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    nobotan_dd

    ダイポプ関連(ドラダポ含む)の作品置き場。

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    POIPOI 7

    nobotan_dd

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    17×20のダイポプ。
    五年振りに帰還してそのまま去ろうとするダイとそれに対するポップの話。
    大分ぼかしていますが、無理矢理な描写があります。
    直接描写はありません。
    全体的に薄暗い感じですが、最後はハピエンです。

    #ダイポプ
    dipop

    共に行こう「俺は、最後の竜の騎士としての使命を果たす。だから、行くよ」
     大魔王バーンを地上で倒したのが五年前。そのバーンとは別の魔界の勢力との戦いが勃発したのは、その戦いからわずか一年半の事だった。そして、それと同等の歳月が経った頃に、バーンとの戦いからずっと行方不明だった勇者ダイが発見された。けれど、その事を知る者はごく一部だけに留まった。
     彼が再び戦いに身を投じるようになってから二年後、漸く真の平和が地上に訪れた。そんな中、父の跡を継いで竜の騎士、更には竜騎将を名乗るようになった勇者ダイは、僅かな手勢を引き連れて地上に戻ってきた。
     五年振りの勇者の帰還。それはあまりにも急ではあったが、ささやかながらも彼の無事を祝う宴が開かれた。久々に一同が会したそれは、温かな空気に包まれ、不透明な今後に希望を持つ事が出来る何かを感じさせた。
     そこで冒頭の一言だ。それまで賑やかだった場は水を打ったように静まり返ってしまった。今度こそ自分達の下に残ってくれるだろう。そう思っていた面々にとって、かつて小さかった勇者が発した言葉に対して驚きを隠せぬ者はいなかった。ただ一人を除いて。
     仲間達が一生懸命引き留めようとしているのを、彼の参謀役を務めたポップは少し離れた所から冷ややかな目で見詰めていた。
     温和ではあるが、こうと決めたら頑として言う事を聞かない。頭一つ分は小さかった頃から、弟弟子はそうだった。今ではそれに輪をかけているのだから、誰が何を言っても意思を曲げたりしないだろう。魔界で彼と何度も衝突し、首を縦に振らせるのに苦労したポップは、何をどう言えばダイが思い留まるだろうと思案した。だが、いい案は全く思い付かなかった。戦いなら、まだメリットとデメリットを並べて説得する事が出来る。だが、去ろうとするダイを引き留める事が出来るだけの魅力的な条件なんて何があるだろうと考えてみれば、何もないのだ。ダイには物欲というものが著しく欠けていた。
     ポップの視線の先では、普段は若輩ながらも為政者としての振る舞いを崩さない一国の王女が、段々と冷静さを失って取り乱し始めていた。それを姉弟子が宥めながら、共に説得を試みている。だが、彼女達の言葉は殆ど響いていないようで、ダイが表情を崩す事はなかった。かつての師や兄弟子、そして竜騎衆の面々は、説得といかないまでもダイが心変わりしやしないかと言葉を選んで話しかけている。けれど、ダイが首を縦に振る様子はなかった。
     それ以上は見ていられなくて、ポップは目を伏せてその場を静かに後にした。
     一人引き上げていくその後ろ姿を、ダイの両目は捉えていた。

     明朝には発つ。そう告げていたダイは、夜も更けて皆が寝静まった頃合いを見て、音もなくそっと抜け出した。
     彼が真っ先に向かったのは、この地上で最も竜の騎士と縁が深い国・テランであった。そこは初めて己が何者であるのかを知り、実の父と再会した場である。以前も、全てから逃げ出したくなった時に来た場所でもあった。再出立をするなら、此処からがいいだろう。それに、ひょっとしたらという淡い期待を抱いた。
     果たして、そこには先客がいた。ドクンと胸の内で心臓が跳ねる。まさか思い描いていた通りの事が起きるなんて。竜の紋章を象ったレリーフの前。よく見慣れたその後ろ姿を見て、ダイはぽつりとその名を呟く。
