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    ひらぶーのためにしぶから移してきたやつです 夏の話なのでちょっと季節外れになっちゃったけどまたみたことなかったーて方はどうぞ〜😊

    #んばみか
    familyOfFloweringPlants

    盛夏の候「光坊。この冷茶は飲んでいいやつか?」
     普段ないものがあったからだろう。冷蔵庫を開け物色していた遠征帰りの鶴丸に、ああそれ、と燭台切はふと微笑んだ。
    「飲んじゃダメだよ。そろそろ取りに来るんじゃないかな」
    「誰かが仕掛けて行ったのか。一杯くらいだめか?」
    「言っておいてあげるから飲みなよ、と言いたいところだけど、それ、」
    「すまん鶴丸。俺のだ」
     顔を覗かせた山姥切が、冷蔵庫のドアを開けっぱなしで眺めていた鶴丸の脇から冷茶のポットを取った。
    「ひとりで飲むには多くないか。というかきみ、冷茶なんて飲むんだったか?」
    「いや、三日月用にな」
     言いながら冷蔵庫を閉めコップをひとつ取り冷えた冷茶を注いで、山姥切は白い顔にまだ汗の粒の浮いている鶴丸へと渡す。有難い、と笑った鶴丸はそれを一息に飲み干した。
    「はー、美味い」
    「それはよかった。あんた、極になって衣装が厚くなったものな」
    「なったばかりのときはよかったが、この季節は暑くてなあ」
    「早く風呂を浴びて着替えたほうがいいぞ。あんたにまで倒れられても困る」
     ん、と首を傾げる鶴丸の手からコップを受け取り濯ぎながら、燭台切は眉を下げる。
    「いろんな子が倒れちゃってるんだよね。伽羅ちゃんもバテちゃって」
    「夏負けか? 伽羅坊がか。夏には強かったはずだが」
    「あんたが遠征に行っている間に主がバテたんだ」
     冷茶の減った分に氷を入れながら山姥切は続ける。
    「熱中症というほど酷くはないから単なる夏バテという具合だが、薬研が付いてる。今年は連隊戦を早めに切り上げて正解だったな」
    「主は練度上げしたがってたがな。うちの連中は本当に主に影響を受けやすいな。年々酷くなってないか? ……三日月もバテてるのか」
    「ああ。見舞うか?」
     ふむ、と顎を撫でていた鶴丸は、山姥切の提案にいやいや、とかぶりを振って両手を上げた。
    「きみが世話を焼いてるんだろう。馬に蹴られたくはない」
    「そ、そんなことを気にする必要はないぞ。別に俺は」
    「解った解った、冗談だ」
     ぽんと山姥切の肩を叩いた鶴丸は、からかいがいがある、とばかりに笑って燭台切を顧みる。
    「んじゃ、俺は汗を流してくる。腹が減ったからなにかあると嬉しいが」
    「了解。しっかり食べたいかな?」
    「ああ、頼む」
     じゃあな、と篭手の付いた手を振って鶴丸は厨を出て行った。
    「あいつこそ夏には弱そうな見た目をしているのにな」
    「痩せてるからねえ。でも鶴さん、主が倒れているときもほとんど影響がないほうなんだよね。性格もそんなに繊細、ってこともないかな?」
    「あんたたち伊達の刀は、元の主の影響が強いしな。そちらに引っ張られているのかもな」
    「そうかもしれないね」
     言いながらてきぱきと用意した皿を差し出すと山姥切はきょとんとそれを見た。
    「葛切り。嫌いじゃないよね?」
    「俺よりも三日月のほうが好きなはずだな。どうした? 八つ時はまだだぞ」
    「主も食欲落ちてるし、バテちゃってる子が多いから食べやすいおやつをと思って作っておいたんだ。君と三日月さんの分だから、遠慮なくどうぞ」
     そうか、と頷き山姥切は皿を受け取る。
    「ありがとう」
    「どういたしまして。夕食は軽いものとスタミナ付くものどちらも用意する予定だから、好きなほうを食べてね」
    「厨番には何から何まで世話を掛けるな」
    「厨番といっても、他の子も入ってくれるようになったしね。料理好きとしては厨にいるときくらい腕を振いたいよね」
    「頼もしいな」
     はは、と笑い、山姥切は葛切りと冷茶を持って去って行った。それを見送り、燭台切はさて、と首を捻る。
    「お肉がいいかなあ。お昼に間に合わなかったものね」
     スタミナを付けておいてもらわねば、鶴丸にまで倒れられては本当に困る。
     よし、とひとり頷き、燭台切は暑い中任務を終えて戻ってきた鶴丸の食事を用意すべく冷蔵庫へと足を向けた。







