2月9日(福の日)記念に書いていたお話を発掘した「よっ福ちゃん!今晩はご馳走だぜ〜!」
「うん?ああ、貞ちゃん!」
思いがけない来訪者に、お茶で温まった喉からくぐもった唸りが飛び出した。肩を叩いてきたのは今日の厨当番のひとりである彼、太鼓鐘貞宗だ。寒空の下での畑当番の合間に広間で一息ついていたところを見つかった。
「みっちゃん、今日のために献立色々考えてたんだ!いい肉を仕入れてよう。なんたって今日は2月9日だしな」
「貞ちゃん!」
少し焦ったような声のする方を振り向けば、厨ののれんをかきあげて光忠がこちらを見ていた。
「まだだめだよ、ないしょだって言っただろう?」
「あっ!いっけね、ネタバレになるところだった。わりぃ福ちゃん、この1分!1分間のことは忘れてくれ」
「え?あ、ああ、わかったよ」
「さあ、厨仕事に戻るよ貞ちゃん」
光忠がちらりと俺を一瞥する。あ、と何か話しかけようとしたけれど、何を話しかけたらいいかわからないうちに光忠はのれんの向こうに去っていき、広間には温かい湯呑みと俺一振りが残された。「兄弟」といっても、なかなかこう…いきなり打ち解けることはできないものだね。
(それにしても、貞ちゃんは忘れてほしいと言っていたけれど…)
今晩はどうやらご馳走らしい。いい肉をわざわざ仕入れたんだとか。何かの祝い事なんだろうか。たとえば主の誕生日とか。
「おっと…先客がいたか」
「号ちゃん!」
タオルで額の汗を拭いながら広間にやってきたのは他でもない、号ちゃんこと日本号だった。
「お茶淹れようか?」
「あ〜いい、手合わせで汗かいちまって暑いんだ」
ありがとよ、と一言添えることを忘れないその気遣いはあの頃から寸分も変わっていなくて、なんだか嬉しさに心までぽかぽかしてくる。
「ねえ号ちゃん、今日って主の誕生日なのかい?」
「あ?違うと思うが…」
あいつの誕生日は確か夏頃のはずだ、と戸棚から取り出したうちわで首筋を扇ぎながら、号ちゃんは机を挟んで俺のはす向かいに座り込む。
「そうなんだ、じゃあなんのお祝いなのかな…ねえ号ちゃん、今日が何の日か知ってる?」
「あ"!?」
ガゴッという鈍い音と共に、うちわを扇ぐ右の肘をしたたかに机にぶつける様を俺は見た。これは痛いやつだ。何せ先月身をもって学んだからね。
「〜〜〜〜〜!!!!!」
「ご、号ちゃん!?!?大丈夫かい!?!?」
「……っ………腕が滑ったな…」
「腕が滑る???」
よくわからないけどヒトの体というのは難儀だ。
「肘のところ赤く…うん?いや、どんどん青くなってるよ!?なにこれ!?手入れ部屋行くかい?」
「あ〜…打ち身になっちまったな。しばらくすりゃ治んだろ。この程度で行ったら資材がもったいねえとへし切りにどやされる」
「そ、そうなんだ。でも痛いのはしんどいよなぁ」
「大丈夫だ。もうホラ、ほとんど痛みも引いてきたよ」
ニヒ、と号ちゃんが笑う。いやあ、色はどんどん青黒くなっているけど…この号ちゃんの笑顔は嘘をついている顔じゃない、気がする。そういうもんなんだろうな。
「で、結局今日って…」
「おやあ、福島に日本号。酒飲みの集いかい?」
「大般若くん、に小竜くん」
「やあお二人さん。大般若、福島は今は飲まないんだよ」
「ああ、そうだったな。失敬」
同派の2人がにこやかに居間にやってきた。長光と景光、いわば俺の…うーん…かわいい子供と孫みたいな関係なのかな?人の身を得た姿はそう齢が変わらないように見えるけどね。ま、小竜くんはさすがに若いかな。
「2人は今日馬当番だったかな」
「そうそう、大般若ったらデッキブラシ抱えたままずっとにんじんの蘊蓄語ってばかりで全然馬の世話なんかしやしない」
「それは語弊があるな小竜。俺は愛しい馬たちに