恋の条件「さて、不本意ながらロナルド君とは恋人同士となったわけだが」
腕を組み眉間を皺を寄せまだ怒りを燻らせたままイライラと言ったドラルクが、はあ、とひとつ溜息を吐いた。それで幾分感情を逃がしたらしく、瞼を開きロナルドを見たまなざしはある程度落ち着いている。
「君は何がしたいの」
「何がってなに」
「いやだから、私がめんどくさすぎて折れるまでダダこねまくりの殺しまくりの脱稿ハイ並の暴力浴びせてまでして恋人になって、それで何がしたいんだ。言っとくが私はなんもしたくないからな。一メートル以内には近付くな。私に指一本でも触れたらお祖父様を呼ぶ」
「最終兵器を出すな!! エッ、いや、だって恋人なんだし、だったら恋人らしいこと」
「私がわかったいいよって言わなきゃジョンのごはんも作れなかっただろうが!! ジョンがあんなに怒って泣いてるのに聞く耳ももたずに殺し続けるし!! 普通警察呼ばれてしょっぴかれるところだぞ!?」
「お前うちの備品なんだから何したっていいだろうが!!」
「それ君が勝手に言ってるだけだし備品を自著に相棒として出してるの気が狂ってんのか? て毎回思うし備品に告白して断られたからって泣いて暴れるのマジの狂人だぞ」
「ごめんすぐに届け出し直すから!! えっと……配偶者でいい?」
「いいわけあるか湧いてんのか貴様!!」
いったんは引っ込んだ青筋をびきびきと額に立てて、正座で一メートル離れたまま同じく正座させられているロナルドにドラルクははああぁぁぁ、とまた盛大な溜息を吐いた。白手袋の指が額に触れ、外国人めいた仕草でかぶりを振る。ロナルドは首を竦めた。
わかったいいよ、付き合うから殺すのやめろ、と怒鳴られて、喜びに一頻り塵を叩きまた怒鳴られ、復活したドラルクは抱き締めようとしたロナルドを俊敏に躱してジョンを盾にキッチンへと入り使い魔の夜食を作った。キッチンにいるときに邪魔をするとガチギレされるのでおとなしく待っていたが、ロナルドの分はなかった。
「………だってお前絶対俺のこと好きだし」
「童貞の思い込み怖すぎる」
「だってお前俺のこと面白いって思ってるだろ!? 面白いこと好きじゃん!! 俺より面白いヤツいるのか!?」
「今さっきのこと含めて今のところ君がナンバーワンだけど、面白いと恋い焦がれるって別の話じゃないか……?」
「お前に恋い焦がれるとかあるわけねえだろ」
「恋人なりたてで突然の侮辱」
ロナルドは至極真面目に続ける。
「けど事実だろ。だから断ったんだろ」
「いや単に君をそういう目で見てないだけの話なんだが」
「なんでだ見ろよ。恋人だろうが」
「居直り強盗が戯言いうみたいなことやめろ」
「どこが居直り強盗だ。お前のほうがそうだろうが押しかけおじさん」
「あ、じゃあ出てくね」
「なんで!?」
「押しかけて悪かったねロナルド君! ちょっと長くいすぎたけど城の件もとっくにバレてるしもうここいる必要ないしな!」
「ろ、ロナ戦は!?」
「勝手になんとかしろって言いたいけど、まーしばらくは呼び出してくれれば付き合ってあげるよ。そのくらいはサービスしてやる。その間にうまいこと原稿のほうでフェードアウトできるようにまとめるんだな」
「次の原稿にはオメーと結婚したって書く」
「虚偽はやめろ。いやそもそもそういうジャンルの話じゃないだろうが」
はー、と溜息を吐き、身を乗り出したロナルドの前にしゅしゅしゅ、とシャドーボクシングをするジョンを突き出し、ドラルクはまた頭が痛い、みたいな顔をした。
「いやー……マジでいまのところ0点どころかマイナスなんだが……」
「な、なんの点数」
「君の恋人としての魅力」
「マイナスなの!?」
「一旦うんと言った以上振るにしてもどこか利点がないものか探ってるんだけどいっこもない。いいとこ探し失敗。ごめん」
「謝るなマジっぽくなるだろ!!」
「マジだから仕方ないだろ」
「ていうか振るって言ったか!? 婚姻届にサイン書かせてやるからな!!」
「なんで付き合ってもないこっちの意思確認もしてない状態でそんなもん用意してんだ怖いわ!! マジの狂人なのか!?」
「うるせえ一度言ったこと取り消せると思うなよこのクソ砂!! ぜってえ逃がさねえからな!!」
「恋人を恫喝すんなお祖父様呼ぶぞ!!」
「おう呼んでみろや証人欄書いてもらわなきゃだしな」