    「ポップ」
     来るタイミングすら分かっていたのか、相手は名を呼ぶより早く身体の向きを変えた。
    「やっぱりな。絶対此処に来ると思ってた」
    「何しに来たの?説得?」 
    「言って聞くようなタマかよ、お前が」
     ハッと乾いた笑いを漏らすポップを、ダイは静かに見詰める。ポップは以前とは違う反応を見せている。あの時とは状況が違うのだから、当たり前の事なのかもしれない。
    「じゃあ、どうして?」
    「最後の最後までつれないな、お前は。もう少しマシな別れ方してくれたっていいだろ」
     ポップが詰め寄ると、彼よりも目線の位置が高くなっていたダイはついっと目を逸らす。
    「別に、今生の別れってわけじゃないし」
    「へぇ?お前はそういうつもりだったのか。けど、悪いな。俺とはそうだと思ってくれ」
     目を合わせないダイに対してポップは目を細めて、抑揚のない声で呟く。
    「父さんの血のお陰で、他の人間よりも長く生きるよ、ポップは」
    「だからって、お前と今後顔を合わせてやる義理はねぇな。誰がお前みたいな薄情な奴となんか、二度と顔を合わせてやるもんかよ」
     ハハッとダイが渇いた笑いを漏らす。
    「そっちこそつれないじゃないか」
    「急に別れを切り出したお前に言われたくねぇよ」
     ふんっと鼻を鳴らすと、ポップは声に棘を含ませてダイを睨み付けた。だが、当の本人は何処吹く風といった表情を浮かべるのみだった。段々と虚しさを感じてきて、ポップは嘆息を吐く。
    「もういいや」
     投げ捨てるようにそう言って、一歩後ろに下がる。
    「俺、もう疲れた」
     真っ直ぐ自分の方を見詰めていながら、それを通り越して何処か遠くを見ているポップに対して、初めてダイが動揺を見せる。
    「ポップ?」
    「行けよ。何処へなりと行っちまえ。そんで……俺の事は、全部忘れちまえ。いや、忘れてくれ」
     つい先ほどまで感情的になっていたポップは、今では驚くほど凪いだ状態で言葉を紡ぐ。
    「嫌だ。俺はポップの事、忘れたくない。もう二度と」
    「はっ、そうかい。じゃあ好きにしろ」
     行けよとばかりにダイから視線を外して、ポップはそっぽを向く。しかし、ダイはいつまで経っても一向に動こうとしなかった。
    「何だよ、行かねぇのか?あっ、違うか。俺が行きゃいいだけか」
     何も相手が行くのを待つ必要はないのだという事に気付いたポップがトベルーラを使おうとしたところで、ダイがその右手首を掴んで引き寄せる。宙に浮いたところだったポップは、バランスを崩して地面に叩き付けられそうになった。それを、ダイがもう片方の腕で抱き止める。
    「何だよ、この手は」
     ポップは跳ねるようにしてダイの腕から逃れたが、彼の左手は右手首を掴んだままだ。
    「行かせたら、もう二度と会えないんだろ?」
    「それがどうかしたか」
     言外に「また置いていこうとしやがったくせに」というセリフを滲ませて、ポップはそう吐き捨てる。
    「離せよ」
    「嫌だ」
    「離せ」
    「嫌だ」
     手を外させようと自身の右腕を引っ張ったり思い切り振ったりしたが、ダイの手はまるで枷のようで、全く外れる気配がしなかった。竜の騎士の力を使わずとも、それだけ互いの身体能力に差がある。
     怒りのボルテージが上がったポップがチッと舌打ちをする。
    「お前は何がしたいんだっ」
     怒鳴り付けられて、ダイはハッと目を瞠る。
    「いつも周りの目ばっか気にしやがって!そのくせ、俺の気持ちなんざこれっぽっちも考えやしねぇ!俺が何でもかんでも許すと思ってんのか!ふざけてんじゃねぇぞっ」
     敵に啖呵を切る時以上に声を張り上げて、ポップは自由の利く左手でダイの胸を思い切り拳を叩き付ける。渾身の力を込めても、ダイはびくともせず、代わりに自身の左手がヒリヒリと痛みを訴えてくる事に、余計に虚しさが募っていくのをポップは感じた。その次の瞬間、喉の奥から何かが競り上がってくるのを感じて、ポップは顔を思い切り顰めた。
    「うっ……」
