14話 初めはいつだったか、昔聖騎士団長を務めていたお爺様に連れられて我が家に来た姿に惹かれた時だっただろうか。
自分が10の時で、あの人が13。年齢に見合わない低い身長で、しかし自分より断然大人びて見えた。
幼い頃の記憶だったが、朧気な幼少期の記憶の中で唯一鮮明に覚えていたあの人の姿が忘れられなくて、億劫だった聖騎士団への入団も喜んで進めた。
入団後、あの人は既に最年少で聖騎士団長へとのぼり詰めており、俺はあの人の部下となった。
別に悔しかった訳では無い。寧ろ誇らしい気持ちだった。漸くあの人に近づけて、話しかける機会をもてて、嬉しかった。
あの人はいつでも明るかった。多忙の身でありながらも部下に接する機会を多く取り、稽古をつけ、臣民に対する優しげな対応もまさに聖騎士団長たり得るもの。
しかし、俺が聖騎士団長になった頃、彼女の表情に時々陰りが見えるようになった。
もちろん皆の前ではいつも通りの明るい振る舞いを続けてはいたが、裏で泣いていたことも、悩んでいたことも知っている。
だから俺は、あの人がこれ以上悲しまないように、泣かないように。彼女を、先輩を、守ろうと考えた。
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事件後、数日たった現在は予言の日前日である。
数日前から行われている杪夏祭は終盤を迎え、あと数分後に行われる花火が終われば開かれているあまたの露店もその賑やかさを失ってしまうだろう。
恋人や家族ずれの人々は中央の大街路出ると、花火が打ち上がるのを今か今かと待ち侘び、辺りは人でごった返している。
黄昏時も終わりかけ冷たい空気を纏う空には一等星が映り出していた。そんな空を見上げることも無く、銀髪の青年はそんな人混みの中をいとも簡単に進んでいく。
暫く入り組んだ道を進んでいけば少し開けた場所へと出た。帝都フランツェを一望出来るその場所は花火を見るにもちょうどいい場所だが、あまり知名度は低いのか人は余りいない。
「⋯で、いつまで着いてくるんだ」
そう背後に言葉を投げかければ建物の影に隠れていたシラー達が姿を現す。
「貴方とお話がしたいんです」
「話すことなんてないが」
「今回の神託の犯人、ヴァレンテさんですよね」
「⋯なぜそう思う?」
一瞬眉を動かしたように見えたが、すぐにいつもの厳しい表情へと戻ったカルヴェは威圧的にシラーを見る。
「この前の事件、あの時現場から離れ路地裏に入っていくマントを見ました。貴方々団長がつけるオルディネーナの制服です。」
「そうか」
「あの時、火の挙がってる現場から離れるなんて怪しいですよね。ならば、その人が犯人となる。そう思って追いかけました。しかしその先にいたのは貴方々2人です。」
「それだけで、どうして先輩が犯人だと?」
「貴方々が去った後に路地裏に残っていた魔力の痕跡、カルヴェさんの魔力痕が直前に魔法でも使っていたかのようにベッタリと残っていたんです。」
質問の答えにないっていない返答に、訝しげな表情でカルヴェは視線でシラーに続きの言葉を促す。
「でも不思議なんですよ、魔力を使っていなくても魔力痕が残ることはあります。⋯ならばなぜ、ヴァレンテさんの痕はあの場に残っていなかったのか」
「だからなんだ?それが先輩を犯人と決めつける材料有り得るのか?寧ろ、アリバイと言ってもいいが」
「そうですね、これはあくまで推測。では私の考える推測の全貌を聞いてください。」
まっすぐとカルヴェを見つめ返すシラーは自分の言葉をしっかりと聞かせるように言葉を続ける。
「犯人はヴァレンテさん。そして貴方はその共犯者、いいえ⋯それはヴァレンテさん公認ではないでしょう。貴方はヴァレンテさんが犯行を起こすと知りながら彼女の隠蔽工作を手伝い、そしてその犯人が自分だと認識されるよう動いていた。」
────違いますか?
シラーの視線の先には目を見開かせるカルヴェが移った。言葉を聞かずとも、表情を見れば答え合わせができるだろう。
「カルヴェさん。こんなことをしても、ヴァレンテさんの為になりませんよ」
シラーには彼らの事情は知ったことでは無い。しかし、彼が彼女の為に行動しているのならば、この行動は止めなければならないと確信していた。
その気持ちを汲み取ったのか、暫く何かを考えるようにカルヴェは黙ってしまった。冷たい空気の温度を更に下げる沈黙の空気を破るように花火が上がりだした。
下の方では、こちらの空気感など知らない先程の群衆が花火に感嘆の声を漏らしている。
黒い紙に鮮やかな絵の具を散らしたような花火からの光を浴び、視線を落としていたカルヴェは小さくため息を吐き出した。
「⋯そうだ、君の推測は正しい。俺は先輩の隠蔽工作を行っていた。それがきっと、先輩のためだと思っていたからだ。」
先程までの威圧感はどこへやら、つり上がっていた眉も下がり、声色もどこか弱々しく感じる。
「しかし⋯猊下に手を出せば死罪は免れない。」
────俺は先輩に生きていて欲しい。
普段気難しい厳格な態度をとる青の騎士団長だが、今は随分弱気な雰囲気をまとっている。これが本来の姿なのだろうか。
心からヴァレンテを思うカルヴェの言葉を聞き、シラーはまた一歩と前に出る。
「なら、私達と説得しに行きましょう。今ならまだ間に合うかもしれません」
一瞬戸惑ったような表情を見せたカルヴェは一呼吸置き、いつものように眉尻をあげた。
また怒られるのか、と思ったが前に見たような雰囲気とはまた違っている。
「あぁ、行こう」