愛に気づいてください彼女を愛していた。心の底から愛していた。
この先、一生を共にする覚悟だってできていた。
それは彼女も同じだと思っていた。
あの時、二人は正式に結ばれるはずだったのだ。
『おぬしと婚約すると完全に決めたわけではないぞ』
『つばめよ、修行しなおしてこい』
どうしてこうなってしまったのだろう―
友引にひっそりと佇む洋館。その寝室に男が一人。尾津乃つばめは、まるで生気を失ったかのように無気力に横たわっていた。
とある日のディスコでの出来事。彼は愛する彼女であるサクラとの婚約を認めてもらうため、その伯父である錯乱坊に霊能力の腕を披露する予定であった。彼女のために西洋へ留学し修行も積んできた。ここで華麗に術を披露し、婚約を成立させる。はずだった。
実際はどうだっただろう。思わぬ邪魔が入ったとはいえ術はことごとく失敗。婚約を認められなかった上感情のままに喚き散らし彼女からも呆れられてしまう始末。
あの時の冷たい目線。伸ばした手を受け止めてすらもらえなかった...
「っ...!」
思い出すだけでじわりと涙が浮かび上がってしまう。
あれからしばらく経つが、その間サクラとは一度も会っていなかった。連絡すら取れていない。
合わせる顔がなかった。声を聞くのが怖かった。
彼女はきっと自分と婚約したくないのだろう。それどころか、破局を言い渡されるかもしれない。それがなにより恐ろしかった。
ただ、彼女を愛する気持ちは今も変わらない。このまま何もせず過ごしていても仕方がない。いったいどうしたら...
ジリリリリリリ!!!!!
静寂を切り裂くように鳴り響く電話のベル。思わずつばめも飛び起きる。
無視してしまおうとも考えたが、仕事の依頼だとしたらそういう訳にはいかない。
重い腰を上げ受話器を取りに向かった。
「はい、尾津乃です...」
『つばめか...?』
「!?サクラ...!?」
電話の主はサクラであった。しばらくぶりに聞く彼女の声。まさか、向こうから連絡が来るなんて。思わず息が止まりそうになる。
『つばめ?聞こえておるか?』
「っ...!すまない!えっと...」
どのくらいの期間があいていただろうか。あの時以来の彼女との会話。
なんて話しかけていいかわからない。聞きたいことは山ほどあるはずなのに...
『...いや、急にすまなかったな。しばらく連絡もできてなくて悪かった』
「そっ、それはこっちだって...」
『う、うむ。それでな、わしもあれから色々考えたのじゃが...』
ぎこちない会話が続く。何を言われるのだろう。まさか本当に別れを告げられるのでは...
そんな考えもよぎる。正気を保つのが精一杯だった。
僅かな沈黙の後、真剣な声でサクラから告げられる。
『一度話がしたい。大事な話じゃ。今度の日曜、どこかで会えぬか...?』
「えっ...?」
いままで幾度となく彼女の声は聞いてきたが、こんなにも真剣で、深刻さすら感じられる声ははじめてだ。そんな声で告げられる「大事な話」
つばめも焦りを隠すことができなくなった。
「なっ!大事な話っていったいなんの...!」
『そっ、それは今は言えぬ...!直接話をするからその時にだな...』
「そんな...ぼくは...っ」
今すぐに言えない「大事な話」。そんなの...
別れ話に決まっている!!本当に愛想をつかされてしまったのだ...
つばめはもはや、それ以外に考えられなくなってしまった。
『つばめ...?』
サクラの声も届いているかわからない。
どうする?直接会ってまでそんな話は聞きたくない。しかし覚悟をきめなければいけないのか?彼女を失いたくない。サクラが好きだ。サクラには会いたい。サクラ―!
