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    555

    @555_ci91

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    555

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    梵天ルートで悔いが残らないように行動する🐶ぴといった感じの話です。

    パープル・フィルム 犯罪代行サービスを始めて半年も経てばそこそこ名前が売れてきて、界隈でも名の通った不良が金の臭いを嗅ぎつけ訪ねてくるようになった。優秀なら手駒としてグループに引き入れたし無能なら警察の目を眩ますスケープゴートにした。順調に仕事を熟し金回りが良くなればなるほど生活安全部、少年課が動いて捕まる確率が高くなる。マークされた時点で主犯格に辿り着いたと思っていい、こうなると実質詰みというやつだ。
     だからこそ指示を出す人間が誰か、尻尾を掴ませないための工夫が必要だった。闇社会と繋がりを持てば遅かれ早かれ警察が情報を洗い出すのに網を張る。ここまでは想定の範囲内でその対策も既に練っていた。当初の予定通り、まずは中高一貫の名門私立を受験し在籍することで表社会においての身分の証明と優秀な生徒に擬態することで信用を担保する。その次に絵図を描きながらも目立たない裏方に徹し、名の売れた不良や暴走族を手足として使うことで捜査対象の外に身を置いた。
     黒川イザナの率いる八代目黒龍は刑事の目を欺くには格好の隠れ蓑だったが、手放しで喜べはしなかった。何せ、金を稼ぐこと以外の主導権を黒川が握っていたからだ。これまで自分の元を訪ねて来た奴らと同じようあしらうことが出来なかったのは、偏にイケ好かない男の隣に少し大きめの特攻服を纏った幼馴染の姿があったからで、自分にとって人質を意味していた。

     荒稼ぎすれば足が付きやすくなる可能性から見合った金額に応じた仕事を熟していたが、八代目付きになるとこれまで縁のなかった種類の依頼も受けるようになった。いくら綿密に計画を練って慎重に事を進めても手広く仕事を始めれば、駆け出しの頃みたいにクライアントの店に直接赴いての交渉や電話での遣り取りは難しくなった。未成年である自分達は捕まることがあっても場合によって不処分、少年院に送致されても短期で出られるのに対し警察に睨まれている顧客側はリスクを最小限に留めたかった。そのため、必ず間に繋ぎ役を挟んでの交渉、連絡、金銭の受け渡しを行った。
     例に挙げると、図書館の膨大な書籍の中に依頼書となるメモを一枚隠して回収する時もあれば、ファミレスのトイレのタンクだったりその時に応じて場所と受け渡し方法は異なったが、中でも一番利用回数が多かったのは個人経営のミニシアターだった。
     ロードショーで公開されない世界各国の良作、レンタル作品には出ないアマチュア映画やショートフィルムを上映する映画道楽が通い詰めるようなそこは、パンフレットどころかホットスナックも飲料水の販売もしていなくて、狭いフロアの隅にある自動販売機で買うという労力を最大限に省いた仕様だった。
     チケットの販売も支配人自ら行う規模の小劇場だから仕方がないのかもしれない。持ち込みが可能だったから、大抵はハンバーガー、ポテト、コーラといったお決まりのセットメニューを二人分買って足を運んだ。
     平日の日中なんかは閑散としていて人影も疎らで空席が目立つ、ほぼ貸し切りに等しい状態だが指定された座席を探し腰を落ち着けると、照明が落ちる前にメシにするかと紙袋を開けば空腹を刺激する香ばしい匂いが鼻をくすぐる。横から手が伸びてくるのにまだ温かい包み紙を渡す。ガサガサと音を立てたかと思えば大口でバーガーに齧りつく。てりやきの甘辛いソースの香りに、自分も倣って二段重ねの厚みのある包装を剥いて少しばかし遅い昼飯にありついた。五分もしない内に食べ終えると示し合わせたように照明が落ちる。容器の半分近く氷が入ったコーラを飲んで、柔らかくなったポテトをつまむ、遅れて食べ終えた幼馴染の指が潜り込んできて自分の指を掴むのに、それは食べられねぇぞと笑う。何度かそんなことを繰り返しながらスクリーンに映像が流れると視線を縫い付ける。
     オレに付き合って興味もない映画を見に来る少年は何時もなら丁度いい空調と満腹になった胃袋も手伝って十五分もしない内に夢の国に旅立つが、そんな幼い子供とも動物とも感じられる姿を晒すことなく、氷を噛み砕いて映し出される字幕を追っていた。
    「無理して起きてることないんだぜ」
    「いつも寝るわけじゃねぇよ」
    「へぇ、終わったら映画談議に花を咲かせるか」
    「ん、集会の時間までなら」
     珍しいこともあるもんだと思いながら、シートの裏側に貼られた依頼内容が記されたメモをいつ取るかと考えあぐねていたが、話が中盤を迎える頃には隣から健やかな寝息が漏れて鼓膜を優しく撫でた。メモを取って、必要な駒に迅速に連絡を飛ばすと携帯を閉じて終わるまでの三十分ほどをシートに凭れて無駄に小洒落た映像を眺めた。