     身を離そうとしても腕は掴まれたまま。そこで咄嗟に堪えようとしたものの、それを止める事が出来ず。ポップはダイの目の前で口からゲボッと鮮血の塊を吐き出した。突然の出来事に、ダイが慌てて手を離す。
    「ポップ」
    「あーあ、とうとうバレしまったか。確かに寿命は延びたのかもしれねぇ。けど、中は見ての通りだ。禁を破りし者、人より長く苦しんで生きろって事なんだろうさ」
     咄嗟に口を覆った左手にベッタリとついた真っ赤な血を見せ付けるように、その場に蹲っていたポップは手の平をダイに向ける。
     竜の騎士の血を取り込んだ事によって、どのような作用が働いたのかは謎だが、ポップの身体の時間はいつしか止まった。強大な呪文を使いこなす事が出来るようになった。だが、だからといって負担がかかっていないわけではない。それは確実に彼の身を蝕んでいる。禁呪法に手を出して多用してしまったのも、その一因となっているのだろう。それは偏に、目の前にいる親友を探し出して傍にいる為だった。けれど、この先はもう必要なくなってしまうのだ。彼が、自分を必要としていないのだから。
     なら、この先生きている意味があるのか。ふとそう思った時、ポップはハッと息を呑んだ。
    「そうか。こうすりゃ良かったのか」
     そう言うや否や、ポップは魔法力を高める。
    「ポップ、何を……」
     膨大なエネルギーがポップを中心に集まっていて、それはさながらメガンテのようだった。だが、メガンテは攻撃対象がいなければ発動させる事が出来ない呪文だ。
    「まさかっ!」
     ポップの意図を読む事が出来たダイは慌てて竜の紋章を発動させると、先ほど手放してしまったポップの腕を再び掴み、自分の方へと引き寄せて腕の中に閉じ込める。そして、右手を彼の胸の上に置いて、これまでにまだ使った事のない呪文を唱えた。
    「マホトラ!」
    「うっ」
     本来なら相手の魔法力をほんの僅かしか吸収する事が出来ない呪文だが、ダイは竜の紋章の力を利用してそれを発動させ続けた。まだ魔界での最後の戦いから回復しきっていない状態である筈なのに、ポップの中に残っている魔法力の量にダイは内心で舌を巻いた。
    「っくしょ……」
     目論見を邪魔されたポップは、そう吐き捨てながらダイに身を委ねるように倒れ込む。魔法力を竜の紋章を全開にしたダイに根こそぎ奪われたポップの身体は、支え無しでは立つ事も出来くなっていた。
    「ポップ。お前、何馬鹿な事をしようとしてるんだよ」
    「っるせぇ。自分の命くらい好きにさせろってんだ。第一、お前にはもう関係ねぇだろ!」
     ポップのやけっぱちになって吐き出された台詞に、ダイはカッと目を押っ開いた。そして、ポップの腕を掴んだまま歩き出す。
    「いっ何すんだ!離せよ!」
     半ばダイに引き摺られるような形になったポップが更に声を荒げる。だが、ダイはお構いなしとばかりにポップを引っ張って森の方へと歩みを進める。ポップは何とかしてダイの指を引き剥がそうともがいたが、文字通りびくともしなかった。やがて、ダイがぴたりと足を止める。やっと会話をする気になったのかと思ったのも束の間。ポップの身体が宙に浮いた。
    「ってぇ!何すっ……」
     地面に投げ捨てられるようにやや乱暴に放られたポップは、殆ど言う事を聞かない身を懸命に起こそうとした。だが、そうはさせじとダイが首元を押さえつけて、地面に縫い付けるように押し倒す。見下ろしてくるダイの黄金色の目は、夜の闇の中でもドラゴンのもののように爛々と輝いていて、ポップは声を発する事が出来なかった。まるで蛇に、いや竜に睨まれた蛙だ。普段全力でやったって敵わないのに、今は魔法力を根こそぎ取り上げられてしまって、欠片も残ってはいない。おまけに体力まで取られたかのようで、身体が重く感じた。普通の人間の目には、どんな時でもダイは常にこう見えているのかもしれない。
     ポップはこの時初めて、目の前にいる少年を恐ろしいと思った。だけどそれは、断じて強大な力を目の当たりにしているからではない。彼の父・バランと対峙した時とは明らかに違う。それでも、自身の本能が告げてくるのだ。このままだと危険だという事を。だというのに、自分は指一本動かすのも難しい状態でいる。
