならない。

     高い塀に囲まれた敷地内に巨大なコンテナのような白い建物が建っている。工場、倉庫、事務棟、通販の発送作業を行う作業場、全てを一つに収めているらしい。
     屋内に案内され、今まさに稼働中のベルトコンベアーの上でプラスチックボトルに入れられた錠剤サプリメント各種が流れていく様子を、廊下の窓から眺める。ビニールの帽子や手袋を身につけた従業員が数名、機械で行き届かない作業を手で補っていた。

    「機器は古くなくよく動きますし、動作上は問題がないのですが。回転率と生産数や原料の残数確認、本社報告などが二度手間、三度手間になることも多くてですね。それらをオンライン管理し本社がリアルタイムで確認できればそれに越したことはありませんし……」

     滞りなく語る工場長の説明に対し、羽鳥さんは適宜質問を返しながら、自社で担当できる範囲や設備との関連で他社の協力を必要とする部分、費用についてなどを適切に説明しながら廊下を進む。
     私は会話のメモを取りながら、事前に頭に入れてきた間取りを思い浮かべつつ談笑する二人の後ろをついて行った。

    「では、事務室に移動し現在利用している管理ソフトの利用状況の方を」

     工場長が廊下を方向転換しようとした時。

    (え……)

     廊下に設置されていた長机に無造作に置かれた、明らかに異質なその〝パッケージ〟が目に入った。

     サイバー課が違法薬物のネット取引ではないかと怪しみつつも、何か様子が違うと捜査企画課に持ち込んだ今回の件。危険ドラッグの大量取引が発覚してこの会社との関連を疑った、まさにその製品がひとつ、隠すことなくあからさまに置かれていた。

     一瞬目に留めてしまったモノから意識を逸らすか、今ここで何かを問うか、迷う時間もない。とにかく前に進もうとしていた工場長の様子を伺うために、正面に向き直る。すると、私以上にそれを凝視して足を止めていた羽鳥さんに合わせて、工場長も立ち止まって……ニヤリと、口角を上げた。

     仕掛けられたと、思った。
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