Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    555

    @555_ci91

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🈁 🐶 ☯ 💖
    POIPOI 24

    555

    ☆quiet follow

    梵天ルートで裏の世界に居るココさんが表の世界と繋がりを感じる瞬間の話。

    バッド・ロマンチッカー 十代目黒龍から始まり東京卍會、天竺とチームを渡り歩き最終的に関東卍會に籍を移すことになったが、やってることはそう大差がなかった。暴力だけを売っていた頃に比べると薬の売買や売春の斡旋が解禁されたくらいだが、その辺の事情については総長の佐野万次郎にとって馴染みのないもので過去の経緯から経験のある自分に一任された。
     使える駒を見繕い用途に分けてグループ化すればひとりで賄える範囲だったが、佐野の右腕として付き従う三途春千夜は同チームであろうとオレという人間を信用していなかった。報告を求めたし仕事に同行することもあった。裏社会を生き抜くには度胸や腕っ節より警戒心が物を言う。それを既に覚っていることは組織が隆盛していく上でアドバンテージになり心強い存在と成り得るが、出し抜くのは骨が折れるという意味では目の上の瘤としか言いようがない。
     何れにせよ、この道でしか生きていけない自分にとって大なり小なりそういった面倒事は付いて回るだろうし些細な問題だった。

     アジトへと向かう途中に所用を済ませるのを告げれば車を運転する三途が退屈そうに行き先を聞き返すのに、黒龍の頃から使っている私書箱に郵送された請求書やクライアントからの注文書を取り出す必要があると返せば男は相槌を打って郵便局に立ち寄った。
     デジタル化が進む中で昔ながらの連絡方法は露見しにくく紙を燃やせば証拠の隠滅が図りやすいのもあって未だ重宝している。携帯の方に食事の誘いだとか、元気にしているかなど当たり障りのない文面が送られてくると自分宛に手紙を郵送したという合図で、つい今さっきも送られてきて中身の確認をしに来たというわけだ。
     他にも届いていた郵送物を手に建物の前に横付けした悪趣味な黒塗りの車のドアを開き助手席に乗り込んで顎で車を出すよう示せば、髪も頭の中身も春を飼ってる男はミラー越しに視線を刺してきた。
    「ああ、待たせて悪かったな。これでいいか?」
    「引き出しにしては時間かかったんじゃねぇの」
    「オマエには縁がないラブレターが届くんだよ」
     手に持った紙の束を振って見せれば、つまらなさそうに一瞥してからハンドルを切って車を発進させる。
    「ただの請求書をそう言うなんて女日照りか?」
    「金の生る木を運ぶ猫のリストもある」
    「風俗に沈められるってのに、頭も緩い女だな」
     皮肉の応酬をしながら、紙の束を選別する。クレジットカードの明細といった請求書類に、古くからの付き合いの顧客からの依頼、ダイレクトメールなどの不要物の仕分けを進めていくとバイク写真の葉書が現れるのに手が止まった。どこの企業が出したものだと裏返すと、そこには小学生が書いたような拙い文字が奔っていた。

    『ココ、元気にしてるか』

     差出人が書かれていないが、私書箱の存在と宛名を知っているのはひとりしか居なかった。葉書を握る指に力が籠り、くしゃりと音を立てると横から愉快そうな笑いが鼓膜を叩く。
    「そのツラはフラレたな」
    「うるせぇよ、オマエとは違うっての」
     精一杯の皮肉を投げると葉書をダイレクトメールの下に隠して、フロントガラスの向こう側に広がる景色を目で追った。