    「そう。だったら、より死にづらい身体にしてやるよ」
     ポップを見下ろすダイは目を細めて冷ややかに言い放つ。
    「な、に?」
    「さっきの、魔法力を膨張させて、内側から自分自身を壊そうとしたんだろ?他の方法じゃ、自分自身をそうそう殺せなくなっているんだものね、ポップは。防御力が上がるのも耐性がつくのも、自ら果てたい時は困りものだ。でも内側からとは。それは盲点だった。それなら、お前の身体を更に変えてしまえばいいわけだ」
    「な、何を、する気だ……」
    「賢いお前ならもう分かってるだろ」
     フッと鼻で笑ったダイの口が、薄っすらと三日月のように開いた。
    「あ、あ……っ」
    「こんな事したくなかったけど、ポップが悪いんだ。前にも言ったろ。二度と死なせないって」
     身に纏っている衣服を、ダイの手が剥ぎにかかるのを掴んで、ポップは懸命に拒んだ。
     だが、そもそも基礎的な力の差は著しく、体勢も悪いポップではダイの動きを止める事は出来ない。前が開けてひやりとした外気に触れると、びくりと身が自然と震える。それでも、抵抗を止めようとはしなかった。
    「余計な怪我を負わせたくないんだよ。少し大人しくしていて」
     人間であるポップは竜の紋章を持たない。だが、竜の血を体内に取り込んだ事がある。
     ダイは紋章を発動させて額に浮かび上がらせると、その共鳴反応を利用して、ポップの体内に混ざり込んでいる竜の血を反応させる。
    「あっ……」
     突然襲い掛かってきた感覚に驚きの声を発した瞬間、抵抗を試みていたポップの目から光が失われて虚ろになり、身体から一気に力が抜け落ちた。腕が重力に従ってだらりと下がる。開かれた口から何かが声となって出てくる事はなく、空気が抜ける音だけが聞こえてくる。
    「父さんがお前に血を与えてくれて良かったよ。それに、純粋な人間だったのもね。半分人間である俺に近いから合わせやすい。安心して。記憶を奪ったりはしないから」
    「ダ……や、め……」
    「ごめんね。聞くようなタマじゃなくてさ」
     時間が惜しいと、ダイはポップが身に纏っている衣を丁寧に脱がすのを諦めて、強引に引き裂いた。
     目の前に姿を現した白い肌を見て、ダイは生唾を呑んで喉を鳴らす。互いに想い合っている事は確認済みではあったものの、戦いに次ぐ戦いで終ぞ口付けを交わし合う以上の事はしてこなかった。仲間達に生涯賭けて竜の騎士としての使命を果たすと告げた時、最後に一度くらいはという考えが一瞬過りはした。だが、この先のポップの人生を思うと、そういった行動に出られなかった。その判断を下した事を、今になって後悔する事になるなんて思いもしなかった。
     ひくついている喉に唇を寄せて、ダイがそっと口付ける。
    「俺は、ポップに生きていて欲しい。だから……ごめんよ。酷く痛むだろうけど、すぐに終わらせるから」
    「あ、ぁっ……」
     ダイはポップが視線を落とす事が出来ないように顎に手を添えて、自分を真っ直ぐみるように固定させる。剥き出しにされた下半身にひたりと何かが触れたのを感じて、自然と腰が引きそうになる。だが、太腿を膝で押さえ込まれた状態で脚を開かされて、それは叶わなかった。
     スーッと細まる黄金色の双眸は一見冷たく見えるが、その奥には温かな光が見えるような気さえする。
     手を伸ばそうとすると、突然視界が赤くなったような錯覚に陥って、ポップは身体を大きく仰け反らせた。
     目と口が、底知れぬ恐怖と身を裂くような激痛にこれでもかと大きく開かれる。
    「あ、あ、ああぁああああぁ―――っ」
     絶叫が生い茂っている木々の間を突き抜けるように響き渡ったが、人が住まう場から大分離れている為、彼等以外で聞く者はいなかった。
     体力も魔法力もゼロ。更に紋章の力によって抵抗らしい抵抗も出来ず、ポップは身も心も抉られるような痛みに対してひたすら言葉にならない声で泣き叫ぶだけだった。それは暴力としか形容しようのない行為だったが、それでも自分を蹂躙している少年の悲しみに染まった優しい心が竜の紋章と竜の血を通じて流れ込んでくるのを感じて、どうやったら彼を繋ぎ止める事が出来るのだろうとポップは全く働かない頭で必死に考えようとした。
