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    Tari

    @TariTari777

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    義煉小説三部作第二弾!「木洩れ日」の続きです。

    #義煉
    yiLian

    火花 もう季節は夏の初めで、夕暮れが近いとはいえ、歩いていると汗が顎を伝う。
     冨岡は鬼殺隊の任務で、夕暮れに他の隊士たちと落ち合う場所に向かい、徒歩で移動しているところだった。
     落ち合う場所は山の中なので、少し前から、緩やかな勾配を登っている。そこら中で蝉が鳴いていてうるさいくらいだ。朱色の蜻蛉とんぼが一匹、近くを飛んでいる。いわゆる赤蜻蛉あかとんぼだが、暑さに弱いので、夏の間は涼しい山にいて、秋になると平地に降りていくという習性がある。
     傍目には、彼の様子はいつもとまったく変わらないように見えるだろう。なにしろ、話すことも怒ることもほとんどなく、笑顔に至ってはほとんど誰も見たものがいないという男なのだ。
     だが、見た目がどうあれ、冨岡は幸せな思い出を頭に浮かべていた。二月ほど前に、煉獄と初めて口づけを交わしたことを。ついでに、手も握った。
     煉獄らしい、温かい優しい温度の掌だった。唇は、意外なほど柔らかく、弾力があった。
     それを思い出している冨岡の顔を見る者がいたら、驚愕しただろう。しかし、幸か不幸か、ここには年老いた鎹烏しかいない。
     ただ、前回の煉獄は任務の後遺症で声が出せない状態だったし、冨岡は物事をきちんと口にするということが壊滅的に下手なので、言葉で確認し合ったわけではない。だから、それが二人をどういう関係に定義したのかは、定かではない。
     煉獄もまた、愛だの恋だのという方面には疎いのか、それともあれですっかり満足したのか、先へ進むような気配もない。冨岡に至っては恋愛以前の意思疎通に難があるくらいだから、下手をしたらこのまま何事もなくときが過ぎていきそうだった。
     冨岡はそのことを気に病んでいるのかどうか、それもまた外観からは窺い知れない。
     
     さて、集合場所に着いた冨岡は、下級の隊士たちが輪になって雑談しているのを見つけた。そこには小さな神社があり、周辺が少し拓けているので、大勢の人間で話すのにちょうどよいのだろう。
     まだ日が明るいこともあり、彼らもそこまで張り詰めてはいないのか、あるいは、緊張しているからこそ、それを紛らわすために話しているのかもしれない。
    「えっ、お前ついに行ったのか!」
     隊士の一人が、大きな声を出して仲間の背中を叩く。
    「なんだなんだ、なにがあったんだ?」
     どうやら盛り上がっているようだ。その輪の中の一人の隊士が、童貞を捨てるべく意を決して花街に行った、という話をしている。
     くだらない会話だ。鬼殺隊の戦闘員は男が多いから、よくこんな話が繰り広げられている。冨岡は特に興味もないから、普段ならこういった輪からは離れて、静かなところに行く。
     だが今日は、なぜだか冨岡はその場に留まり、鳥居の前の階段に腰を下ろした。
    「いやぁ、やっぱり遊女は手管が違うよなぁ。接吻のときに舌を吸うんだぜ」
     それがとても気持ちよくて感動した、また相手の女郎にも上手だと褒められた、そんな話だった。
     まさか水柱が聞いているとは露ほども思わず、場が沸き立つ。そしてその隊士は、さらさらの黒髪をした別の男に声をかけた。
    「お前もまだなんだろ?今度連れてってやろうか、村田」
     そう呼ばれた隊士に、冨岡は見覚えがあった。たしか、同じ水の呼吸の使い手で、最終選抜でも一緒だった男だ。
     遊郭への誘いに、村田は首を振った。
    「俺はやめておくよ。そういうことは、恋仲になった相手としたいんだ」
     途端に、仲間たちから非難の声が飛ぶ。
    「馬鹿だなぁ、恋仲の相手ができたとき、接吻や閨事の作法もわかんなかったら格好がつかないだろう?」
     そんな話だ。あとはもう、どのみち経験の少ない男たちの猥談で、冨岡は遠くを見て夜を待った。


