一分半より愛を食べて巡直「邪魔するぞ!」
「自覚あったのかお前」
毎度の如く前触れのない犬養警視の強襲に、これまた容赦を母胎に置いてきたような先輩のツッコミが突き刺さる。先輩のやる事なす事大体ご褒美な警視じゃなかったら大問題になりそうな上官への非礼さだ。まぁ、先輩は誇張無くありとあらゆる人間の弱みを一秒で握れるタイプの人間なので問題が実害になることはそうそう無いのだけど。
警視は私やローボくんに軽く挨拶を交わしてそのまま休憩室に上がってビニール袋から弁当を広げだした。あ、あれ焼き鳥屋の前で売ってるやつ。
「いや、マジで何しに来たの由基?」
ローボくんが気を利かせて三人分のお茶を淹れてくれたので皆でちゃぶ台を囲む。表にローボくんしか居なくなるけど、それが問題にならないのが警官の墓場たる西交番の良いところだ。
「最近仕事が忙しくてな…。事件は勿論、些細なものだが他所のミスや何やらが重なって少し疲労を感じたので巡を補給しようと昼休憩を使って顔を見に来た」
「タイパ(移動時間よ)」
訝しげな顔から呆れたように緊張感をなくした先輩だけど、しおしおと疲れている警視には思うところあるらしく大人しく座ったままでいた。
私はお邪魔かな〜? お邪魔だな〜。と、警視の用件も分かったことだしデスクに帰ることにする。警視も私もお互いに用とか無いし。先輩も私も昼休憩は済ませてあるし。
先輩は勤務時間だけど、ウチは普段から勤務時間の三分の一くらいは休憩時間と言っていいレベルでの閑職なので別にいいだろう。堂々とプラモ作ってるより奥の休憩室で上司と話してる方が仕事っぽい。
カリカリ書類仕事をこなしていると二人の話し声が聞こえてくる。聞き耳をたてているとか声が大きいとかではなく、単純に私の耳がいいせいだ。あと、二人とも声は大きくないけどよく通るし発声とか滑舌が良くて聞き取りやすい。声で食べていけると思う。
「残業続きで最近コンビニ弁当ばかり食べてるんだよな。味気ないというか…」
「お前今コンビニ馬鹿にしたか?」
「主題そこじゃないんだよ。疲れてるところにコンビニ弁当続きはしんどいって話だ」
「結局コンビニの悪口じゃねぇか。そもそもお前あんま料理とかしないだろ。温かい手料理とは無縁の独身貴族だろ」
「普段は外食か馴染みの弁当屋使ってるけど、最近の帰宅時間だと閉まってるんだよな。署で夕飯にすると結局食堂か近くの店の出前か…。正直飽きてきた」
「偏食なんだよお前が」
「うッ…、いや、まぁ、自覚はあるが……」
「っハァ〜〜、由基ィ、お前俺に言いたいことあるんじゃねぇの?」
おじさんとおじさんのどうでもいい会話を聞き流してたらなんか先輩が思わせぶりな事言い出した。
「巡ッ! 俺の為に料理を作ってくれないか!?」
「しょ〜〜がね〜なァ!! 由基は!」
仲良いなおっさん共。
まあいくら珍宿署が忙しくてもその影響が微塵も来ないのがここ、警官の墓場である場末の珍宿西交番なので、時折招集がかかる私はともかく半ば出禁扱いの超条先輩ともあればその暇さは筆舌に尽くしがたい。
友人の為におさんどんをする暇くらい有り余っているだろう。
キャッキャと明るい声で予定を決めたらしい警視は、滞在時間十分で元気いっぱいに去っていった。
休憩は終わりですよ。と、だらだらお茶飲んでる先輩を首根っこ掴んでデスクに引きずり上げる。
ところで気になってたんですが、
「先輩って料理出来たんですか?」
「直球で失礼だよな。お前は」
いや、だって、先輩がたまに持ってくる弁当とかっていつも茶色一色の肉野菜炒めと白米とふりかけで完結してるし…。おかずが一種類って料理できる人の弁当じゃないでしょ。
「トシだから野菜摂りたくてやってんだよこっちは。サラダは買うと高ぇし、野菜丸ごと買っても持て余すし、ミックスカット野菜とこま肉が一番コスパとタイパいいんだよ」
「いつから効率厨になったんですか。せめて卵焼きくらい入れましょうよ」
「料理が趣味じゃない独身男性の家に卵焼き器があると思うな」
「えっ!? 無いんですか!」
日常にだし巻き卵が無い生活をしている人間がこの世にいるだなんて……。
お前もお前で箱入りっつーか世間知らずっつーか、と言いたげな目で眇める先輩をむむっと迎え撃つ。肉野菜炒めオンリー弁当よりはマシ!!