     体感でいえば、もう朝日が昇ってくるのではないかと思えるくらいの時間が経ったように思う。だが、月の位置から察するに、実際にかかった時間はダイの言う通りすぐだったのだろう。
     事が終わると、それまでの激しさが嘘のようだった。
     それまで荒々しかったダイは、ポップの上から退くとすぐさまベホマをかけ始めて、痛みを和らげようとしているようだった。そして、どんな罵りでも受けようとずっと待っている様子だった。
     けれど、普段は口達者な兄弟子の口から出てくるのは啜り泣く声のみだった。失望はしていてもまだ信頼していた相手によって、屈辱としか言えぬ行為を働かされたのでは無理からぬ話だ。今は怒りよりも悲しみの方が強く出ているに違いない。
     こちらに背を向けてしまっている為、顔を窺う事が出来ない。胎児のように丸まりながら自身の身体を抱き締めているポップの背を、ダイは静かに見詰める。いつの間にか自分のものより小さくなったそれは、強引に揺さ振った際に地面に擦り付けられたからか、いくつもの擦り傷が出来て血が滲み出ていた。そこにもベホマをかけて、傷跡が残らないようにする。こうして見た目の傷は消す事が出来ても、心につけた傷は消す事が出来ない。
     肩をそっと掴んで自分の方へと転がすように向けると、無抵抗な身体は難なく仰向けになる。静かに涙が流れ出ているポップの目は何も映していない。こうなる事は分かっていて、やった事だ。でも、本当はもっと……。
     頬に手を添えて、僅かに開いている唇に、ダイはそっと自分のを押し当てる。反応は返ってこない。
     口付けを深めると、最後の抵抗を試みたのか、ポップが下唇にガリッと噛み付いてきた。それくらいで怯むとでも思ったのかと、ダイは内心でかつては想い合った兄弟子の事を憐れんだ。しかし、次に彼が起こした行動には酷く驚愕して、思わず振り解いてしまった。
     信じられないと言いたげにダイがポップを見下ろす。すると、彼はごくりと喉を鳴らしながら嚥下して、自身の口の端から零れていた真紅の液体を見せ付けるように舐め取った。やけに挑戦的な目が見上げてくるのを見て、ダイは言葉を失う。あまりにもショックが大きすぎて気が触れたのかと思い、ダイは咄嗟にポップの額に指先を当てて相手を眠らせる呪文のラリホーマを唱えた。一眠りして少しでも回復すれば、冷静になるかもしれないと思って。
     竜の血の所為でかかりが悪いが、体力も魔法力もない上に乱暴の限りを尽くされた身であるポップは、暫くするとゼンマイの切れた人形のようにカクリと落ちた。目が閉じ切る前に手を伸ばそうとしていたポップを見て、ダイは息を呑んだ。
     彼から流れ込んできたのは、たった一つの思いだけだった。
    「ごめんよ、ポップ。俺……」
     謝る声は、伝えたい相手に届く事はなかった。

     ポップが目を覚ますと、そこは見慣れない場所だった。様相はまるで神殿のようだが、何処の国の物であるのか見当もつかない。第一、最後の記憶の光景とあまりにも違いすぎる。
     ハッとして周囲を見渡したが、そこにいたのは一糸纏わぬ姿でいる己だけだった。まるで守るように、ダイが羽織っていた外套に包まれていたが、肝心の本人の姿は何処にもなかった。月明かりの下で凌辱された筈の身体には何の痕跡も残っておらず、あれが事実であったのかもしれないと思わせるのは自身が全裸でいる事くらいだ。痛みもない、違和感もない。服を自分で脱ぎ散らかして寝てしまったと思い込んでしまえば、そうだったかもしれないと信じる事すら出来たかもしれない。それを妨げるのは、ダイの香りを残した外套の存在だった。
     また、置いていかれた。
     再度そう認識すると、まるで堤防が決壊したかのようにすーっと目から涙が流れた。声は喉が内側で張り付いているかのように出てこなかった。流れ出る涙は、もはや怒りから来るものなのか、それとも悲しみから来るものなのか、ポップにはもう分からなかった。
     少し前の自分なら、あの野郎ふざけんなとでも言ってまた探し回ろうとしただろう。でも、今はとてもではないがそうする気になれなかった。黒の核晶の時は、離れ離れになっても仕方のない状況だった。だけど、今回は違う。