    ■□
     一度きりで終わると思っていた葉書は次の年もその次の年も送られてきた。便りがないのは良い便りという諺に倣ってか、途切れることなく自分の元に届いた。送られてきたものには全て目を通していたが返事は一度として出さなかった。当初は余計な期待を持たせる真似はするべきじゃない、万が一にも自分以外の人間が私書箱を開いて青宗の存在を知れば危害が及ぶ可能性がある。解約して宛先不明のまま返送されるのが互いにとって最良の選択だったのに、それが出来なかった。
     例え一瞬でも繋がれる喜びを知ってしまえば手放すのが惜しかった。別々の道を選んで進むのを決めたのはオレ自身だというのに未練が捨てきれず、苦肉の策として読み終わると燃やして証拠隠滅した。灰皿に寝そべるふたりを結んだ残骸を目にすると感傷に蓋をして、どんな汚いことだろうと躊躇いなく行えた。
     二年目にポストカードの法則に気付いた。届くのは一年に一度、時期は必ず同じことから店の利用客や常連客に送る季節の挨拶と共に店への案内を出すときに一緒にオレへの葉書を投函しているんだろうと。
     次に自分の元に足を運ぶのは一年後かと燃やした傍から待ち遠しくなるのに苦笑を落とした。

    『メシ食ってるか』
    『雨が続いてるけど調子はどうだ』
    『桜が満開だ、ココの居るところからも見えるか』
     簡素な言葉たちの中に込められる情は蜜のような甘さでオレの心を潤したが五年目に届いた言葉は、変化が起きていて少しの衝撃と動揺を誘った。
    『その後、変わりなくお過ごしですか』
     客商売が板についてきたのが伺える言葉選び、直筆の腕も上がったのか子供が書いたかの字も整いを見せ始めた。少しばかし寂しかったが、自分の中で最後に会った日から成長が止まっていた乾青宗が羽化していくのを素直に喜んだ。青宗が健やかな日常に身を置くのを、他の誰よりも願っていたからだ。

     返事を書くことも会いに行くこともしないまま、気付けば十年の歳月が過ぎていた。多忙な日々に身を置いていれば驚くほど時の流れは早かった。この十年で色々と様変わりした。そのひとつが情報の発信ツールだ。以前は店の宣伝と言えば雑誌やタウン誌などの紙媒体が主だったがホームページから更にSNSが主流となった。龍宮寺と青宗の店も数年前にアカウントを作り、そこで細々と情報を載せていた。入荷した車体や部品についての他に、休日にツーリングに行った際の風景写真もあげていた。写真の中の一枚が翌年の葉書に使われる。たまにそれらを携帯から眺めては、来年は江ノ島に行ったときのか、それとも茅ヶ崎のかと予想を立てて懐かしい痛みで胸を疼かせた。
     今年届いた葉書は、江ノ島の写真が使われていていつもは一言添えられているだけなのが珍しく長い文章が綴られていた。
    『隣に居た頃、言いたくても言えなかったことが沢山あります。書こうかとも思いましたが長くなりそうなので、次の機会があればその時に。それではお体に気を付けて』
     十年目の告白とはいかず来年へ持ち越しとなることに焦れる思いはあったが、当時の自分の行いを振り返れば恨み言がびっしりと書かれるのは想像に難くない。乾赤音との約束を乾青宗を使って履行しようとした。彼女じゃないと頭で分かっていても守ろうとした。それがどれだけ青宗の心を傷つけるか知りながら。
     来年は葉書を読んだ後のことを考えると、度数の強いウイスキーを用意しておいた方が良さそうだ。

    ■□
     多くの人間の運命が狂っていく闇の中で洗い落とせない罪を重ね続けていれば、時は瞬く間に巡り再び桜の舞い散る季節が訪れた。前に綴られていた言葉を思い出し、微かな緊張と共に郵便局に赴くと、小さな密室に待ち侘びていた来客はこれまでと違う装いで自分を出迎えた。
     今までと異なり剥き出しではなく淡い水色の封筒に包まれているのは、記した内容が他の目に留まるのを避けるための配慮だというのはすぐに理解できた。一体、どんな罵詈雑言が飛び出てくることやらと嘆息を漏らしながら自宅に戻るまでは開封しないでおこうとジャケットの内側に収めると仕事に戻った。

