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    liku_nanami

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    羽鳥さんが少女漫画で人気のシチュエーションを回収していくお話、7。

    『バッドエンドは投げ捨てた7』【二人にしか分からない秘密のやり取りをする】




     山梨での現地調査。戻って課に報告し、捜査方針の決定と段取りの打ち合わせ。
     工場で押収した危険ドラッグの成分分析を終わらせて、サイバー課との事実確認を済ませて、指定薬物の追加について進捗把握を行い……怒涛の一日が終わりに近づいていく。

     法律の抜け道や見落としについて慎重に擦り合わせを行って、最終的に関さんの『これでいこう』の声が出たのは23時を過ぎた頃だった。時には二日間くらい仮眠程度で夜通しの仕事になることもある職場だから、今回は早く目処が立った方だなとも思う。

     とはいえ一般的に考えれば深夜と言っていい時間だ。気軽に誰かに連絡を入れられる時刻でもない。けれど羽鳥さんには今後の段取りについてなるべく急ぎで確認を取りたくて、もしかして彼ならこの時間でも起きているのではないかとスマホを取り出しその連絡先を呼び出した。
     画面越しでは伝わるはずもない多少の遠慮と共に発信してみた呼出音は、数コール待ったところで留守録に変わってしまった。

    「あ、お疲れ様です、泉です。夜分にすみません。用件、LIMEでお送りします」

     自動音声が始まってぶつりとすぐに切るのもどうかと迷っているうちに始まってしまった録音に詳細を除いて声だけを残し、メッセージと留守録の確認、二度手間になってスミマセンと心の中で謝りながら、すぐに内容を送信した。

    〝明日の社長のスケジュール、羽鳥さんご存知ではありませんか?〟

     会社が扱おうとしている危険ドラッグが指定薬物に追加される方向であることを理由に、没収に応じるように社長に働きかける。
     任意聴取とはいっても、万が一にも雲隠れでもされて長期戦になったら、危険ドラッグがばら撒かれてしまう前に一掃する計画が難しくなってしまう可能性も出てくる。算段上、それを阻止する最後の不確定要素が、社長の明日の行動予定だった。

     工場長の方はいつでも押さえられるようにと明朝から青山さん、由井さん、夏目くんが山梨に向かい、こちらとタイミングを合わせて工場に踏み込むことになっている。
     逆に言えば、社長の行動さえ確実に把握できれば、あとはどうにか対応できる。
     だから、現状で最も社長の近くに居る、羽鳥さんの協力が必要だった。
     ところが。

    (既読にならない……)

     昼夜いつ仕事をしていつ眠っているのかよく分からない羽鳥さんは、夕方から夜にかけては会食だか夜遊びだかでレスポンスが遅れがちでも、むしろ本当の深夜には反応が早いことも多い。
     なのに今日に限って暫く待ってみてもうんともすんとも返事が無い。

     とりあえず終電が無くなる前にと急いで合同庁舎を出て、それなりの時間をかけて帰宅したあと、シャワーを浴びて就寝の準備をして、ベッドに入ってもリターンが来るどころか何となくだけれどアプリを開いた気配さえ感じられないままだった。 

    (えっ、まさかこのタイミングでブロック)

     というのは羽鳥さんが一度受けた仕事を一言もなく放棄することはないからあり得ないにしても、どうしたって今朝からの羽鳥さんのよそよそしい態度は引っかかった。
     何より本来は私が主導で行うべきだった工場での潜入捜査で、彼を矢面に立たせてしまったことの心配も大きいかった。
     羽鳥さんも自社の件でもともと実地調査をするつもりだったらしいとはいえ、万が一にも捜査に巻き込んだことで羽鳥さんに何かあったら……と、時間の経過と共に不安は膨らんでいく。
     もう少し待ったら既読になるかな? と画面を眺めるうちに、最後は睡魔に負けて……翌朝。
     目が覚めて、手から落ちて布団に紛れていたスマホを探し当てて確認するとようやく既読がついていて、併せてスタンプが一つ残されていた。
     ブサ可愛いうさぎが手をグッドにして軽快にお尻を振っているそれは、私がポイントで羽鳥さんにプレゼントしたもので、私が贈ったという経緯を知っている本人にしか出来ない対応にいくらか安堵した。
     で。
     ……で。
     つまり、これは?

    「どういう意味……?」

     要領を得ない返信は、羽鳥さんらしいようで、らしくなくもある。
     読み取れることが少な過ぎて、得られた情報は〝羽鳥さんは一応無事らしい〟というざっくりしたものだけだった。

    「……よし」

     分からないことを無闇に心配していても埒が明かない。
     ここまできたら行動あるのみと、まず関さんに潜入先に出社してから状況を確認することをメッセージで伝えて、急いで朝支度をして玄関を出た。

     そうして羽鳥さんを待ち受けるつもりでかなり早い時間に到着したオフィスに、

    「あ。玲ちゃん」

     羽鳥さんは何食わぬ様子で、先に出社していたのだった。

    (えぇ……?)