     開け放たれている三日月の部屋へと入ると、緑の繁る庭の美しい縁側のほうへ向いて籐の椅子に座っている頭だけが見えた。そっと近付き長い横髪に隠れていない右側の顔を覗く。なだらかに閉じた瞼が長く密度の濃い睫毛に飾られている。涼しげな軽装に足下は水を張った盥と夏の出で立ちだ。
     山姥切はそっと冷えた硝子のポットを白磁の頬へと近付けた。
    「っ、」
    「はは、すまん」
     ひやりと触れた途端にぱっと瞼の跳ね上がった美しい眸が、驚きに丸くなったまま山姥切を見上げる。足下のほとんど氷の溶けてしまった水が、ぱしゃん、と小さく跳ねた足に弾かれ音を立てた。
    「寝ていたかったか?」
    「いや、眠るつもりはなかったのだが、ついうとうととな」
     驚いた、と頬を押さえ眉を下げて笑っているうつくしい刀に目を細め、山姥切は茶箪笥からグラスをふたつ出した。
     湯呑みしかなかったはずの三日月の部屋だが、短刀たちと八つ時を過ごすときにはジュースのようなものも飲むせいか食器を増やしたらしい。とはいえどれも二揃えといったところだから、山姥切と使うためのものなのかもしれない。
    「八つ時にはちょっと早いが、燭台切に葛切りをもらった。食べるか?」
    「うん、頂こうか」
    「あんた、昼もあまり食べていなかったしな。食べられるならそれに越したことはない」
     一応割当てられた分は完食したのだが、と小食だった自覚はあったようでぼそぼそと言って、立ち上がってこようとする三日月を山姥切は片手で止め冷茶を注いだグラスを差し出す。蓮の花のような薄花色をした唇がグラスに付けられている間に盆に葛切りと自分の分の冷茶を置き、山姥切は籐の椅子の傍らへと片足を緩く折って座った。そよそよと、どこで冷やされたものか涼しい風が汗に湿る首筋を撫でていく。
    「ああ、ここは涼しいな」
    「うん。思えば、いい部屋を割り当ててもらっていたのだな。どの季節も庭も空も美しいばかりか、こうして夏には涼しい風が通っていく」
    「ふ、あの頃は主も本丸の皆も、あんたを心待ちにしていたからな。部屋も洒落者たちが何日も頭を寄せ合って悩んでいたぞ」
    「はっはっは……それは光栄だなあ。期待に応えられたのならいいのだが」
    「それは勿論、期待以上だろ」
     そうかな、そうだろ、と笑い合い、山姥切はグラスを受け取って代わりに葛切りを渡した。受け取った皿に、別に添えられていた黒蜜を回しかける。
    「これは美味そうだ」
    「いろんな刀が厨に入るようになって厨番の仕事が楽になったのはいいが、こうして手製の菓子を食べる機会は減ってしまったからな。燭台切は連隊戦に来ていたし、ちょっと久し振りか」
    「けっして戦意のない者たちではないというのに出陣と厨番で時間を分けていたのでは、負担が大きすぎたからな。皆も料理の腕は上がってきたし、様々な料理を口にすることは楽しい。おれも簡単なものなら作れるようにはなったのだぞ」
    「知ってる。あんた、割に器用だよな」
    「ふふ、そうかな。そうであれば嬉しいが。……まあ、最初の頃の、手慣れない者たちのなにを作ったものかもわからない料理も楽しいものではあったがなあ」
    「あれは結構酷かった………」
     はっはっは、とやわらかに声を上げて笑い、三日月は一口葛切りを口に運んで嬉しそうに目を細めた。ちらちらと差し込む光は揺れているびいどろの風鈴に反射したものだろうか。この世のものとも思えないほどの麗貌を持つ恋刀の、白い頬がまるで水辺にでもいるように光る。
    「山姥切?」
     どれだけ見ても見飽きない、と見蕩れていた山姥切は、ああいや、とはっとして慌てて自分の葛切りへと黒蜜を掛けた。
    「あんたも連隊戦には少し出ていたが、あれはこう……風情のある海といったものではなかったな」
    「若い刀たちが戦でなければ海水浴にうってつけだとはしゃいでいたな」
    「ああ。そういう明るくて日差しの強い海だった。……その、主がもう少し復調してあんたも体力が戻ったら、もっと穏やかな海を見にいかないか」
     ふむ、と長い睫毛をぱさりと瞬かせ、三日月は首を傾げた。しゃらり、といつもの房と違って本当に音を立てる藤の髪飾りが前髪の被る頬骨の上で揺れる。
    「連隊戦の褒美に、海の景趣がきていたと思ったが……それから菜の花の景趣も、なかなか趣のある海が望めるぞ」
    「それはそうだが……いや、あんた解って言ってるんだろう」
    「なんのことかな」