     その夜の鬼は厄介だった。怪我人が多く出て、冨岡も肩に軽い怪我を負った。しかし、なんとか死人も重傷者も出さず、斬ることができたのは幸いだった。
    「あの」
     隠の手当てを受けている冨岡に、一人の隊士が話しかけた。村田だ。
    「冨岡、いや、水柱様。今日は助かりました」
     鬼の攻撃をまともに喰らいそうになった彼を、冨岡が庇ったことを言っているのだろう。富岡の側は、誰を庇ったかなど意識する暇もなかったが、そのことを言う必要もない。「そうか」と一言だけ返した。
    「……」
     その後、特に会話も続かない。村田は困ったように、「じゃあ」と去ろうとした。
     そのとき不意に、冨岡が口を開いた。
    「……俺は、お前と同じ考えだ」
     村田は後ろを向きかけた姿勢のまま止まり、え?と彼を見た。しかし冨岡は、どことなく満足そうな目をしただけで、立ち上がって先に行ってしまう。
    「……なんの話?」
     あとに残された村田は、呆然と呟いた。


     冨岡の肩の怪我は、傷自体は深くはないものの、鬼の爪に毒があったようで、やや膿んでいた。胡蝶の屋敷で一度手当てを受け、そのあとは自分の屋敷で二日ほど休暇を取った。
     一日目は少し熱が出たが、すぐに引いた。呼吸の使い手は、身体の回復も早い。冨岡は特に傷を気にもせず、自宅で過ごしていた。
     二日目の昼下がり、煉獄が訪ねてきた。彼は今朝任務から帰ったところで、胡蝶のところへほかの隊士の様子を見に行った帰りだった。
    「冨岡。胡蝶に昨日来るように言われていたのに、行かなかったのだろう」
     悪戯っぽい目をして、煉獄が口角を上げて言った。怒っていたぞ、と言って、彼女から預かってきた傷薬を差し出す。
    「もう治った」
    「気持ちはわかるがな!胡蝶の言うことは聞いておいた方がいい」
     でないとあとが怖いからな、と朗らかな笑顔で言う。
    「……なにしに来た」
     今更のように、冨岡が尋ねる。薬を渡すために来たわけではないはずだ、と言いたいのだろう。そんなものは、ほかの人間にやらせればいい。柱がわざわざ出向くようなものではない、と。
    「なに、君が前に見舞いに来てくれたからな」
     そう言って、煉獄は履物を脱いで、勝手に上がった。このまま玄関で会話していても、冨岡が上がるように言うことはないと知っているのだ。冨岡とて、別に入ってほしくないわけではないので、黙ったまま煉獄のあとに続いた。
     煉獄は、大ぶりな桃を一つ差し出した。
    「怪我をした隊士に持って行ったのだがな、君にも一つお裾分けだ」
     それから畳の上に腰を下ろした。
    「さて、まずは君の怪我の手当てだ」
    と、手を差し出す。見せてみろ、というわけだ。
    「別に、自分でできる」
    「君は、そういうときばかり返事が早いな」
     ため息をつくが、煉獄の笑みは消えていない。まるで気にした様子もない。そして、思いついたように瞳を光らせる。
    「自分で肩を出してくれ。俺が脱がすような間柄じゃないだろう」
     そう言って、おかしそうな顔をした。いや、これは照れ隠しなのかもしれない。いずれにせよ、その台詞に、冨岡はなんだか面白くない顔をして、そのことに煉獄は笑い声を上げた。
    「……お望みなら、そこからやるか?」
     そんなふうに、少し下から見上げるようにして、煉獄が問う。小さな唇が、優しい弧を描いている。そっと触れ合った、あの唇だ。
    「……腕が痛くて上がらない」
     仏頂面で富岡が言った。見え透いた言い訳に、煉獄は優しく眉を下げた。
    「そうかそうか。だから、ちゃんと胡蝶のところへ行けというんだ」
     言いながら、冨岡の着物の左肩をそっとずらす。
    「よく沁みる薬だそうだからな。しっかり塗り込んでやろう」
     言葉とは裏腹に、痛みが出ないように肩をはだけさせると、煉獄は包帯を優しく外していく。冨岡は、目の前の伏し目がちになった彼の睫毛を見下ろした。
    「これは痛そうだ」
     いつも、もっとひどい傷を負っても、眉一つ動かさない男が、痛ましい目をして傷口を見る。人の痛みにはそんな眼差しを向けるのに、自分のことは顧みない。
     柱なのだから、自らの痛みに耐えるのは当然だ。だが、他人のことを自分よりも心配し、労るその優しさが、人を惹きつけるのだろう。
     座卓の上に置かれた、大きな桃を冨岡は眺めた。
    「……桃李もの言わざれども、下自ずからこみちを成す」
     ふと呟いた声に、包帯を巻いていた煉獄が顔を上げる。
    「司馬遷だな。急にどうした」
     桃やすももはものを言わないが、花が美しく実が美味なため、その木の下には人が集まり、自然と道ができる。同じように、徳のある人間の周りには、特別なことをしなくても、人が集まる。というほどの意味だ。
     煉獄のようだ、と冨岡は思ったのかもしれないが、言葉はそれ以上出てこなかった。煉獄は目をパチリと瞬いてから、また包帯を巻き始める。
    「まるで、君のことだな」
     最後を丁寧に結びながら、そう言った。冨岡はそういう意味ではない、と言いたげな顔をするが、煉獄は意に介さない。
    「君はたしかに無口だが、その心根は一緒にいれば伝わってくる。剣を見ればわかる」
