南さに 一歩前へ 彼のいない縁側。以前は自分だけのものだった場所に久しぶりに腰を下ろす。
もう彼がきてから2年近く。ここから見える庭の様子も少しだけ変わった。全体的に緑が大きくなったし、秋になると赤く色づく紅葉の木は大きくなった。池の中を悠々と泳ぐ鯉達も大きくなったような気がする。
こんなに変わっているのに気が付かなかったなんて、この場所に座るのが久しぶりのせいもあるかもしれないけれど、それ以上にここの側にきた時の私があの子の背中ばかりを見ていたからな気がする。
お日様の当たってきらきらする金色の髪。ごろごろと喉が鳴る音が聞こえてきそうなほど気持ちよさそうな顔をしちゃって、なんど笑いを噛み殺したろう。
そんな事を思い出して、ふっと口端が上がってしまう。
あぁ、あの子が居なくてもあの子から元気を貰っている。
手の中の端末をぎゅっと握りしめて、深く息を吸う。
これから私の1ラウンド目だ。この場所なら少しだけ勇気がもらえる気がするから、皆には近づかないでとお願いした。
震えそうになる指先にふっと息を吹き付けて、端末の電源を入れる。
久方ぶりすぎてだいぶ下の方にある目的の番号の履歴をスワイプして表示させた。
4−2−4桁の現世につながる電話番号。懐かしさはあるけれど、嬉しくはないその番号へ発信ボタンを押す。
何度かの発信音の後にプッと音がして沈黙が訪れる。
「………もしもし。」
恐る恐る告げた声の先で、息を呑んだような音が聞こえてそこから怒涛の勢いで言葉が飛んできた。
こちらが何かをいう隙もない。それがおちつくまで少し耳から端末を外して流し聞く。まあ大体は連絡も寄越さず何やってんの、という問い詰めと、元気かちゃんと食べているかとい娘の体を心配する親らしい言葉。そして送ったものは見たわね、という一方的な確認だ。
「…はいはい。見たよ。見たから連絡したの。大体なんで突然あんなもの送りつけてくるのよ。」
「なんで?なんでって決まってるじゃない。あんたもういい歳なのよ。クリスマスどころか大晦日が過ぎる前に嫁がないと。」
と些か古い気がする数字を持ち出されて辟易してくる。自分の年齢くらいわかってる。でもそんなものどうでもいい。私には大切な場所があって大切な仕事があって、大切な人たちがいる。それを守ために生きている自分に満足しているのだ。たとえ親といえど口出しされるのは御免だった。
送られてきた決定事項の見合い会場と集合時間。写真と相手の詳細は端末に。そして会場の案内は手紙と端末両方という年の入れっぷりだ。
端末を消して届かなかったという言い訳は通用しない。本丸に手紙を届けるには家族といえど、政府の手続きを踏まなければいけないからだ。手紙など届いていないとシラを切ることはできない。そして何より今回の親の作戦は周到だった。
受け取りを無視することなど絶対不可能と思われる高級さをこれでもかとまとったドレスや着物を送りつけてきたのだ。
『このうちのどれかを着てくること』
そう脅しつきで。
流石にこれには頭を抱えた。
この嵩張るものを隠すことなど出来ないし、処分などその値段を考えればできるはずもない。しかもどれかを着てこいとは、見ないわけにはいかない。
絶対どの服を送ったのか記録されている。そういう周到な両親だ。
頭を抱えた後、一応は端末からの連絡を試みたというわけだが…。
「ああもう!わかった。けど約束して、今回が最後。絶対に最後。今回はちゃんと行ってあげるから、もう二度と余計な事しないで!」
言い捨てて終了ボタンを押す。
「はぁぁぁぁぁー」
ととてつもなく長いため息をついてから頭を抱えた。半分ほど諦めては居たけれどやはり無理だった。言葉であの人に勝つことはできない。一方的で常に自分が正しいと信じている。
1ラウンド目は私の完敗だ。
けれど最後を取り付けた。今回そのばで勝てば私の勝利だ。勝負は最後までわからない。
「ああああーーーーー」
叫び声をあげてごろりと寝転がる。
暖かな日差しが全身を包む。
ぬくぬくと温められる心地よさで心を落ち着けて、よしと気合いを入れて再び体を起こした。
さあ、私も一皮剥けよう。足に絡みつくしがらみとやらを自身の手でぶった斬って「どうだ!」って彼の前に立ってみせるのだ。