「結局なに作るんですか先輩。警視は先輩のお手製ならあの雑を極めた肉野菜炒めでも喜びそうですけど」
「由基は怒んねぇだろうけど、外で言うんじゃねぇぞそういうこと。ちゃんとしたパスタ作る。由基が好きだし」
パスタ!
「パスタ作れるんですか先輩!」
「ん? おぉ…」
「ちゃんとしたって言いましたよね!」
「言った……」
嫌な予感…。と渋い顔をしている先輩にキラキラと目を輝かせて迫る。先輩は勢いと押しに弱いタイプだ。
「私も食べたいです!」
「何いってんだお前!」
実家は和食ばっかりで、勿論和食は好物なんですけど洋食、特にパスタは縁がなかったんですよね〜。寮に入って作るまでお店でしか食べたことが無かったんですけど全然味が違って! 料理の基礎は実家できっちり叩き込まれたつもりだったんですけど、なんか美味しくならないっていうか物足りないんですよね。
「だから先輩のパスタ食べたいです!」
「論理の飛躍!(落ち着け)」
「いや、飯を食わせるのはいいけどよ。場所どうするんだよ。女子寮に俺が上がり込む訳にはいかねぇし、交際してるとは云えお前が一人で来るのは問題だろ。祖父さんにどやされる。パスタじゃ弁当にも出来ねぇし」
「貞操の話でしたら、先輩の超能力より速く投げられる自信ありますから大丈夫です!」
「お前の祖父さんの話〜〜〜」
ホッさん呼んで中和できっかな、尖里は女子高生だし呼んだら余計マズくなる気がする…。
ぶつぶつ頭を抱えている先輩だけど、私のローボくん置いとけば良くないですか。の一言で収束した。
「お邪魔しまーす」
『お邪魔します』
繁華街から少し外れたオートロックマンション。
正直、先輩ってどんなところに住んでんだろと思ってたけど、ごく普通の特徴が見つからないようなマンションだった。
「おう、いらっしゃい。手順見ンだろ。こっち来い一本木」
ローボはリビングにでも居ろ。テレビとか見てていいから。
はーい。と揃って返事をして、キッチンへ向かう。ローボくんはテレビではなく自動掃除機の方に向かっていった。監視カメラとか盗聴器とか仕込んでなきゃいいけど。
「今日はきのこのペペロンチーノを作ります。これ乾燥きのこを戻しといたやつな」
「先生! なんていうきのこですか!」
「知らん。イタリアのナントカってきのこ」
初っ端から不安しかない。
袋に書いてあんだろってふよふよと念動力で仕舞ってあった乾燥きのこパックを私の手元に運んでくる。
「英語じゃないですか!」
「イタリア語だろ」
あ、裏に日本語のシール貼ってある。
「なんか知らんけど土とかつきっぱなしだから出汁の中でしっかり落としてから皿にあける。出汁に旨味があるから、こっちもキッチンペーパーとかで土を濾して使う」
へー。
「にんにくは薄切りにして芽を爪楊枝で取る。唐辛子は輪切りパックのでいいだろ」
「フライパンに多めのオリーブオイルを入れて、火にかける前ににんにくだけ入れる。薄く色づいたらにんにくは小皿に取り出しとけ」
「取り出すんですか?」
「焦げて苦味が出る」
「沸かしといたお湯に塩を入れる」
「多くないですか!? え??」
「ペペロンチーノは麺に味がついてないとボヤけんだよ。クリームとかミートソースならそんなに気にしなくていい」
「どのくらい食べるんだ一本木」
「いっぱいです!」
「はい、いっぱい」
なんか見たことないパスタですね? 普通のスーパーにも置いてる。俺は何でもいいけど由基が小麦の味がどうのってうるせぇんだよな。
「ペペロンチーノはフライパンでは絡めるだけだから茹で時間はアルデンテで袋表記の一分前な」
「表記通りに茹でないんですか」
「歯ごたえある方がペペロンチーノは美味い。ソースと煮詰める系のクリームパスタはもっと早く上げろ、フライパンで火が通るから」
はぇ~。
茹でてる間にきのこと唐辛子をさっきのフライパンに入れて加熱して、茹で汁ときのこ出汁をちょっとフライパンに加えて激しくかき混ぜる。これ菜箸で全部やっていい工程?
