初めて彼女の生理を目の当たりにした日「ッ寧々!えむ!誰か近くにいないか?!」
「司くん!?」
神山高校2年生だけが放課後にあった進路に関する学年集会のせいでフェニランに到着するのが遅くなってしまった。練習着に着替えてステージに向かおうとしていた僕は女子更衣室の中から1週間前に彼女になったばかりの女の子の聞いた事の無いほど焦った声を聞いた。反射で司くんしか居ないはずの女子更衣室の扉を開けかけるがドアノブに手をかけたところで思いとどまった。
「……類か?すまん、少し緊急の用事でな、ステージに居るえむか寧々を呼んでくれないか?」
「緊急って?司くん何かあったの?僕には
相談出来ないこと?」
「あ、ぅ、…………すまない」
「わかった。すぐに呼んでくるよ」
ステージにいる2人に事情を話し、司くんの元へと向かってもらう。司くんの反応から僕が居たら都合悪いのだろうと思いステージに残った。……なんでも相談して欲しいというのは我儘なのだろうか。僕と付き合う前にあの2人には恋愛相談をしていたことを後から聞いたときのような疎外感を感じてしまう。
今日の練習のメインメニューである、アクション機材の最終確認をしながらしばらく待っているとよく見ないと分からないくらいほんの少しだけ顔色が悪い司くんを連れて表情の曇った寧々とえむくんがステージに戻ってきた。
「類、すまない、待たせたな。」
「っ、いや、大丈夫だけど……」
「よし、少し遅れてしまったが練習を始めるぞ!今日はアクション機材の試運転だったな。アタシのせいで時間が押しているがストレッチは入念にしてくれ」
僕と司くん、寧々とえむくんペアに別れてストレッチをする。柔軟どころか立ち居振る舞いすらぎこちなく、違和感が拭えない。笑顔なのに笑顔じゃない。
「司くん、君…」
「寧々、えむ!集合!」
ストレッチを終えて機材の確認を始める。まずはえむくん。司くんが気になっているけど機材についてはどうしても僕が対応しないといけないのでそちらに集中する。ワイヤーの締め付けの調整や動かした時の音など実際に動かして見ないと分からないことを質問したり確認しては走り書きでメモしてデータを取っていく。えむくんはステージの天井近くから柔らかい衣装を纏いふわふわとゆっくり降りてくる予定だから激しいアクションの確認は無い。特に問題もなく確認を終えた。
「うん、大丈夫だよ。具合は悪くないね?」
「はーい!大丈夫!あたし元気だよ!」
「良かった。ありがとう、えむくん」
「よし、次はアタシだな!」
えむくんと交代して司くんが僕に近づいてくる。そのとき、司くんからふわりと嗅ぎなれない金属臭がした。
「…?」
「類?どうした?」
「……いや、司くん、体調に問題はないかい?」
「大丈夫だ」
「……わかったよ」
ゆっくりとワイヤーに吊られた司くんが地面から離れていく。司くんは動きが多くえむくんよりも確認事項が多い。1つ1つ動きを見ながらデータを取っていくがやはりいつもの司くんよりもぎこちなく感じる。特に下半身、脚の動きにいつもの大胆さが欠けている。検証には問題無いが普段なら機材確認でも全力で動きを魅せてくれる彼女にしては珍しい。そして調査を進めていくと顔色がだんだんと悪くなっているように感じた。時折不自然に息を吐き、脂汗が滲んでいる。それでもまだ続けるなどと言う司くんを無理やり下ろす。寧々に水分を用意してもらい、ワイヤーを外せばただ立っているだけでも辛そうな司くんを支えてステージの上にぺたんと座らせた。僕もその隣に腰を下ろす。
「…………司くん」
「ッ、類、すまない、アタシ、検証の途中なのに……」
「僕が言いたいことはそうじゃないってわかっているよね?僕は体調に問題は無いか聞いたはずだよ。……寧々とえむくんも司くんについて知っていて僕に黙っていたという認識で構わないね」
完全に下を向いてしまい聞いているのかも分からなくなった司くんから問い詰める先を2人に変えた時、咎められるようにそっと司くんに腕を引かれたが怒りは止まらない。
「う…類くん……ごめん、なさい……でも、」
「類には言えない理由がある。だから言わなかった。」
「それで司くんを危険に晒すとしても?何度も僕の言葉を遮って、体調を確認しても嘘を付かれて、挙句には危険な装置の使用中にこのザマな訳だけれど。……早く君たちが隠していることを話してくれないかな。」
えむくんが僕の反対側から司くんに寄り添い、司くんがもたれかかるのが僕ではなくてえむくんだとことも僕の機嫌を著しく落とした。
「あ、えと、……………ッ」
司くんの練習着に雫が落ちて染みを作る。
「悪いけど、泣いても逃がしてはあげないよ。練習時間も有限だし、そろそろ……」
「…………………………せーり、急に生理、来て」
「せいり?」
「………っ、予定、よりも2週間くらい早くて、着替えてる時に気付いて、……でも、類には言いづらくて、…言えなくて、寧々とえむに隠してほしいってお願いしたけど、吊られてる途中で、痛みが酷くなって、、」
せいり、整理、政理、……生理?なに、そんなこと、そんなことで?
