誕生日というのは、記憶の積み重ねだ。
キラキラとした星のような思い出が、ミルフィーユのように積み重なって、今日という特別を作りだすと私は思うのだ。
月にノックされて目を覚ませば、空っぽの洗濯機、綺麗なシンク、小綺麗に掃除された部屋たち……そのどれもが今日はなんだか歯がムズムズする程に擽ったく感じる。今日は「私をやっと敬う気になったのかね若造!」と言った調子も踊り回って自分に帰ってきそうにない。
「さて……ジョン、とりあえず少し早めのシンヨコオールナイトスペシャルと洒落込むかい?」
寝癖のついたジョンのフワフワなお腹を撫でれば嬉しそうにヌフフフ〜と少し丸くなる。
小さな手で掴まれたと思えば、エスコートされるように棺桶を飛び出す。たまたま目にしたアニメのエンディングよろしくジョンの叩くタンバリンに合わせて本日の衣装を選んでいく。結局、黄金の丸が一番似合うと言ったいつもの服だ…よく分かってる、流石だジョン。
クラバットを吸われながら靴を履き、部屋の電気を消す。
そう言えば、この動作も中々様になってきたものだと思わず口角が上がる。ここに押しかけてきた時は電気をつけるという事すら慣れなかった、吸血鬼というのは便利なもので闇目が効くので特に明かりというものに利便性を求めなかった。
人に紛れて暮らす時は大概誰かと一緒だったので、こういった事はより新鮮味を感じてしまう。
真っ暗な事務所をとおりすぎながら愉快すぎて笑い声が出た。
「フフ……フフフ……ハッー!ハッ!ハッ!愉快だねェ、ジョン。」
愛しの○の小さな手を握りクルクルと回る、窓から入り込むビルの光と月の光が二人を照らしている。
ドラルクは調子に乗りすぎてソファに引っかかりそのまま倒れ込み死んでしまった。
丸は主人の胸の上でヌーヌーと泣いているが、当の本人はまるで酒に酔ったかのように顔を紅潮させなが機嫌よく笑う。
「ふふ、楽しいね……ジョン。」
頬を親指と人差し指で挟まれながら丸は涙を流しながら、楽しげな主人を見てヌヒヌヒと笑い出した。
あまり居座っても可哀想だと、ジョンとドラルクは夜の街に駆け出した。
いつもより輝いて見える街に照らされなら、いつもそこにあるダンスホールを駆け足でクルクルとオルゴール人形のように華やかにふたりは足を進めていく。
しかし中々見知った顔に会う事がなく、それがなんだか嵐の前の静けさに感じて余計に心が高鳴らせた。
ターン、ステップ、ステップ、ジャンプして着地死を繰り返しては泣いて笑って笑い続けていく。
「今日は少しゆっくり帰るぞ、ジョン。」
公園でゆっくり遊んで、楽しげにしてる可愛いジョンの撮影会と洒落込む。液晶の時間表示はそこそこいい時間を指しており、思っていたより道草をむしゃむしゃしていたことに気づく。楽しい時間というのはあっという間だ、相対性理論……と言うよりは光陰矢の如しだな。
帰り道は逸る心臓を何とか落ち着かせる。そして、なんともないように真っ暗な事務所の扉を開く。
目の前には少し緊張気味の若造が立っており、丁寧にハンターの衣装に袖を通している。
慣れた手つきで小さなケーキに刺さったロウソクに火を灯す。
皿を片手に______
ゆっくりと近づいてくる。
やたらと視線だけは真剣で、まるで銀弾に撃ち抜かれたようにその場から動けなくなる。逃げるように視線をジョンに向けようとしても、愛しの使い魔はどこぞへと行ってしまった。
「ドラルク、誕生日おめでとう。」
若さを潜めた落ち着いた声、自分の想定とは違った展開に戸惑いの汗に溺れてしまいそうだった。
ドラルクの冷たい手をロナルドの緊張の汗で冷たくなった手が握る。それにどこか冷静に二百年きた吸血鬼はビシャビシャ……と心の中で茶化した。
「あ、あのさァ……俺、お前の、ドラルクの誕生日を