そんな中、つばめの中にふと、一つの考えが思い浮かんだ。そしてその瞬間、今までの焦りが嘘のようにスっと落ち着いた面持ちになる。
「...わかった」
『つばめ?』
「今度の日曜日、一度話をしよう。」
『わかってもらえるか、すまない...』
「それで場所なんだけど、ぼくの家に来てもらえないかな?」
『おぬしの家か...?』
「うん。大事な話なんだろう?他に人が沢山いるところより話しやすいと思って」
『そうじゃな...では日曜、邪魔しに行くぞ』
「待ってるね、それじゃ...」
そうして会話を終え電話を切るやいなや、つばめはすぐに書斎に向かっていった。
そこには霊能力や妖術に関する資料が所狭しと並んでいた。
つばめはその中からある一冊の本を取り出しパラパラとページをめくっていく。
それは製薬に関する書籍であった。薬によって人を惑わす術は妖術の基本でもある。つばめももちろんその方法を会得していた。
「これか...」
そこに書かれていたのは
『惚れ薬』の文字だった。
彼女が自分の元を離れてしまう前に、手中におさめてしまえばいい...
元来、そんな無理やりな方法を使うような男ではなかったが、もう自分にはあとがないと感じているつばめにはすでに余裕など残されていなかった。
「こんな方法でしか君を...しかし...」
良心の呵責に苛まれながらも、感情の赴くままに薬の調合に取り掛った...
数日後
「や〜や〜サクラ!ようこそ我が家へおいでませ〜!な〜んて!!」
「つ、つばめ...」
日曜日当日、サクラを迎え入れたのはあの時のディスコ以前の陽気で、言ってしまえば間抜けな雰囲気のつばめであった。
電話越しに感じられた不安や焦りは一見微塵も感じられず、僅かに恐怖すら覚えるほどだ。
「な、なんだその、元気そうでなによりというか...」
「そうかい??まあいいや!とりあえず上がって上がって!」
つばめのテンションにおされつつ、サクラは案内されるままに尾津乃家の客室に通された。
尾津乃邸は仕事場も兼ねているとはいえ、一人で住んでいるとは考えられないほどの大邸宅である。和風一色の自分の家とは真反対の、荘厳とした雰囲気も感じられる洋間にサクラは思わずソワソワしてしまう。
「いつ来てもここは落ち着かんな...」
「そう?まあゆっくりくつろいでよ」
「はぁ...それで、今日の話なのだが...」
「あー!!!!お茶!!!お茶入れてくるよ!!」
いきなり本題に入ろうとするサクラを遮るように叫び出すつばめ。サクラも思わず目を丸くしてしまう。
「それともコーヒー???コーヒーのほうがよかったかな????」
「いや、それならわしも...」
「いーよいーよ!!!サクラは今日はお客さんなんだから、ゆっくり座ってて?ねっ?ねっ??」
「そ、そうか。ならコーヒーを頼もうかの...」
「OKコーヒーね!!すぐ持ってくるから待ってて〜!!」
若干ひきつりつつ呆気に取られるサクラをよそに、つばめはバタバタとキッチンへ向かって行った。
キッチンは客間から少し離れた場所にある。
完全に一人になったことを確認した瞬間、つばめの表情はさっきまでとは打って変わった険しいものへと豹変した。
コーヒーに入れるためのお湯をやかんで沸かしている間に、煎った豆と二人分のカップを用意し、そして服のポケットから「あるもの」を取り出す。
小さい紙の袋に包装された粉状の物質。それこそがつばめがこの日のために調合していた「惚れ薬」であった。
この計画が実行された時、晴れて自分はサクラと結ばれるのだ。
つばめの目は完全にすわっていた。
となりでグツグツと煮えたぎるやかんの湯が今の自分の心情を表しているようだった。高まる気持ちを抑えつつ封を開けようとする。
しかし
呼吸が荒い。どうしたことだ。体が動かない。
自分の中の良心が止めているとでも言うのだろうか。こんな手段で彼女を手にいれてどうするのだと。
いいや今更何をしている。これさえ飲ませれば彼女は自分を愛してくれるのだ。そのためにここまでやってきたのだろう?
