愚かな男であったので　は？
　声に出さなかったのは奇跡でもなんでもなく。単に戦況の余裕のなさによる必然だった。

　天に指輪を返すという。我が息子ソロモンが主から賜った奇跡を、ロマニ・アーキマンが。カルデア医療部門のトップ。所長代理の司令官。なんとなく罪のにおいのする、臆病で凡庸な男が。何故。
　その理解が脳に及ぶより前に、呆気なく男は消滅した。
　奇跡に父が言葉一つ、行動一つなせないままに、我が子は死んだ。



　言い訳を、してみようと思う。みっともなく見苦しく。許しを請う罪人の如く。

　本当に気づいていなかった。予感すらしていなかった。
　生前のソロモンといえば人格らしきものこそあったものの、感情なんてもの持ち合わせてなかったし、ああまで全ての色彩が変わってしまえば印象はガラリと違ってしまう。
　自身と容姿が似通っていた？　生憎と、カルデアには他人の空似が両手で収まらないほどいた。イギリスとフランスと日本の英雄が同じような造作の職場である。多少の一致は共通項というのも烏滸がましかった。
　まあ、自分がロマニ・アーキマンの顔を直接正面から見たことなど無かったのだけど。

　いつも、自分が見ていたのは己から目をそらした男の顔だった。いつも、なんて言えるほど彼を視界に写したことなど無いのだけど。
　彼は、自分の顔を盗み見たりしていたのだろうか。かつての父親の顔を。それすら分からなかった。知らなかった。


　避けられていることには流石に気がついていたけど、別に避けられているのは自分だけではなかったし、忙しい男であったし、なんとなく罪のにおいのする男に関わる気も起きなかった。


　もしも、彼の顔を正面から見ていたら。自分を避ける彼を先回りしてみたら。自分は息子に気づけただろうか。ろくに頭も撫でたこともないような、我が子に。
　気づけた、ところで。


　何も、結末は変わらなかっただろう。断言出来る。何一つ知らない男の、その決断を自分が変えることなど有り得ないとそれだけは声高く言い切ろう。

　この手に抱いたことすらない我が子だった。何一つ知らぬ子だった。そんな子どもの、何を変えられただろう。

　それでも、目を逸らすくらい、対面を避けるくらいには意識してくれていたなら。父親だと思うだけでなく情があったのならば。その過程を彩るくらいは出来ただろうかと、ほんの少しだけ、もしもを夢見た。


　嗚呼、彼は、彼は誰だったのか。我が息子ソロモンか。ただ人のロマニ・アーキマンか。それとも、ロマニ・アーキマンは、私を、父だと、そう―