     ばったり出くわした部屋の出入り口で、怪訝な気持ちを隠すように真顔で羽鳥さんのことを見上げる。眉を落とした羽鳥さんはメッセージの返事について反応するのかと思いきや、口を開いて出たのは別の心配だった。

    「体調大丈夫?」
    「あ、それは、ハイ」

     確かに昨日、私は体調不良で午後の出社予定を休んだことになっていた。
     忘れた訳ではなかったけれど、あまりに普通然と登場した羽鳥さんを見てほんの一瞬、素の自分に戻りかけてしまった私の空気を即座にかき消してくれたようだった。
     こういう一貫して隙の無いところは流石だなと思う。
     私は反省と同時に改めて気を引き締めて、一昨日まで確かに社員達にそう認識をされていたように、なるべく〝そういう二人〟に見えるように、あと、絶対に今このタイミングで話したいことがあるんですという気持ちを込めて、羽鳥さんのシャツの袖を摘んで引っ張った。

    「羽鳥さん。ちょっとお話したいのですが。今からカフェテリア、行けますか?」

     私からのメッセージについては、きっとただ無視していた訳じゃないんだろう。
     コロコロ変わる羽鳥さんの態度には違和感は覚えるものの、見たところ羽鳥さん自身は元気そうなので、なおさら事情があったのかも知れないと思う。
     「良いよ。行こうか」と私の背中に手を添えて歩き出す羽鳥さんの横顔はとても見慣れたもので、なんだか色々あっておかしくなりかけてしまった距離感は非日常の中で起きただけの非日常、私達の現実とは別に存在している夢みたいなものだったのかなと、今は通り過ぎることしか出来なかった。


     始業定時までまだかなり時間がある共同カフェテリアは閑散として、カウンター席や一人席で提出期日ギリギリの書類やプレゼン資料チェックをしている人がちらほらと見受けられるばかりだった。

    「体調、良さそうでよかった」
    「はい。ご心配をおかけしてすみませんでした。今日もやることがたくさんありますので、回復しないわけにいかないというか何というか」
    「そっか」

     工場長の煽るような物言いに、傷ついたままでも腹を立てたままでもいられないのだ。
     顔を出した捜査企画課で冷静な上司や先輩達に引っ張り上げられるようにして、やり場のない気持ちを一旦横に置くことが出来たのは本心だった。
     羽鳥さんは私を連れて、真ん中の丸テーブルに堂々と進む。向かい合って席につこうとした手を取られて、気づいたら隣に座らされていた。

    「それで、メッセージのことだよね」
    「はい」
    「ごめんね、返事」
    「いえ。深夜に送ってしまったのは私の方ですので。ただそれ以上にスタンプの意味がさっぱり分からなくてですね。その上羽鳥さんは普通に出社しているし……」
    「心配してくれた?」
    「はい、まあ。一瞬ブロックでもされたのかと思いました」
    「その心配? ブロックなんてしないよ」

     目の前で苦笑する羽鳥さんを見れば確かにブロックされるだなんて微塵も考えつかないのに、じゃあそう思わせた昨日の羽鳥さんの態度は何だったというんだろう?
     今ここで本題にする話じゃないと思って、訊ねたくなった気持ちは我慢した。

    「昨日はさ、他の男の予定なんて俺に訊くから。やきもち焼いて返事に困ってた」
    「はぁ。というのは冗談で?」
    「あはは。そう。思ったより早く寝ちゃって。今朝玲ちゃんからのLIMEを見て慌てて出社した。それだけ」
    「そう、でしたか」

     まあ、確かに今後の捜査協力をお願いするかも決まらないまま、後で連絡しますと予告もできないで別れたのは私の方だったのだ。
     仕事の依頼中とはいえ、24時間体制で動いてもらっているわけでもない。返事がない時間があっても当然だ。
     最初は私もそんなふうに思っていたはずだったのに、でも何だか昨日は途中からすごく不安になってしまったのだ。
     だっていつもなら迅速に何かしらの反応があって、『羽鳥さん、いつ寝てるんですか? 夜ふかしは体に毒ですよ』『二徹の方が体に悪いから玲ちゃんの方が気をつけてね』なんて軽口の応酬がひとつふたつくらいはあるのに、昨日はそれが無かったから。
     無かったのだ。無かったから……?
     いや、それよりも今は早急に社長のスケジュールについて訊かないといけない。

