わたしが生まれた日授業をうけて
任務にいって
食事をとって
シャワーをあびて
あとはひたすら、ねるだけの生活
まいにち、まいにち、それを繰り返している
去年の夏のことは、あまりおぼえていない
ある日さむいなって思ったら雪がふっていて
さすがに半袖じゃつらいなって思ったのをおぼえてる
それまでも昨日というものがあってその前にも昨日があったんだと思うけど遡るにつれてどんどんおぼろげになっていく
でも死んではないし、課題もちゃんとだした気がする
クローゼットをあけ、長袖のシャツをとりだす
ふとそこに夏用の毛布があることに気がついた
いつ変えたのだろうか
おぼえてない
でも、ここにあるのだからきっと変えたんだろう
その日から、その日が昨日になって一昨日になって気がつけば半年前になった
ただただ、決められたように、毎日を消化していく、そんな日々だった
おおきく自習とかかれた黒板を前に、ひとり、本をよんでいたとき、開けっぱなしの窓の向こうをなんとなしにみたら、しろく輝く頭がみえて、あぁそういえば、ここには自分以外の人間もいたんだったなってそう思った
吹き込む風を少しあたたかいと感じたから春先のことだったと思う
それももう4ヶ月ほど前になるだろうか
そのころから、ここにいる自分以外の存在をなんとなく感じるようになった
ひとりきりの食堂でカップ麺をすすり、給湯室で歯をみがいて自分の部屋にもどる
いつもとなんら変わらないルーティンだ
今日、いつもとちがったのは、そろそろねようと思ってベッドに腰をかけたころに、誰かが部屋を訪ねてきたことだけだ
こんこんこん、というノックに「はい」とこたえれば「僕だけど入っていい?」って、五条さんの声がきこえてきた
そのとき思ったのは、この人にドアをノックするなんてことができたんだってことと、ぼくって似合わないなってことだ
そんなことに思考をとられて返事をしないままでいたら勝手にドアがひらいたから
ああやっぱり五条さんだ、とも思った
「どうかしましたか?」って声をかけたら「うん」って返事にもならない返事が返ってきた
手もちぶさたに思えて、ぼーっと五条さんをみつめてみる
今日は、よくみえる、あのあおい瞳がゆっくりと近づいてきて
それをめずらしいなって思った
だってこの人はいつもズカズカと近づいてくるし、入りこんでくるから
「あのさ、」って声に「はい」と返す
五条さんの口はもごもごとしていて、なかなかひらかない
ひらいたなと思えば、またとじてしまって
そういうのをなんどか繰り返してた
そうして意を決したように五条さんはいった
「ごめん」って
わたしにはなにが「ごめん」なのかわからなかった
それできっと、それはわたしの顔にもでてたんだと思う
「ごめん、僕、長いことお前のこと忘れてた」
そういわれて、そうなんだ、と思った
同時にもしかしたらわたしも、この人のことを忘れていたかもしれないと思った
「思い出してからも、どうしていいかわからなくて、それで、気がついたらこんなに経っちゃってた」
そういえば、と春先に一度、この人のことみたことを思いだした
でも、わたしはこの人にあおうとは思わなかった
なんでだろうか?
前はもっと顔をあわせてたと思うし、もっと笑ってた気がするのに
なにかが頭のなかでパチって弾けて、口から「あっ」って声がもれた
声を出したのはわたしなのに、五条さんの顔も「あっ」ってなってた
「あっ」ってなった五条さんはくしゃっと顔をゆがめて、わたしをつよく抱きしめた
わたしは抱きしめられたことよりも、はじめてみた五条さんの顔に驚いたし、わたしのあごをのせた五条さんの肩が、びしゃびしゃにぬれてつめたかったことにも驚いた
だけど、五条さんの体はあたたかくて、きもちよくて
あったかいほうの耳のすぐそばで「ななみっ」って五条さんの声がする
そのとき、なんでかすごく当たり前のことなのに
そうだわたしは、ななみっていうんだって思った
そして、そうやって名前を呼ばれるのがすごく久しぶりな気がした
「ななみ、ななみ、ななみっ」
そうやって五条さんはなんどもわたしの名前を呼ぶ
前もこんなふうにいっぱい呼ばれてた
まいにち、なんども、あたりまえのように
だれに?