ふたつの心で揺らぐつばめは苦悶に満ちた表情を浮かべる。心拍数はどんどん高まり汗がにじみ出る。
どうする。早くしないと。しかし。それでも―!
「つばめ?」
突然の声にふと我に返るつばめ。
キッチンに向かった彼を心配したサクラがそこにいた。
「あっ、サク...っ」
まさか彼女がここに来るとは。驚きつつも手に持っていた薬はすぐにポケットへしのばせることができた。だが。
ジュッ
「あっっ!!!!」
そのために注意が疎かになっていたもう片方の手がやかんに直に触れてしまったのだ。
「馬鹿!!何をしている!!!」
サクラはつばめの手を力づくで引き寄せシンクの水にさらし冷やしはじめた。
されるがままに水にさらされる自身の手を呆然とした表情で眺めるつばめ。
痛み、葛藤、困惑。もはや自分がどんな状況におかれているかもわからないでいた。
「あとはわしが用意しておく。おぬしは先に戻っておれ」
「えっ!?でも...」
ここでつばめは、自分がまだ計画を実行できていないことを思い出した。
「自分の状況がわかっておらぬのか?わしに任せてくれればよいのだから...」
「いやっでも!ぼくは大丈夫だから...」
「つばめ!!」
鋭く睨むサクラ。その剣幕に圧倒されてしまう。こうなってはもう何も返すことができない。
結局つばめは惚れ薬を仕込むことができないままその場を後にすることとなってしまった。
「や〜!さっきはすまなかったね!!ついうっかりしてたよ!はっはっは!!」
サクラが用意したコーヒーを味わうつばめ。その姿は先程のやり取りがあったとは思えないほどあっけらかんとしていた。
「美味しいでしょこのコーヒー!ブラックで飲んでもらうのが一番いいと思ったんだよねぇ!」
「そ、そうじゃな いい豆を使っておる...」
「でしょ〜!!あとさぁ〜」
サクラが手にするコーヒーには「惚れ薬」など微塵も入っていない。ただのコーヒーを飲んでいる。
こうなってしまってはもう、サクラが本題に入るのを出来る限りそらし時間を稼ぐしかない。
つばめの脳内はその事で埋め尽くされてた。
絶対に 絶対に別れの挨拶なんて聞くものかと
「つばめ、その...」
「あ〜!少し暑くなってきたかな??窓開けようか??」
「いや、あのな」
「それともお腹すいてきたかな?お昼頃だし??それじゃあ...!」
「...つばめ」
「無理...せんでもいいぞ...?」
「...は?」
それまで必死に誤魔化そうとしてきたつばめの動きが、ピタリと止まる。
「無理って...あっ!さっきの火傷のこと?それなら本当に大丈夫だから...」
「いや、そうではなく」
「この間のこと、だいぶこたえておるのだろう?もし気を使ってそのような振る舞いをしているのだとしたら...」
冷静で、まっすぐな、全てを見透かしたかのような視線。もう、逃げられない。
「...つばめ?」
いつのまにかつばめの表情から完全に笑顔が消えていた。
「わかってるよ。君が今日話したかったこと」
先程と同じ人物のものとは思えないほどの、低く冷たい声。サクラも思わず身構える。
「ほう、なら話を進めるが...」
「いや、君の口からわざわざ言う必要はない」
「なに?」
「わかってるんだ。君が今日、別れ話をしに来たことくらい」
冷たく言い放つ。
彼女から直接聞かされるくらいなら、いっそ自分から切り出してしまおう。
もう、戻れない。
「はぁ?おぬし何を言って...」
「いいんだ。これ以上何も話すことはない。君だってぼくとはもう話したくはないだろう?」
「なっ...!おぬし、自分が何を言ってるのかわかっておるのか!?」
淡々と話すつばめだが、その様子は明らかに異常であることはサクラも感じていた。
そのうえ、わかったかのように勝手に話を進められるので黙ってはいられなかった。
「こら、一旦落ち着かんか!」
「落ち着いているさ」
