猛火「教官さんなんですかぁ!」
甲高い声が耳に痛い。
色街の女のような香り袋の臭いに鼻が曲がりそうだ。
ハンター達が立ち寄る集会所で、この臭いは戴けない。
消臭玉を撒いてしまいたい。
「よければぁ、お茶でもしてお話伺っても?」
「いえ、仕事中ですから」
「少しでいいんですよ〜」
腕に伸ばされた手を自然な仕草で避ける。
ああ、早く何処かに行ってくれ。
強烈な臭いに頭痛までしてきた。
「あ!愛弟子!」
声を掛けて手を振った先、愛しい人物の姿を見つける。
愛弟子の眉間に皺が寄っているのは仕方がない。
「……ただいま帰りました」
女の臭いに顔を顰めた愛弟子は、無言で消臭玉を撒いた。
それに女が反応する。
「ちょっと!煙たいじゃない!」
「…臭いよりはマシでしょう」
おっと。
ハッキリと言い放った言葉に、女の顔が羞恥に歪む。
これは少し良くなかったな。
けれど愛弟子の心情を誰もが知っているので、誰も咎めない。
「此処、何処だか分かってます?ハンターが集まる集会所ですよ?そんな所で、こんな臭い臭い撒き散らして…ハンターにこの臭いがついて、モンスターが寄ってきたらどうするんですか?
死んだら?責任取れるんですか?」
「な、なによ!」
顔を真っ赤にして焦った女が俺を見上げる。
俺も愛弟子に同意見だけど。
愛弟子の言う事は尤もだが、言い方が良くなかった。
棘の理由は明確だが。
「そうだね。少し香りが…抑え目にするといいですよ」
「えっ、あ、…はい」
庇ってくれるとでも思ったのか、女の顔が固まり、俯いていく。
大人しくなった女は、小さく謝ると集会所から出て行った。
「やれやれ。さて、愛弟子よ。正論ではあったけど、言い方が…っ!!」
愛弟子に向き直った刹那、消臭玉が投げられる。
濛々と上がる煙に少し咳き込む。
「…人に向けて投げてはいけないよ」
小さい子供を諌めるように告げれば、ムスッとしたままの愛弟子は、何も言わずに集会所を出て行った。
やれやれ、と小さく溜め息を吐いて、ミノトさんに席を外すと告げる。
相変わらずの無表情…ではなく、その目に小さく怒りを宿した受付嬢は、いつものように、かしこまりました、と告げた。
「愛弟子。入るよ」
足を踏み入れるや否や、胸倉を掴まれて引っ張られ、板の間に押し倒された。
予測していた通りの展開に、装備の下、口の端が上がる。
「…熱烈だね」
「…臭い」
「キミに消臭玉を投げられたけど?」
白々しく口にすれば、愛弟子の顔が歪む。
その黒曜石の美しい瞳が、猛火に包まれている。
「…貴方は誰のものですか?」
「愛弟子のものだよ。当たり前だろう?」
「なら、欠片も他の女に触らせないで」
無茶を言う。
だが、彼女の機嫌をこれ以上損ねるような馬鹿な男でもない。
「愛弟子だけだよ…俺だけの、猛き炎」
「火傷じゃ済みませんよ」
「構わないさ」
ガリッと音がして、首筋に痛みが走る。
その痛みすら彼女の愛だと思えば、酷く甘美なものに変わる。
「……貴方の心臓になれたらいいのに…」
「それは困る」
「何故」
少しムッとした顔で彼女は告げる。
勘違いされては困る。
彼女の想いに臆して言った言葉ではない。
「キミを抱けないだろう?」
そう告げれば、彼女は目を丸くして瞬きを何度かし、それから花が咲くように、ふにゃりと笑った。