いつものように椅子に座って、その日のクエストに合わせたうさ団子を頼んだ。
お待たせニャ!と運ばれてきたうさ団子は、いつ見ても美味しそうで。
何度食べても美味しい事を知っている。
いただきます、と手を合わせて、いつものように大きな口を開けた、ら。
「痛っ!」
ピリッと唇に走った鋭い痛みと、プツッと皮膚が裂ける音。
ペロリ、と舐めれば、よく知った鉄臭い血の味がした。
唇が切れてしまった。
「最近、砂原ばっかり行ってたからかなぁ…」
肌の保湿や日焼け対策は忘れないように気を付けていたが、普段、紅も引かない唇の事は、スッカリと忘れていた。
ピリピリと痛む唇に顔を顰めつつ、いつもより小さく口を開けて団子に齧り付く。
温かいお茶が、唇に滲みて痛い。
どうやら切れたのは一箇所ではないようだ。
何処かに手鏡があった筈だ、と探し出して唇を映してみれば、パックリと割れて肉の赤が見えている。
「やあ、愛弟子!」
闘技場の案内から戻って来たウツシ教官が、私を見つけて声を掛けてきた。
鏡を見ている私を見て、どうしたの?と首を傾げる。
「…これは、痛そうだね」
「痛いんですよ。実際」
見事に割れた唇を見て、眉を寄せたウツシ教官。
そんな彼に、ちょいちょいと手招きをして。
寄せられた耳に手を添えて、小さな声で告げる。
「…こういう訳なんで、治るまで口付けや口吸いは無しで」
「ええっ!?」
「うるさっ!」
顔を寄せていた所為で、ウツシ教官が放った声が耳に突き刺さった。
耳を押さえて離れ、ウツシ教官を恨みがましく見れば、別れを切り出されたガルクの様な絶望的な顔で震えていた。
そんな顔をしなくても…傷が治る迄じゃないか。
別に他の接触は禁止していないし。
そう思うも、いつもはキリリとした金色の瞳は涙の膜が張って、ゆらゆらと揺れている。
「じゃっ!そういう事で!」
ああ、これは面倒な事になるな。
そう踏んだ私は、片手をサッと上げて、ササッと暖簾をくぐってクエストに向かった。
背後から『どうしてだぁぁ!愛弟子ぃぃぃ!』と雄叫びが聞こえたが、気の所為だと思う事にした。
クエストを終えて戻って来ると、いつもの定位置に教官がいた。
てっきり、まだいじけていると思っていたが…。
私の事になると途端にポンコツになる教官だが、やっと真面になったか、と思い帰還した旨を伝える為に近づき、違和感に気づく。
いつもある口を覆う装備が無い。
そして…
「あ!愛弟子!」
やたらと唇がテッカテカしている。
ツヤツヤなんて表現じゃ生温い。
テッッッカテカ!だ。
「ど、どうしたんですか…その…」
「ゼンチ先生に軟膏を貰ってきて塗ったんだ!」
軟膏?
何故、軟膏を貰って唇に塗りたくるのか?
頭に疑問符が幾つも浮かぶ。
「これなら口付けしてもいいでしょ!キミの唇に軟膏も塗れるから傷も早く治るよ!」
にぱっ!と嬉しそうに笑う教官に、これでもかと溜め息を吐き、しゃがみ込んだ。
私の事になるとポンコツになると言ったが、ここ迄だったとは…。
話の内容が聞こえたのだろう、後ろでアヤメさんも『マジかコイツ』みたいな顔をしている。
「ま、愛弟子?どうしたの?お腹でも痛い?」
しゃがみ込んだ私の前で同じようにしゃがみ込んで、心配そうな目で私を見る教官。
しゅんとした顔に、ガルクの耳が見えて、いつもは隠れている唇がテラテラと光る。
「……んっふふっ」
何だか、もう可愛らしくて、笑えて笑えて。
仕方がないから、テッカテカの唇に、軽く口付けをしてあげた。