「……それくらいなんで、最初に言ってくれなかったの」
「ッ、言えるわけ無いだろう!?」
「言えないよ!!!」
「言えるわけないでしょうがバッカじゃないの!?!?体調のことだから言わないと迷惑だなんて承知で隠してんの!小学生の時女子だけ授業分けられるの気が付かなかった??病気でも無ければ個人差もありすぎて女の中でも理解が及ばない人だって居るのに、これのことを「それくらい」って簡単に言えるような知識もマトモにない男に軽率に言うくらいなら我慢するしかないの!!」
寧々の、女の子3人の叫びでハッとする。あぁ、僕の"こういうところ"が彼女たちに信頼に値しないと考えられていたんだ。プライベートなこと、特に性別のこと、付き合っているのだからなんでも言ってくれるのが当たり前だなんて心の何処かで思っていたんだ。
「……司くん、それに寧々、えむくん、ごめんね。」
「類?」
「僕の想像力が足りていなかった。そのせいで僕は司くんも、寧々とえむくんも傷つけてしまったね。本当にごめん。…………ちゃんと、正しい知識もつけるから。司くんがしんどいときはちゃんと僕も気付いて君のサポートをする。仲間として、司くんの彼氏として、君が信頼できる人間になりたいんだ」
「まぁ、頑張りなさいよ。わたしもえむも類に管理させる気は無いし詳しく言うつもりも無いけど、司だけはしっかり気にかけてあげるくらいしてもいいんじゃないの」
「……うん」
「ひゃっ!わ〜〜!!司ちゃん!」
司くんがぐったりとえむくんに寄りかかるが、上背のある司くんにえむくんが押し潰されかけている。慌てて司くんを抱きとめて僕の身体を背もたれにさせる。
「わたしとえむで司の温かい飲み物買ってくるから2人でちょっと話してなさい」
「本当にありがとう、2人とも」
パタパタと2人がステージから遠ざかる。司くんが少し体の向きを変えた。目が合う。逸らさないでくれたのが嬉しくてそっと頭を撫でる。
「体勢はキツくない?」
「ああ、大丈夫だ。……アタシも、ちゃんと話さないといけないな。……………いつも、直前でチョコレートを食べると痛みが酷くなるから控えていたんだ。おそらくアルコールのせいで周期が色々と狂ってしまってどちらも作用してしまったんだと思う」
「ああ、あの日の……。ごめん、僕にも責任があったんだね」
「……普段予測するアプリを使っているのだが、さすがに予測出来なくてな」
「そうだったんだね」
結局練習は中断になり、僕たちは動けない司くんをえむくんの家の車に乗せて彼女の家に送っていった。その間ずっと練習を中断させたことと僕に彼女の身体を背負わせていることを謝っていたが、僕は元気になってから実験を手伝ってくれることを、寧々はグレープフルーツジュースを、えむくんはたい焼きを条件に許すことにした。誰も怒ってはいないのだけど形として、ね。
家に帰りすぐにパソコンの電源を付けた。女の子の身体についての知識を付けるのだ。インターネットで論文を探し、専用に作ったノートに走り書きを残す。明日は図書館に行って医学書を探してみよう。司くんにもうあんな思いをさせないために。予測アプリよりも、僕が正しく彼女の健康を守ってあげたい。
少し詳しくなりすぎてドン引きされるのはまたいつかのお話。