12/18無配ペーパー💀誕SSお祝いカウントダウン
「ねーねー、ホタルイカ先輩。ウミウマくんのとこで面白いカレンダー見つけた~」
十一月の終わり。イグニハイド寮長部屋に入って来るなりジャーン! とフロイドが嬉しそうに掲げたのは、ひと抱えほどもある大きなカレンダーだった。
「ん? ああ、アドベントカレンダーか」
クリスマスツリーと呼ばれる木の形をした立体的なカレンダーには、一から二十五までの数字とイラストが描かれている。古くから、とある国と地域で祝われてきた宗教行事、クリスマス。その訪れを待ちわびる人びとが、当日――十二月二十五日までの日数を数えるために作られたものだ。
だが、近年のクリスマスはお祭り的な要素が独り歩きし、多くの国で宗教とは関係なく楽しまれている。クリスマス前後に始まるウインターホリデーを楽しみにしている学生たちには、特に身近なイベントとなっていた。
ナイトレイブンカレッジでも、十二月が近付くにつれて学園内の空気がクリスマス色に染まってゆく。当然、商機を逃さないミスターSのミステリーショップにも、多くのクリスマスグッズが並ぶ。今回フロイドがイデアの部屋に持ち込んだのも、そのうちのひとつだった。
「中はお菓子みたいだね」
見て見て~、と。散歩中に見つけた良い感じの棒を飼い主に自慢する犬のような眼差しをする恋人に負けて手に取ったカレンダーには、日付ごとに小さな引き出し式の箱がついている。中身はなんだろうかと裏面を見れば、クッキーやキャンディの成分表が記載されていた。
「そーそー。毎日一個ずつ開けてくとか、すっげー楽しそうじゃね?」
「まあ、そういうワクワク感が売りの商品ですし。……でも、フロイド氏がこういうの買うとか、ちょっと意外ですわ」
「えー、そう?」
「いやだって、珊瑚の海にはクリスマスってないんでしょ。それに君たち人魚組は、ウインターホリデーには帰省しないみたいだし。きみ、授業がないのは嬉しいけど、……その、拙者に会えなくなるのは嫌だ~とも言ってたから、なんていうか、こういうの買ってまで指折り数えてワクワクするのは意外かなって……」
ぱっと思ったことをつらつらと話すうちに、あれこれ拙者恥ずかしいこと言ってない? と思うも、時すでに遅し。色違いの瞳をパチパチと瞬かせたウツボが、にこーっと笑いながら青い髪に手を伸ばしてきた。
「それって~、オレが先輩と会えなくなるのを楽しみにしてるみたいで寂しいってこと?」
「べ、別に、そういうわけじゃ……」
咄嗟に否定するものの、自分でも説得力ないなとイデアは思う。むしろ図星なんだろうか? と、己の深層心理に語り掛けたくさえなってきた。
「ふーん、まあそういうことにしといてもいーけど。でも、心配しなくてもへーきだよ。オレが楽しみにしてんのはクリスマスじゃなくて、ホタルイカ先輩の誕生日だから」
「……んん?」
しかし、自己との対話は、恋人の意味不明な発言によって中断されてしまった。
確かに、イデアの誕生日は十二月十八日で、クリスマスの一週間前だ。そして、クリスマスはその宗教において非常に重要な人物の誕生日とされている。とはいえ、嘆きの島の陰キャとは完全に無関係なんだが?、と思うものの。
「これ使ってー、ホタルイカ先輩の誕生日を一緒にカウントダウンしよ~って思って。いいアイデアでしょ? オレっててんさーい!」
どうやら、クリスマスに興味がないゆえに純粋な機能のみを重視したフロイドにとって、アドベントカレンダーは番の誕生日カウントダウン用品になっているらしかった。
「でも、拙者の誕生日は十八日ですし。十九日以降の分とかどうするつもりなのさ」
「そんなの、十八日にぜんぶ開ければ良くね? それか~、二十五日までをお祝い期間にするとか」
「誕生日過ぎても誕生日を祝い続けるってカオスすぎん? だいたい、途中でホリデーに入るでしょ」
「それはそうだけど。でも、オレ的にはそんぐらい祝ってもいいと思うんだよね」
「それはまた極端な意見というか……。ていうか君、拙者の誕生日に対する熱意が拙者よりも圧倒的に強くない?」