     ふふふ、とどこかとぼけたように笑う三日月に、まったく強かになって、と山姥切は溜息を吐きそうになる口に葛切りを頬張った。
    「ん、んまい」
    「そうだろう。お前は甘味も付き合ってはくれるが、やはり燭台切たちこの本丸の者の作った菓子が一番好きなようだな」
     ん、ともぐもぐとしたまま三日月を見上げ、微笑む眸に瞬いて山姥切はごくりと葛切りを飲み込んだ。指を伸ばし、髪と絡まり頬に掛かる藤の花をそっと避ける。
    「あんたに連れて行かれる店の甘味もみんな美味いぞ」
    「そうか? ならばよかった」
    「それは燭台切たちの料理は格別だからな、勿論美味いが、あんたの味覚もまた優れているからな。よくぞこんな店を見付けてくるものだと感心してるんだ、これでも」
    「ははは、そうか。ならばまた、共に行こうか。暑い季節限定の甘味もたくさんある。ヒトの身は、本当に楽しみが多いものだな」
    「ああ、楽しみにしている」
     うむ、とにこにこと頷き、三日月はその蒼の薄衣を重ねたような双眸でふと山姥切を見詰めた。首を傾げてみせると、うん、いやなに、と少し思案げに唇へと指を這わす。
     そのほっそりとした指と薄く紫を混ぜたような桜色の唇にそわりとした腹の裡を悟られないよう、山姥切は冷茶を飲むふりをした。
    「……主が落ち着いているようなら、お前と二振りで少し休暇をもらえないだろうか」
    「ん? そうだな。連隊戦を終えたばかりだし、順繰りに皆に休みを、という話は本科からも出ていたからな。可能だとは思うが……どうした? 行きたいところでもあるのか」
    「先程お前が言ったではないか。穏やかな海を、と。乱たちとな、旅行の本を眺めていたときにいくつかあったような覚えがある。付近の甘味処もな、機会があれば味を見てみたいと思っていたのだ」
    「なんだ、結局甘味の話か?」
    「いいではないか。おれもお前のいう穏やかな海を共に見たいと思ったし、お前もおれに連れられて甘味処に行くのはいやではないのだろう? ならば、うぃんうぃん、というやつだ」
    「誰から教えられたんだそれ」
     今度は堪えず溜息を吐いて、まあいい、と山姥切は苦笑した。
    「あんたが楽しみにしてくれるなら、俺も動きがいがあるというものだ。主に相談してみよう。行き先については、ピックアップしてくれるんだろう?」
    「ああ。宿も取らねばならないだろうからな。ふたりで決めようか」
     機嫌良く言い、三日月は葛切りに意識を戻したようだった。堅苦しくはないのにまるで美しくないところなどない所作で葛切りを口に運ぶ様を眺め、うきうきとした三日月に少し調子が出て来たな、と山姥切は内心で安堵する。
     昨年の夏はこんなことはなかったようなのだが、朝はいつもすっきりと早い時間に起き出すというのにいつまでも起きられずにぼんやりとし、食事も小食、気が付けば部屋で横になっていると気が付いたのはつい数日前だ。連隊戦へ出突っ張りだった山姥切が本丸にいる間は、極力不調を悟られまいといつもの顔をしていたのだろう。
     暑さに負けているなとは感じていたから水分を取れ、涼しくしろとしつこく言い聞かせてはいたのだが、やはり主に似て無理をする質だ。山姥切と薬研の教育の賜物か不調の類いは報告をするよう癖の付いている主のほうが、まだましというものだ。
     避暑、というわけでもないがすこし過ごしやすい地方を選ぼう、と考えながらさっさと葛切りを空にした山姥切は、後ろ手を突いてみんみんと蝉の鳴いている庭を眺めた。
    「……夏の景趣をやめてしまえばいいのかもしれないけどな」
    「主の調子が悪いようならそうしたほうがいいだろう。だがそうでもないのなら、季節は四季が巡ったほうがいい」
     本丸に閉じ籠もりがちの主を思っての言葉だろう。そうだな、と曖昧に頷いた山姥切は、ふいにぱしゃり、とまだ冷たい水を掛けられ目を丸くした。どこか悪戯げに微笑んだ三日月が、濡れた手で山姥切の頬の滴を拭う。
    「今宵はな、花火をすると短刀たちが言っていたぞ。臥せるほどではない者は夕涼みがてら参加してほしいと言っていた」
    「花火か、いいな。万屋のほうの打ち上げ花火は、まだもう少し先だしな」
    「ああ。賑やかな、夏の風物詩だな。主も少し顔は出せるだろうか」
    「花火くらいは大丈夫だろ」
     うん、と嬉しげに頷き、三日月は下がり眉を緩ませて山姥切の唇の端を拭った。黒蜜が付いていたのか、そのまま赤い舌がぺろりと指を舐め取る。
    「楽しいな、山姥切」
    「ん、え?」