     ふふ、と微笑んで冨岡の着物を直した。
    「君は優しい」
     だから、言葉にはしなくても、君を信頼し、好意を抱いている者たちがたくさんいるんだぞ、と煉獄は言った。
     冨岡は黙ったまま、彼の口元を見つめていた。その様子に、煉獄は眉を下げる。
    「君といると、自分がひどくお喋りな人間になったような気がする」
     そう言って、いったん口を噤んだ。
     それから、また少し口を開いた。
    「この間のように、俺が口を利けないくらいの方がちょうどいいのかもしれないな」
     傷薬や綿布を片付けながら、話し続ける。
     俺が話さない方が、君は懸命に意思を伝えようとしてくれるし……この前のように、行動で想いを伝えてくれる。
    「だから、俺は」
     言いかけた煉獄の手首を、冨岡は掴んだ。煉獄は動きを止め、相手の顔を見る。
     静謐な眼差しで、冨岡は煉獄を見る。その瞳の奥にちらつく、小さな火花に、二人は気づいているのだろうか。
     煉獄は力を抜いて、唇に薄く笑みを残したまま、瞼を伏せる。
     冨岡は両手で煉獄の顔を包むように支えて、唇を触れ合わせた。そのまま、舌を差し入れる。一瞬、煉獄の身体がびくりと揺れた。だがすぐに、応えてくれる。
     互いの舌をなぞり、絡ませ、離れ、そして上顎や歯の裏側の形を辿る。
     二人の息遣いが、部屋の中に響いた。
     口づけが終わったあとも、煉獄はしばらく黙っていた。頬はうっすら赤らんで、瞳が潤んでいる。
     ここまでしても、やはり冨岡はなにも言わない。煉獄は少し息を吐いて、彼を見る。
    「君はいつも、唐突だな」
    「……練習だ」
     またしても、誤解させるような言い方をするので、煉獄は眉を下げる。
    「……そうか。まあ、好きなだけ練習台にするといい。それで」
     つ、と指先が畳の上をなぞる。それだけでも、洗練された所作に見えるのが、育ちの良さなのだろう。
    「本番は誰とするつもりなんだ?」
     そう言って、まっすぐに冨岡を見る。その眼差しは優しく、柔らかいが、仄かに真剣さも纏っている。
     冨岡は答えない。ただ、少し腰を浮かせて、煉獄の肩に手を置き、再び唇を重ねた。今度は驚くこともなく、煉獄は冨岡の羽織を握り締めながら応えた。
     口づけは深く、長く続き、冨岡の腕にも、煉獄の指先にも、次第に力が篭った。二人は互いの背に腕を回し、強く抱き締めあった。
    「これが本番だ」
     ぽつりと、そう言った言葉に、煉獄は唖然とした。冨岡はまた、してやったりという顔をする。
     は、と煉獄が声を出した。そのまま、はは、と声を上げて笑い出す。それだけで、なにもない座敷が華やいだ。
    「君は、面白い男だな」
     目を細めて、冨岡を優しく見た。
    「好きになってきた」
     そういう意味でな、と言って、愉しそうに瞼を伏せた。
     冨岡は、衝撃を受けたような顔で彼を見る。これまでは好きじゃなかったのか、とでも思っているのだろうか。その視線に、煉獄は眉を下げる。
    「言っておくが、俺は君がどうしたいのか、聞いていないからな」
     君が俺を好ましく思っているのは知っているが、どんな関係を望んでいるのかまでは知らない、と告げる。
    「まあ少し、わかってきたが」
     それだけ言ってから、苦笑する。
    「どうも、俺ばかりが話していると、君の心の声が聞こえなくていけない」
     そうして、口を噤んだ。あとは、その澄んだ瞳で、目の前の男を見つめるだけだ。その、言葉にしない心を感じ取ろうとするかのように。
     冨岡はいつものごとく、顔にも目にも感情を浮かべず、その視線を受け止めていた。ただ微かに、本当に微かに、その青みがかった瞳の奥に、ちらりと焔の切先が、飛び散る火花が、揺らめいた。
     それに気づいたように、煉獄がはっと彼を見た。もう一度見ようと、大きな瞳を見開く。
     そして今度こそ、冨岡の静かで冷たい瞳の中の火花を、その瞳が捉えた。それは弾けて、煉獄の煌めく瞳にも移り、小さな焔を点した。そのことに怖気づいたかのように、煉獄が少し後ずさる。
     冨岡が、ふっと微笑んだ。
     めったに見せることのない表情に、知らなかった熱を宿した瞳。その目で、煉獄を捉える。
    「とみ、おか」
     射すくめられたように、名を呼ぶ声が途切れた。
     想像もしていなかったのだ。彼がその透明な眼差しの中に、これほどの焔を飼っていただなんて。うっかり触れたら、骨も残らぬほどに、焼き尽くされてしまいそうだ。
     否、知っていた。冷たい素振りの下に、熱い心を持った男だとは。だが、こんなふうに、自分にその熱を向けることがあろうとは。
     つう、と汗が背を伝ったのは、暑さのせいばかりでもあるまい。煉獄は突きつけられたのだ。この熱を、火花を、その身に受けるのかどうか。
     そんな彼の動揺などは気にせず、冨岡は身を乗り出して、煉獄の顔に自分の顔を近づける。
    「っ、また、練習か」
     かろうじて、煉獄が問いかける。
     冨岡はもう笑みを収めたいつもの顔で、ただその目だけを熱く艶めかせて答える。
    「いや、もう練習は必要ない」

