TDDのミーティングのため寂雷の家を訪れた左馬刻は、そろそろ見慣れてきたリビングに繋がる木製のドアを開いた。鍵を開けてくれた衢は、一郎と乱数はまだ来ていないと言っていた。自身も所用でしばらく自室にいるとも。
当然、リビングには寂雷一人のはずで、落ち着いた低音がいつものように「いらっしゃい」と声をかけてくると予想していた左馬刻は、ドアを開けても何も聞こえないことに違和感を覚えリビングを見渡した。半開きの襖の向こうの部屋で、椅子に座って目を閉じている寂雷を見つける。
小さな悪戯心で足音を立てぬよう近寄り端末を取り出し、カメラを起動し一つタップした。画面が瞬き、撮った写真を保存するか、と聞かれる。
(…何やってんだ、俺)
ふと我に帰り、"いいえ"を選ぼうと端末に触れる直前、左馬刻は先ほどまで隠れていた澄んだ蒼がこちらを向いていることに気づいた。
「っ、せん、」
「……なんだ、左馬刻くんか」
「…なんだって、なんだよ」
バツの悪さからいつもより突っかかるような言い方をした左馬刻に、寂雷は口元だけでふと微笑んだ。
「ああすまない、そうではなくて…左馬刻くんでよかった、という意味だよ」
冷たさと優しさを湛えた蒼い瞳が左馬刻を見据える。ぞくりと背筋を伝った震えが、手足を凍らせ心臓をどくどくと跳ねさせた。寂雷は音もなく立ち上がり、左馬刻の端末を軽くタップする。"はい"が選ばれ、写真が端末に保存された。
「特別だよ」
耳元で悪戯っぽく囁かれ、血液が沸騰するような高揚感が全身を巡る。見つけた、と、心の底で何かが呟いた。
(……欲しい)
湧き上がってきた欲望のまま寂雷の腕を掴もうとしたとき、ピンポン、と軽い電子音が部屋に響いた。するりと逃げるように離れた寂雷が壁の受話器を取る。インターホンのモニターには一郎と乱数が映っていた。
「どうぞ。うん、左馬刻くんはもう来ているよ」
寂雷はそのままキッチンに向かい、手持ち無沙汰にリビングの椅子に座った左馬刻は、手の中の端末に目を落とした。寝ているはずなのにどこか隙のない美しい佇まいがそのまま、写真として自分の端末に保存されている事に満足感を覚える。しかし、これだけでは、足りない。
(ぜってぇ、手に入れてやる)
紅い瞳に、炎が宿る。獲物を捉えた獣のような、鋭い眼光に気付いた者は、いなかった。