「どこが!人の話に聞く耳もたんくせして!」
「聞いても同じさ。君は僕なんかと...」
「阿呆!何もわかってないではないか!わしはそんな話をしにきたわけでもないし、そんなことは微塵も...」
「嘘だ!!!!!!」
つばめの中で、とうとうなにかがプツリと切れてしまった。
「君はぼくと婚約するのが嫌だったんだ!ぼくと別れたかったんだ!ぼくのことが嫌いなんだ!」
サクラから別れを告げられるのを恐れるあまり、ヒートアップしてしまうつばめ。
完全に思い込みによるものだが、それが彼を暴走させてしまった。
「何を言っておる!そんなこと...」
「言ってたじゃないか!婚約するって決めたわけじゃないって!本当は婚約なんてする気なかったんだ!僕をからかってたんだ!」
「つばめ...!」
「さっきだって君のことを呆れさせてしまったからね、もうとっくに愛想なんて尽きてたんだよね。もう君はぼくなんかと...!」
パシィッ
サクラのするどい平手打ちがつばめの頬に当たる。
つばめが一瞬怯んだ瞬間、彼の胸ぐらをつかみ引き寄せる。
「落ち着けと言っておるじゃろう。少しは人の話を聞かぬか」
「っ...」
「それともなんだ?貴様はそれを望んでいるとでも言うのか??」
完全に形勢逆転し、今度はサクラがつばめを詰める状態になっていた。
サクラは怒鳴ることは無かったが、その静かな圧力につばめは完全に飲まれてしまう。
最初は驚き目を丸くしたつばめの表情は、みるみるうちに眉尻が下がった怯えたものへと変わっていき、次第に「違う...違う...」と、首をゆっくり横に振り始めた。
「やだ...違う...ごめんなさい...」
「いっちゃやだ...嫌いにならないで...お願い...いかないで...」
我に返り、自分が何をしでかしたのかを理解したのか。今度は幼児のごとくうわ言をつぶやき続けた。
サクラは胸ぐらを掴んでいた手を離し、その手で今にも過呼吸を起こしそうなつばめの背を撫でるように彼を抱きしめた。
「いかないで...嫌いにならないで...」とくりかえすつばめをなだめつづける。
彼が本当に伝えたかったことはこっちだということはサクラも感じていた。
「つばめ。さっきの話、続けてもよいか?」
肯定も否定もなく、ただ浅い呼吸の音だけが聞こえる。
つばめの背をなでながら、サクラは話を続けた。
「よいかつばめ。確かにわしはおぬしと婚約するかどうか決めきれないでおった。だがな、それはおぬしのことが嫌いだからではなかった。信じてくれるか?」
「...」
「...おぬしは以前西洋まで留学をしておったじゃろう?それだって今ならわしとの婚約のためであると理解できる。だが、その時のわしはただ寂しくてな。おぬしが本当に戻ってきてくれるのか不安な夜もあった。おぬしとつきあう上でこのように感じることが幾度となくあるかしれぬと思うと、婚約にも不安が生じてしまった。情けない話じゃな。」
「それと、婚約することを完全に決められなかったのは、おぬしのことをまだ完全には理解できていなかったというのもあるだろうな。
わしの思いを受け止めてくれるか、心から愛してくれているのか。きっとおぬしからの愛を信じきることができていなかったのだと思う。」
「しかし、あれから時間をおいて、色々と悩んで、それでも自分はおぬしを愛しているのだと改めて確認することができた。おぬしはずっとわしのことを考えて、愛してくれておったのじゃからな。
このような悩みを抱えている中で付き合うのは不誠実であると距離を置いてしまったのだが、それがおぬしを傷つけることになってしまうとはな。すまなかった」
ゆっくりと聞かされるサクラの思い。
情けない?愛を信じきることができなかった?
それはまさに、今の自分のことではないか
身勝手な思い込みで彼女を傷つけて...
彼女だって、本当はずっと...
