ねぇアッシュ、知ってる?
「日本には《和歌》っていって、音数が決められた短いことばで、好きな人と文通みたいにやりとりしてたんだって」
まるで《ラブレター》だよね、そう呟いたグレイの柔らかい微笑みはアッシュの胸の奥を大きく跳ねさせた。
こうしてグレイの方から自分へ意気揚々と他愛もない話を振ってくるなんて、相当この和歌とやらの存在に感化されたのだろう── そうアッシュは頭の片隅で冷静な分析をしつつも、かつて目も合わそうとすらしてこなかったグレイと次第に打ち解け、ふたり何気ない会話を交わせる時間を存外気に入っていた。
そんな情報をどこで知ったんだと興味本位で聞いてみれば、ゲームで知り合った日本の少年が教えてくれたんだとグレイが嬉しそうに答えた。彼は自身の語学力の向上を兼ねて、グレイへ日本文化をたびたび紹介してくれていたらしい。
そして隣に座るアッシュの方へスマートフォンの画面を向け、例えば、と切り出した。
「たくさん好きな人のことを考えながら寝たから、好きな人が夢に出てきたのでしょう──」
「よかったじゃねぇか」
「……もし、夢だと知っていたなら目を覚まさなかったのに」
「そんな器用なことできるかよ」
「なんですぐ現実的な話をするの、アッシュは… そのくらい想いが強いって意味だよ…」
グレイは画面から目を離し、そんなアッシュをやれやれと一瞥して、また話の続きを始める。
「それからこの和歌は── もうすぐわたしの命は途絶えてしまうでしょう… だからあの世への思い出として最後に一目あなたに会って……… その、セッ…… エッ、その… せ、性的な、したいです、って…… 意味なんだって…」
「……おう………」
「すごいよね……」
「いや、まあ…… なんつーか、和歌ってのはいちいち情熱がすげぇな」
「な、内容はともかく…!こうやって死の間際に思い出す人って、どれだけの情熱を持って愛した人だったんだろうな… って、僕は、思った…」
耳まで真っ赤に染めてそうぽつりと呟くグレイの横顔を、アッシュは何も言わずに見つめていた。
「ん、んんっ、とにかく…… 季節に合わせたことばとか自然の移ろいとか、見たり感じたりした景色に、相手への気持ちまで重ねてるんだ… たった31音しかないのに、素敵だよね」
「まあ、なかなか洒落てんじゃねぇか? 気に入った」
「わ、ほ、ほんとに…? よかった… でも僕はとてもこんな短い文章にまとめられる気がしない、かも… はは…」
そうして会話が途切れて、少し間が空いて、沈黙に耐えかねたグレイの目が泳ぎ始めたところで。アッシュが静かに言葉を返した。
「まあ
俺なら5音でお前に全部、伝えてやるけどな?」
2021.05.22