来年も再来年も……これからもずっと祝いたいんだ……!」
「それで……そのぉ……あ〜なんつーか、
もし、良かったら……その、一番に祝う権利が……欲しいんだ。」
ドラルクはその言葉を聞いてまどろっこしいなと思った。
それでも少し臆病で優しい男にしては及第点かね、と少しだけ掴まれていた手を握り返す。
「もっとハッキリ言ってくれないと分からんな……」
ロナルドは視線を床からドラルクへと勢いよく戻す。
何となく、茶化されたような気がして半分照れキレだがロウソクに照らされた血色のない見慣れた顔は、赤く染って見慣れない表情を浮かべていた。それを見た瞬間、自分の顔も火にくべられてるかの様に熱くなる。
「付き合って下さい……」
告白はだいぶ情けない声になってしまった、きっと表情も酷く間抜けに見えてしまうだろう。
ドラルクは羞恥心を耐える様に瞳孔が開いた目をキョロキョロと泳がせた後、ジッと繋がれた手を見つめ小さく返事をした。
「……うん、いいよ。」
うるうると太陽の光を反射させた水面のように煌めく瞳に、釘付けになってしまう。
ロナルドはそんな瞳を向けて欲しくてたまらなくなった。
「なぁ、こっちみてくれよ……。」
普段の調子だったら二百年行きた吸血鬼が情けないだのなんだの言ってしまいそうだが、今だけはこの男に素直でいたい。
気恥しそうに向けられたいじらしい視線と、困りげに下げられた眉に胸を射抜かれる。もうそれはとてつもない衝撃だ。
手をスルスルとすべらせて細すぎる腕をなぞり上げる。
死なない程度にそのまま腕を掴んで、ギュッと抱きしめる。片手に持ったケーキが邪魔で仕方ないが仕方ないだろう。
「若造、心臓うるさ……」
小さく呟かれた文句にうるせぇと返す。
こっちは振られるかと思って、覚悟決めて告白してんだうるさくて当然なんだよ。
「ねぇ、リビングにみんないたりは……」
ドラルクはずっと気になっていたことを口にする。
街でも見かけなかった彼らはここにいるとずっと今日一日思っていたからだ。
「いや気ィ使って、ここにはいねぇ。
ただ、ギルドで待ってるから……」
後で顔出すと口にしようとしたが、ドラルクぎゅうと抱きしめる力が強くなり驚きのあまり次の言葉が出てこない。
「じゃあ……キスしてくれ若造、今日は私の誕生日だから。」
プレゼントに自分からのキスをねだられ、ロナルドは背後に宇宙を召喚してしまった。
キス、プレゼントにキス……心の中で、あまりにも都合のいいシュチュエーションに固まってしまう。
不自然なほど動かないロナルドを怪訝に思い「ねぇ、ちょっと……ロナルド君……?」と覗き込もうとすると、ガチンッと衝撃があり思わず死んでしまう。
「な!!何するんだ!!バカ造ッ!」
折角のお膳立てをなんだと、と腹を立てながら何とか体を戻しロナルドにつかみかかると、火に照らされた唇から血が出てるのを見つけてしまう体から力が抜けてしまう。
「ワリィ、」
グイと、口元の血を拭う。
その仕草に免じて、ドラルクは精一杯の背伸びをした。
ロウソクの火を消し、真っ暗になった部屋でドラルクはロナルドの腕を掴んであの赤が流れる唇をペロリと舐めて、キスを贈った。とんでもない物を貰ってしまったと思いながら。
そのまま腕からケーキを奪い、事務所のテーブルに置く。勿体ないが、この寒さだし、どこぞへと隠れたマジロが妖精の如く食べてくれるだろう。
「行くぞ、ロナルドくん……ギルドに顔出すんだろ?」
と腕を少し引っ張りながら言うと、帽子で顔を隠しながら「うん」と返され思わずからかいの言葉が出てしまう。
「君ってウブでピュアピュアだな」
若造の加減でができてない拳が飛んできて死んでしまったのは言うまでもない。
それにしても二人の今夜は始まったばかりだと言うのに体力の全てを使い果たしてしまった気分だった。