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    ma_miyakamaboko

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    沖縄行く付き合えてない狂聡(途中で終わる)

    #狂聡
    madGenius

    「俺と行く?」

     聡実の家のオモチャみたいなテレビには青い空と海、白い砂浜の映像が流れている。
     はいさ〜い!私は今、沖縄県は石垣島に来ています!見てください、綺麗な海〜!
     行ってみたい、と聡実が呟いた。
     壁の薄い四畳半で、音量を絞ったテレビの音声と冷蔵庫の唸る中に、その呟きはやけに大きく狂児の耳をうった。
     どうせ断られると思った。なんでやねん、とか。ヤクザとなんかお断りや、とか何とか。聡実が一人暮らしを初めてちょうど二年経つが、狂児は未だこの部屋で朝を迎えたことはない。必ずホテルを予約したし、夜は狭い玄関でさよならした。頻繁におしかけるくせに。泊まらして、と言えば聡実は断らないだろう。でもな〜、なんかお泊まりって勇気いるやん?こう、一線越える感じ……。見知らぬ土地なら尚更。だから泊まりがけの旅行なんて、断られると思った。
    「ほんなら、俺と行く?」
     断られると思ったのに。
    「行きたいです」
     にこりともせず聡実が言うものだから、狂児は柄にもなく舞い上がって、おそろしくなって。一泊十数万のホテルをその場で予約した。



     三月下旬、沖縄は暑い。初夏といっていい。大阪では桜が咲くか咲かないかという頃だが、石垣空港の花壇にはすでにハイビスカスが咲き誇っている。狂児はシャツのボタンを一つ外し、袖を捲り上げた。腕の聡実がちらりと覗く。人間の方の聡実とは現地集合だ。何せ急に決まった旅行である。ちゃんと飛行機乗れたんかな、アヤシイ奴に声かけられてないとええけど。そう考えて、二年前空港で聡実に声をかけたアヤシイ奴は自分であることを思い出した。
     電光掲示板が羽田からの旅客機到着を知らせる。春休み終盤、卒業旅行の学生や家族連れ、恋人たちが浮かれた様子でロビーに溢れかえっている。その向こうに、聡実の艶やかな黒髪が見えた。
     狂児はどこでだって、すぐに聡実を見つけることができる。混み合う駅構内でも、下校する高校生の群れの中でも、中学生が横並ぶ市民会館の舞台上でも、すぐに見つけることができる。
    「さとみくん、こっち〜」
     髪も染めたことのないような男の子とヤクザもんの男。自分たちはどう見えているのだろうか。常夏の空港で。
    「あの、ありがとうございます。旅費とか、レンタカーとかいろいろ……」
     助手席で律儀に頭を下げる聡実に、狂児はええよと手を振った。
    「こういうのは誘った方が奢るって法律で決まってんねん。俺法律は守るタイプのヤクザやねん。それより、どっか行きたいとこある?食べたいもんとか」
    「法律守るタイプのヤクザてなんやねん。石垣牛食べたいです」
    「いいねえ」
     緩やかに車を発進させる。空港のロータリーに停められたレンタカーを見て、聡実は「派手やね」と言った。たしかにセンチュリーに比べたら派手だ。フォードのオープンカー。大阪でわナンバーのこの車が走っていたら確実に煽られるだろう。まあでも、沖縄やし。
    「……浮かれてるわ」
    助手席から、ときおり優しい鼻歌が聞こえた。
    「海寄る?」
    「はい」
     鮮やかな陽射しが聡実の頬の稜線を撫でている。その産毛の美しいことを横目で見ながら、狂児は数日前の組長との会話を思い出した。

     旅行してくるから休みもろてええですか。そう言っただけなのに、組長は煙草の煙を吐き出しながら「聡実くんか」と笑った。
    「まあ、そうですけど」
     事務所は四六時中いつでも煙たい。組にいる殆どが喫煙者だ。たばこ税はどんどん上がって、街の喫煙所はどんどん減って。ヤクザというのはどこまでも、世の流れに逆らっている。狂児が若い頃はみんなスパスパ吸っていたものだが、今の子供にとっては煙草なんてちっとも魅力的じゃないんだろう。もっと楽しいことがたくさんある。
     聡実はどうなんだろうか。自主的に煙草に手を出すタイプではないが、大学の先輩にすすめられたりするんだろうか。あの指先が、煙草を口元に運ぶのを想像してみる。薄い胸がゆっくり膨らんで。フィルターが湿る。噛むかもしれない。あの子はいつもストローをそうやって
    「抱いたんか」
    「…………抱きません〜」
     最近組の、狂児と聡実のことを知る男たちにやたらと聞かれる。抱いた?抱かれた?イロにするんか、聡実くんが就職した後はどないすんねん。なんでお前らに教えなあかんねん。俺も知らんわそんなん。しらんけど。
    「良くないよなぁ」
     左手でかき混ぜた髪に白毛を見つけた。狂児はもう中年といっていい歳で、聡実が生まれる前からヤクザで、それを恥ずかしいとも、うしろめたいとも思ったことはない。他人はどうでもいいのだ。他人の目も、他人が決めた善悪も、どうだっていい。
    それなのに今。波打ち際で珊瑚を拾う聡実を見てどうしようもなく、誰かに懺悔したくなるのはなぜだ?
    「どう?初めての沖縄は」
     聡実は拾った珊瑚をひとつ海に放り投げた。
    「ええところですね、あったかくて、きれいで」
     骨みたいな珊瑚が、放物線を描いて落ちていく。目を凝らしてみても、落ちた先は分からなかった。水飛沫もたたないくらい軽い珊瑚が、静かに海に消えた。
    「狂児さんは来たことあるん?」
    「あるよ、仕事で。本島の方やったけど」
     あれはなんだったか、どこかとの取引だった気がする。そこまで昔のことではないはずだが、記憶が曖昧だ。ただ暑くて嫌だったことしか覚えていない。聡実が「こんな天国みたいな場所で悪いことするなんて、ヤクザはわからんね」と言って、またひとつ珊瑚を投げた。
    「でも仕事で行くのはやっぱ、北海道とか日本海側とか、寒いとこが多いな」
    「……密漁?」
    「よお知っとるね聡実くん。密漁ね、それもあるけど」
     足元に、小さな貝を見つけた。桃色がかって、陽の光が透けるほどうすい。ちょうど聡実の小指の爪と同じくらいの大きさだと思った。狂児はその貝を、足跡のないまっさらな砂の上に置いた。
    「悪いことしたやつは大体北に逃げんねん。店の売り上げちょろまかしたり、お仕事が嫌になっちゃったり、借金踏み倒そうとしたりする奴ってさ。なんでやろな。そういうアホを追っかけてコラコラってするねん」
     狂児の今は悪事と人の不幸で成り立っている。人を騙して、脅して、時には殺し。だがそのどれも、靄がかかったように不鮮明で曖昧だ。昔からそうだった。女とのセックスも、殴り合いの喧騒も、まるで磨りガラスの向こうで起きていることのように感じる。組長や兄貴分たちは言った。天職だと。ヤクザが天職だなんて、いよいよろくでもない。
     狂児の中で、鮮明なのは聡実だけだ。あの夏からずっと。
     聡実の青白く水っぽい眼球に、雲の影がうつる。
     昔、誰かの本で読んだよ。目の美しいことが一番ええことやって。ほんとやね。聡実くんは目以外も全部綺麗やけど。君は本当に、睫毛の先や、小指の半月まで美しい。この世に君ほど美しいものはないよ。
    「綺麗やね、海」
     聡実が笑いかける。
    「うん、そやね」
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