純白の、ドレスではないけれど2ヤると決めたのであれば、時間が惜しい。
さっさと準備をしてしまおうと、立ち上がりかけて、ふとやめた。いつもは時間のかかる私が先にバスルームを使わせてもらっているが、エプロンというアイテムを考えれば、今日は五条さんが先の方がいいかもしれない。
「五条さん、シャワーどうします?」
すりすりとすり寄ってくる五条さんに、そう尋ねたが、いらない、と返ってくる。
「僕もう家で入ってきたから」
そう言う彼からは、たしかにシャンプーのいい匂いがしていた。
「そうですか。では、私は準備をしてきますので、あなたはベッドでいい子にしててください」
今度こそ立ち上がって、バスルームに向かおうとすれば、ぐいっと腕を引っ張られる。なんだと思って見た五条さんの顔は不服そうであった。
「なんです?」
「やだ!」
「.....なにがですか?」
「ベッドじゃいや!」
ぷくっと膨らむ頬はかわいらしいが、いい大人がすることではない。
「裸エプロンなんだよ!?ヤるならキッチンでしょっ!」
さも当たり前のように、胸を張って主張している五条さんに、それは世の常識ではないと、誰か指導してはくれないだろうか。
「嫌です、不衛生でしょう」
「やだぁ!やだぁ!やだったらやだぁ!」
子供ですか、とため息が出そうになったが、それを一度飲み込んで考えてみる。
キッチンでことに及ぶのは不衛生であるし、後々思い出して自己嫌悪に陥りそうだから避けたくはあるのだが、なんやかんやとそこでおっぱじめてしまったりしたことも一度や二度ではない。
正直、今更といえば今更なのだ。でも、しかし、裸エプロンと、その破壊力に頭を悩ませていれば、五条さんが不貞腐れたようにボソッと呟いた。
「僕、七海とキッチンで裸エプロンプレイするの夢みていろいろ頑張ったんだよ?」
どんな夢だ。
しかし、私のために、いや確実に五条さんのためだろう?でもまぁとりあえず、いろいろ準備をしてくれたことは間違いないわけで。
上目遣いでこちらを見てくる五条さんに目を向ければ、ぷくぷくと白い頬を膨らませており、そのうるうると潤ませたあおい大きな瞳と目があってしまう。その瞬間、ぐるぐる悩む私の天秤がガタリと音を立てて、大きく傾いた。
「ねっ!ななみ、おねがいぃ!」
全くずるい人だこと。この人は私がその綺麗な顔が大好きだと知っているのだから。
まぁ、でも、もういいか。このさい、考え方を改めた方が早い。裸エプロンプレイなんてするくらいなのだから、もういろいろはっちゃけてしまった方が気が楽なはずだ。
「わかりました」
「えっ、まじ?」
「やめましょうか?」
「ううんっ!」
うれしいって、ソファの上で飛び跳ねる姿は本当に無邪気な子供のようだ。まぁ図体は2メートル近いデカブツなのだけれど。花丸をあげたくなるような満面の笑みに呆れつつも、絆されてしまうのはいつものこと。
それでは、と三度目の正直で、エプロン片手にバスルームへと足を向ける。
五条さんは、いい子にしてるねって笑って私を見送った。
シャワーは浴びた。体も拭いたし頭も乾かした。もちろん、後ろの準備も終わっている。残るはこのエプロンだけなわけだが。
そっとその純白の布を持ち上げて、もうこの時点で、心が折れそうになるが、無心で手を動かし、首と腰の後ろでリボンを縛った。恐る恐る顔を上げ、目の前の鏡を見る。溢れでた言葉はただ一つ「死にたい」それのみだ。
胸筋を覆う白が、腰で一度くびれ、裾に向かってふわりと広がる。丈は太腿の半分もなく、フリルの間から覗くのは、かわいらしいやわらかさをもった太ももとは真逆のがちがちに筋肉がついた太い男の足だ。
最初からわかっていたことだ。似合うわけがないなんてことは。別に思っているよりはマシかもしれないなんて期待も持っていなかった。だが、これは、想像以上に、酷い。
鏡の前で、がっちりと鍛えられた男が、ふんだんにフリルをあしらわれたエプロン一つ纏って、項垂れている。側から見れば滑稽だろう。でも安心してほしい。私もそう思っている。
はぁーっと深いため息をつく。
これはもはや事案ではないかと首を傾げた。このまま外に出て、五条さんの前に立ったとしてだ。幻滅されはしないか?いやあの人発案のくせに幻滅しようものなら、殴り飛ばすが。でも、やはり、萎えるくらいはするかもしれない。そうなったらそうなったでやっぱり殴るけれども。
もう、笑い話で終わるのが一番マシな気がする。鏡に映る自分を見ていられなくて、廊下へと繋がる扉の前で蹲る。
本当に行くのか?だが、ここにいたところで無駄に時間を消費するだけだ。それに、そろそろ出なければ、五条さんが来てこの扉を開けてしまうだろう。せめて、タイミングは、自分で決めたい。
胸中の激しい葛藤に手を震わせつつ、扉へと手をかける。
覚悟を決めるんだ、七海建人!