     物悲しいサウンドと共にエンドロールが流れると、薄い胸を隆起させる少年の肩を揺さぶる、小さく呻きながら無意識にいやいやと頭を振るのに苦笑が零れる。
    「イヌピー、起きろ。そろそろ出ようぜ」
    「ぁ……も、すこし」
    「黒川に呼ばれてんだろ? 集会に遅れるぞ」
    「まだ、出たくない」
     遊んだ女が別れ際に駄々をこねるみたいな台詞を紡ぐのに喉が渇いて口内に湧いた唾を呑み込む。ポテトの油で光る唇が薄く開く、青い瞳が甘い色を湛えて揺れるのを目にすると頭の滑車が猛然と回り始めて乾赤音との記憶の断片が現実の乾青宗と混ざる、まるで重なり合うフィルムみたいに目の前に在る存在が赤音さんじゃないのに赤音さんであり、イヌピーなのにイヌピーじゃなくなる。
     重ねられる手、絡みつく指、柔らかさの抜けた部分に醜悪な幻想が引き剥がされて薄明るくなる照明に乾青宗の特徴である火傷痕が浮かび上がり意識を完全に連れ戻される。振り払うよう手を離して形の良い額を指で弾けば、驚きと痛みに眉を顰めるのに鼻を鳴らす。
    「そんな顔しても駄目だ、一くんはこれから塾だからな」
    「……成績、学年トップの癖に」
    「気を抜いたらすぐに底辺の仲間入りだよ」
     嘘だと分かっていても、追求することができない青宗は小さく溜息を漏らすと諦めて根の張っていた尻をシートから起こしヒールを鳴かせて出入り口に向かう。その後ろ姿から危うい香りが漂っていて離した手を伸ばしたくなり指先が疼くのを固く握り締めて押し留めた。

    ■□
     三途から回された案件を済ませ連絡を入れると、夜の取引先との会食まで手持無沙汰となった。次の仕事の段取りを整えておくのも良いが、梵天という組織に身を置いて金回りは十代の頃と比べものにならないほど良くなっても息つく暇もなく働き通しでワーカーホリック一歩手前の生活を送っていると、たまにガス抜きをしたくなる。
     十六の頃は隣に青宗が居ることで、意識的に合わせていてそれが意図せず九井一に休息を取らせていたのを思い出すたびに苦々しい気分になるのと今自分が在る環境に巻き込まなかったことへの安堵が交互に押し寄せて消化しきれない複雑な感情を溜息に変えて唇から漏らす。
     もう傍には居ない人間、これから先会うこともない男を想い感傷に耽るのは愚かで時間の浪費でしかないけど、そんな非生産的な日があっても良いだろと十六歳の自分が囁くのに悪くないかもなと心で返事をすると車を降りて雑踏に身を躍らせた。