フロイド自身、誕生日を祝われることに対する熱量が高いなあ、という気は前からしていたのだが。それが自分にまで適用されていることに、イデアは不思議な気分になる。
「番の生まれた日なんだから、当たり前じゃん。だいたい誕生日ってのは、その個体がその日まで生き抜いてきたことを讃える日なんだし。自分や家族はもちろん、無事に誕生日を迎える番を盛大に祝うのは海の常識なんだけど」
ベッドに腰掛けながら、床に座る自分の炎の髪を弄ぶフロイドの言葉に、なるほど、とイデアは頷く。
「考えてみれば、過酷な環境で生きる君たちにとっての誕生日が陸の人間と同じ意味と重さを持つわけないか。まあでも拙者はそんなにサバイバルな環境にいたわけじゃないんで、そこまで祝って頂かなくても……」
「へー。オレに甲斐性のない雑魚って言ってる?」
「あああ〜……海的にはそういう捉え方になるのね……。いやでも、流石に誕生日過ぎても祝われるのは謎すぎるんで、せめて誕生日まででお願いしたいんですが」
言ってる本人は至って本気っぽい誕生日の後祝いだけは断固として阻止したいが、アドベントカレンダーを流用した誕生日までのカウントダウンならば致し方がない、と。譲歩を示したイデアのこめかみに、フロイドがちゅっと口づける。
「じゃーこれは先輩の部屋に置いてくから、毎日一緒に開けてこーね。てゆーか、一人で開けたら絞めるからな?」
「いきなり真顔で脅さないほしいんだけど……。ていうか、それって毎日来るってこと……?」
「当たり前じゃん。それと、そんなちっせー箱の中身だけで祝うとかありえねーから。カウントダウン中はオレが持ってくるもん、毎日ちゃんと食べてね?」
そりゃまあ、誕生日を祝うためのものじゃないからね、とか。カウントダウンの間中ずっと祝う気なの? とか。心では冷静につっこみを入れながら。取り急ぎ、約三週間に渡る餌付け宣言を回避できないかと、イデアは探りを入れてみる。
「えーっと、その……。あ、ありがたいとは思うんだけど、フロイド氏も大変だと思うので、そこまでは別に……」
「番に食いもん持ってくるのも、人魚としての甲斐性のうちだから。まさかオレが、そんなこともできない雑魚だなんて思ってねーよなぁ?」
「まま、まさか! き、期待しておりますんで!」
「うんうん、そーこなくっちゃ。そんで〜、休みに入る前にもうちょっと肉つけとこーね」
なるほどそれが目的か〜……と口には出さず、イデアはこくこくと頷く。つい先日も徹夜を連発してぶっ倒れ、体重の減少っぷりを指摘されたばかりの自分に口答えする権利がないことは、流石のイデアにも分かっていた。
「それじゃ~、明後日からはじめまーす」
「りょ、りょーかいっす……」
こうして強引に始まった誕生日お祝いカウントダウンの日々は、予想に反して平穏に過ぎていった。
本来であれば神の子の降誕祭を指折り数えるためのカレンダーを、二人で毎日ひとつずつ開けながら。フロイドの持参したお菓子や軽食を、近付く誕生日を祝って食べる。
時にオルトも参加した十七日連続前夜祭は、イデアが長いこと忘れていたもの――少しむず痒いと同時にふわふわと浮足立つような、どこか心弾む感覚を思い出させてくれた。
そうして迎えた、十二月十八日。
カウントダウンのために毎日イデアの部屋を訪れた結果、ウツボの通い婚的習性とリンクした状況にあてられたフロイドの発情に巻き込まれ、恋人の逞しい腕の中で迎えることになってしまった誕生日当日。
「お誕生日おめでとぉ、ホタルイカ先輩」
「あ、ありがと……」
日付が変わった瞬間に贈られた祝福の言葉に、へにゃりと緩んだ眉の下、イエローアンバーが穏やかな光に揺れる。
カウントダウンが進むにつれ、誕生日と同じく近付いてきていたホリデーの始まりは、もうすぐそこだ。それを初めて寂しく思いながら、イデアは自身を包むぬくもりに身を寄せる。応えるように、額に、頬に、唇に降ってきた口づけは、寒い冬の木漏れ日のように優しかった。