街路樹の葉から雫が垂れ、アスファルトに落ちて黒々とした染みを作る。土の濡れた匂いが立ち込める住宅街を、一つの傘を使って二人で歩いていた。隣を歩く存在は本田よりもやや高く、頭上付近を傘が掠めている。あぶない、と持ち手をより高く掲げようとすると、アーサーの指が伸びてきて、何も言わず奪われた。
雨脚が静かな夜を支配しており、日中よりも気温は下がっているものの湿度が高く蒸し暑い。肌に触れる空気は重たく、汗が背中を伝う感覚も不快で、早くあの明かりの元へと届かないかな、と考えている。歩く先にはぼんやりとした光を発するコンビニエンスストアがあった。深夜二時を過ぎたにもかかわらず、客の姿がちらちらと見えて、駐車場には数台の車が停まっている。
自動扉をくぐると、ようやく息ができるような、雨に煙る真夏の夜の空気がぱっと溶け出すような、そんな爽快感がある。空調がしっかり効いており、傘をしまうと無言で二手に分かれた。アーサーは菓子のコーナーへ、本田は奥まったところに設置されたリーチインへと向かう。目当てのものをさっと取り、そのあとでレジ前で合流する一連の流れは手慣れていて、意識せずとも二人の視線は交わった。互いに手元を見ると、何か言わずにはいられない。
「これ、見て。肉じゃが味のポテトチップス」
「ジャガイモに、ジャガイモの味を重ねたわけですか。興味深い」
「妙に惹かれちまった」
「おいしそうですけどね」
とりとめもなく二人で飲んでいると、酒が尽きた。もう夜遅いというのに何となく眠る気にもなれなくて、「コンビニ行きませんか」と言い出したのは本田の方だ。普段から傘を携帯しないアーサーの分はもちろんなく、古びて曇ったビニール傘ひとつで出かけている。商品をレジに通し、支払いを済ませてまた、プールサイドのように湿度の上がった夜の住宅街へと立ち戻った。
また不快な蒸し暑さが襲ってくるが、なんとなく往路と復路とでは、後者の方が短く感じられるのはなぜだろう。赤信号で待つ間、ビニール袋を持つアーサーの手元に雨粒が当たり、ぱちぱちと爆ぜるような音がする。車道を車が走り、刺すようなヘッドライトの光がこちらを照らし、水音を立てて遠のいていく。
「まだ、信号変わらないかな」
「どうだろう。どうしたんですか?」
すぐそこにマンションが見えるが、もう雨にうんざりしたのだろうか。汗で前髪が額に張り付き、確かに不快に違いないが、そうして見上げたアーサーの鼻の頭にも汗の粒が滲んでいた。暑そうだな、と思っているうちに、次第に近づいてくる。傘を傾けて身を屈ませ、本田にキスを落とす彼の表情は得も知れぬ美しさに満ちている。
見惚れているうちに、唇の温かさは離れていった。「外でキスなんて大胆な」と口にしてみれば、「誰もいないし、見えもしないだろ」とアーサーが呟く。その耳の端がカッと赤く染まるのに気づき、愉快になる。
「まだ、信号変わりませんかね?」
「さあな」
「アーサーさん、もう一度」
踵を浮かせて、隣の男に背伸びする。ぎょっとした顔を浮かべたアーサーが、「菊からキスなんて大胆な」と呟くから、笑いながら唇を寄せた。舌を入れてやろうか、と画策するうちに信号は青を点灯させ、仕方なく身体を離す。