     昼下がりの空では、むくむくと高く湧き上がる入道雲が、真っ青な背景を塗りつぶしていった。
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    Tari

    DONE相互さんのお誕生日祝いで書いた炭煉小説です。
    なんにも起きてないですが、柔らかく優しい情感を描きました。
    水温む 下弦の鬼を斬ったときのことだ。そのときの炭治郎には、実力以上の相手だっただろう。常に彼は、強い相手を引き寄せ、限界を超えて戦い、そして己の能力をさらに高めているのだ。
     そのときもそうやって、とっくに限界を超えたところで戦い、そして辛くも勝利した。最後の最後は、満足に身体が動かせなくなった彼のもとに、煉獄が別の任務から駆けつけてくれ、援護してくれたのだ。
     我ながら、悪運は強いと思う。こうして柱に助けてもらったのは、初めてではない。普通なら、とっくに鬼に殺されていたところだ。
     煉獄がほかの柱と違ったのは、彼が炭治郎の戦いを労い、その闘志や成長を率直に喜んでくれるところだ。
    「見事だった、少年」
     そう言って微笑んだ顔が、それまでに見たことのないような、優しい表情で。父や母の見せてくれた笑みに似ているが、それとも少し違う。多分この人は、誰に対してもこんなふうに微笑むことができる。それが家族や恋人でなくても、等しく慈しむことができる人なのではないか。限りなく深く、柔らかな心を、その匂いから炭治郎は感じ取った。
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