     十年という時は人も街も変わるには充分な月日で、時代の波に呑まれたミニシアターは看板も当時より年季が入っていて中に収められたポスターも日焼けし色褪せていた。ゴミが散乱する薄暗い路地裏に立つ細身の少年、時代を感じさせるシャツとデニム、唇の端が切れていて血が滲んでいる。足元に走る殴り書きしたかの字で書かれたタイトルに頭の底に沈んでいた記憶が浚われる。
     青宗が少年院に入る前に見た映画、幼馴染が珍しく起きていて途中まで見ていた作品。自分は他のことに気を取られていて、あらすじをざっくり覚えている程度で、どんな内容だったか俄かに思い出せず懐かしさに誘われるまま立ち寄ることにした。
     地下に続く階段を下りれば、カウンターに居る眼鏡を掛けた初老の男は十年の時を経ても大きな変化は見られず、敢えて言うなら皺が少し増えたかという微々たるもので、時が巻き戻ったかの錯覚に襲われた。黙って立ち尽くすオレを不思議に思ったのか銀縁の眼鏡を持ち上げて目を凝らす老人は、あ、と声を驚きに跳ねさせると相好を崩し久しぶりだねと親しみを込めた音を象った。
    「あぁ、オレのこと覚えてるんですか」
     勿論、よくふたりで足を運んでくれたろうと返されるのに苦笑が漏れる。あの頃の自分とは重ならない姿だろうに気付かれた気恥ずかしさではなく、ふたりという部分への自嘲だった。
    「残念ながら今日はひとり。チケット一枚くれます?」
     財布を取り出すと、カウンターに立つ支配人はいいよと首を振る。生憎と繁盛しているように見えず、長年音沙汰もなかったのに常連の扱いを受ける気にはなれなかった。払いますとやんわり断りを入れて紙幣を渡そうとすれば、来月で閉館するから贔屓にしてくれてありがとうね。その言葉に二の句を継げずに居れば、楽しんでいってと同情も寂しさも感じさせないよう朗らかな笑みを浮かべた。
     頭を軽く下げて会釈し止めていた足を動かしホールへと呑まれた。自分以外の人間は居ない場を目にすると、どうせならあの頃のようにジャンクフードをテイクアウトしてくれば良かったと中央後ろの座席に陣取りシートに背を預ける。

     観客が自分しか居ないせいか上映時間を前倒しして数分もしない内に灯りは絞られ程なくして闇が包んだ。昔ながらの映写機、フィルムの傷みでところどころノイズの奔る映像が視界に飛び込んでくる。最初はどういう内容だったか思い出せずにいたが、話が進む内に朧気だった古い記憶がはっきりとしていく。
     思春期から脱しつつある少年の理不尽な世界と身勝手な大人たちの作った社会への抵抗と挫折、青年に移行する微妙な年頃の葛藤、言葉にできない感情を暴力という形でしか表現できない中で、生きていることの答えを見つけ出そうとヒッチハイクで故郷から離れ終着点の分からない旅に出る。金がなくなると時に盗みを働き、言いようのない虚無感からゴロツキと喧嘩して、旅の途中で会う人々の優しさや厳しさに触れて、自身の存在意義を見出すといった感じの話だ。
     金色の柔らかい髪と雲一つない空みたいに真っ青な瞳の主人公の少年、繊細がゆえに傷つきやすく、傷つきやすいがゆえに飼いならせない怒りを衝動に任せ暴力で示す。その姿が夜の世界の住人だった頃の青宗を彷彿とした。