    「ダイ……。ダイ。ダイ……っ!」
     ダイの外套で自身を包み込んで、ポップは何度もその名を呼ぶ。どれだけ呼んでも、もう返事は返ってこないなんて、信じたくなかった。
     そこに、カツンと乾いた音が響き渡る。
     自分以外は誰もいないとばかり思っていた空間に響き渡る足音に、「……えっ?」とポップは反応して振り返る。そこには、手に麻袋を抱えたダイがいて、近付こうとしているところだった。さっきまでは確かにいなかった筈だ。
    「ああ、起きてたんだ、ポッ、プっ」
     ポップと目が合ったダイは、手にしていた荷物を放り投げて駆け寄り、傍らに膝をつく。
    「ダイ……?」
    「まだ何処か痛むのかい?それとも何処かつらい?あっ、もしかして気持ち悪い?」
     確認するように名を呼んだけれど、ダイの方はおろおろとしながらポップの状態を把握するのに必死で、彼の呼び掛けに返事を返す事が出来なかった。
    「お前、どうして……」
    「えっ?どう、何?」
     ポップの質問の意味を理解する事が出来ず、ダイはその場に固まって眉間に皺を寄せる。
    「昨夜の事、覚えてないの?」
    「俺はてっきり、また置いてかれたのかと……」
     ポップのセリフに、ダイは思わず絶句する。確かに、昨夜の自分の行動を思い返せば、そう捉えられてもおかしくはない。
    「仕方ないだろ……。目ぇ覚ましたら、俺一人だったんだから……」
    「……うん、ごめんよ」
     抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、今の自分にそんな資格はないとして、ダイはポップの隣に両膝を合わせた状態でいる。
    「此処、何処だ?」
    「あの湖の底にある、竜の神殿」
    「ああ。あの湖に、こんなものが沈んでいるのか……」
     感心したような声を発して、ポップは周囲を見渡す。確かに、よく見れば神殿のような構造と様相だ。水の底なのに空気があるという事は、何か不思議な力が働いているのだろう。
    「身体は?本当に大丈夫?」
    「ああ。何もされなかったかのようで、少し寂しいくらいだ」
     再度様子を窺ってくるダイに、ポップはへらっと笑ってみせた。そして、自分の手足を擦りながら、「本当に、何も残ってない……」と本当に寂しそうに呟いた。
    「……俺、逃げようとしてた」
     俯きながら言葉を紡ぎ始めたダイに、ポップはゆっくりと視線を向ける。
    「皆と、ポップと一緒にいられても、最終的には一人取り残されてしまうのが怖くて。俺の力で、いずれポップ達を巻き込んでしまうのが恐ろしくて。バーンとの戦いの時も今回も、俺がどういう存在なのかまざまざと思い知らされて。一緒にいたいのに、失った時の事を思うと……怖くて。それだったら、これ以上思い出が出来てしまう前にって、そう思ってしまって……」
    「何だ。やっぱりお前も、俺達に二度と会うつもり、なかったんじゃないか」
     ポップにずばり言い当てられて、ダイは静かに視線を落とす。
    「俺はただ、ポップにはもう、人間の世界で幸せになって欲しくて……」
    「お前がいないのに?どうやって?」
     聞き捨てならないセリフを聞いたと、ポップはズイッと身を乗り出す。その際、羽織っていたダイの外套がはらりと滑り落ちて、何も身に纏っていない身体が外気に晒される形になってしまったが、構ってなどいられなかった。
    「なぁ。俺がどれだけお前の事想ってるのか、本当に分かって言ってんのか、お前。俺はお前となら一緒に死んでもいいし、探す為なら禁呪法に手を出すのだって躊躇わない。その結果、人間離れしたってちっとも惜しくないくらいなんだよ。それで、何でお前抜きで幸せになれると思ってんだ」
     胸倉を掴まれ、射抜くように目を合わせてきたポップから、ダイは思わず視線を逸らす。そんな事を言われてしまっては、泣いてしまいそうだ。
    「中途半端に人間のままでいる所為で、お前の事を手放さないといけないのなら、俺は人間を止めたって構わない。この際、化け物でも何でもいいさ。確かに、人間である事に誇りを持っていたさ。でも、お前を諦めるくらいならそんなものいらない。だから……」