     舌の赤さに見蕩れていた山姥切は、慌ててかぶりを振り首を傾げている三日月になんでもない、と片手を上げた。
    「えーと……そんなに花火が好きだったか?」
    「うん、好きだぞ。四季折々の楽しみは、生きている、という気にさせる。刀の頃にはなかった感覚だな。季節など気にもせず、何年も眠りこけているようなこともあったしな」
     今はひとつひとつの季節が愛おしい、と微笑む貌が美しく、どこか切なげにも思えて、山姥切は白い手を取った。菩薩のように嫋やかな手をしているが、それでも節が立ち、身長に比した大きな手だ。けれどぎゅう、と握る山姥切の手のほうが、ずっと武人に相応しい手をしている。
     
     この嫋やかな仏の手が、美しい太刀を握り鋭く刃を振う。
     同じ手が、優しく花を、獣を、ヒトを愛でる。
     
    「……鶴丸の真似ということじゃないんだが」
    「ん?」
    「あんたといると、退屈しないな」
    「今の話でなにか面白いところがあったのか?」
     不思議そうな三日月に笑い、ああそうだ、と山姥切は頷く。
    「俺は生きているということに向き合って考えたことなどなかった。当たり前にこの身があり当たり前に戦い当たり前に主がいる、これを僥倖だと思うことなんかなかったんだ。だがあんたといると、生きる、ということはこういうことかとときどき胸を突かれることがある」
    「それは……お前にとって、邪魔なことではない、のだな?」
    「勿論だ。別にこの刃生をつまらないともいやだとも思ったことはないが、けれどあんたがいて、より一層鮮やかに思えるようになるということだ。三日月。あんたは俺の刃生に、彩りをくれるんだ」
     そうか、と鷹揚に頷き、暫し柔らかに微笑んでいた三日月は、結局捕えられているのとは反対側の袖で背けた貌を覆ってしまった。ふ、と山姥切は笑う。
    「どうした、三日月。今更照れるな」
    「……お前の口説き文句は、ときどきおれには刺激が強い」
    「はは、それは悪かった。だが、本心だからな。偽りようがない」
     まったく、とほんのりと赤くなった顔をちらと覗かせ、天人もかくやといわんばかりの美しい貌が、ふいに蕩けるように笑み崩れた。どきりと高鳴った胸の鼓動のまま、山姥切はぎゅ、と手を握りそれから離して誤魔化すように冷茶を注ぐ。
    「旅行はいつ行けるだろうか」
    「あんまり先だと波が高くなるだろうからな。今がちょうど暇だし、主とあんたの調子がそれほど悪くないなら近日中に行こう」
    「慌ただしいかな?」
    「気にするな。どうせみんなのんびりとしてるんだ。俺たちが遊びに出れば、あいつらだって各々好きにするだろう」
    「そうか、ならば、うん」
     相変わらず気を遣う、と苦笑して、山姥切はグラスの汗を拭い冷茶と空の皿を交換し、薄い造り物のような唇がそれを飲むのを飽きずに眺めた。
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    fuki_yagen

    PROGRESS7/30の新刊の冒頭です。前に準備号として出した部分だけなのでイベント前にはまた別にサンプルが出せたらいいなと思うけどわかんない…時間があるかによる…。
    取り敢えず応援してくれるとうれしいです。
    つるみか準備号だった部分 とんとんと床暖房の張り巡らされた温かな階段を素足で踏んで降りてくると、のんびりとした鼻歌が聞こえた。いい匂いが漂う、というほどではないが、玉ねぎやスパイスの香りがする。
     鶴丸は階段を降りきり、リビングと一続きになった対面式キッチンをひょいを覗いた。ボウルの中に手を入れて、恋刀が何かを捏ねている。
    「何作ってるんだい? 肉種?」
    「ハンバーグだぞ。大侵寇のあとしばらく出陣も止められて暇だっただろう。あのとき燭台切にな、教えてもらった」
    「きみ、和食ならいくつかレパートリーがあるだろう。わざわざ洋食を? そんなに好んでいたか?」
    「美味いものならなんでも好きだ。それにな、」
     三日月は調理用の使い捨て手袋をぴちりと嵌めた手をテレビドラマで見た執刀医のように示してなんだか得意げな顔をした。さらさらと落ちてくる長い横髪は、乱にもらったという可愛らしい髪留めで止めてある。淡い水色のリボンの形をした、きっと乱とお揃いなのだろうな、と察せられる代物だ。
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