ごじょうさん?
ちがう、わたしを、呼ぶのは、いつも、いつも、いつも、
「はい、ばら...?」
「っうん」
そうだ、はいばらだ
はいばらが、いつも、あの太陽のような笑顔でわたしを呼ぶのだ
それで、はいばらが、よくしたっているのが
「...げとぉさん、」
あぁ、げとうさん
やわらかく笑うくせにタチがわるくて
そして、そんな、げとうさんの隣でいつも笑ってたのが
「ごじょおさんっ」
「うんっ」
もう止まらない
止められない、
喉から、胸の奥から、腹の底から、湧き上がって、止まらなくて、それが声になって「ごじょおさんっ、ごじょおさん、ごじょぉさんっ」って、そうやって、壊れたように、なんども、なんども、五条さんの名前を呼んだ
でもほんとうは、ちがう
壊れてるんじゃなくて、わたしは、私たちは、壊れてたんだ
そして、それをなおそうと、たぶん五条さんはきてくれたんだと思う
私が名前を呼ぶたびに五条さんは「うん」って返してくれた
「ごぉじょうさんっ」っていえば「うん」って返ってくることが、ひどく、うれしくて、さびしくて、あんしんして
そうやって、おなじ言葉だけを繰り返して、繰り返して、気づけば私たちはお互いの肩をびちょびちょにぬらしあって、それでもはなすまいと、ぎゅうっと抱きしめあっていた
そのとき、この人も泣くんだな、なんて思ったけど、それと同時にこの人も人間だっていう、長らく忘れていた当たり前なことを、ようやく思い出した
ずっと溜まってた澱みを吐き出して、どっと疲れた私たちは、お互いを抱きしめたまま、どすっと、ベッドに倒れ込んだ
そのとき、私の背中の下からべしゃって音がして、五条さんが「やべっ」って言ってちょっと慌ててた
私の体を少しだけ浮かせた五条さんがずるずる引き出したのは、小さなビニール袋で、なかにはぐしゃぐしゃに潰れたコンビニのケーキが入ってた
はい、と渡されて首をかしげる
五条さんを見れば気まずげに目を逸らされた
「お前と会う、きっかけっていうか、口実がほしくて、」
「こぉじつ」
「言ったろ、どうしたらいいかわかんなくなったって」
「それで、これを...?」
私の手に押し付けられたそれを眺めながら尋ねれば、予想してなかった答えが返ってきた
「おまえ、きょう、誕生日だろ?」
「たんじょぉび」
それは、まったく知らない言葉のようであったのに、耳に届いたとたん、いろんなものをいっきに引き連れてきた
去年の誕生日は、そうだ、灰原と夏油さんと五条さんと家入さんと、それから伊地知君もいて、広い食堂で固まって、ケーキを食べてお祝いをしてもらったんだ
一昨年は灰原と2人だったけど、あとから先輩たちがきて後ろからケーキを横取りされたのを覚えてる
ことしは、ことしは、誕生日なんて、おぼえてもいなかった
きょうの日付もしらなかった
呆然としてれば、私の頬を掴んだ五条さんに、ぐいっと引き寄せられる
「ちゃんと祝おう?俺に、祝わせて、」
目の縁を赤く染めた五条さんが、あまりに真剣な顔で言うから、私はただ黙って頷いた
取り出したケーキはぐちゃぐちゃだったけど、五条さんの顔も、たぶん私の顔も、同じくらいぐちゃぐちゃだったから、きっとこれでいいのだと思う
食べてるうちに、またちょっと目が熱くなってきて、ケーキがしょっぱくなってしまった
でも、なんだか、すごくおいしくて、フォークを持つ手は止まらなかったし、五条さんもしょっぱいって言ってたから、もしかしたらそういうケーキなのかもしれない
そうやって私たちは2人、しょっぱいケーキを食べてたけど、あとから来た家入さんは、そんなんじゃ誤魔化されてくれなくて、私たちのことを「ダッセェの」って笑ってた
そんな家入さんに私たちはなにも言い返せなかったけど、家入さんの目もちょっと赤かったことを私たちは知っていた