「...じゃあ、君はぼくと結婚したくなかったわけではないというのかい...?」
「少し迷いは生じたがな。でも、今ならはっきりと言えるぞ」
つばめを抱きしめていたサクラの手がいっそうつよくなる。
「もし、この先おじうえに改めて認められたのなら、正式にわしと婚約をしてほしい」
「つばめ、わしはずっとおぬしのことを愛しておるぞ」
優しく、力強く、告げられた愛の告白。
つばめの目からじわじわとにじみ出ていた涙は、次第に大粒のものへと変わり、ぼろぼろとこぼれ落ちる。
自分が彼女のことを信じることができず、彼女の気持ちも考えることなく薬に頼ろうとしていた間に、彼女はこんなにも自分のことを考えてくれていたのだ。
その事がうれしくて、そして、とても情けなくて...
「ひっ...うぇ...うぅ...」
涙をとめることができない。せっかくの彼女からの告白に何も返すことができない。ただただ、嗚咽混じりの泣き声をあげることしかできない自分が腹立たしかった。
「つばめ、おじうえは厳しい人じゃ。きっと簡単には許してはくれぬだろう。それでも、わしとともに歩む道を選んでくれるか?」
サクラの胸のなかで、つばめは力強く相槌を打つ。
「大丈夫、おぬしほどの実力があればきっとおじうえも認めさせることができる。信じておるぞ」
「...当たり前さ」
涙混じりの声ではあるが、つばめはようやくことばを発することができた。
「君のために留学までしてきたんだ...洋行帰りの実力はこんなもんじゃあないって、今度こそ見せつけてあげるよ」
「はは、頼もしいな。ほらつばめ、そろそろ顔を上げ...ふっ!」
抱きしめていた手を離し、顔を上げさせると、そこには目を真っ赤にして涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっているつばめの顔があった。
決して馬鹿にしているという意味ではなく、その微笑ましさから思わずサクラはふきだしてしまう。
「なっ...!人の泣き顔を見て笑うなんて...!結構失礼なとこあるよねサクラって...」
「はっはっは!すまんすまん!しかし、それだけの軽口が出るくらい調子が戻ったようでよかった。おぬしには元気でいてくれた方がわしも嬉しいからな」
豪快に笑うサクラにつられたのか、つばめの顔にも笑顔が戻っていた。先程までの作られたものではなく、心の底からの笑顔だった。
「ぼくさ、がんばるから。婚約が認められるまでずっと一緒にいてくれると嬉しいな」
「何を言っておるつばめ」
「え?」
「婚約が認められてからも、わしはおぬしから離れることはないぞ。これからも頼んだぞ。」
「...うん!こちらこそ!絶対結婚しようね!
サクラ、愛してるよ!」
微笑み合う二人。そして、再度強く抱き締め合った。
「サクラもさ〜、そういうことならあの時電話で言ってくれたらよかったのに〜」
サクラの手土産である和菓子を頬張りながら呟くつばめ。不安や緊張感からは完全に解放された様子であった。
「い、いやまあ、それはそうなのだが、こういうのは面と向かって言った方がよいと思ってだな...」
「え〜???」
当のサクラの方はというと、自身のあまりにも赤裸々で大胆な告白を思い出し、羞恥で顔を真っ赤にし俯いていた。
そんなサクラの様子を見て、つばめはなぜか満悦そうな表情を浮かべる。
「まあいいさ。こうして君からの愛も受け取ることができたし、ぼくは幸せだよ。ね?一緒にいてくれるんだもんね???」
「くっ...!調子に乗りおって...!」
さっきまで泣いていたと思ったら今度は満足げに笑っている。ころころ態度を変えおって赤子かこいつは!と悪態をつきたい気持ちがありつつも、いつも通りの少し間の抜けた顔で笑うつばめを見て、サクラはどこか安心するのであった。
「あ、そういえば。つばめ、薬についてなのだが...!」
「えっ!!???い、いや別にぼくは...!?」
