げに恐ろしきは 崩れゆく都を、ただ眺める。
忸怩たる思いで、空を見る。
視線の先には、天を衝くほどの巨躯。……”それ”が、我が物顔でこの地を蹂躙していた。
この地—―否、この国には存在しなかったはずの化生。さしずめ、どこぞの大馬鹿者が呼び招いたであろうことは明白だった。
「……愚か者が」
呪詛に近い言の葉が零れる。祭神としてあるまじき八つ当たりだとは理解していた。
だが、そうでもしなければ和魂であることを維持できそうにもなかった。
――我らは敗北したのだ。他でもない、理外から来る化生如きに。
犬猿たる一柱は嘆き、そのうえで、都の行く末の為にも我らは力を保たねばと結論を出した。……人のために神が消えることなど、あってはならぬと。
己の力不足を思い知ることほど、腹立たしいことはない。
だが、それが事実であることは、認めざるをえなかった。
だからこそ、再び人によって呼び起されるまでの永き眠りに就くその前に。
都を守護する一柱として、この地に望みを残しておくことにした。
そして、あの化生を呼びし愚か者に、ささやかな罰をくれてやろう。
(もとより叶う道理の無き願いだが……。それが足元から崩れる苦しみ、味わうがよい)
口の端に笑みを浮かべ、眷属に声をかける。
「……子狐よ。まだ居るかの?」
「はい、大神様」
すぐに駆け寄ってきた一匹と目を合わせる。
「お主、年初めに神酒を捧げに来る赤眼の娘を覚えておるか?」
「もちろんです! あの子が何か……?」
「化生に見つからぬよう隠せ。……其の後、良き時を見計らいあの若造の許に送り届けよ」
「若造……、あの方ですか!? ですが、あの方は……」
「ははは! なに、心配するでない。三千ほどしか生きておらぬとはいえ、何か知ってはいるだろう」
「いえ、そういうわけではなく……」
うろたえる子狐に背を向け歩を進める。
「大神様、どちらへ!?」
「……問題は無いとは思うが、ちと懸念があってな。一足先に、あやつに仁義とやらを通しに行くとするかの」
「……承知致しました。どうか、お早いお戻りを」
「うむ」
子狐はすぐに駆け出したのであろう、小さな足音が遠ざかる。
「さて……。少々、発破をかけてやるとするかの。くふふ……、嫌とは言わせんよ」
そう呟くと、恐ろしいまでの笑みを残し、女神の姿はふわりとかき消えた。