    「そんな事言って……。いつか後悔するよ?その時には、もう……」
     後戻りは出来ないと続けるダイに対して、ポップはハッと鼻で笑う。後悔なんて、ダイのする事を予想出来ずにあっさりと離れ離れになってしまった時にしたのが、きっと己の人生で最後になる。ここで諦めてしまわなければ。
    「今お前を諦めた方がよっぽど後悔するに決まってる。人の理を外れるだって?上等だっつーの。俺は、お前を一人にしたくねぇし、出来るだけ長く一緒にいてぇんだから。逆に願ったりなんだよ」
    「俺と一緒に、生きてくれるって事?……この先も、ずっと?」
     恐る恐るといった様子で尋ねるダイを、ポップは抱き締める。この野郎、本当にデカくなりやがってと内心で悪態を吐くのも忘れない。
     行方不明だったダイを見付けた時には既にほぼ同じ身長になっていたが、この二年で完全に追い抜かれた。そんな予感はしていたから、大してショックは受けなかったけれど、それでも同じ男としては少し悔しくなる時もある。たとえば、今のような状況に陥った時だ。出会った頃は包み込んでやれたのに、今ではそうしてやる事が出来ない。それでも、腕の中に納まろうとダイが肩を窄めて胸に頭を押し付けてくるから、とても愛しく感じる。
    「そう言ってんじゃねぇか。この身はとっくにお前に捧げてんだっつーの。だから、一緒に連れていってくれよ……」
    「……うん」
     小さく頷くと、腕の中にいるダイが抱き締め返してきて、負担がかからないように気を配りつつゆっくりとポップに体重をかけて押し倒す。
     背中に地面の感触を覚えた時、先ほどダイが放り投げた紙袋がポップの視界に入った。そこから半分出かかっていたのは、真新しい緑色の衣服だった。どうやら昨晩ダイが破り捨てて駄目にした物の代わりに買ってきた物のようだ。でも、あれの袖に手を通す事になるのは、もう少し後だ。
     昨晩のは数の内に入れないでやるから、もう一回ちゃんとしてくれと、ポップはダイの耳元でそう囁く。すると、昨日はあれだけ余裕あるように見せていたダイが、顔を真っ赤にしながらえらく狼狽えた様子でポップを見下ろした。それを可笑しく思ったポップは、腹を抱えて笑い出す。
     人間を止める事になったって、ダイがいれば後悔なんてする筈がない。特別な事をしなくても、ただ彼といるだけで、こんなにも満たされるのだから。
     信仰心が薄くて、普段は神を信じる事なんてしないけれど、今この時だけは三界の神々に自分達を引き合わせてくれた事を感謝しよう。そう思いながら、ポップはダイの頬を包み込むように触れて、彼の口から覗く小さな牙にそっと口付けた。
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    DONEついったの自分の呟きを自主回収。原作後です。
    往年のトレンディードラマの名シーンをダイポプでやりたくて…セリフちょっとずつ変えてます。
    東○ラ○ストーリー(1991)なんとアマプラで見れますよー!このシーンは第4話。そしてリメイク(2020)もあるんですね!
    ポプほんと魔法使えるからさぁ…出来ること多いよね!良き!そして虹のかっこいい言い方探したら、虹霓って虹を竜の雌雄と捉えた表現だってえも
    over the rainbow魔界で過ごした5年間、ダイはポップへの思いを募らせていた。
    それが生きる支えだったのだ。
    当然ながら、再会してからというもの、ダイは5年の月日を埋めるべくポップにアプローチしまくっていたのだが、ポップの方は「何バカなこと言ってんだ」と全く相手にしていなかった。
    ポップにしてみれば、ダイはレオナと結婚してめでたしめでたし、というシナリオを5年間信じていたのだ。何を血迷って、と思うのも無理はない。
    5年間の魔界暮らしと、無事地上へ戻ってきた高揚感とか、かつて自分を蹴落とした後ろめたさから気持ちがバグっちゃってんだろ、と。

    それが今になって、どうやらダイの自分への気持ちが一時の迷いではなく、本当に心底好いてくれているのだということ、そしてそれに伴って、自分もダイに惚れているのだ、とようやく自覚したらしい。
    2090