まさか惚れ薬を使おうとしていたことまで見透かされていた!?と焦るつばめだが、サクラが取り出したのは軟膏状の薬だった。
「何を言っておる?ほら、手。見せてみぃ」
「あ、あぁ...」
やけどを負ったつばめの指に、少しづつ丁寧に軟膏が塗られていく。
「たまたま持ち合わせていたのだが、これはやけどにも効くからのぉ。あとで使い方を説明するから、定期的に塗っておくようにな」
「うん、ありがとうサクラ...」
「まだ痛むか?」
「いや、もうだいぶひいたよ。君がすぐに処置してくれたおかげかな?」
「...わしは別にこんなことで呆れたりはせんからな」
ぽつりと呟いたサクラの言葉に、今度はつばめが自身の醜態を思い出しばつの悪そうな顔をする。
「い、いやだって、君はディスコの時もぼくに呆れた様子だったし...」
「あぁ、その時は本当に少し呆れていたからな」
「え!?あれ!!???」
「おぬしのいいかげんで注意散漫なところも婚約に迷いが生じた原因であったわけで...」
「えぇ!!?さっきはそこまで言ってなかったじゃないか!?」
「あの状況で言ってしまったらおぬしはもっと取り乱しておっただろう」
「うっ...はい...」
淡々と告げるサクラに何も言い返すことができず、傷つきましたとでもいうように口をとがらせ拗ねた表情を作るつばめ。
それでも、あまり暗い気持ちにはならなかったのは、彼女が本気で自分を貶め嫌っているわけではないと信じることができたから。
サクラはつばめの手を愛おしそうに撫で、微笑んだ。
「まぁ、今となってはおぬしのそんなところも含めて愛してやると決めておる。例え呆れたとしても、それで別れるなんてことは決してないから安心してくれ」
「うん、ありがとうサクラ...」
見つめ合う二人。
お互い愛を感じることができ、和やかなムードが漂っていた。
「さぁて!おじうえに認めてもらうためにも、もっと修行の量を増やさないとなぁ〜」
「あぁ、それもいいのだが、つばめ、その...」
「ん?どうしたんだい?」
改めて決心をし大きく伸びをするつばめの横で、サクラはどこかモジモジとしていた。
「あのな、わしも以前と比べてだいぶ健康になったじゃろう?」
「うん、見違えるほどに元気になったよね」
「だからな...おぬしともっと色んなところへ行きたいと思っておるのだが...」
照れた顔でちらちらとつばめの様子を伺うサクラ。
サクラは幼少期の頃から病魔に取り憑かれていて、病とともに過ごす生活を余儀なくされていた。
つばめとの交際が始まった時も変わらず、デートのひとつ、ままならないことも多かった。
だが今はその病魔もいなくなり健康な体を取り戻した。どこへだって行けるというのだ。
「例えばその...海とか...体が弱かったからあまり行ったことがなくてだな...」
「海...いいじゃないか!!」
元気になった彼女とどこへでも行ける。
それだけでも嬉しいのに、彼女は自分と海に行きたいと告げてくれた。
なんて光栄なことかとつばめは目を輝かせた。
「行こう海!!今すぐ泳ぎに行こう!!」
「い、今すぐは...泳ぐのももう少し暖かくなってからの方がよいかの...」
「そうか!じゃあ夏!!夏になったら絶対海に行こうね!!」
「...はは、そうじゃな」
自分の望みひとつに、ある意味こんなにも親身になってくれる彼。
その素直さ、無邪気さ、そして優しさに惚れたのだとしみじみと感じる。
「夏が待ち遠しいな」
「うん!でもさ、海以外にも色んな場所に行こうよ。今のぼく達ならどこへでも行けるよ」
「あぁ。どこへでも行こうな」
結婚までの道のりは決して近いものではない。ならば、その中で数え切れぬくらいの楽しみを作っていけばいい。
そう示すかのごとく、二人はそっと寄り添いあった。
婚約が正式に認められるのは、もう少しあとのお話―
そして、役目と行き場を失った「惚れ薬」はその後つばめの手により完全に焼却されたため、本当に効果があったかどうかは神のみぞ知ることとなったとさ。
終