ドラルクはスン、と黙った。ジョンのパンチが止まり、主人のほうを振り向き主従で顔を見合わせる。
「………いや、マジで言ってるのかロナルド君。さすがにお祖父様でも、たぶん、いくらなんでも、私の意思を無視してそんなもんにサインはしないと思うぞ」
「付き合ってんだから次は結婚だろ」
「あー……君が恋人になってしたかったことって結婚なの?」
「ちげえけど、一メートル以内に近付くなっていうから……」
「なんでそういうとこだけ素直なんだよ。いやだからって近付くなよ。触るな。……けど、近付くなって言われてなかったらどうしたかったの?」
「そりゃあ……」
ロナルドはもじもじと照れた。
「や、夜景を見に行ったりとか、いい感じのレストランでレストランしたりとか、ちょっと手なんか繋いで、横浜の観覧車に乗って初キッスとか……」
「桜木町な。で、モテなさすぎ男丸出しのデートプランの後は?」
「夜景の見えるいい感じのホテルで、その、愛し合う……っていうか……」
赤面してしきりに照れているロナルドにドラルクは何度目かの溜息を吐く。
「展開が早いんだよなあ」
「なんでだよ恋人ならいいだろ!?」
「そうだね男慣れしてる年上のおっぱい大きいお姉さんなら面白がって付き合ってくれるひともいたかもね」
「お前男慣れしてるの!?」
「おっぱい大きいお姉さんのどこに私が掠ったんだよ眼科に行け。あと脳も調べてもらえ。それと私男だからな。男慣れしてる男のほうが少数派だからな」
「だってお前……え……だって……俺……?」
「とりあえずマイナスが加算された」
「加算すんなロナルド君かわいいよしよししてあげるね♡ とか言え!!」
「なんだそのいまどきAVでもなさそうな展開……いやAVではあるのか? 童貞御用達のAVのこと私わかんないな……」
「AVじゃなくてオメーに言えっつってんの!!」
「いや私が言う必要ないだろ」
うーん、とジョンを胸に抱きかりかりとこめかみを掻いて、ドラルクはしばし考えているようだった。
「………あの、ドラ公」
「君がしたいことって『恋人』ってタグ付けした相手にしたいことであって私にしたいことではないよな。ていうか一方的に君が私に何かするならそれは畏怖の他はノーサンキューすぎるんだよな」
「お、お前が恋人なんだからいい、だろ……?」
「君は本当に愛し方がヘタクソだなあ。そんなんで私と付き合いたいだなんてよく思えたものだ。私は愛されのプロだぞ。そんな稚拙な表現じゃ、愛になんか届かないぞ」
「え、けど、お前を好きなのってみんなお前の身内」
「失礼なこと言うなゴリラ。ドラドラちゃんがどれだけの畏怖民に愛されてると思ってる。このシンヨコでだけでも私の交友関係の広さは知ってるだろうが」
「愛してるってことじゃねえだろうが」
「友愛も愛だよ。少なくとも、今の君よりはよき友人たちのほうがよほど私の愛し方をわかっている」
「………え、っと」
戸惑っているロナルドに、ふむ、と調子が出て来たらしいドラルクが顎に指を触れて首を傾げた。同じポーズを取るジョンがかわいい。
「わかりやすいように君のデートプランで具体的な話をしようか。まず夜景だが、私別に君とシンヨコの夜景みてもいつものことだし物珍しくないからいいムードにはならない」
「しょっぱなからだめ出しするな!!」
「いい感じのレストランでレストランしても私食事に大して興味ないし、お高めボトル入れてもらうくらいしかないけどどうせ飲みきれないんだから、だったらうちに買ってきてもらったほうが万倍マシ」
「デートプランなんだけど!?」
「観覧車だけど高くて死ぬから君は塵とファーストキスをかますことになる」
「それは……それはわりと……してないか……? お前がどばーんって死んだときとかけっこう顔にざばって」
「お、じゃあもう私とキスしてるんじゃないかよかったな。で、ホテルだが」
「キスを雑に流すな!」
「私女性じゃないし、たぶん君の頭の中では何の疑問もなく私を抱くことにしてるんだろうけど同性同士なんだからまずは議論すべきだし、まあ万が一私が抱かれるとして、一発で決められるわけないだろ。アナルセックスは拡張が必要なんだよ」
「へ……」
「あと私君とのセックスは死にまくって完遂できないと思う」
「な、なんで!? やさしくします!!」