     一時間ほど経ったか物語も中盤に差し掛かろうとすると、後方で扉が開く錆びついた呻きを耳にし意識を取られるが、空き時間を潰しに来たんだろうと直ぐにスクリーンに集中した。
     しかし、響く靴音が近付いてくるのに眉間に微かに皺が寄る。自分の座る席以外は全て空いているというのに、わざわざ人の居る場所を選ぼうとしているのに不快感が湧いた。元々、鑑賞目当てで足を運んだわけじゃない、映画の内容に集中できないことへの不満はそうないが、感傷に浸るのを邪魔する空気の読めない闖入者への苛立ちから舌打ちが漏れた。
     同じ列を選び歩いてくる存在にこの上なく、気分を損なわれてそいつが座る前に出ようと腰を浮かせた瞬間、オイルの臭いが鼻腔に飛び込んでくるのに動きが止まる。近くの作業現場で働いてる奴なら昼休憩はワンボックスの中というのが相場だ、それに油の臭いに混ざって甘く香ばしいソースの匂いが薄っすらと漂っていて、そんな偶然があるのかと顔を横に向けた。スクリーンの反射で浮かび上がる輪郭が一歩進むごとに明確になる。伸びた長い髪を結わい、アッシュブルーのツナギに身を包んだ青年は手に茶色の紙袋を下げている。
     構える店から二駅も離れたこの場所に何故居るのか、そんな単純な疑問も頭から抜け落ちて、違う時の流れに在ったその姿を愛おしむよう見つめれば青宗はまるで昨日会ったばかりだろと言わんばかりに隣に腰を下ろし口を開いた。
    「なに見てるんだ?」
    「ああ、不良少年のロードムービーってとこだな」
    「面白いか」
    「悪くないと思うけど、どうだろうな」
     久しぶりの邂逅に、元気にしていたかといった定番の挨拶もなしに会話を始めて。黙って見てれば分かることを聞いて、ふぅんと気のない相槌を打ち袋を開いてコーラを渡してくる。時を経て身を置く環境が変わっても細かい部分は十六の頃の乾青宗のままで込み上げてくる懐かしさを噛みしめ小さく笑った。
    「昼休憩にしては随分と遠出だ」
    「やり残したことがあったから」
    「映画の続きが気になったなら、最初から見た方が良かったんじゃねぇの」
     きっと青宗はこの映画のことすら忘れてる。途中から見てもラストシーンの主人公の選択に納得がいかないだろうし、意味も噛み砕けない。まぁ、横でバーガーに噛みつきマヨネーズとソースがマーブルを描き唇を濡らすのを舌で舐めとる姿から余計な世話というやつだ。映画鑑賞よりも腹を膨らませる方が、この青年にとって優先すべきことだからだ。
    「散々反抗して、でも抗いきれなくて結局世界に呑まれた」
     突然落ちてきた台詞は一見なんの脈絡もないと思えるが、スクリーンで展開される物語を指したものだった。あの日、青宗は眠っていて途中までしか見ていない。海外のアマチュア映画はレンタルになっていない、上映されたのを最後まで見てない限り内容を全て知るのはほぼ不可能だ。あのあと、映画の話を聞かせてないとなれば前提が覆る。
    「主人公が唾を吐いた大人達と同じになるのが嫌だった」
    「……皮肉だな、そう思ったオマエが今じゃ」
    「ココ。案外、つまらない大人ってのも悪くない」
     あの日、居眠りしているはずだった乾青宗が起きた時に珍しく愚図ったのは気紛れではなく明らかな意図を含んでいた。
    「イヌピー、偶然の巡り合わせって信じるか」
    「起こそうと思っても起きないのが奇跡だ」
     連絡が取れないよう変更した携帯番号、十年経っても自分を覚えていた初老の男。一時間遅れで館内に足を踏み入れた幼馴染、寝ていなかった十六歳の幼馴染。やり残したこと、奇跡は起きない。細い糸を手繰り寄せて九井一に辿り着いた乾青宗、それが答えで全てだった。
     火傷痕を隠す伸びた髪、姉である赤音さんと濃い血の繋がりを感じるのに面影が重ならない。そこに在るのは二十六歳の乾青宗で、首を引き寄せればどちらともなく口づける。悔いを残さないよう舌に熱と形を覚えさせる、皮膜をなぞり厚みのある唇の感触を味わって、ソースの味を唾液で削ぎ落すかに焼け爛れそうなほど熱い粘膜を絡ませる。高揚が這い回る体を持て余した青宗は、シートを跨いで自分の上に腰を下ろすと結っていたヘアゴムを外して薄闇に金色を散らせた。
    「良い子にはなってねぇみたいだな」
    「お互いさまだろ」
     服の上から腰をつとなぞれば淫靡に口角を緩め、劣情を塗った唇を落とす。さらりと垂れた髪が視界を覆う。手を重ねてしっかりと握る、工具を扱う指は皮膚が固くなっていたがよく肌に馴染んだ。飲み干す雫の甘さ、擦り寄せる布に覆われた体に潜む欲望は渇いた心をどこまでも満たしていった。
     離れていても別々の場所で生を送ろうと、流れる金と灰銀の髪を繋げて身も心も魂も燃えるこの一瞬が、九井一と乾青宗にとって深い印象を刻む象徴的なシーンとなる。
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