     顔を上げるとそれに合わせて羽鳥さんの綺麗な瞳がこちらを覗き込む。ラスボス級の女の敵の顔立ちに息を飲まされている間に、先に声を出したのは羽鳥さんだった。

    「そんなに心配してくれると思わなかった。ごめんね」

     太ももの上でぎゅっと握った私の手を覆うように羽鳥さんの温かい掌が触れる。
     反射的に引こうとすると、どういうことか羽鳥さんは親指と小指で私の手首をしっかり掴んでいて、無理には解けそうになかった。
     喧嘩している訳でもないのに手を引き抜いたら不自然だからと堪えるまま仕事の話の切り出し方を探るうち、くすぐるように私の手の甲を撫でていた羽鳥さんの人差し指が、今度は何か意味を持って皮膚を引っ掻き始めた。
     こ。……じゃない。カタカナ。ニ。
     シ……ジ?
     ニ ジ ニ ク ル
     にじにくる。

    (2時に来る)

     顔を跳ね上げて羽鳥さんの目を見れば、とんでもなく甘さの滲む艶やかな表情がこちらに向けられていた。
     社長は今日、午後2時の出社。

    「さっき、オフィス前で玲ちゃんと会った時、ちょうど返事しようと思ってたところだった。伝わった?」

     羽鳥さんは今朝、目が覚めてから私からのメッセージを見て、急いで出社をして、社長や秘書に見られる可能性の少ない早朝のうちにスケジュールを確認してくれていたということだ。
     昨日は羽鳥さんも一緒に山梨出張で不在にしていたのだから、もしその間に社長の予定が変更されていたとしても分からない。
     けれど、今朝確認したものならより確実性が高い。返事がスタンプ一つだったのは、もしかすると本気でよく寝てしまって、羽鳥さんなりに本当にちょっと慌てていたからなのかも知れなかった。
     加えて、「今日は社長との最終打ち合わせが終わったら退社する予定だから。また夜に」と、少なくとも午後のどこかでは羽鳥さんとのアポで社長がオフィスに来るという、駄目押しの情報まで教えてくれた。

    「はい、ありがとうございます!」
    「はは、現金だなぁ。いつもはそんな笑顔、見せてくれないのにね」

     おねだり上手だね、なんて仕事の依頼のことを思わせぶりに語る羽鳥さんに合わせて「実はおねだりの多い女なんです!」と勢い任せに答える。
     知ってるよと返ってきた苦笑は、これまでどれだけRevelの情報に私達が助けられてきたか、その積み重ねを言外に感じさせるものだった。
     羽鳥さんは愉快げに、けれどどことなく複雑そうな面持ちで、その場で関さんにメッセージを入れる私のことを見守っていた。



    「ちょっと。ねぇ。泉さん?」

     オフィスに戻り、お互い遠くに位置したデスクに向かうために入り口で羽鳥さんと別れると、席に着く前に指導担当の先輩に捕まった。

    「はい?」
    「まさかね。まさか泉さんがねぇ」
    「え、な、なんでしょう……?」

     あまりに神妙かつ少し責めるような視線のその不可解さに、社長のスケジュールを手に入れて気合十分だった背中に一転、ヒヤリと冷たい緊張が駆ける。先輩は一体何を確信したのか。瞬時に様々な可能性が頭を駆け巡る。
     今さっきの羽鳥さんとの会話は何かを悟られるような言葉は一つも使わなかったし、流石にマトリとしての正体をここで暴かれるようなヘマはしていないと思う。けれど一応最悪の事態から想像するに越したことはない。
     
    (本社にも男性社員以外の仲間が居て昨日の工場での会話が漏れた?)

     と言っても昨日の私は羽鳥さんと工場長の話には口を挟んでいない。すると、出張前に資料室を漁ったことがバレた?
     マトリには行きつかなくても、たとえば私と羽鳥さんの関係がビジネスいちゃいちゃで、羽鳥さんに協力した社内スパイと思われた可能性がないこともない?
     考えるうちに、先輩は「まさかよ! あの大谷社長に言わせるとは!?」と、声の色を消しながらも興奮しながら私の袖を思い切り掴んで、そして、半ば叫ぶように……すごく見当違いのことを言った。
     
    「『アイシテル』って書かれてた! 手に! 全然見えなかったけど多分! あの大谷社長に!? 信じられない! どんなテク使ったの教えて! 大谷さんは無理でも他に活用するから!」
    「……」

    (文字数と「ル」しか合ってないな……)

     というか羽鳥さんはテーブルの下で私の手首を掴んで内側に隠すようにして文字を書いたから、外側から正しい指の動きが見えているはずもないのだ。

    「そんな気がする! 書かれてたでしょ!? 愛してる!!」
    「まあ……そうですね……私の読み間違いという可能性もゼロではないので……」
    「何その思わせぶりな感じ!? それがテクってこと!?」
    「いえ……」

     雰囲気作りだけで誤解を生み出す能力はこうやって社会貢献に使われるのだなと、身をもって実感するのはこれで何度目になるだろう。『誤解を生む』の前に、今はまだ『無駄に』と付けたくなる状況ではあったけれど。



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