きっと「また "それ" か」って言われるだろうけど、アッシュだってこの前、ビリーくんに自分の好物押し付けてたって聞いたよ。
だから、いいでしょ?
僕とアッシュが、その、つまり、友だちっていう過程を飛び級して、声に出して言うのは少し恥ずかしいそれ以上の関係になってから、初めて迎えるアッシュの誕生日。
日本のお土産を(渋々)買って行った時もそうだったけど、なんとなく面と向かって、僕が用意したんだ〜 とかは恥ずかしいというか… よ、喜んで欲しいけど、調子に乗ったアッシュに絡まれるのはまた別問題というか……? 僕の中にも複雑な男子心があるらしい。
悩んだ。どうやってこれを渡そうか。直前まで悩みに悩んで、たった今、アッシュがほんの一瞬部屋を空けている隙に枕元に置いてきたところ。戦い慣れていないレベルの高いサブスタンスを相手にする時くらい強い気持ちで、でも慎重に。
そういえば、クリスマスの時もこんなことをした気がする。もしかして僕って、アッシュに対してはその頃からちっとも変わってない? と気付けば、これからは少しずつ歩み寄る努力をしなくちゃな、と額が痛むのに。
***
8月8日がもうすぐ終わろうかという時刻、リビングに居た僕に声を掛けたのはアッシュだった。
「おい」
「……! ア、アッシュ… まだ起きてたんだ」
「別に、そんなの俺の勝手だろうが」
そ、それは確かにそうですね… としか返せない。僕は目線を斜め下に逸らして、そこはかとない威圧感から逃げようとしてみる。
いくら年に一度しかない自分の誕生日だからって、特段用事があるわけでもなさそうなのに、こんな時間まで起きてるなんて珍しいなぁって思っていたら、アッシュが僕に投げかけた言葉は少し意外。
「…………まだテメェからバースデープレゼントもらってねぇ」
「…え?」
そういう理由…? あれ、まだ気が付いてないのかな。部屋に戻ってないことはなさそうだけど? はたまた別の人からのプレゼントだと思ったのかな…って、あんなに贈り主の分かりやすいプレゼントで、その可能性は限りなく低いだろうから前者だろう。
「……で、何もねぇのかよ?」
「い、いや… えっと…」
ど、どうしよう。僕にイライラをぶつけるような声色ではないことに安堵しつつ、このアッシュの表情はどういう感情が込められているのか、複雑な瞳、恋人の誕生日に何もないなんて期待外れな奴だ、って内心思っているんだろうか。
実際、用意はしてあるんだから、ここで僕が「実はもうアッシュの部屋に置いてあって…」って、コソコソしていた事実を告げるのは簡単だ。
でも、本当にそれでいいのかな?
いつまでも同じことの繰り返し。
いつまでも、僕はこのまま……
一歩、アッシュに近付く。
それから、背丈の変わらない僕の目の前にある肩口へ、そっと顔を埋めた。腕はどこに置いておいたらいいんだろう?
分からないし、初めて知ることばかり。アッシュってこんな香りがするんだ、でも、この変な煙臭さは今日使ったクラッカーかな。
いきなりこんな風にして、「重いから体重掛けんじゃねぇ」って怒られるかも知れないから、寄り添うのは少し、ほんの少しだけ。今の僕には彼との正しい距離感も分からない。
「お誕生日おめでとう… アッシュ」
その言葉を紡いですぐ、僕の身体のどこにも触れていなかったアッシュの手のひらが、まだ慣れない手つきで両肩を掴んだ。ぎゅっと、込められた力が一際強くなって、
「グレイ」
名前を呼ばれて、顔を上げて、目が合って、引き寄せられて、アッシュは僕の意図を汲み取ってくれたって理解した。
僕は肯定のために瞼を閉じた。
***
ファーストキス、だった。
ファーストキスは『xxx』の味、って人それぞれ感想が当てはまるものだけど、25年間守り続けた僕の場合はひたすらに『甘い』味。
相手は、あの、傍若無人を絵に描いたような存在のアッシュだ。そんな男としたキスが甘いなんて、ここまで激しいギャップを感じる結果には一生巡り会えないだろう。
そういえば、どこかで感じたことのある甘さのような気がしたけど、そんなことよりアッシュが言ってた「どっちもご馳走さん」って一体どういうこと?
2021.08.07