エレベーターを降りると、夜明けのひんやりとした空気が体を包んだ。一つ身震いをして家の扉を開けると、玄関には大きな靴が一揃い。寝室のドアをそっと開くと、ベッドの上で先生がすうすうと寝息を立てていた。
鍵を渡してから、先生は時々、寝るためだけにこの家に来ることがある。起こさないよう静かに扉を閉めようとしたら、どこからかピリリリリ、と電子音が鳴り出した。布団がもそもそと動き、白い手が枕元の端末を掴む。電子音が止まり、ゆっくり起き出した先生がこちらを向いた。
「おはよう、左馬刻くん」
「俺はこれから寝るとこだけどな…よく寝れたかよ」
「おかげさまで」
身支度を始めた先生と入れ替わりでベッドに向かう。とはいえまだ先生がいるのに寝るのもな、と、そこに腰掛けるだけにして、着替えている先生になんとはなしに話しかけた。
「俺は構わねえけど、ここからだと朝早いだろ。辛くねえか?」
呼んでくれたらそっちに行く、と続けようとしたら、寂しそうな色を湛えた蒼い瞳と目が合った。
「左馬刻くんは…家が広くて、落ち着かない気分になったことはあるかい」
いつもより、微かに、ほんの少しだけ、震えたような低い声。はっきりと言葉にはしなくとも、伝わってきたその喪失感には確かに覚えがあった。
「…ここでいいなら、いつでも来いよ」
「うん……ありがとう」
着替え終わった先生がこちらに近づいてきて、頬にキスを落とされる。悪戯っぽく笑った顔には隈もなく、スッキリとした表情で「行ってきます」と部屋を出て行った。
一人になった寝室で、暖かい布団に潜り込む。まだ残っている先生の気配に安心感を覚え、今日はよく眠れそうだと思いながら、すうっと意識を手放した。