そう、自分を鼓舞して、その扉を開いた。
リビングに入れば、ソファでくつろぐ五条さんの背中が見えた。
「五条さん」
意を決して、声をかければ五条さんがゆっくりと振り返る。
たっぷり5秒。広い部屋に沈黙が訪れる。
先に口を開いたのは五条さんだった。
「やべぇね」
その意見には同意する。間違いなくやべぇのだから。
「ここまでくれば、もはや、大罪です」
「うん、エロすぎる罪で逮捕だわ」
再び、部屋が沈黙に包まれる。五条さんは満足気に頷いているが、先程の言葉とは違い、こちらには同意しかねる。
「.....あなた、とうとう腐らせたんですか?その目」
「未だに健在だけど?」
僕の目が腐ったらまずいでしょ、なんて笑う男の目は、確かに腐ったようには見えない。むしろ、情欲に濡れつやつやと輝くそれは普段よりも生き生きとしていて、美しい。
しかし、と思う。鏡に映った自分の滑稽さは、恋人の欲目なんて言葉でどうこうできるものではない。
「にあって、ないでしょう?」
「そりゃね。似合ってないよ」
ほらみたことか。
一切の躊躇なく断言してくださって、まあ。
自然と剣のある顔になってしまうが、仕方ないだろう、似合わないってわかってたって、恋人にはっきりと断言されてしまえば、多少は傷つくものだ。
そんな私を見て、ふっと笑った五条さんは、でもね、と言って立ち上がった。そうして、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。この状況に、五条さんに、柄にもなく緊張してしまった。
エロい、似合ってない、次はなんだ?
期待と不安で胸が騒がしい。五条さんの言動に振り回されるのはいつものことだけど、こんなにも心を揺さぶられるのは、随分と久しぶりな気がする。五条さんが一歩足を進めるたび、鼓動の音が強くなり、自然と視線が床へと落ちていく。私の足の前にぴたりと止まった五条さんのつま先が見えた。
「七海」
優しい声とともに、五条さんの手が私の頬にそっと添えられる。促されるように顔を上げれば、五条さんのうつくしい瞳と目があった。にこりと笑う満面の笑みが、獲物を待つ顔であれば、これは、目の前の獲物を喰らうぞ、と、そういう顔だ。
「ご、じょう、さん」
「僕はね、七海。いつもできる大人ですって顔して、そういうところを後輩とか他のやつらに慕われてるようなお前がさ、似合わないってわかってるふりふりのエプロンを着て、羞恥心に耐えてる姿を見るとね、最高にクるんだよ」
だってそれ、全部、僕のためでしょ?
その言葉を証明するかのように、腰に押し付けられた五条さんのそれは、ゴリッと音がしそうなほど硬くなっていた。
この人、勃つんだ。こんな姿の私に。
「七海、もう僕我慢できないからさ、早くキッチン行こ?」
「っは、い」
五条さんの情欲が移ったかのように、私の口から出た吐息はしっとりと熱を孕んでいた。