「ゴリラがやさしく触ったってたかがしれてんだよこちとら死にやすさにかけては右に出る者がいない繊細なドラちゃんだぞ。無理に決まってんだろうが」
絶望に言葉もないロナルドに、はあ、とドラルクは溜息を吐いて膝を立てた。
「え、ど、どこ行くの……」
「あったかいうどん作ってあげるから食べて一回寝ろ」
「寝てる間に出てったり」
「しないわもうじき夜明けなんだよ。死ぬわ」
とたとたとスリッパの足が正座をしたままのロナルドの脇を過ぎ、キッチンへと入っていった。眉を下げてそれを見ているロナルドの膝に、ぺと、と小さな前足が触れる。ジョンだ。先程まであれだけ怒っていたジョンだ。
「じ、ジョン、認めてくれるの……?」
「ヌー」
「違うってさ。君憐れまれてんだよ。私のジョンは本当にやさしいからな。無様なゴリラを見てられないんだろ」
「えーん」
よしよし、と膝を撫でてくるジョンを抱き上げべそべそとして、ロナルドはうどんできたからいじけてないで食え、と言われるまでカーペットの上に正座をしていた。
「いや…………マジで…………昨日の俺は狂人だった………」
「よく考えたら君、ここんとこずっと仕事が詰まってて寝不足だったし昨日も出張で私が起きたときにはもう出掛けてていなかったし、寝てなかったんだろ。脱稿ハイじゃないはずなのに、って不思議だったけど、エナドリかっくらって仕事してたんなら同じことだったわ」
もうちょっと君の生活こっちで管理しないとだめだな、といいながらもりもりと唐揚を揚げていくドラルクを見、ダイニングチェアの上でロナルドは肩を縮めて気持ち小さくなった。
「ほんとごめん………」
「その調子だと結構覚えてるの?」
「はい……九割方は覚えてるとおもいます……」
「ほぼ覚えてんだな」
はい、とロナルドは項垂れる。アホのような条件を突き付け丁寧に叩きつぶされはしたが、それ自体はまあどうでもいいことだ。ドラルクの言っていたことも、寝不足が解消された今ならわかる。
妄想上のおっぱい大きいお姉さんではなく、死にやすい、ムカつく砂の吸血鬼のおじさんを口説くためのプランを、ロナルドはまだ何も用意できていない。
なのになし崩しに告白しちまった、とあああと呻いてテーブルに突っ伏すと、おい、とカウンターの向こうから飛んできた布巾がべち、と頭に当たった。
「テーブル拭いて。もうできるよ」
「はい……美味しそうですね……」
「美味しそうじゃなくて美味しいんだよ。畏怖して食え」
「はい………」
丁寧にテーブルを拭き、カウンターに乗った皿を移して、ロナルドはぐず、と鼻を啜る。最悪の気分だろうが何だろうがいつでもドラルクの料理は美味い。本当にそれだけが取り柄のような男だ。いつもロナルドを振り回して仕事の邪魔をする男だ。日々退屈はしないけれど、こんなのに惚れるなんて我ながらどうかしている。
「………でも、楽しいんだよ」
「ア?」
「な、……出てったり、しないよな?」
「昨日のテンションが続くなら私になにかあればジョンにも影響が出るしいるのはヤバいと思ってたけど、途中で寝不足だこれって気がつけたからな。実際今の君は正気だし、ならま、まだいてもいいだろ。シンヨコは面白いし、ロナルド君ほど面白いことになる人間もいないしな」
「そ、っか」
ほ、と安堵し、幾分か楽になって箸を取りいただきます、と手を合わせ、山盛りのからあげと白いごはんを頬張るとじゅわ、と肉の旨みが口の中に広がる。今日の味付けはちょっとスパイシーかもしれない。どこか刺激的だ。
「で、」
向かいに座り、頬杖を突いてもりもりと食べるロナルドを眺めていたドラルクが、ふと思い出したようにエプロンをときながら視線も合わせず訊ねた。
「恋人は継続なのかね。それとも無効?」
「─────、」
ごく、と口いっぱいに頬張っていた肉とごはんを思わず飲み下し、箸に取っていたからあげがコロリと落ちた。おっともったいない、と拾った細い指が、ちょん、とロナルドの唇へとからあげを触れる。
「はい、あーん」
「───お前そういうとこほんとよくないと思う!!」
ブヒャヒャヒャ、と邪悪な魔女のように笑った吸血鬼のすぐ死ぬおじさんは、ぐい、と怒鳴ったロナルドの口へとからあげを押し込んでついと小さな石榴のような赤い瞳を流し、油に濡れた指を赤い舌で舐めた。