スマホのタイマー音でパスタを一本味見した先輩はそのまま鍋をシンクに向かって麺をざるで受け止めて湯切りする。……、ざると鍋、念動力で動かしてますけど私に教える気あります??
そのままフライパンにパスタがドーーン。ザカザカザカ! いつの間にかふよふよ浮いてた皿にチャキチャキ盛られて完成らしい。あ、なんか黒い粒が振りかけられた。今度こそ完成。
「はいよ、きのこのペペロンチーノ。先に机に持ってけ、サラダと飲み物運ぶから。ウチはごまドレと麦茶しか無いけど文句言うなよ」
「はーい。ローボくーん、ご飯出来たよ〜」
いただきます!
「店の味がする!!」
「店の味なわけあるか。お前がよっぽど変な作り方してたんだろ」
「いや、本当になんか、薫り高いっていうか深みがありますよこれ。美味しいです! ところでこの黒い粒なんですか? キャビア的な?」
「原価いくらだよご家庭のパスタが。生胡椒だよ、山椒とかも乾燥させたのはキツいけど実山椒は柔らかい風味だろ。薬味的なアレ」
「あー、確かにちょっと実山椒っぽい。どこに売ってるんですかこんなの」
「駅んとこ」
もぐもぐ、もぐもぐ。
「先輩、これ本当に原価ヤバいみたいな話ですか、もしかして」
「そのきのこ一袋三千超えした」
「ひぇっ」
そりゃ美味しいよ! そりゃ美味しいよ!!
「乾燥きのこも生胡椒もいってめちゃくちゃ保つものでもねーし、人に食わせるでもなけりゃ俺はこんな料理作らないし」
お前に作る分だからいいんだよ。
俺はパスタはレトルトソースが完成形だと思ってるし鍋で茹でなくても折ってレンチンで十分美味いし。とテキパキ料理をこなしてたと思えない発言をする先輩を、(本音なんだろうなぁ)と思って見つめる。
しょっちゅう金欠になってるのに良い物を揃えるのも、下ごしらえの手間を惜しまないのも、全部警視と私の為なんだよな。私にはちょっと辛味が控えめな味付けも警視の好みなんだろう。
にやにやすんじゃねェよ。と顔をしかめる先輩に、私カルボナーラが好きなんです。と言ってみる。
私の為の愛情は、きっともっと美味しいから。
「はいよォ! カルボナーラ一丁!」
「わーい! いただきます!」
過日の訪問から日をおいてまたもや先輩の家だ。
こっちと、こっち。二つのボウルのカルボナーラを味見させられて好みの方を選ぶ。
お皿に盛られたカルボナーラのてっぺんに、かぽっと卵が割られて発火能力で作られた完璧な温泉卵が乗せられる。そして念動力でガリガリとペッパーミルから粗挽き胡椒がかけられていく。
「卵焼き器も無いのにペッパーミルなんてよく持ってますね」
「由基が昔、胡椒を挽かないなんて信じらんねぇつって置いてった」
「はあ、ところでさっき卵液に入れてたおろしたやつと細長いおろし器なんですか」
「パルミジャーノチーズとチーズおろす為だけのおろし器。由基ン家から持ってきた」
「警視、料理しないんじゃ無いんですか」
「あいつ、食べたいもん作るための道具用意して二回くらいしか使わなくて仕舞い込むを何度もやってんだよな」
贅沢すぎるお金と収納の使い方だな。と口に出す前に冷める前に食べろと促される。おじさんの話より私のカルボナーラの方が遥かに大事だ。
「美味しい〜〜! 濃い! 濃いですよコレ!」
チーズの風味が濃厚で、ベーコンはキツい塩気と肉感がある。平べったい生麺はモチモチしてしっかりしたソースと絡んでどっしりとした重さが満足感を満たす。温泉卵の黄身がむしろさっぱりさせるくらいの濃厚さだ。
「美味しい! 美味しいです先輩。レシピ後で絶対送ってくださいよ!」
へいへい。と返事をする先輩の皿は前と違って明らかに私のより量が少ない。アラサーにはきつい重さらしい。
「味見した先輩のと私の皿の、何が違うんですか?」
「あー、全卵と卵黄だけと、とか、チーズの分量とか? お前のは卵黄だけのやつ」
「卵白どうするんですか」