     得意先との商談を終えると、接待に使う女の送迎を部下に指示して自分は一足先に会合の場を後にしそのまま事務所に寄らずに直帰した。報告は明日になっても構わないだろう。三途が詮索してきたところで、ここ一週間は休みなく働き通しということを持ち出せば深くは追及しない。梵天の資金を作ってきた実績を盾にするやり方は、反感を買うことにはなるがジャケットに潜ませた封筒の存在に年甲斐もなく逸る気持ちを抑えられなかった。
     アクセルを踏み込んで制限速度ぎりぎりのラインで車を飛ばし自室に戻ると、封筒を丁寧にテーブルに寝かせる。皺になるのも気にせずジャケットを放り投げてグラスにブランデーを注ぐ。一杯傾けて胃を燃やすと、ふつりと汗が浮かぶのを感じる。腹から熱した呼気を吐き出し、邪魔な髪を括ってマンバンを作る。深呼吸を繰り返し準備を整えるとソファに腰を落として封筒に手を伸ばした。
    「こう見えて心臓が弱いんだ、お手柔らかに頼むぜ」
     待ち受ける非難に、軽口を叩くことで衝撃を和らげる予防線を張ってみたが中から現れた葉書にそんな浅知恵は無意味だったと思い知らされた。
     これまで四角い枠にはバイクであるとかツーリングで行った先の風景が閉じ込められていたのに、オレの目の前には晴天をバックに長くなった金髪を風に靡かせた乾青宗が微笑んでいた。
     自分の選択が間違っていなかったと実証された喜び、幼馴染が歩んできた道を傍で見られなかった寂しさ、平穏な日々に身を置いているのにオレを忘れられない青宗に何一つ真実を告げられなかった後悔、夢が成就した溢れんばかりの幸せが混ざり合って、その全ての感情が胸に一気に押し寄せて指が震える。手から滑り落としそうになるのを押し留めて、ゆっくりと手首を捻って裏返す。

    『オレはあなたに恋してました』

     本当にあの幼馴染の思考回路は謎に満ちている。長くなるからと記しながら、積年の恨み辛みで絞め殺しに来るのではなく短く鋭い一文で心臓を突き刺しにきた。
     十一年目にして真実の告白をした青宗から、葉書が送られるのはこれが最後だと悟る。胸の奥に隠していた秘密を曝け出したこれは最も美しい三行半であると同時に地獄への片道切符だ。
     顔を見たい、低く静かな声を聴きたい、透き通る青い瞳に自分の姿を映したい、体を抱きしめたい、オイル混じりの匂いを嗅ぎたい、呼吸の形を肌で知りたい、五感で全身で乾青宗の存在を感じたい。膨れ上がる欲が理性の鎖を食い千切ろうと胸の内で暴れて息が浅くなる。
     もしも、葉書の存在から青宗のことを知られたら安全は破られる。自分の命を引き換えにしても助けられるか分からない。これまでしてきた苦労が水泡と帰すなんて冗談じゃない、薄汚れた泥の底から光り輝く星を眺めるだけで満足だろと自身に強く言い聞かせ灰皿の横に置かれたライターを掴みホイールに指を添えたが火花を散らすことはなかった。
     会いに行けなくても、この一枚を燃やせるわけがなかった。それは未練や感傷じゃなく、例え写真であろうと幸せそうに笑う乾青宗を自らの手で火の海に投げ込む真似なんて出来やしなかった。
    「人の気も知らずに綺麗に笑いやがって」
     少しの不満を漏らし、笑いかける男の額を指で軽く小突く。そしてオレからの答えを待ち続けていた男にごめんなと小さく零す。今もこれからも直接会って想いを告白出来るか分からないことを懺悔する。

    「オレは今でもオマエを愛してるよ」

     どれくらい先になるか、そんな日は永遠に訪れないのかもしれないけど。オマエの記憶からオレという存在が忘れ去られていたとしても。この命が燃え尽きる時、最期に網膜に焼き付けるのは晴天の下で美しく微笑む乾青宗がいいと願い、遠い過去の唇の熱を思い出しながら九井一が手に入れた幸せにキスした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖😭💯😭☕😭😭😭❤💖💘💘💘💖😭🙏💖😭🙏😭😭😭🙏🙏🙏💯💯💯💯😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭💖💖🙏💖💖🙏❤😭😭😭😭💖💖😭😭🙏🙏😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works