「フライパンで焼いて食べろ」
人の為に作るから手をかけてるだけで根っこは食に対して本当に雑だなこの人…。と思いながらふと、ある事に思いいたる。
「先輩……。このパスタ、またえげつない原価かかってるやつじゃないですよね…?」
「…一応その辺のスーパーで買える食材でしか作ってねぇよ」
「いや! さっき流しましたけどパルミジャーノチーズってなんですかアレ!? スーパーで見たことありませんよあの三角のチーズ!」
「売っとるわ。お前の目がスルーしてただけで存在してたわ。この生ベーコンも加工肉売り場の端っこに置いてあった」
「生ベーコンてなんですかそれ!? 私が作るんですからお手頃価格じゃないと食べられないですよ〜」
う〜ん、と先輩が黙ってしまった。ちょっと我儘だったかな…、と反省して窺い見ると、難しい顔をしたまま先輩が口を開いた。
「そもそも俺ってカレー以外の食事にそんな興味ないだろ」
「そうですね。ちょっと引きます」
「由基の母さんがさぁ、食に拘りのある人っていうか、とにかく美味い手の込んだメシが好きな人だったんだよな」
由基の母さん当人は全然駄菓子とかカップ麺とか安い早いのチェーンもそれはそれで美味しく食べられる人だったんだけど、家の手料理に全く手を抜かなかったせいで由基が割りと偏食に育っちまったんだよな。
バリバリのキャリアっていうやつ? と語る先輩だったがおじさんの生い立ちとか興味ないんですけど、なんか先輩が語りだしてしまったので、はぁ、それで? と耳を傾ける。
「んで、由基の口に合う料理作りたくて由基の母さんとLIME交換とかしてレシピ教えてもらってるんだけど、俺の『美味いメシ』のレシピは全部そこからだし、由基ン家まあまあ太い上にあの人かなり食道楽だから食材を安く済ませるって考えがそもそも無いんだよな」
安くて美味いは俺には無理。一応最初のレシピからはグレードダウンさせたんだぞそれでも。
美味しいご飯を食べにきたはずが惚気を食わされてしまった。恋人私ですよね?
残りのチーズは使わないからやる。と先輩がくれた。先輩ならマジで使わないだろうな。おろし器無いんですけど、って二人で検索してみたらまあまあいいお値段だった。チーズしかおろせないくせに。絶対由基今後も使わないから持ってく? いや、借りパクはマズイでしょ。と目配せをして通販でポチった。
他の材料も、まあたまの贅沢ならいいかなって感じだったので良しとする。
パスタのお礼に勝手知ったるとは言い難い先輩の家のキッチンでお茶を淹れる。当然お茶っ葉なんて無いので自宅持ち込みの急須とお茶っ葉だ。
愛情たっぷりのご飯とあったかい緑茶で気持ちが緩んでほどける。
「お前本当お茶淹れるの上手いよな。俺の方が発火能力で温度管理完璧なはずなのに」
カレー以外の食に対する雑な意識が出てるんじゃないだろうか。ホッさんのカレー屋で言ってたみたいに
というか、もしかしてこの麦茶もパイロキネシスで淹れたのかこの人。やかんとか見当たらなかったし。
趣味でもないし好みでもない料理を手間暇かけてするなんて、本当に愛情深い人だよな、とか考えてたら先輩の読心術に引っかかったらしく、手の中の麦茶が熱湯に変わった。照れ隠しが陰湿過ぎるだろ。
「チーズ、ここに置いておいていいですか?」
「は、」
「また作ってくださいよ。お礼に、今度は私がお弁当とか作ってきてあげます!」
和食はかなり自信あるんですよ! ちゃんとタンパク質と炭水化物と脂質とビタミンのバランスと味もいいお弁当作ってみせますから!!
少し緊張でどきどきとする内心をごまかすようにあえて堂々と声を張る。私の緊張なんて、見透かすよりも感じているだろうけど。
「……楽しみにしてる」
そこの声に込められた感情なんて分からないけど、嘘じゃないことは分かるから、分かり合えるから私たちは隣り合って進める。
「先輩は卵焼きは、甘いのとしょっぱいのどっち派ですか?」